【連載】フルカワユタカはこう語った 第26回『僕が来た道』
▲アルバム『Yesterday Today Tomorrow』リリース日 (2018年1月10日)
マネージャーとラインのやり取りを終え、スマホをコートにしまいながら、ふと思った。
◆フルカワユタカ 画像
5年前の“あの”ツアーで、もっと上手に成果を上げられていたら。例えばもっと身の丈をわきまえて、興行として成立する土地や会場をきちんとリサーチして、適切な本数のツアーを組んで、物販のこともきちんと学んで、ツアーを黒字で完走することが出来ていたら (実際、券売や物販の数字からいって全然うまくやれた可能性はあったと思う)。いや、あの赤字の後でだって、意固地にならずにアコースティックツアーなどできちんと補填出来ていたら、恐らく僕は今の事務所には戻っていなかっただろう。あれから5年、セルフマネージメントで頑張る平行世界のフルカワユタカは一体どんなギターを弾き、どんな歌を歌い、どんな仲間と一緒にいるのだろう。
▲<フルカワユタカ presents『yesterday today tomorrow TOUR ファイナル』>2018年4月13日@東京 Shibuya WWW
▲フルカワユタカ feat.原昌和(the band apart)「ドナルドとウォルター」ミュージックビデオ撮影 (2018年5月15日)
刀折れ矢尽きて事務所に戻った僕だったが、すぐに今のような精力的な活動を始めたわけではなかった。そこから2年弱、“年間ライブ数本のみ。作品リリース無し。なのにご飯は食べることができる人生”=“謎の潜伏期間 (命名・荒井岳史 [the band apart])”が訪れる。僕は最初のツアーがトラウマになり、積極的な活動を事務所に提案できなくなってしまっていた。だとして、よくもまあ契約し続けてもらえたものだし、そもそも坂道を下りきった僕をよく事務所に戻してくれたものだ。「ありがたいと思っているのなら逆立ちして鼻からスパゲッティーを食べてみせろ!」と言われれば「押忍!」と答えられるくらいの感謝の念を抱いているのは当然だとして、同時に、潜伏期の歩く屍のような自分を思い返すと、芯から震える。
ソロ初期のピンチを上手く切り抜けて事務所に戻らずにいたら、当然その謎の潜伏期間は訪れなかったはずだ。プレーイングマネージャーという二刀流を一生懸命にこなそうと日々努力していたに違いない。そのうちにコツもつかみ、ツアーの収益も少しずつ上向き、アルバムを自主でつくり、あるいはファンを相手にギター教室を開き、あるいは著名なミュージシャンの、あるいはかわいいアイドルのバックで演奏し、あるいは飲食店などの副業を、いや、それはないな、僕の接客能力では絶対に無理だ。
▲<JOIN ALIVE 2018>2018年7月14日@北海道 いわみざわ公園
▲<フルカワユタカ アコースティックツアー「僕はこう弾き語った」>初日 2018年7月18日@愛知 sunset BLUE
まあとにかく、あのツアーを自力で乗り越えられたのなら、その後には理想とは違えども、あの潜伏期間よりは何倍もマシな人生が待っていたはずだ。
だとして、そのマシな人生に満たされていた僕はその後ベボベ (Base Ball Bear)のツアーサポートを引き受けただろうか。小出君から電話をもらって、色々な感情がごちゃまぜに溢れ出た僕だったが、“ステージに立ちたい”という想いがその中に強くあったのは紛れもない事実だ。そしてそれは間違いなく、2年弱に及んだ潜伏期間に対する強烈な反動だった。もしその2年弱、地味にでも派手にでも地に足をつけた音楽人生を過ごしていたら、僕は湯浅や彼らのマネージャーと仲がいいから、という理由だけではオファーを受けなかったのではないかと想像してしまう。もっと言えば、こうして彼らと同じ事務所 (Sony Music Artists)に戻っていなければ、そもそもオファー自体僕にはなかったのではないかとも考えてしまうのだ。
彼らとツアーをまわって、僕の飢えは満たされるどころかもっと強烈なものになった。その後すぐに2枚目のソロアルバムにとりかかり、リリースツアーで東名阪を回った。東京で対バンイベント<play with>を企画し、新木場STUDIO COASTでは主催フェスもやった。田上さん(TGMX [FRONTIER BACKYARD])プロデュースで3枚目のアルバムを作り、全国7ヵ所のリリースツアーを回った。苦手だったアコースティックライブもこの2年間で山ほどやったし、今ではむしろ好きだ。マーちゃん(原昌和 [the band apart])やハヤシ君(ハヤシヒロユキ [POLYSICS])と作曲した。ユウタ(安野勇太 [HAWAIIAN6])とはメロコアを作った。そして、2019年1月から5年前と同じ規模、全国14ヵ所をバンドセットのツアーで回る。
▲<フルカワユタカ presents「5×20 additional, PlayWith シックス」~with 6 & STOMPIN' BIRD~ w/ HAWAIIAN6, STOMPIN' BIRD>2018年8月31日@下北沢SHELTER
2018年、市川さん(LOW IQ 01)のサポートを含めて僕はなんと84回もステージに立ったらしい。これはドーパン(DOPING PANDA)時代並みの数字だ。その上で、地味ながらではあるが動員やセールスも確実に上向いている。なにより、そういった数字に関係なく、僕自身がパフォーマンスの好調さを実感できていることが正しく喜ばしい。
潜伏期間後に僕についたチーフマネージャーから「こうして評価がついてくるんだから、あんなに休んでないでもっと早くから動くべきだったんだよ」というありがたいお叱りを頂いたが、僕はあのベボベのツアーをきっかけに心がまた前へと動き始めたわけで、でもそれは前述の通りあの地獄の潜伏期間のおかげであって、さらに遡ればその潜伏期間の原因となったのは5年前の“あの”ツアーなわけで。記録的な大雪が降ったり、スタッフが途中離脱したり、レンタカーを傷つけてしまったり、初日に物販がなかったり、泥酔した名古屋のイベンター (※信頼のおける熱い男です)に浜松で説教されたり、もちろん良いことも沢山あったはずなのに、本当に大変で残念な記憶ばかり蘇えるツアーで。だからなんだってんだい。今を見てくれよ。結果的には幸運なわけだろ、僕は。オルゴール調のクリスマスソングが控えめに流れる年の瀬の小さな学生街でそう思っていた。
▲東名阪対バンツアー<フルカワユタカpresents 5×20 additional「PlayWith tour 2018」 w/夜の本気ダンス>2018年10月29日@梅田シャングリラ
◆ ◆ ◆
もうだいぶ古いモノなので頻繁には着ていないのだが、ちょっとその辺に出かける分にはいまだに重宝しているお気に入りのセーターがある。夕飯でも食べに出かけようとそれに着替えて部屋の姿見を覗いたら、左肩の縫い目がぱっくりと割れて白いインナーシャツがむき出しになっていた。その割れ方がなんとも絶妙で、破損の幅だけみれば確実に大掃除の際の廃棄対象であるように見えるし、逆にその割れ様の潔さからみれば、ただほつれているだけで一本の糸さえあればすっかり元に戻ってしまいそうにも見える。どのみち、家庭科の裁縫でさえ間抜けていた僕では解決出来ないことは明らかだったので洋服直しの店に持って行くことにした。
最寄駅のまわりにはその類いの店はないので、もう一駅分20分ほど歩いた学生街に向かう。駅からA大学のグラウンドにぶつかるまで一直線に約600mほど。どこにでもある商店街だが、好みの店や馴染みの店が多く、飲食に関しては最寄駅周辺よりもこの街を使うことが断然多い。そもそも夕食を取ろうとしていたためだろう、マネージャーとのラインのやり取りの後、前述のようにとりとめもなく夢想していたら、紙袋に入ったセーターの存在をすっかり忘れて定食屋に吸い込まれそうになっていた。いかん、いかん、食べる前に、閉まる前にセーター、セーター。
「すみません」
縦長の狭い店でカウンターのすぐ裏につい立てがあってその向こう側に人の足がしっかりと見えているのだが、呼んでも中々出てきてくれない。
「あのーすみませんー」
少し大きな声で呼ぶと眼鏡をかけた小柄のおばあちゃんが僕をじろっと見上げながら奥から現れた。
「これ、直りますか?」
「…………………………」
「あの、これ……」
「直るよ。3000円。」
「(え?高くないかしら? まったく相場が分からないなぁ、そんなものなのかなぁ)直るなら……、お願いします。ちなみにいつごろまでかかりますか?」
「…………………………」
「できれば、今年のうちに……」
「年は明けちゃうね。今忙しいから」
……ええっ。12月まだあと半月近くあるよ。流石にそれは遅いなぁ。僕はもう一軒、商店街の反対側、大学のグラウンドの手前にその類いの店があることを知っていたので、おばあちゃんに断りを入れて移動した。
「ピンポーン」
入り口のチャイムで僕に気づいたエプロン姿の店員さんがミシン作業を一旦止めてカウンターに向かってきた。
「これ、直りますか?」
「えっと、ああ、はい、ただの”ほつれ”ですね、糸も残ってますし奇麗になると思います。1000円ほど頂く感じになりますが、よろしいですか?」
「せ、せ、せんえん?ですか、はい、もちろん大丈夫です」
思わず声がうわずってしまった。
「お戻しは一週間後になってしまいますが、大丈夫でしょうか?」
「ね、ねんないですか?あ、ありがとうございます」
これを幸運とは言わんだろう。これは実力だ。人生は分かれ道の連続ではあるが、正しい選択というのは適切な忍耐や決断力から導き出すことが、このように可能なのだ。さては謙虚に考えすぎていただけで今までもそうだったのではないか。回避困難なピンチを重厚な決断力でもって乗り切ってきたからこそ、今の充実があるのではないのか。わはははははははは。とても気分が良かった。
某有名国道沿いに僕が学生時代から大好きなラーメン屋がある。朝は5時くらいまでやっているので、仕事が少なく夜勤のバイトが早く終わった日などは原付で帰りがけに寄って食べていた。今の自宅からは歩いて50分程度。月に1、2回だが、このコラムやら歌詞やらセットリストやらを考えながら、あるいはただ音楽を聴きながら、わざわざ50分散歩してそれを食べに行くのが僕の密かな楽しみだったりする。セーターを出した店はちょうど自宅とラーメン屋の道中にあり、そこからは大体30分ほど、気分よく腹をすかせた僕にはもってこいの距離だった。行くべきではなかったのだが。
◆ ◆ ◆︎
▲両A面コラボシングル「クジャクとドラゴン / インサイドアウトとアップサイドダウン」収録「クジャクとドラゴン」ミュージックビデオ撮影 (2018年11月12日)
ゴールが果てしなく遠い。果たして僕は無事にたどり着けるのだろうか。ううぅ、まただ。今度の波は大きいぞ。落ち着け、お前なら大丈夫だ。立ち止まって深呼吸をしよう。よし、治った。
再び歩き出した僕の額には12月だというのに大量の汗が吹き出ていた。脂汗だ。ここのところ、打ち上げなどで飲酒する機会が多かった僕は少し胃腸の調子をくずしていた。そこにきて、ラーメンを、しかも調子に乗って大盛りのチャーシューメン、麺かた油多めを、四十路のじじいが勢いよく食べたものだから、消化不良の下痢による猛烈な便意が襲ってきたのだった。しかも、片道50分という途方もない旅の途中で。某有名国道沿いには本当にコンビニがない。先ほど、歩道橋を渡った対岸に一店だけあったが、階段を上るという動作に耐えうるだけの括約筋を持ち合わせている自信がなく、断念した。
あのとき素直に定食屋に吸い込まれておけば良かった。あのときおばあちゃんの店にセーターを出しておけば良かった。いや、はじめから大学側の店に出しておけばきっとラーメンを食おうなどとは考えなかったはずだ。ああ、僕はどれだけのチャンスを無駄にしながら間違った分岐を進んできたのだろう。駄目だ、もはやこれまでだ、お父さんお母さん、ファンのみんな、すみません、僕は今から大人の階段を、大人のスプラッシュマウンテンを、猛スピードで下ります。それでも僕を、汚れちまうこの私を、出来ることなら愛し続けて下さい、サヨウナラ。
“駅”──そうだ。某有名国道は私鉄Bと平行している。ということはこの道沿いを少し入れば駅があるのだ。何故気づかなかったのだ。散歩しながら帰らなければならないという決まりはどこにもない。それどころか駅にはトイレがあるではないか。今はちょうどC駅とD駅の中間地点。何故もっと早く気づかなかったのだ。どうする?このまま進むべきなのか?それとも来た道を戻るべきなのか?どっちの駅が近い?一体どっちの選択が正解なんだああああああああああああああああああ。
▲弾き語りイベント<語り-gatari- w/ the LOW-ATUS (細美武士×TOSHI-LOW)、大木伸夫(ACIDMAN)、フルカワユタカ>2018年11月25日@東京 世田谷区民会館
何の話だよ(笑)。一年の最後のコラムがこんなにくだらなくてすみません。楽しく読んで頂けたなら幸いです。こういうどうしようもない話を書くとき、僕の指は本当に信じられないくらいサクサクと動く。それはさておき、本当にいい一年だった。細美君がラジオで僕のことを「大事な友達がまた一人増えた」って言ってくれたらしい。僕もそう思っていたのでコラムで書こうかと思っていたら先に言われちゃったもんで、後出しでそんなの書いたら野郎のくせに恋文の返信みたいで、みっともないじゃない。ってことで今回はこんなコラムに。
でもさ、昔、僕がクソヤロウだったこともきっとそうやって嬉しい今に繋がる分岐の途中だったのかなって思うと少し楽になるよね。反省は必要だけど自分の過去は否定せずに。これからもそうありたい。たとえば、ラーメン屋の帰り道で物理的にかつ文字通りの“クソヤロウ”になってしまったとしても、それだってきっと何か良い未来の遠因になっているはず。悪いことも良いことも全部ひっくるめて、みんなの来年が素晴らしい1年でありますように。
って漏らしてねーから!
■両A面コラボシングル「クジャクとドラゴン / インサイドアウトとアップサイドダウン」
2018年12月5日(水)発売
NIW143 1,852円+税
01. クジャクとドラゴン feat. 安野勇太(HAWAIIAN6)
02. インサイドアウトとアップサイドダウン feat. ハヤシヒロユキ(POLYSICS)
▼Bonus track
03. too young to die
04. LOVERS SOCA
05. 僕はこう語った
06. DAMN DAMN
07. Lost & Found
08. Me, Dogs And Mother Mary
09. セレナーデ
10. すばらしい日々
11. lime light
12. next to you
13. シューティングゲーム
14. ドナルドとウォルター
※9/26@下北沢440 アコースティックライブ音源
※ボーナストラックはデジタルリリースなし。CDのみ収録
【「インサイドアウトとアップサイドダウン」先行配信】
・Apple Music:http://urx.space/NIuU
・Spotify:http://open.spotify.com/album/0lrL71Qn0PCc28pstj6W2k
■<フルカワユタカ ワンマンツアー「ロックスターとエレキギター」>
1月26日(土) 千葉LOOK
2月03日(日) 神奈川・横浜BAYSIS
2月09日(土) 静岡UMBER
2月10日(日) 京都MOJO
2月11日(月・祝) 岡山・ペパーランド
2月23日(土) 埼玉・西川口ハーツ
3月01日(金) 福岡・Queblick
3月03日(日) 北海道・札幌COLONY
3月09日(土) 宮城・SPACE ZERO
3月10日(日) 福島・郡山PEAK ACTION
3月22日(金) 石川・金沢vanvanV4
4月13日(土) 大阪・梅田シャングリラ
4月14日(日) 愛知・APOLLO BASE
4月21日(日) 東京・WWW
▼チケット
¥3,990(税込) オールスタンディング/整理番号付
※3歳以上、チケット必要
※各公演ごとに、ドリンク代別途必要
一般発売日 12月8日(土)
■<シングルリリース記念特別企画「ユウタとユタカ」(acoustic LIVE)>
2019年1月30日(水) 名古屋・Live & Lounge Vio
OPEN 18:30 / START 19:00 (両日共)
出演:フルカワユタカ / 安野勇太(HAWAIIAN6)
▼チケット
前売3,500円(全自由・整理番号付 / ドリンク代別)
一般発売:2018年12月29日(土)10:00~
■<フルカワユタカ × 須藤寿 生誕祭 III>
OPEN18:30 / START19:30
▼出演者
フルカワユタカ / 須藤寿 (髭)
▼チケット
前売3,500円 (全自由・整理番号付 / ドリンク代別)
一般発売:2018年12月20日(木)
この記事の関連情報
【ライブレポート】LOW IQ 01、<Solo 25th Anniversary チャレンジ25>日比谷野音公演を豪華ゲストも祝福「25周年、楽しいお祭りができました」
【ライブレポート】<貴ちゃんナイト>、fox capture plan、フルカワユタカ×木下理樹、CONFVSEの共演に和やかな音楽愛「笑っててほしいよ」
フルカワユタカ × 木下理樹 × 岸本亮 × 山﨑聖之、<貴ちゃんナイト>共演に先駆けてラジオ番組対談
<貴ちゃんナイト vol.16>にfox capture plan、フルカワユタカ×木下理樹、CONFVSE
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、the band apart主宰レーベルより新曲「この幸福に僕は名前をつけた」リリース
フルカワユタカ(DOPING PANDA) × 荒井岳史(the band apart)、ソロ10周年記念Wアコツアーを5月開催
ACIDMAN主催<SAI 2022>ライブ映像を出演者らのトークと共に楽しむ特別番組生配信
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、周年イベント<10×25>出演者最終発表
フルカワユタカ(DOPING PANDA)、5thアルバム発売日に周年イベント<10×25>開催発表