【コラム】ポール・ウェラー『ファット・ポップ』、コロナの時代を懸命に生き抜くすべての音楽ファンへの贈り物

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パンデミックの時代は、アーティストが進むべき二つの道を提示する。新しい手法に積極的に挑戦し、トライ&エラーを恐れず未踏の道を突き進むか。慣れ親しんだ環境が戻ってくるまで、慎重に周りを見ながら自分の城を守るか。

ポール・ウェラーはもちろん前者を選ぶ。前作『オン・サンセット』から1年もたたないうちに届いた16枚目のニューアルバム『ファット・ポップ』がその証拠だ。ゴージャスなサウンドメイクを施し、ドラマチックな長い曲をいくつか含み、全英1位に輝いた『オン・サンセット』とは一聴して音の質感が異なる。楽曲のバリエーションは様々だが短くソリッドな曲を揃えた、グッと引き締まった感覚を覚えるアルバム。彼はいかにしてこの精気みなぎる最新傑作を作り上げたのか? BARKSに届いたオフィシャル・インタビューを引用しながら解き明かしてみたい。


アルバムの制作が開始されたのは、『オン・サンセット』がリリースされる前の2020年春のこと。予定されていた夏のツアーがCOVID-19による英国内のロックダウンにより開催不可能になったことを知るやいなや、すぐさま新作の制作に取り掛かったというところがいかにも彼らしい。「電話の中には、ためておいたアイディアがたくさんあったんだ。最低、それらを少し曲らしくしてみる時間はあったわけだ」とポールは言う。電話というのはスマートフォンの録音機能か音楽制作アプリのことだろう。そこにアイディアを打ち込んでいる62歳(5月25日で63歳)のロッカーの姿を思い浮かべると、ほほえましいと同時に実にかっこいいと思う。

まずは、自宅でのソロレコーディング。そのデータをレギュラーバンドのメンバーに送り、ドラム、ベース、ギターやキーボードを加え、送り返してもらう。「全員が一緒でなかったのはちょっと変な感じだったが、少なくとも仕事を途切れず続けられた。そうでなければ、気が変になってしまっただろうから」と語っているのは、オールドロッカーの本音だろう。そしてロックダウンが一時的に緩和されたその年の夏、バンドメンバーをイングランド南東部のサリー州にある「ブラック・バーン・スタジオ」に集め、楽曲の最終仕上げに取り掛かる。ポールがお気に入りのアーティストを招いてセッションするインターネット番組「ザ・ブラックバーン・セッションズ」でもおなじみのあの場所だ。



「最初は1曲ごとシングルとしてリリースし、最後に1枚のアルバムにまとめようかとも思った。でもそのやり方は現時点では実践的じゃなかった。どの曲にも強さがあり、今の時代と時を同じくした即時性がある。そう僕は思う。どれも短くて、一番長くて3分とかそれくらいなんだ」

「僕が欲しかったのはヴァイブ感だ。ライヴで演奏できる曲だ。このコロナの状況を考えると、それがいつになるかは神のみぞ知るだ。でも僕の頭の中の“想像のギグ”で、僕らは『ファット・ポップ』の全曲をライヴで演奏している。『オン・サンセット』の曲やみんなが大好きな昔の曲と織り交ぜながら、演奏している姿が見える。そうなったら最高のセットリストだね」

「アルバムを作る際、いつでも僕は少なくともその前作を越えたいんだ。なぜなら毎回、ハードルは上がっているからだ。すべてが予定通りに進めば、そのハードル以上に行くことだってあるんだ、時たまね」

こうした発言の中から見えてくるのは、ポールがパンデミックの世界の中で最も即効性の高い楽曲とは何か?について考察しつつ、アーティストとして「ライヴパフォーマンス」は、過去も現在も未来も絶対に欠かせないものだと認識している点だ。ポールの目にはいつも、オーディエンスが踊り、手を振り上げ、共に歌うシーンが浮かんでいる。たとえ音楽アプリやリモート制作を取り入れようとも、原点が決してブレていないからこそ、遠い日本で今その音を聴いているリスナーにも確かなライヴの熱気が届いてくる。『ファット・ポップ』のFATは様々な意味を持つ言葉だが、ここではおそらく「豊かな」という意味だろう。「音楽、そして音楽が人間に与えてくれたものへの感謝だ。どんな状況にあろうとも、僕らは今ひとつだ。音楽は僕らをがっかりさせたりしない。そうだろ?」とポールは言う。イエス、オーライ、その通り。


『ファット・ポップ』はコンセプトアルバムではなく、サウンドに決まった定型はない。最もエレクトロニックなダンスビートを持つ1曲目「コズミック・フリンジズ」から、豊かなストリングスに飾られたミディアムバラードの最終曲「スティル・グライズ・ザ・ストリーム」まで、似た曲はひとつもないと言っていい。1960年代のポール・マッカートニーやレイ・デイヴィスなどを思わせる典型的なブリティッシュ・クラシカル・ポップ「シェイズ・オブ・ブルー」もあれば、夢見るような空間装飾に彩られたスローナンバー「グラッド・タイムズ」もある。アコースティックギターをかき鳴らすフォーキーでグルーヴィーな「コブウェブ/コネクションズ」、骨董品もののファンク・ブルースに粋なフルートを配した「テスティファイ」、ダブ/レゲエをソウルフルかつパンキッシュに処理した「ザット・プレジャー」など、素晴らしいミクスチャーサウンドもある。ポールの中にある「ファットでポップな」音楽のイメージを全部ぶちまけたような、驚くべき創作力だ。

「(「コブウェブ/コネクションズ」について)この曲が言わんとしているのは、人は自分らしく、自分にハッピーでいられればいられるほど、よりよい自分に変われるということ。自分のためだけじゃない。すべての人にとっていいことなんだ。“自分を救おう、周りの人間を救おう”と歌っているのは、そういうことさ。世の中を見ていて感じたことであると同時に、僕自身のことでもあるね」

「(「ザット・プレジャー」について)ブラック・ライヴズ・マターをめぐるムーヴメントに対する僕なりの回答なんだと思う。それを曲にするのはデリケートな問題でもあるが、自身の肌の色に関係なく、人間なら誰もがなんらかの感情に気持ちが乱されて当然だ。ジョージ・フロイドが白昼堂々殺されるあの映像に、人は恐怖、嫌悪、ショックを感じるべきだ。あんなことはもう起きてはならない。人間全員が問われているんだ」

「(「イン・ベター・タイムズ」について)今、何か人生の辛いことを経験している若い子、たとえば中毒やメンタルヘルスの問題に苦しんでいたり、何であれ…彼らに僕から大丈夫だよと言っているんだ。今を乗り越えれば、いいことが絶対に待っている。あとになって振り返ったら、きっと違う目で見ることができるということだ」

歌詞についてのコメントも、同時代のトピックスへの鋭い目配り、疑問、哲学などがしっかりと表現された、実にポールらしいものだと感じる。1970年代にザ・ジャムのメンバーとして、パンク・ムーヴメントの中の怒れる若者のひとりだったポールは、62歳の今も怒りと疑問を歌詞にして叩きつけることをいとわないが、そこには確かな愛と包容力がある。アルバムでも最も怒りの感情が伝わってくる「ザット・プレジャー」でさえ、ストリングスの音色は美しく生命力豊かなものだ。



もうひとつ、何人かのゲストがこのアルバムをよりカラフルに輝かせていることに触れておきたい。ポップなグラムロック風の「トゥルー」でポールとデュエットしているのは、ポールの最近のお気に入りバンドのひとつ、リヴァプール出身のザ・ミステリンズのシンガー、リア・メトカルフ。彼女のヘヴィな低音パートと、ポールが伸びやかな高音パートのハーモニーは、文句なしにかっこいい。そして「テスティファイ」でヴォーカルを分け合うアンディ・フェアウェザー・ロウは、言わずと知れた英国音楽シーンの重鎮のひとりで、何も言わずともわかりあえているふたりのハーモニーがいかしてる。さらに「シェイズ・オブ・ブルー」には娘のリアが共作で加わり、ヴォーカルにも参加。父親にそっと寄り添うような、柔らかいストールのようなふんわりした歌声が魅力的だ。

前作『オン・サンセット』で、ポール・ウェラーは1980年代~2020年代の連続した5つの年代で全英1位アルバムを獲得した史上4人目のアーティストとなったそうだ(ポール・マッカートニー、ジョン・レノン、デヴィッド・ギルモアに並ぶ)。これだけ多作で、冒険的で、バラエティに富み、あらゆる世代への訴求力を持ち、日本でも絶大な人気を持つアーティストと共に、今の時代を生きているのだと思うだけで、元気が出る気がしてくる。音楽は僕らをがっかりさせない。そしてポール・ウェラーは僕らをがっかりさせない。『ファット・ポップ』は、コロナの時代を懸命に生き抜くすべての音楽ファンへの贈り物だ。

文◎宮本英夫

ポール・ウェラー『ファット・ポップ』

2021年5月14日 発売
CD UICY-15986 ¥2,750(税込)
※日本盤のみSHM-CD仕様
※日本盤ボーナス・トラック1曲収録
1.Cosmic Fringes コズミック・フリンジズ
2.True トゥルー
3.Fat Pop ファット・ポップ
4.Shades Of Blue シェイズ・オブ・ブルー
5.Glad Times グラッド・タイムズ
6.Cobweb / Connections コブウェブ/コネクションズ
7.Testify テスティファイ
8.That Pleasure ザット・プレジャー
9.Failed フェイルド
10.Moving Canvas ムーヴィング・キャンバス
11.In Better Times イン・ベター・タイムズ
12.Still Glides The Stream スティル・グライズ・ザ・ストリーム
13.Testify(Live From Mid-Sömmer Musik / 2020) テスティファイ(ライヴ)※日本盤ボーナス・トラック

◆ポール・ウェラー・レーベルサイト
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