【インタビュー】VALSHE、近現代文学がテーマの作品に「痛烈な問いかけがある」
■みんなが同じ方向を向くことが当たり前だとされている中
■その枠からはみ出してしまった人はどうすればいいのか
▲『ジツロク・クモノイト』通常盤 |
VALSHE:5曲の中でいちばん歌詞を書くのに苦労した曲です。どの小説にも言えることなんですが、日本の近現代文学はとにかく重いんですね。内容以前に作家の方が生きていた時代背景や境遇、思想が至るところに貼り付いていて、時代を超えて突き刺さってくるんです。島崎藤村氏の『破戒』を読んだときには“自分らしさって何だろう?”って、要所要所でページをめくるのを止めて深く考えてしまいました。今でこそ“自分らしさ”はありふれたワードですが、よく考えたら、ある程度、自分が受け入れられる環境があってこそ成り立つことなのかもしれないって。
──なるほど。
VALSHE:“表現の自由”が許された時代の中でも、“これが自分らしさなんだ”って主張することが困難な状況もあるにも関わらず、『破戒』が書かれた時代(1905年)に自分らしさを貫くのはどういうことだったんだろうと考えさせられました。みんなが同じ方向を向くことが当たり前だとされている中、その枠からはみ出してしまった人はどうすればいいのか、どうなってしまうのか。そういう大きな問いかけを元にVALSHEなりの訴えを歌詞の中に落としこみましたね。
──聴いていてもいろいろと考えさせられます。
VALSHE:それぞれの解釈で聴いていただいて、自分を見つめる時間を持ってくれたら嬉しいですね。歌は素直に苦しい想いを表現しようと思いました。行き場のなさが真ん中にある感情をストレートに叫ぼうって。
──出口が見えない迷路で彷徨っている心情ですよね。
VALSHE:ええ。最初は最後の1行で主人公をなんとか救いたいと思って書いたんですが、安易には救えないと思いました。「破戒の枝」に限らなかったんですけれどね。
──そういう意味では、今までのVALSHEさんの作品と一線を画しているんでしょうか?
VALSHE:そうですね。ここまで叩き付けるというか、言い渡すような作品はなかったかもしれないですね。
──原作が描かれた時代背景は違っても、このアルバムの曲が刺さってくるのは人間の葛藤や感情はさほど変わることがないからなのかなと思いました。そして3曲目の「人間失覚」はドロドロした曲かと思いきや。
VALSHE:ラテンの匂いがするパーカッシヴなサウンドになっていて、音楽的に初の試みです。メロディは「破戒の枝」同様、歌謡寄りですが、ダンサブルな要素が加わっていて、泣きのギターソロが入っていたり。プロデューサーのminatoが珍しくアレンジに参加している曲でもあります。
──「人間失覚」の主人公は女性なんでしょうか?
VALSHE:どちらにも捉えられるように書いています。太宰治氏の『人間失格』が3つの章から成り立っている中、第1章の“幼少期”にスポットを当てて書かせていただいたんですが、この小説を読んだときに感じる“違和感”に対する恐怖心は何だろうと思ったんですね。主人公が抱えているものの正体を考えながら読み進めていったときに、自分のような職業に置き換えられる共通点を感じたのがキッカケになりました。
──つまり、アーティスト=表現者が抱えている葛藤を描いたということですか?
VALSHE:そういう部分もあります。自分はこの職業につく前、TVの向こう側を華やかな反面、どこか不気味なところがある世界だと感じていたんです。ごく自然体なものをすごく不自然に感じたり、すごく高価なもののように見せているものが実はチープなんじゃないかと思ったり、ちぐはぐなところがあると思っていたんですね。20歳を過ぎてからデビューしたこともあり、見る側の視点も見せる側の視点もわかる。そういう観点で主人公を設定して歌詞を書いたのがこの曲です。デビューしてからは、ちぐはぐに感じていたことの多くを理解できるようになりましたが、それが何を指しているかは聴いた人に想像してほしいなと思います。
──「人間失覚」というタイトルにした理由は?
VALSHE:“失う”という言葉と“覚える”という言葉が自分の中でループしている印象があったからです。失くして覚えるということを歌詞の中の主人公は死ぬまで受け入れられないし、認められないんです。この曲も救いのない終わり方ですね。
──愚かだと批判する人を“幼稚で高慢だと思い込んだまま仕舞うほうが「私らしい」と”という歌詞で終わっていますね。
VALSHE:そうですね。そういうふうに思い込んだまま、一生を終えてしまうほうが自分らしいよねっていう。
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