【インタビュー】岸洋佑「明日死んでも後悔しないように生きていこう」

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シンガーソングライターの岸洋佑が、<岸洋佑 LIVE TOUR 2022 『47 Life is an Adventure with Crew』>をスタートさせた。全国47都道府県をキャンピングカーでくまなく周り、自分の声を直接全国に届けていきたいという、愚直なまでにストレートな思いが込められたライブツアーだ。

一発目は東京公演として渋谷ストリームにある稲荷橋広場で4月2日(土)、3日(日)の2日で全6回のステージが開催されたが、絶好のライブ日和から肌寒い雨、機材トラブルまで、野外イベントならではのハプニングが飛び出すパフォーマンスが繰り広げられた。だが、その全てが岸洋佑の人柄や人間力、バイタリティーがにじみ出てくる見ごたえあふれる素敵なライブを生み出すスパイスとなっていた。


──全国47都道府県をくまなく周るという企画は、以前からやりたかったものなのですか?

岸洋佑:正直言うと、ここまで泥臭くやることは考えていなかったんです。ヒーロー(宇宙戦隊キュウレンジャー)をやらせていただいたり、メジャーデビューもしていたので、多分コロナがなければこういうことをやろうとは思わなかったと思います。

──やはりコロナ禍の影響は小さくなかったのですね。

岸洋佑:コロナ禍で世の中が生の音楽離れを起こして、僕自身も生きるか死ぬかもわからないような気持ちになってしまったなかで、1年くらい経った頃ですかね…改めて「やっぱり歌いたいな」と思ったんです。

──歌う場所を失った2年間でしたよね。

岸洋佑:ええ、だけど、やっぱり歌いたいしいろんな人に届けたいと思った時に、47都道府県すべてに行って、自分でチラシをまいて目の前の人に歌を聴いてもらうという一番シンプルで一番やるべきことに行き着きました。音楽をやるからにはゼロからもう一度作りたくて、1年前から準備を始めてようやく今に至ります。

──コロナの影響で配信環境は急速に発展を遂げましたが、配信ではなく自分の足で全国に出向く?

岸洋佑:はい。配信も本気で勉強して2年間やったんです。ライバーのように毎月配信ライブをしたり、世の中に合うことすべてやってみたんです。けど、どのアーティストの配信ライブを観ても、生で観た時の感動を超えられていなかったので。

──リスナーとして?

岸洋佑:リスナーとしても、自分が歌った配信映像を観ても。生の迫力がそこには出てこないんです。もちろん配信でもものすごいクオリティで迫力を持ってできる人もいると思うんですけど、僕はきっと生での熱量やその時の空気感というものを届けないとダメなアーティストなんだろうなって実感しました。元々、尾崎豊さんとか玉置浩二さんが大好きな人間なので、泥臭くほんとの生の声を届けることをしたくなったんです。

──とはいえ、実際47都道府県を周るのは、言うほど簡単じゃないですよね。

岸洋佑:簡単じゃないです。ただ僕の決意が中途半端じゃなかったので。まず「47都道府県に行きたい」「歌を届けたい」「じゃあ47都道府県行かなきゃ」「どうやって行く?」「電車?…いや、何も持っていけない」「じゃあ車?ハイエース…それでは限界がある」。で、隅々まで行きたいとなったらキャンピングカーだと思ったんですね。でもキャンピングカーを買うお金はないから、こういう思いに賛同してくれるキャンピングカーのスポンサーさんを見つけなきゃ…と、すぐ翌日から動き出したんです。そういうところの行動力は、今の若い人たちよりも一歩も二歩も早いかもしれない。やらない理由を探さないというか、やる理由だけ探して、とにかくやってみるんです。それこそコロナ中には、僕はインドネシアに向けてYouTubeを始めていたんですよ。

──インドネシア?

岸洋佑:YouTubeを今から始めても伸びるのは難しいなと思った時に、一番伸びそうで自分に合う国はどこだろうと150か国ほど勉強してインドネシアだとわかったからです。それに気付いた翌日にはインドネシア語学学校に入って、インドネシアの人に勉強している様を見せるYouTubeを始めました。最初は1万人だったんですけど1年間で10万人くらいに増えたので、やはり思い立ったらすぐに行動することが大事だと思っているんです。

──昔からそういう質なんですか?

岸洋佑:いえ…大人になってからかもしれないですね。昔から器用貧乏って言われ続けてて、芸能界ももう10年いるんですけど、最初の5年くらいは隣の芝生が青く見えすぎて悪口ばっかり言っていた気がします。「あいつばっか売れてよぉ」みたいな(苦笑)。でもヒーローをやらせてもらったときに、自分の意識を変えない限りは何も変わらないことに気付いたんです。「だからなんで俺のこと売ってくれないんだよ」じゃなくて、「売りたいと思う人間になってないことが問題なんだよね」っていう。「コイツを売りたいな」「コイツを応援したいな」って思ってもらう人間になってないくせに「あいつばっか」と言っていました。そもそも自分が努力をしていなかったとか、そういう甘さにようやく気付けたのが24歳のとき。そこからすごく極端なんですけど「明日死んでも後悔しないように生きていこう」「今日やれることは今日のうちにやって、明日がもし来たら明日はこういうことをやろう」という風に生きるようになったんです。それからは世界がいろいろと変わっていきました。


──そういう経験を経て、この47都道府県ツアーにつながるんですね。初回となった渋谷では2日目にしっかり雨が降り、機材もトラブりましたが。

岸洋佑:(笑)、正直言うと、なんか持ってるなって思いました(笑)。僕…良い意味でも悪い意味でもハプニングがつきものというか。上手くいったと思いきや音の苦情が来ちゃって音量が小っちゃくなっちゃったり、4月なのに今日はこんなに寒いとか、最後の回はがんばってアレンジ加えてみんなを楽しませようって思ったら、トラブルで音が鳴りませんでしたし。

──(苦笑)

岸洋佑:でも「いいや、今までやってきた自分で勝負してみるわ」って最後の曲を歌ってる時に自分のキャンピングカーが後ろを通りました。いろんな流れがいつも僕をギリギリまで追い詰めて最終的にドラマティックにしてくれるんです。ずっとそんな人生で、渋谷のライブも言ってみたら「岸洋佑っぽいなあ」って思います。

──文字通りライブですね。

岸洋佑:ライブ=生きるですからね。

──<岸 洋佑 LIVE TOUR 2022 『47 Life is an Adventure with Crew』>は、どのようなドラマが生まれるのでしょうね。

岸洋佑:僕としては、人前で歌を唄ったり、人が歌を聞いてる様を見ることすら2年以上ぶりだったりするんですけど、その間に改めてボイストレーニングを始めてみたり、技術的にもビジネス的にもある程度肝が据わった状態でスタートできているので、自分でも信じられないぐらいの成長・進化を成し遂げられるのかな、とは肌で感じています。これがもしコロナ前の自分だったら、いろんなトラブルやハプニングに動揺していたと思います。

──わかります。

岸洋佑:何が起こっても「今、俺が目の前で唄うこの歌を聴いてくれ」って一瞬で思えたことが、この2年間いろんな思いで音楽をやってきた意味なのかなって思いましたし、それでお客さんがいいと思ってくれたり、スタッフが「エモかったね」って言ってくれたりすることが、この2年間の答えだったのかもしれません。このメンタリティを持って47都道府県全部に行って目の前のお客さんと対峙していったら、どれだけの化学反応が起きるのかが素直に楽しみになりました。

──キャンピングカーMatrixを貸してくれたLACホールディングスにも感謝ですね。

岸洋佑:感謝してもしきれないですね。リアルなことを言うと「気合いが伝わった」「覚悟が見えた」と言ってくださって貸してくれたんです。あのキャンピングカー、1500万円くらいするんですよ。

──とても買える金額じゃないなあ。


岸洋佑:なおかつラッピングもしてくださったり、停める場所も確保してくださったりとか、ほんとに至れり尽くせり、それで「頑張ってね」って。ヤマハさんも同じで、器材を全部提供してくださってライブの準備も一緒にやって支えていただいている。それも、僕の気合いや覚悟が伝わって「じゃあコイツのためにやってやろう」って思ってくれたのではないかなと勝手に思っているので、だからこそ今回のライブはいい意味で責任もすごく感じているんです。どうにか目の前のお客さんに岸洋佑を好きになってもらいたいし、キャンピングカーを見てもらいたいし、ヤマハさんのギターも見てもらいたい。ドリンクを提供してくださっている伊藤園さんも見てもらいたい。衣装だってライトオンさんに提供して頂いているんです。全部、僕を通じてそこに開ける可能性があることを生半可な気持ちではできないなと思っているんです。

──人が動く一番の原動力って、そういうものですよね。

岸洋佑:間違いないです。


──47都道府県のライブでは、ヤマハのギターの「TOUCH & TRY」も行われるんですよね?

岸洋佑:そうなんです。それがとっても嬉しくて。お子さんだったりファンの方が、皆さんにギターを教わりながら弾いているのがすごくエモくて。僕は初めて買ったギターがヤマハさんのものだったんですけど、そのギターが「TOUCH & TRY」にあって、久しぶりに出逢えたので「うわー、エモーショナルだなあ」と感じました。不思議なご縁がいっぱいあるなって思います。

──これからの1年、楽しみですね。

岸洋佑:ファンの方にもこのコロナ禍で生の音楽から離れている方、音楽から離れてしまった方がたくさんいらっしゃるんです。そんな中で「やっぱり生はすごいわ」って一言言ってくれたり、「また来るね」って言ってくれたり。そこを実感できているので、生にこだわっていろんな人を巻き込んでツアーを始めるのは間違いではないのかもしれないなと思っています。



──このツアーで歌うための楽曲制作をマシコタツロウさんに懇願していましたが、それで完成した曲が「スターマイン」なんですよね?

岸洋佑:そうです。一見明るそうに聞こえる曲ですけど、「スターマイン」は連続発射花火のことなんです。なので、全国でみんなで拳をあげられたら俺のスターマインができるよねという思いがあるんですけど、同時に、世界では今、戦争が起きていますよね。そういう意味では、花火に火薬が使える国というのは平和なんだそうです。花火って平和の象徴なんですって。なので、花火をあげられることや、「花火を上げろ」と歌えることってすごく幸せだよねっていう思いも込めています。「スターマイン」はすごく盛り上がるのはもちろんですけど、音楽を自由に聴けるこの平和というものを忘れないための曲でもあるんです。


──いろんなドラマと、そこから得るものがたくさんありそうですね。

岸洋佑:期待しています。今までの自分の人生の中で一番成長すると思うので。今から成長できるということが幸せでしょうがないというか、ここからとんでもない忍耐と精神力を身につけた岸になりたいと思っています。

──トラブルもあるでしょうけど。

岸洋佑:いっぱいあるでしょうね。でもそれこそが醍醐味とも思うんです。きっと出逢いもこれからたくさんあると思いますし、ちゃんと成長できたんだって思えるようにがんばります。

取材・文◎烏丸哲也(JMN統括編集長)




◆岸洋佑オフィシャルサイト
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