【ライブレポート】リーケ・シューベルトの素晴らしい人形劇

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ベルリン出身のリーケ・シューベルト(Rike Schubert)はエルンスト・ブッシュ演劇大学(Hochschule für Schauspielkunst)を卒業した女優であり、クリスティーアーネ・レージンガー(Christiane Rösinger)やマーシャ・クレラ(Masha Qrella)などドイツの個性的なミュージシャンたちと共演してきたミュージシャン。女優としての彼女は、映画やテレビにも出演しているが、それよりも”ドイツの人形劇”女優として際立った個性を放っている。

◆『Paul und Paula』『Die Geschichte von Mäuseken Wackelohr』トレーラー映像

先日、パンクロックの女王、パティ・スミスの自伝『ジャスト・キッズ』の人形劇についてレポートした(参照:https://www.barks.jp/news/?id=1000090507)が、リーケは、あたかもドイツの“劇団ひとり”が如く、テアターコスモス53(Theaterkosumos53)という劇団名で、ドイツ各地にて様々な活動を行っている。それらの活動すべてが“女優”でかつ“音楽家”という2つの彼女のキャリアの交差点からしか生まれ得ないような、ユニーク極まりないものである。今日は、2013年5月後半の彼女の活動のいくつかを紹介しよう。

ナチス政権時代のドイツでは多くの文化規制が行われた。児童文学や人形劇も同様であった。『エーミールと探偵たち』や『点子ちゃんとアントン』などで著名な作家エーリッヒ・ケストナーの著作も焚書の対象となったが、その時代のケストナーを捉えた映像「ケストナー・イム・フィルム(Kästner im Film)」の上映が5月24日(金)、東ベルリンの人形劇劇場、テアター・イム・トレプトアパルクにて行われた。この劇場では、ナチス政権時代の体験を後世に伝えることを目的とした企画『人形とナチスの時代(Puppen und NS-Zeit)』を5月23日から6月1日にかけて行なっており、その一企画としてリーケ・シューベルトは、人形作家であり女優でもあるスーゼ・ヴェヒター(Suse Wächter)とともに、“人形カラオケ”(Puppenkaraoke)を行った。

この“人形カラオケ”は、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」からT.レックスの「チルドレン・オブ・ザ・リボリューション」などのヒット曲を替え歌にして、オリジナルで撮り下ろしたカラオケ映像をバックに人形に歌わせるという、ユニークなもの。ラテックス製で精巧にコミカルに作られた人形ヒトラーが、ドイツの国民的シンガー、ヘルベルト・グレーネマイヤー(Herbert Grönemeyer)のヒット曲「Flugzeuge in meinem Bauch」を熱唱すると、観客は爆笑! 単にコミカルなだけではなく、過去の時代への反省とドイツ人に内在している全体主義的な国民性への自己批判を含む、ウィットに富んだネタだ。

5月26日(日)、同劇場の同企画の一環として、リーケ・シューベルトは、国家社会主義時代に蟄居生活を強いられた作家ハンス・ファラダ(Hans Fallada)の童話『Die Geschichte von Mäuseken Wackelohr(邦訳:ねずみヴェケローの物語)』の上演を行った。リーケがドイツの童謡「Grün Grün Grün sind alle meine Kleider」をアコーディオンで弾き語りながら登場すると、会場いっぱいの子供たちも一緒に合唱する。舞台にはたった一つの椅子が置かれていて、リーケはネズミ(主人公のヴェケロー)、蟻、鳩などの人形を声色を使い分けて演じ、また彼女自身の身体ではネズミを虐待する猫を演ずる一人舞台。

作家ハンス・ファラダは、『Jeder stirbt fuer sich allein』などの小説でナチス時代の“フツーの暮らし”とその心境を見事に描いた作家であるが、この童話においても、主人に対して従順であるが他の動物に対して虐待を行う猫とネズミ、蟻の関係性のなかで、「誰が仲間なのか?誰が敵なのか?」よくわからない不安な心境(ナチス政権下、あるいは東ドイツDDR政権のシュタージ監視下でドイツ人が生々しく体験したであろう心境)を、子供たちにも実感できるストーリーと、わかりやすい言葉で見事に描いている。リーケはこの素晴らしい素材を十分に理解して、楽しく、かつ興味深い人形劇メルヘンに昇華することに成功している。

さて、人形カラオケ、子供向け人形劇におけるリーケの活動について書いてきたが、おそらく大人向けで最も興味深いのが『パオルとパオラ〜一つの伝説(Paul und Paula - eine Legende)』だろう。5月31日(金)から6月1日(日)にかけて、ドイツのザクセン州ドレスデンの東にあるホーンシュタイン(Hohnstein)にて、ドイツ中の人形劇作家が集まる人形劇フェスティバル(Puppenspielfest)が開催された。このベルリンの壁崩壊前の1985年から毎年行われている大きなイベントで、このオープニングアクトとして登場したリーケ・シューベルトは『パオルとパオラ』を演じた。

『パオルとパオラ』というタイトルをリーケは1970年代の東ドイツのテレビ番組から借りている。この番組はベルリンの壁崩壊前のDDR政権下における“フツーの人々”の恋愛と生活を等身大の視点で描いたラブストーリーで大変人気があって、映画化もされた。リーケ・シューベルト版『パオルとパオラ』で、リーケは日常生活に追われながら、まだ見ぬパオルとの出会いを待ち焦がれるシングルマザーで女店員のパオラを演ずる。子供たち、仕事仲間、彼女とすれ違う男たちは人形として登場して、リーケは七色の声を使い分けて、それらの人形に命を与える。その人形たちとパオラの会話、関係性が1970年代の東ドイツにおける人々の”フツーの暮らし”と心境をリアルに描く。

そしてその物語は、DDR時代の東ドイツのヒット曲をBGMとして語られる。リーケはプーディーズ(die Puhdys)の「Geh zu ihr」「Wenn ein Mensch lebt」「Manchmal im Schlaf」「Zeiten und Weiten」をギターで弾き語る。これらのオリジナル楽曲は若干、ヘヴィメタル色が強い印象があるが、コントリーヴァの名ギタリストであるリーケ・シューベルトの手にかかると、別の想像力を喚起させられる魅力的な新しい楽曲として生まれ変わっているかのようだ。

そしてクライマックスでリーケは、マンフレット・クルーク(Manfred Krug)が歌った1970年代東ドイツのヒット曲であり、先日レポートした東ドイツの偉大なミュージシャン、ギュンター・フィッシャー(Günther Fischer:参照:https://www.barks.jp/news/?id=1000090619)の楽曲「Frag mich, warum」をしっとりと演奏。リーケ・シューベルト版『パオルとパオラ』が1970年代に東ドイツで生きた人々の心理と生活風景を見事に描いている舞台であることは、このフェスティバルに訪れた大勢の観客たちの、満場の笑い声と拍手が証明していると思う。

リーケ・シューベルトの活動は素晴らしい。そこでは、一見、二律背反に見える物事(人々の“フツーの暮らし”と反体制運動、子供たちの文化と成人の文化、メルヘンとグロテスク、ポピュラー音楽と実験的な音楽)が、実は至近距離で共存している世界を、人形劇という舞台で見事に描かれているからだ。

様々な人形と、いろいろな音楽、7色の声を使い分けるリーケ・シューベルトは、この他にも様々な“人形劇ネタ”を日々、舞台で演じている。

写真:Nozomi Matsumoto & Masataka Koduka, Berlin
文:Masataka Koduka, Berlin

◆リーケ・シューベルト オフィシャルサイト
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