【ライブレポート】武道館を歓喜に包む、古くて新しく緻密にして大胆なTOTO40周年ライブ
古くて新しく、緻密にして大胆。TOTOのデビュー40周年を記念する<40 TRIPS AROUND THE SUN TOUR>は、アメリカン・ロックを代表するバンドの多彩な魅力を総結集したセレブレーションだった。
今回の来日公演に参加するオリジナル・メンバーはスティーヴ・ルカサー(G、Vo)とスティーヴ・ポーカロ(Key)の2人。デヴィッド・ペイチ(Key)は体調不良のため不参加だ。だが、今や“TOTOの声”として欠くことの出来ない存在となったジョセフ・ウィリアムズを加えた鉄壁のトライアングルによるライヴ・パフォーマンスは、全編どこを切ってもTOTOらしさに満ちたものだった。
「このバンドを始めたとき、オレは19歳だった。今では61歳だ」。来日前、ルカサーは少しばかりの自虐を込めて笑っていたが、ステージ上の彼は初期と変わることのない熱気を放ち続ける。相違点があるとすれば、年季を経た彼が、その熱気をコントロールする術を修得していることだ。抑えの効いたギター・プレイと荒々しいハードな弾きまくりの対比が、絶妙なコントラストを成している。
この日のライヴ1曲目「デヴィルズ・タワー」は、そんなTOTOのコントラストの魅力を象徴する曲だ。40周年といってもノスタルジアに浸るわけではなく、いきなり新曲から斬り込んでいくあたりからも、彼らの攻めの姿勢が伝わってくる。だが実はこの曲、『TOTO IV~聖なる剣~』(1982)のセッションで書かれながら未発表となっていた楽曲を最近になって完成させたものだ。新曲にも関わらず、身体に馴染んだTOTO節に満ちたこの曲に、日本武道館の2階スタンドのてっぺんまで埋め尽くした大観衆は瞬時に引き込まれていった。
続いて披露されたのが、TOTOの名を世界に知らしめた1978年のヒット曲「ホールド・ザ・ライン」、そして『TOTO IV』からの「ラヴァーズ・イン・ザ・ナイト」だ。TOTOクラシックスの連打に、場内の温度は上昇していく。
「アローン」は現在進行形のTOTOの音楽性を伝える新曲だ。40周年を記念するベスト・アルバム『40トリップス・アラウンド・ザ・サン』で初登場となったこの曲はライヴ映像作品/アルバム『デビュー40周年記念ライヴ~40ツアーズ・アラウンド・ザ・サン』にも収録されたが、まだ歴史が浅く、ファンへの浸透度は必ずしも高くない。それでも軽快なアップテンポの曲調、“ウォー、オーオー”という口ずさみやすいコーラスは一気に会場に拡がっていく。このコーラスは間違いなく45周年、50周年ツアーでも世界中のライヴ会場に鳴り響くことになるだろう。
数々のヒット曲を誇るだけでなく、全員が優れたテクニックを誇るプレイヤーであることもTOTOの魅力だ。レニー・カストロ(Per)、シャノン・フォレスト(Dr)、シェム・ヴォン・シュロック(B)に加えて、デヴィッド・ペイチの代打として参加したドミニク・エグゼヴィア・タプリン(Key)はいずれも実力派ミュージシャン。「アイ・ウィル・リメンバー」「イングリッシュ・アイズ」を挟んでレニーがパーカッション・ソロ、そして突入した「ジェイク・トゥ・ザ・ボーン」ではインストゥルメンタル・バトルが繰り広げられる。メンバーそれぞれの見せ場ごとに熱を帯びていき、ビシッとエンディングが決まると、一瞬時間が止まる。そして大声援が沸き起こった。
“割れんばかりの”という形容詞が相応しい歓声が場内に響きわたるが、それがさらに大きくなったのが、ルカサーの「次はパーティー・ソングだ」という紹介から「ロザーナ」が始まった瞬間だった。ルカサーが「バンドとして真のアイデンティティを見出した」と胸を張る名曲は、ファンにとってもフェイヴァリットのひとつだ。彼らは心地よいリズムに身体を揺らしながら、ルカサーとジョセフ・ウィリアムズのヴォーカルに加わって歌っていた。
過剰なまでの盛り上がりをクールダウンさせるべく、バンドはアコースティック・コーナーに入る。だが、観衆に点いてしまった火を消すのは容易いことではない。特に最初の曲が「ジョージー・ポージー」というのは、火に油を注ぐのに等しかった。
“ストーリーテラーズ”と題されたこのコーナーでは曲ごとにちょっとしたエピソードが語られる。「スティーヴ・ポーカロが書いたヒット曲」として紹介されたのが、マイケル・ジャクソンで知られる「ヒューマン・ネイチャー」だった。さらに「アイル・ビー・オーヴァー・ユー」「ノー・ラヴ」「ストップ・ラヴィング・ユー」という1980年代後半~1990年代の秀曲をプレイ。初期のヒット曲ほど顧みられる機会は少ないものの、彼らがコンスタントに優れた音楽を生み出してきたことを改めて我々に認識させた。
再びエレクトリックに戻って、ファースト・アルバム『宇宙の騎士』(1978)からの「ガール・グッドバイ」が飛び出す。壮大なシンセやパーカッションをフィーチュアしたことで、よりビッグになったアレンジは、先ほどまでのアコースティック・コーナーと好対照でスケール感を放っていた。
ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』(1976)に伴うツアー・バンドがTOTOの母体になったというのは有名な逸話で、全員がセッション・ミュージシャンとして数々の作品に参加してきた凄腕だが、ルカサーとポーカロの2人のスティーヴは元々ハイスクールの友人であり、現在のラインアップも気の置けない仲間たちだ。メンバー紹介ではジョセフをコールするときに「子供の頃からこの曲を聴いてきた…」と映画『ジョーズ JAWS』のテーマを演奏したり(彼の父親は『スター・ウォーズ』『ハリー・ポッター』シリーズなどの音楽で知られる巨匠ジョン・ウィリアムズ)、ルカサーを「惑星ZOAからやって来た...」と紹介するなど、TOTOらしからぬ?ユルさも見せて観客を和ませた。
いよいよショーは後半戦。ルカサーが言うところの“ディープ・カッツ”、滅多に聴かれないレア・トラック・コーナーが設けられた。『デビュー40周年記念ライヴ~40ツアーズ・アラウンド・ザ・サン』で“ネタバレ”されてしまっているものの、『アイソレーション』(1984)からの「ライオンズ」、彼らが音楽を手がけた映画『砂の惑星』(1984)のテーマ曲には、1曲ごとにどよめきが起こる。それが頂点に達したのは、「尊敬する友人ジョージ・ハリソンが書いた曲。カヴァー・アルバム『スルー・ザ・ルッキング・グラス』(2002)からの曲だ」という前置きからプレイされたビートルズの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」だった。ルカサーのパッション溢れるリード・ギターには、オリジナルで弾いたエリック・クラプトンに迫るパッションが込められていた。
「メイク・ビリーヴ」は名曲揃いの『TOTO IV』で決して派手な存在ではないが、全米トップ30入りと、他のバンドが羨むヒット・ナンバーだ。オールド・ファンを中心に、この曲も会場を沸かせた。
だが観衆が真に求めているのは、 同じアルバムからの別の曲だったりする。それを察知したルカサーは「みんな、“あの曲”を聴きたいか?」と尋ねる。「あの曲ってどの曲?」などとトボケるファンは1人もおらず、特大の「YES!」で応える。ライヴ本編はお待ちかね「アフリカ」でクライマックスを迎えることになった。一緒に歌って、ドラム・ソロにハートを揺さぶられ、武道館は歓喜に包まれた。
そんなハピネスはアンコール、『ザ・セブンス・ワン~第7の剣~』(1988)からの「ホーム・オブ・ザ・ブレイヴ」まで冷めることがなかった。アッパーな勢いのこの曲で締め括る展開は、TOTOが40周年を経て、さらに未来へと旅立っていくことを示唆していた。
とにかくパワーとエネルギーに満ちたステージ・パフォーマンスで魅せてくれたTOTO。約2時間のライヴは我々に元気を与えてくれた…と思ったら、ルカサーはわずか1ヶ月後、3月下旬からリンゴ・スター・アンド・ヒズ・オールスター・バンドの一員として日本に戻ってくるのだとか。還暦を過ぎてこの精力的な活動、頭が下がるばかりである。
TOTOの歴代のヒット曲を楽しみながらも、我々も頑張ろう!と、日本の中高年ファンを奮い立たせる熱いライヴだった。
文:山崎智之