【連載】フルカワユタカはこう語った 第36回『蝉の恩返し』
▲『fanistream』生配信/6月21日
昨日、洗濯物を干していてひっくり返ったアブラゼミの死骸を見つけた。今年の梅雨は本当に長かったので、騒々しくなってきた蝉の鳴き声でようやく真夏の到来を感じ始めた矢先だというのに、もう短い地上生活を終えてしまったのか、せっかちなやつだ。
◆フルカワユタカ 画像
ちょうど1週間くらい前、近所の公園を缶チューハイ片手に徘徊していた時に見つけたアブラゼミの幼虫のことを、ふと思い出した。街頭に照らされ無様にひっくり返ってもがいていたそいつに枯れ枝を差し出すと、一生懸命に枯れ枝にしがみついた。それを僕はアリの巣の様な小さな穴に突き刺して立ち去った。少しして、もう少しきちんと刺そうと戻ったのだが、そいつはさっきよりしっかりと枯れ枝につかまっていた。
もしやお前はあの時の。いや、蝉の成虫の寿命が一週間というのは俗説で、実はひと月生きるらしい。ということでこいつは別であろう。そもそも律儀に目の前に現れるようなやつならば、まずは人の姿に変化して、素性は明かさず恩返しをしてくれるはずで、こんな風に狭いベランダの真ん中で恩人の足の行き場を邪魔するようなドジはすまい。などとブツブツひとりごちながら洗濯物を干していたら、この蝉がこのままベランダでひからびていくのが哀れに思えて、近所の空き地にでも埋めてやることにした。
ティッシュペーパーにくるもうと手を伸ばしたら、ゆっくりと足が動いた。
「あ、まだ生きてる」
なけなしの力を振り絞って一生懸命にティッシュペーパーにしがみついてくる。明日の朝、命が尽きたのを確認してから埋める事にして、やはりひからびないよう、ベランダの隅に小さな日陰を作ってそいつを移してやった。
「おい、変に悲しい気持ちにさせんなよな。俺たちいま、色々大変なんだからさ」
長い長い梅雨が明け、暑い夏がやっと来た。5月に感染者数が減った時、テレビで誰かが夏は随分と減りますと断言していて、それを真に受けた僕は夏のツアーは絶対にまわると言い張っていたけど、実際にはそうはならなかった。
慣れなければならぬこと、変わらなければならぬこと、“諦め”と“覚悟”のちょうど真ん中を意味する言葉が欲しい。前を向いてるようで後ろを向いてる日があって、その逆のような日もあって、そんなこととはおかまい無しに過ぎて行く日々を、受け止められる都合のいい言葉を。
▲『fanistream』生配信/6月21日
“コロナ禍のおかげで”というと変な話だが、もう半年近く、僕は毎朝2時間ほど英語の勉強をしている。動機は単純で、3月に発表した「Yesterday Today Tomorrow」の英語の発音を動画のコメント欄でダメ出しされたからだ。
摺り合わせるべきキーと発音の調整 (例えば“e”などは僕は不得意なので高音にはのせない、など)をおこたった。RECまで日がなかったことを言い訳に発音の練習をあまりしなかった。ドーパン(Doping Panda)の頃は熱心にやっていた英語の勉強をここ数年はまったくやっていない。といった具合に、僕にも心当たりがあったので、“仕方がない”と素直に受け止めるべき、というか受け流すべきだったのだが、書き込まれたコメントの「外国人の友達に聴かせたところ聴き取れないとのことでした」って言い回しがやけに心にひっかかって (わざわざ外国人の友達に確認作業ありがとう!)。その日以来、鉄の意志でもって(笑)、英語の学習を続けている。最近は上達を実感出来て楽しいくらいだ。コメント書いた人、言い回しも含めてグッジョブ。
10年前、僕は海外でライブやリリースをしたいが故に、自作のなんちゃって英語詞をやめ、ティム・ジェンセンと作詞をし、英語の勉強も一生懸命した。それから10年、バンドも解散し、歳もとり、すっかり海外への情熱を失ってしまったつもりだったが、英語の勉強を始めたことで、情熱という炎が小さくではあるが再び心に灯っている。『Peep Show』(イギリスのコメディードラマ)を久しぶりに観ながら、ヨーロッパツアーのことを思い出しては甘酸っぱい気持ちになったりする。本当は今頃日本中を(47都道府県制覇ツアーで)せっせとまわっていたはずなのに。“コロナ禍のおかげで”というと変な話だが、人生はつくづく不思議だ。
慣れていくこと、変わっていくこと、“失望”と“希望”のちょうど真ん中を意味する言葉を知りたい。少し不安なだけで、だれかを否定したり世の中を愚ったりしたいわけではないという、今のこの気持ちを表す言葉を。
▲『オンガクミンゾク Vol.01』/7月31日/photo by 瀬川ダイジュ
とはいえ、なんだかんだ僕は音楽家として音を出し続けられている。先月末は事務所主催のリモートフェス (8月20日配信<ズームイン!!SMA!>)用素材をBase Ball Bearの3人と蒼山さん (ex.ねごと)とリモートでワイワイやりながら作っていたし、ここ最近はLOW IQ 01 & THE RHYTHM MAKERSで生配信ライブが2本、収録ライブが1本あった。初回ゲストに須藤君 (髭 HiGE)を迎えて先月から始まった配信音楽番組『オンガクミンゾク』の評判も上々だ。今月末にはゲストにまーちゃん (原昌和/the band apart)、サポートドラムにダゼ (DAZE/LOW IQ 01 & THE RHYTHM MAKERS)という編成で第2回の配信も決まっている。3月末から始めたファンコミュニティーアプリ『fanicon』はもうしっかりと自分の表現の場所となった。
その一つ一つがどこかでリンクし合う中で、この世界の“僕の”行く先が少しずつだが見えてきている。道が見えてくれば、その道の上にやりたいことが見えてくる。アイデアを夢想しているときは以前と変わらず、いやむしろフォーマットや正解がない分、前以上にワクワクしているときさえある。前時代のシステムと常識に漬かりきった僕でさえこうだ。
間もなく、適応も変化も必要のないこの時代がノーマルな若者達の中の誰かが、驚くべき方法でまったく新しい音楽を颯爽と鳴らしてしまうだろう。嫉妬する準備も時代遅れになる準備もできている。だから僕は音楽を止めるなと拳をかかげて叫んだりはしない。ましてや“守る”などと。戦争にだって災害にだって音楽を止めることはできやしない。この疫病にだって同様だ。ただ新しいものが生まれるだけ。勝手に計れないほど音楽が強くて美しいことなんて知ってるくせに。こんな時だからこそ僕たちはピュアに鳴らせばいいだけなのに。音楽は自らの手で立ち上がるし、どうしたってそこに向かうのだから。
▲『LOW IQ 01 & RHYTHM MAKERS 生配信ライブ』/8月8日/photo by 上坂和也
ところで、蝉がいない。日陰を作り、ティッシュペーパーにくるんで確かに置いたはずの蝉が、どこにもいない。アリが食べてしまったにしては跡形もなさすぎるし、そもそもここは2階だ。アリが群れるとは思えない。昆虫の生態に詳しくないのでわからないが、寝ていたとか気絶していたとかいう可能性はあるのだろうか。あるいは人間のように熱中症になったりするものだろうか。風に吹かれて下に落ちてしまったのだとしたら、なぜつかまっていたティッシュペーパーだけが残っているのか。本当に不思議な話だが、昨日は瀕死の状態にしか見えなかった蝉が一晩たったらいなくなってしまった。実際裸足でずっと立っていると火傷しそうになるくらい昨日のベランダは熱かった。あのまま放置していれば確実にあの蝉はひからびていたはずだ。あの後、蘇ってどこかで元気に鳴いているのなら、それはそれでいい。
………え?………恩返し?………蝉の? ちょっと待ってくれ。そんな急に見知らぬ人が尋ねてきたって、いまはコロナ禍。ソーシャルディスタンスだし、家に上げるどころか、俺、ドアも開けないよ。
「ピーン、ポーン」「夜分遅く申し訳ありません、私、油セミ子というものです。道に迷ってしまったのですが、どうか一晩とめていただけないでしょうか?」
いや、普通に怖いんですけど。
「感染対策はバッチリしてございます。家の中でもマスクいたします。PCR検査も昨日陰性を頂きました、ミンミン」
分かりやすくヒントを出すのやめてもらえますか。
「それから、可能であればお部屋を一部屋かして頂けると、ミンミン、ありがたいです。が、部屋の中は決して覗かないでください、ジーッジーッジーッ」
おーい、だれかー。
セミ子さん。僕は、もう、全然恩返しとかいらないんで大丈夫なんですけど、“仕事のシステム的に恩を返さないと終われないんです”っていうのなら、分かりましたから、こんなご時世だし、ね、リモート恩返しで、何卒お願いします。
■配信番組『オンガクミンゾク Vol.2』
ゲスト:原昌和 (the band apart)
サポートドラマー:山﨑聖之
▼チケット
配信チケット:1,000円(税込)
配信プラットフォーム:Streaming+
https://eplus.jp/furukawayutaka-s/
■公式ファンコミュニティfanicon『星の降る町』入会ページ
■コンテンツ内容■
・ここだけでいち早く聴ける新曲
・ここだけでしか呟かない、本人による投稿
・ここだけでしか見られない生配信ミニライブを月1〜2回程度開催予定
・本人によるオンラインギタークリニック
etc.
「星の降る町」入会ページ
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