【連載】フルカワユタカはこう語った 第33回『カレーライス』
▲ベストアルバム『傑作選』撮影オフショット
デマの影響で近所のどこにもトイレットペーパーやティッシュペーパーがない、というのはデマではなかった。なんならキッチンペーパーやコットンなんかまでなくてビックリした。
◆フルカワユタカ 画像
いやはや困った、我が家にはもう2ロールしかない。しかも最近、免疫力アップのために食物繊維やら乳酸菌やらで腸内環境をしっかり整えちゃってたもんだから。調子が良くて、ペーパーの消費スピードが、ねえ。
9年前の震災の時も水だなんだと買い溜め買い占めがあったのを思い出した。近所の酒屋さんが値段を上げて水を売ってたこととか、”米・パン・カップ麺を買い溜めする族”になりたくなくて、棚にめちゃくちゃ余ってたベイクドビーンズを大量購入したため、煮豆のアレンジ料理を沢山覚えたこと、とか。
これがアップされる頃にはトイレットペーパーは買えるようになってるかな。明日朝から並ぼうかな。お尻拭く紙を買う為に並びたくないな。てゆうか震災の時とは違い、本当はあるのに買い溜めすることによって在庫切れを起こし、その状況に焦ってまた買い溜めに走ってって──「1割の人が、例えば1ヶ月分とか買い占めちゃうと、トラックの絶対量が追いつかないので現在品切れになってるだけなんです。在庫は十分あります」とテレビが言ってた。そうか、残り9割の人はそんなことしてないんだ。とそれを聞いて少し安心した。
▲<眠りたくない冬の夜は>2020.1.24@東京・下北沢風知空知
もちろん気が滅入っている。政府の中止要請が出た段階でサポートギターも含めてライブが6本ほど飛んだ。今月末には念願叶ってのバンアパ(the band apart)との2マンツアーが控えてるが、開催の是非や可否については現在も事務所と協議中だ。今朝は『<SXSW 2020>中止』という記事を見つけた。アメリカで34年間一度も中止することなく続いてきた音楽フェスだ。ほんの数日前までアメリカはこの騒ぎの舞台ではなかった。
先週は、行くはずだった某外タレの来日キャンセルが発表になってがっかりした。自分のお客さんもこんな気分なんだなと無念に思った、が同時に、ライブが今日だったら行かないのではないかと思っている自分に驚いた。キャンセルの発表があるまでは何がなんでも行くつもりだったし、だからこそ本気で落ち込んでいたのに。社会に対する倫理観からなのか、単純にウィルスに対する恐怖感からなのか、そのどちらもなのか。僕はたった一週間で何か得体の知れない空気を吸い込んで違う僕になっていた。
▲<THE SUN ALSORISES vol.103>2020.2.11@F.A.D YOKOHAMA w/ PHONO TONES
自粛を煽るヤツは馬鹿だとツイートした人がいた。ライブを開催して叩かれまくった人がいた。経済が破綻したら死ぬのは高齢者だけじゃ済まなくなると書き込む人がいた。自分の親が危険にさらされてでも楽しみを優先するのかと書き込む人がいた。自己責任だと言う人がいた。自己責任ではすまないと言う人がいた。
3月の1週目の火曜日はレコーディングだった。水曜日は無観客のZeppで3組のアマチュアミュージシャンを審査した。木曜日は久しぶりに昼からお酒を飲んだ。結構深酒をしてしまったようで、顛末を知らない電子書籍が読了ページになっていた。金曜日は今月末発売のベストアルバムのインタビューを事務所で受けた後で、バンアパとの2マンツアー開催の是非をマネージャーと再協議した。「やる」「やらない」「やりたい」「やれない」のラリーが、人のいないがらんとした事務所の片隅でとりとめもなく続いた。会議室にベボベ(Base Ball Bear)がいた。彼らも19日からの対バンツアーの開催について協議していた。
何かを断言出来るわけがない。断言してはいけないとも言える。土曜日から翌週火曜日までスケジュールは真っ白だった。なんでもいいから元気を出したかった。
▲ベストアルバム『傑作選』マスタリング終了直後
時間は腐るほどある。4年ほど前、発表予定のない曲を作っているだけで息をして飯を食らっていた僕は、時間というものはその気になればいくらでも腐らせることができることを知っている。逆に自分次第でいくらでも活かすことが出来ることも。というわけで作曲をすることにした。毎日曲を書く。そしてこの騒動がある程度収束したらスタジオに入ってやる。「じゃんじゃーん! 5枚目のフルアルバム! いよいよロックスターの新章がスタートだぁぁあ!!」と声には出さなかったが、アニメ風をイメージして頭の中で叫んでみたら少し元気が出た。
が、やる気は全く出なかった。僕はいつも取りかかるのが遅い。締め切りが決まらないとなかなかにやりださない。特に、若い頃は作品を作り溜めすることそのものに否定的と言うか、制作から幾月も経ったものを世に出すということへの抵抗というか、なるべく最新の自分を提示しなくてはならないというこだわりから、簡単なメロディーやコード進行くらいのストックはあったものの、録音臨戦態勢!といった完成度の高いデモのストックはなかった。そこに才能の枯渇と加齢が加わった状態が現在(いま)である。しかも今月はベストアルバムのリリースが控えている。予定のない架空の次回作に対するモチベーションなど湧いてこようものか。
▲ベストアルバム『傑作選』撮影オフショット
カセットコンロのボンベが切れていたことを思い出したので買い物に行くことにした。僕は鍋が好きだ。最近少しゆるめたが、去年の夏頃から始めた糖質制限ダイエットに鍋はもってこいだ。寒い冬に暖かい部屋の中でお酒を飲みながら鍋をつつく。簡単だし野菜も沢山とれて最高だ。先日ボンベが切れててキッチンで作ったが、やはり鍋は目の前で炊きながら食べるに尽きる。
外は久しぶりに寒かったが、家を出てすぐの通りで半袖半ズボンの小学生達がバドミントンをしていた。“こどもはかぜのこ”が“子供は風邪の子”と変換され慌てて頭を振る。忘れろ、忘れろ。全員がそうではないのだろうが、子供にとって今回の一斉休校は嬉しいのではないだろうか。少なくとも僕だったら喜んだに違いない。ウィルスのことだってなんのこっちゃ分かってないだろうし。無邪気に遊ぶ子供を見ていたらもう少しだけ元気が出た。
狭い路地だったのでゲームを邪魔しないように端を歩いていたのだが、“ポトリ”と僕の前に羽根が落ちた。「人が邪魔したから今のは無し!」──僕の足下の羽根を拾い上げながらそう言うと、相手も言い返した。「今のは無しって言うの今度から無しなら今のは無しにしてあげるよ!」……なんじゃそりゃ。“友達が器のでかいヤツで良かったな、僕がいなくてもお前絶対に取れてなかったけどな”と思ったが、「ごめんね」と小声で言いながら二人の脇を通り抜けた。
ここ数日、都心部はあからさまに人が少なかったが、ウチの近所も同様に少なかった。マスクをつけた人がまばらに行き交う商店街を歩くと、やはり気分が滅入ってくる。滅入る僕を見てまた誰かが滅入ってしまうんだろうか。そしてその誰かを見てまた違う誰かが。
普段は使ってないのだが、考え事をしたいときなど散歩がてらに敢えて使用するちょっと遠い町のスーパー、にはカセットボンベが売っていなかった。なので結局、近所のスーパーで買うことにする。が、その店も5、6セット置けそうな陳列スペースにワンセットしか置いていない。数日前、水やカップ麺が品薄になったことがあったが、もしかしてカセットボンベも買い占めが起こっているのかしら。スマホを取り出してtwitterのワード検索をしてみる。“カセット ボンベ 買えない”──それらしい呟きは見当たらない。単にシーズン終了間際なので入荷薄ということなのだろうか。いや、そもそも2店舗まわっただけなので、入荷薄ですらないかもだけれど。いささか神経質になりすぎでいかん。
カセットボンベを手に取ってレジへ向かうと、久しぶりに陳列されたティッシュペーパーを見つけた(隣のトイレットペーパーは相変わらず空だったが)。例によって“お一人様ひとつまで”と書いてあったが、ちょうど昨日、実家から送られてきた段ボールの中に米を囲む感じで2箱ほどティッシュペーパーが詰められていたので買わなかった。昨日までティッシュ代わりに使っていたキッチンペーパーがあと1ロールという段階だったので、一億光年ぶりに母親に心から「ありがとう」と言った。「まだ米食べちょらんの? ちゃんと炭水化物とって免疫力をつけるんよ」とあまりにしつこく言ってくるので、途中から生返事に切り替わってしまったが。父と母は今年でいくつになるのだろう。確か親父の誕生日は3月だったはずだが、何日かまでは覚えていない。昭和20年生まれだから75になるのか、なったのか。
「食べちょるから、こっちは何にも心配いらんから、これはそっちが危ない病気じゃけえ、ちゃんと気ぃつけるんよ」──誰のことを思い誰の為にライブをしないべきなのか。それでもすべきなのか。誰かに断言してもらえたらどれくらい気が楽だろう。
ゲームの邪魔をしてからゆうに1時間は経っていたが、“あいつら”はまだ遊んでいた。バドミントンのラケットを銃に見立てて打ち合い、ゲラゲラ笑っている。小学3〜4年生といったところか。42歳。僕が9つの頃の親父の年齢に先月なった。ウチは4人兄弟だったが、今の僕の年齢でこのぐらいの歳の子達を、父と母は一生懸命育ててたわけだ。──誰のことを思い誰の為にライブをしなくてはいけないのか。それでもしてはいけないのか。僕が何かを言えるわけがない。
「沢山買い溜めをしたところで1人が使える量には限界があるわけで、購買行動は自然と止み、トイレットペーパーは来週中には普通に棚に並びます」とテレビが言ってた。明日、一億光年ぶりにカレーライスでも作ろうと思う。
■ベストアルバム『傑作選』
2020年3月25日(水)発売
NIW 149 / 2,545円(+税)
▼収録曲
01. Yesterday Today Tomorrow ※録り下ろし新曲
02. コトバとオト feat.Base Ball Bear
03. クジャクとドラゴン feat.安野勇太 (HAWAIIAN6)
04. ドナルドとウォルター feat.原昌和 (the band apart)
05. 僕はこう語った
06. busted
07. days goes by
08. シューティングゲーム
09. slow motion (2020mix)
10. プラスティックレィディ
11. I don't wanna dance
12. サバク
13. next to you
14. too young to die
15. Beast
16. farewell
17. 密林 ※録り下ろし新曲
▼「slow motion (2020mix)」先行配信URL
Apple
Spotify
この記事の関連情報
【ライブレポート】<貴ちゃんナイト>、fox capture plan、フルカワユタカ×木下理樹、CONFVSEの共演に和やかな音楽愛「笑っててほしいよ」
フルカワユタカ × 木下理樹 × 岸本亮 × 山﨑聖之、<貴ちゃんナイト>共演に先駆けてラジオ番組対談
<貴ちゃんナイト vol.16>にfox capture plan、フルカワユタカ×木下理樹、CONFVSE
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、the band apart主宰レーベルより新曲「この幸福に僕は名前をつけた」リリース
フルカワユタカ(DOPING PANDA) × 荒井岳史(the band apart)、ソロ10周年記念Wアコツアーを5月開催
ACIDMAN主催<SAI 2022>ライブ映像を出演者らのトークと共に楽しむ特別番組生配信
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、周年イベント<10×25>出演者最終発表
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、5thアルバム発売日に周年イベント<10×25>開催発表
【速レポ】<中津川ソーラー>DAY2、LOW IQ 01&THE RHYTHM MAKERS「心の中で、ア・バ・レ・ロー!」