【レビュー】SUGIZO音楽監督映画『TOKYOデシベル』、“重ねた音の宇宙は、揺れ動く心情を表現する”
SUGIZOが音楽監督を務めたことに加え、自身も出演している辻仁成監督映画『TOKYOデシベル』が好評につき6月16日まで公開を延長している。また、SUGIZOプロデュースによるサウンドトラック『TOKYO DECIBELS -ORIGINAL MOTION PICTURE SOUND TRACK-』が発売中だ。
◆映画『TOKYOデシベル』画像
“東京の音の地図を作る”──高速道路を車が行き交う様子、地下鉄が車両を揺らす音、ビルの間にある寺の鐘の音、電車の高架下や、スクランブル交差点。アルバムに収録されている日常音は、SUGIZO自らが街中を歩いて、呼吸する東京を切り取ったものだ。
“生き物のようにうねりを感じるものにしたい”──そう構想して編み上げたトラック「水平線の幻都」では、打ち上げ花火や、セミの鳴き声、祭り囃子、人々の会話、航空機の飛行音などの環境音を何層にも重ねた。重ねられた音は、聴き手が自分だけの情景を無限に広げることができる日常音。しかし、音を凝縮したことで、そのイメージを一変させる。それは、街中に潜む光と闇。生き物のように、うごめく東京を凝縮した音は雑踏の中、言葉になっていない人間の怒りや悲しみまでも想像させる。聴き手はその音の中で翻弄され、街中にぽっかりと空いたブラックホールの中に吸い込まれるような危機感に襲われる。
映画タイトルと同じトラック「TOKYOデシベル」は、世界で活躍する尺八奏者で映画にも出演する入江要介が、揺らぐ音色で幻想空間へと誘う。SUGIZOの寄り添うようなアコースティックギターの音は、進み続ける時の中で見失いかけた心の形を思い出させてくれる。
SUGIZOが生み出した映画音楽の軸にあるのは、ドビュッシーの「夢想」だ。同曲は1890年、28歳前後だったドビュッシーが失恋後、失意の中で制作したと言われている。愛する人と過ごした夢のように幸せだった日々。追想するように広がる曲は、目が覚めているけれど、どこかぼんやりと視線をさまよわせてしまう不安定さを感じる。
そして、サウンドトラックには3バージョンの「夢想」が収録されている。心に最も近い楽器とされる口笛のみで構成した「夢想 ~ 草原を流れゆく風」では、3オクターブ近い音域と、独自の演奏で聴き手を魅了する口笛太郎が、頬をくすぐる風のような音色を披露。
SUGIZOのアコースティックギターと、入江の尺八で構成した「夢想 ~ 夕映えの輪舞」は合わせられた音が、ミルフィーユのように、何層にも重なった夕焼けを思わせる。沈む太陽の光を受け、セピア色に染まった景色は、時間を緩やかにしてくれる。
アルバムの最後を締めくくる「夢想 ~ 鍵盤の夢、音の地図」は、辻の映画「千年旅人」のオリジナル・サウンドトラック「Kanata」でメジャーデビューしたピアニストで作曲家のAricoが参加。序盤では空に広がっていく音を導くタクトのようなSUGIZOのヴァイオリンが印象的だ。
また、曲中ではSUGIZOのアルバム「音」でも駆使したモジュラーシンセサイザーを活用。SUGIZOが敬愛していた世界的なシンセサイザー・アーティストの冨田勲(2016年5月に死去)の世界を彷彿とさせるような、壮大なシンセサイザーの音は、日本人で初めて米グラミー賞にノミネートされるなど、世界的な評価を受けた故人に対する、「遺志を引き継ぎ、全霊で音楽を作る」というSUGIZOの強い思いを感じさせる。
サウンドトラックのブックレット内には、辻が書き下ろしたライナーノーツを掲載。「SUGIZOの音景」と題した文章には、「SUGIZOが生み出す音世界は、まず景色が立ち上がってくる」と称賛。「今後もタッグを組み、創作していきたい」と締めくくっている。
◆ ◆ ◆
映画『TOKYOデシベル』(5月20日から、東京・ユナイテッド・シネマ豊洲などで公開)は、辻が手がけた同名小説が原作だ。「東京の音の地図を作る」と、さえずる鳥の声や、流れる河など東京の街にガンマイクを向ける主人公の大学教授・宙也 (松岡充:SOPHIA / MICHAEL)、その娘、宙也の元を去った恋人のフミ(安達祐実)、家政婦として宙也に近づいて宙也にフミの生活を盗聴することを提案する謎の女・マリコ(安倍なつみ)らの複雑な関係が描かれている。
辻にとって同作は、9度目の監督作品となるもの。辻とSUGIZOは、辻が1996年に芥川賞を受賞した『海峡の光』を、中村獅童主演で2014年に舞台化した際に辻が、「SUGIZOさんの繊細でドラマツルギーがある妖艶なヴァイオリンの音が新しい舞台にぴったり。ぜひ、音楽を作って欲しい」と制作を依頼したことがきっかけで出会った。以来、互いに「シンパシーを感じる」と交友を重ね、2016年には辻のコンサートにSUGIZOが飛び入り出演し、共演したこともある。
映画『TOKYOデシベル』の音楽監督への依頼は、先述の舞台音楽を作っていく課程で「稽古を見て、感じ、そこに広がる空気を音に含めたい」と何度も稽古現場に足を運ぶSUGIZOの姿に感銘を受けた辻が、「映画に興味がないですか?」と再共演を打診したことによるもの。幼い頃から映画が好きで、高校1年生の時にはジョージ・ルーカスがアメリカで設立した特殊効果スタジオ「インダストリアル・ライト&マジック」に入社して映画制作者の道に進むか、ヴァイオリン奏者になるべきか、迷っていたSUGIZOにとって願ってもない好機となり、「ぜひ!」と快諾して再びタッグを組むことが決まった。
映画では、フミと添い寝をする謎の男・黒沢に扮したSUGIZO。辻から「演技をしないように。素になって」という指導を受けて臨んだシーンでは、これまで目にしたことがないような表情を見せており、SUGIZO自身も、「肩の力を抜いた自分を目にした時は新鮮だった」と発見があったよう。
SUGIZOは舞台と同じく、自分の出演シーン以外も足しげく現場に通ったという。映画とサウンドトラックの中で重要な鍵を握る鐘の音は、東京・新宿にある「天龍寺」のもの。新宿区の指定文化財・工芸品にされている「時の鐘」は総高155センチ、口径85・5センチの梵鐘で、1967年に鋳造された。明治のころから内藤新宿に時刻を告げてきた由緒あるものだ。
また、小説と映画の中に登場する「窓を開けて高速道路の音を聴くと、(寄せて返す)波の音に聴こえない?」というセリフを「音で表現して欲しい」と辻に依頼されたSUGIZOは、高速道路を往き来する車の音を自ら集音。手にした音をループさせた際は、苦手と感じていた高速道路の音が、波の音に変わって聴こえたことに感動したそう。辻は、「僕自身、高速道路近くに住んでいた30代半ばに、高速の音が波の音のようだと体感したことが、この物語が生まれた始まりだったので、SUGIZOさんの音を聴いたときは、ゾクッとしました」と振り返っている。
SUGIZOが重ねた音の宇宙は、揺れ動く心情を表現する。それは辻が映画で描いた人間たちの心模様でもある。
取材・文◎西村綾乃
■サウンドトラック『TOKYO DECIBELS ~ORIGINAL MOTION PICTURE SOUND TRACK~』
SPTC-1001 / 2,200円(税込)
1.夢想 ~ 葦原を流れゆく風
2.雲海の庭園
3.夢想 ~ 夕映えの輪舞
4.水平線の幻都
5.東京デシベル
6.夢想 ~ 鍵盤の夢、音の地図
【Online Stores】
HMV http://urx.blue/CZbh
TOWER RECORDS ONLINE http://urx.blue/CZbo
Amazon http://urx.blue/CZbG
TSUTAYA http://urx.blue/CZbZbr>
■映画『TOKYOデシベル』
▼Staff
原作・監督・脚本:辻仁成
音楽:SUGIZO
▼Cast
松岡充 安倍なつみ 長井秀和 鈴木優希 宮地大介 入江要介 村井良太 SUGIZO 山中秀樹 坂上忍 安達祐実
日本/2017/97分/HD/カラー/5.1ch (C)「TOKYO DECIBELS」製作委員会
http://tokyodecibels.com/
■<SUGIZO vs INORAN PRESENTS BEST BOUT 2017 〜L2/5〜 -Asia Leg>
6月18日(日)香港・九Music Zone, Kowloonbay International Trade & Exhibition Centre
6月24日(土)シンガポール・Zepp@BIGBOX Singapore
※詳細はオフィシャルサイトにて
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