LCDサウンドシステム完全復活、ジェームス・マーフィーとNYインディ・シーンの20年
■ボウイとの出会い、そして『アメリカン・ドリーム』へ
LCDサウンドシステムの活動休止後もマーフィーは精力的に活動を継続。プロデュースや楽曲提供(ゴリラズ、ヤー・ヤー・ヤーズ、パルプetc)に加えて、ニューヨークの地下鉄の改札機の音楽の制作や全米オープンテニスとのプロジェクト(※試合から収集したデータを特定のアルゴリズムに落とし込んで音楽に変換。『Remixes Made With Tennis Data』としてリリース)といった一風変わったコラボレーション、はたまたワインバーの開店やオリジナル・コーヒーの販売なんて飲食業への進出(?)も。そうしたなかでマーフィーは、ある運命的な出会いを果たす。その相手こそ、マーフィーにとって絶対的なロール・モデルであり続けたデヴィッド・ボウイである。
マーフィーは、2013年にリリースされたボウイのアルバム『ザ・ネクスト・デイ』の収録曲「ラヴ・イズ・ロスト」のリミックスを担当。さらに自身がプロデュースを手がけたアーケイド・ファイアのアルバム『リフレクター』(2014年)の制作を通じて、バッキング・ヴォーカルとして参加していたボウイとマーフィーは交流を深めていく。その後、ボウイの遺作となったアルバム『ブラックスター』(2016年)のレコーディングにマーフィーはパーカッショニストとして参加。が、当初はトニー・ヴィスコンティと共同でアルバムのプロデューサーを務めるようボウイに依頼されたことをマーフィーは明かしており(※恐縮して固辞してしまったらしい)、またそれとは別に、コラボレーション・アルバムを制作する計画もふたりの間ではあったという。結局、それはボウイの死によって叶わなかったわけだが、そうしたやり取りのなかでマーフィーは、LCDサウンドシステムの活動再開についてボウイに相談。「彼(ボウイ)は“不安になるかい?”と訊いてきてね。“そうですね”って答えたら、“素晴らしい。不安を感じておくべきなんだ”って言ってくれたんだ」──そのボウイの言葉が、マーフィーを後押しすることになる。
2015年の12月、LCDサウンドシステムは突如、新曲「クリスマス・ウィル・ブレイク・ユア・ハート」を発表。年が明けて2016年、バンドの再結成が正式にアナウンスされると、そのお披露目の場となった<コーチェラ・フェスティヴァル>への出演を皮切りにライヴ活動を本格化。そして今回、実に7年ぶりとなるニュー・アルバムが先日リリースされた『アメリカン・ドリーム』になる。
一言でいえば、LCDサウンドシステムがこれまで3枚のアルバムを通じて完成形を見せた“ダンスとロックのクロスオーヴァー”が、確かな深化とアップデートを遂げたかたちで『アメリカン・ドリーム』には提示されている。レコーディングにはナンシー・ワンを始めタイラー・ポープやギャヴィン・ラッソムらバンドのコア・メンバーが参加。ソングライティングにもメンバーが積極的に参加していることがクレジットからは確認でき、昨年の活動再開からライヴ・パフォーマンスを重ねて練り上げてきた“バンド”の勢いそのままに本作が制作されたことが窺える。真骨頂のポスト・パンク/ホワイト・ファンク・スタイルの「エモーショナル・ヘアカット」や「チェンジ・ユア・マインド」。ロボトミックなシンセ・ポップの「トゥナイト」もあれば、一転して「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?」ではダーク・アンビエントな音響が包み込む呪術的なディスコ・ダブを聴かせる。
と同時に、『アメリカン・ドリーム』を通底して感じられるのが、マーフィーが寄せる亡きボウイへの思慕の念、だろう。そのボウイを失った悲しみや後悔が反響するエレクトロとピアノの調べにのせて綴られる「ブラック・スクリーン」。あるいは、生前のボウイとのエピソードがさりげなくしたためられた 「アザー・ヴォイシズ」をはじめ、他にもたとえ直接的な言及はなくとも、これまでLCDサウンドシステム/マーフィーを形作ってきたボウイに対する敬意と愛着をあらためて表するように、ボウイの影が本作のいたるところに散りばめられている。なかでも「コール・ザ・ポリス」は、過去の「オール・マイ・フレンズ」や「オール・アイ・ウォント」に連なる、ベルリン時代のボウイを重ね写したトリビュート・ソングと呼ぶにふさわしい。さらには、スーサイド(アラン・ヴェガ)の「ドリーム・ベイビー・ドリーム」を連想させるヒプノティックな「オー・ベイビー」や、また「ブラック・スクリーン」では当初レナード・コーエンの歌詞が引用されるアイデアがあったことが明かされるなど、本作はマーフィーにとって、ボウイも含めてこのブランクの間に失った自身の“スター”に捧げるフェアウェル・アルバム、という意味合いも込められているのかもしれない(もちろん、そこにはルー・リードも含まれているのだろう)。そして、そうした濃厚に漂う死者の記憶と織りなすように、自身のキャリアをめぐる不安や葛藤といったパーソナルなテーマから、“トランプの時代”を意識させる政治的なイシューまでさまざまな内容について歌われている。本作からは、単なる“LCDサウンドシステムのカムバック”という以上のメッセージやサインを読み取れるのではないだろうか。
この春、アメリカで出版されて話題を呼んだ『Meet Me in the Bathroom: Rebirth and Rock and Roll in New York City 2001-2011』。2000年代のニューヨークの音楽シーンについて検証したその本の著者、リジー・グッドマンはインタヴューで、件のマジソン・スクエア・ガーデンで行われたLCDサウンドシステムの解散ライヴを観て「何かが終わりを迎えたような感覚を覚えた」と語っている。その頃とは、ニューヨークの音楽シーンはもちろん、“インディ・ロック”やポップ・ミュージックを取り巻く環境は大きく様変わりした。今回のLCDサウンドシステムの再結成は、はたして何かが始まる兆しとなり得るのだろうか。『アメリカン・ドリーム』は、その行方を占う重要な試金石となるかもしれない。
文:天井潤之介
■リリース情報
2017年9月1日(金)発売
SICP-5601 ¥2,200+税
※初回仕様限定 紙ジャケット
※ボーナストラック収録
※解説・歌詞・対訳付き
01. oh baby|オー・ベイビー
02. other voices|アザー・ヴォイシズ
03. i used to|アイ・ユースト・トゥ
04. change yr mind|チェンジ・ユア・マインド
05. how do you sleep?|ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?
06. tonite |トゥナイト
07. call the police|コール・ザ・ポリス
08. american dream|アメリカン・ドリーム
09. emotional haircut|エモーショナル・ヘアカット
10. black screen|ブラック・スクリーン
11. pulse version one|パルス・ヴァージョン・ワン ※国内盤ボーナストラック
・配信(全10曲)
2017年9月1日(金)配信開始
iTunesリンク:
https://itunes.apple.com/jp/album/id1258822744?at=10lpgB&ct=886446553160_al&app=itunes
*iTunes、iTunes Storeは、Apple Inc.の商標です。
・輸入盤CD(全10曲)
2017年9月1日(金)発売
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