【特集】Raphael:あれから13回目の秋。自分たちらしく決着をつける

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歌広場淳 (ゴールデンボンバー)インタビュー


小学生時代を過ごした兵庫県の西宮市で、宝塚歌劇団を知ったときから、“自分はミニマムなものよりも荘厳なものを好むんだ”という自覚が芽生え、周りが『少年ジャンプ』で盛り上がってる横で楠本まきの漫画を読んでたという歌広場淳。

非日常的なものや幻想的なもの、ゴージャスなものに惹かれ、カルチャークラブのボーイ・ジョージの女性的なメイクにも興味を抱いていたという。そんな中で彼が“この人達を好きなんだ!”と自覚して、初めて意識的に知ろうとしたバンドがRaphaelだった。

ファンという立場でRaphaelの楽曲を愛し、歌詞に救われていたという歌広場淳に、Raphaelとの出逢いを訊いた。

 ◆  ◆  ◆

――歌広場くんのRaphael好きは有名な話でもあるんだけど、Raphaelとの出逢いは?

歌広場:あれは中学一年生の頃ですね。僕はその頃千葉に住んでいたんですけど、たぶん、『HOT WAVE』で、「lost graduation」のPVを見て一気にハマったんです。それまでもRaphaelさんの存在はなんとなく知っていたんですが、千葉のど田舎に住んでいたので、ライヴにも行ったことがなかったし、ただただ雑誌で見るばかりだったんですが、「lost graduation」のPVで動いているRaphaelさんを見て、一瞬で虜になってしまったんです。音も歌ももちろんだったんですが、白い衣装を纏ったメンバーさんが本当に綺麗で。YUKIさんの真っ青な髪がすごく綺麗で印象的だったんです。後から見返すと、PVにそんな場面はないんですけど、YUKIさんがふっと振り返った瞬間に、背中に天使の羽根がふわって広がったのが見えた気がしたんです。それで、“うわっ! この人たち天使だ!”って思って一気に夢中になって、「lost graduation」をちゃんと聴いてみたんです。卒業をテーマにした曲なんですけど、そこには少し切ない背景があって……。そんな詩世界にも惹かれ、そこから音源も全部遡って聴きあさったんです。

――歌広場くんの心の目には天使の羽根が見えたんだろうね。

歌広場:はい。僕もそう思ったんです。心の目で見たんだろうなって。本当にあのPVがきっかけでしたね。そこから聴き返してどんどん興味が沸いてきて。たまらなく好きになっちゃったんです。いろいろとRaphaelさんを深く知っていくうちに、華月さんのことが大好きになっていって。華月さんは歌詞を書いてましたからね。その彼の言葉に何度も救われたこともあって、大好きになっていったんです。もちろん、華月さんだけじゃなく、YUKIさんもYUKITOさんもHIROさんも大好きでしたよ。4人とも等身大で。当時のヴィジュアル系の人たちは、すごく作り込んでいらして、まったく私生活が見えなかったりして、僕はそんなところにも惹かれていたんですが、Raphaelさんは作り込んだヴィジュアルなのに、トークとかがめちゃめちゃ素なんですよね(笑)。YUKIさんのサインなんて、どうみてもウンコの形してましたからね(笑)。それに、何かの雑誌で、大槻ケンヂさんとRaphaelさんが対談されていて、そこで、YUKIさんが大槻さんに“大槻さんは、何歳くらいで童貞を捨てられたんですか?”って質問していて、それに大槻さんが“僕は結構遅かったよ?”って答えてらして、YUKIさんがそれに対して“え!? そうなんですか!? 僕はもう結構早くに童貞捨てましたよ!”って返していたのが、中学1年生の僕にはとても刺激的であり、衝撃的であったんですよ! ましてや、素顔がなかなか見えないヴィジュアルシーンの人が、こんなこと言うなんて! って、それはそれは衝撃で(笑)。



――あははは。当時の4人は本当に元気だったからね(笑)。そういう等身大の面と、いろんな苦悩や葛藤が描き出されていた、内面を曝け出した歌詞も、また別の意味で等身大だったし。

歌広場:そうなんです! そのギャップがすごく人間らしかったし、身近に感じられたし。アーティストでありながら、本当に身近な存在として、同世代として、共感出来たし、尊敬出来たんですよね。本当に、大好きでした。憧れでしたね。メンバーさんよりも少し年下ではありましたけど、歌詞の中で歌われていることは、当時の自分が感じていたことにとても近くて。とても個人的な話になってしまうのですが、ウチは親が転勤族だったんで、生まれたのは九州なんですけど、育ちは東京の杉並区だったりしましたし、小学校に上がる時には兵庫県に引っ越し、中学で千葉に引っ越してきたって感じだったんです。いろんな所を転々としていた事もあって、1人で過ごす時間がかなり多かったんですよ。多分その辺りで完全に捻くれていて。毎回新しく会う人たちと1から環境を作らなくちゃいけないっていう事に、子供ながらに疲れてきちゃうというか……。そんなことを重ねているうちに、“どうせ僕の事は誰にも解って貰えない”っていう気持ちが物凄く大きくなっていった時期もあって。そんな自分の想いとRaphaelさんの歌詞が、すごくリンクして。本当に救われましたね。思春期って、“なんで解ってくれないの?”っていう気持ちを抱えている子が多いと思うんですよ。そんな誰もが苦しむ、誰もが悩む、そんな感情を、華月さんは歌詞に落とし込んでくれていたんです。自分の叫びを代弁してくれてるような、そんな存在でしたね。そうしてくれることで、救われていたというか。きっと、Raphaelさんの曲と歌詞を求めていた人たちって、そういうところで救われたと思いますよ。華月さんは、インタビューでも歌詞の中でも、“自分はコンプレックスの固まりだ”っていうのを包み隠さず言ってくれていたから、そこでも本当に救われたんです。“こんなにも弱い部分があるんだ! でも、すごく前向きに生きようとしているんだ!”って。みんな自分の弱いところは隠したがるモノだけど、“そこまで言ってくれるんだ!”って、そのありのままの姿に感動したんです。誰でも、自分のダメな部分とかコンプレックスな部分って隠したいじゃないですか。でも、華月さんは隠さずに話してくれていたし、作品を通してそれを伝えてくれていた。そこに本当に感動したし、共感したし、救われたんです。

――等身大の言葉で書かれた歌詞だったよね。

歌広場:そうなんです。難しくないんです。すごく解りやすく書いてくれていたんです。本当に思ったまま、感じたままを歌詞にしてくれていたと思うんです。曲がることなく、まっすぐに伝わってくれることを願って、想いのままを言葉にしますが、本当に、華月さんは、自分の身を削って僕たちにいろんなことを教えてくれていたんだと思うんです。それを聴いて育った僕たちは、その想いをちゃんとまっすぐ受け取るべきだと思うんですね。こういう言い方は語弊を生むかもしれませんが、僕も同じリスナーであり、ファンであった立場の1人として、僕が感じたままを言わせて下さい。僕たちは、華月さんが自分の身を灰にして作ってくれた素晴しい土壌の上に撒かれた種なんです。僕たちは華月さんがくれた土壌の上に、綺麗な花を咲かせないといけないんです。自らの枝を折るようなことは絶対にしちゃいけないんです。そんなことをしても、絶対に華月さんは喜ばないから。華月さんは綺麗なモノが大好きだったから、きっと僕たちが綺麗な花になったら、すごく喜んでくれると思うんですよね。大好きだった人には、喜んでほしいから。だから、僕は綺麗な花になろうと思って頑張っているんです。



――華月自身も花のような人だったからね。

歌広場:そうなんです。僕もずっとそう思ってました。僕も華月さんのような花になりたい。僕は花が大好きなんですけど、それも華月さんの影響なんです。ミニアルバム『卒業』(2000年3月23日リリース)の中に入っていた華月さんが書いた小説『蒼の邂逅』にも出てきていましたが、華月さんが白いカラーの花が好きと言っていたこともあり、その頃から花に興味を持ち始め、いろんな面で華月さんと花を重ねてきたんです。花は、自分の内面も全て曝け出して、全身の力を振り絞って咲くからこそ綺麗なんだと思うんです。自分の弱い部分やモロい部分を包み隠さず全部曝け出して咲き誇るからこそ、見る人に感動を与えられるんだって思うんです。まさに、華月さんは僕らにとってそんな存在だったと思うんです。だからこそ、僕たちも、そんな花にならなくちゃいけないんです。強く生きて。華月さんだけではなく、華月さんの想いを歌として届けてくれたYUKIさん、Raphaelというバンドのサウンドにして届けてくれていたYUKITOさんとHIROさんにも、合わせて感謝しています。今の僕が在るのも本当にRaphaelさんという存在があってこそだと思うので。僕の中では永遠に生き続けていくものですから。まだRaphaelさんの音と出逢っていない人は、今回の「eternal wish〜届かぬ君へ〜」からでもいいので、是非、遡って彼らを知ってほしいと思いますね。今、改めて、Raphaelさんに、“ありがとう”を言いたいです。


取材・文●武市尚子


⇒次は鈴木邦昭 (元『SHOXX』編集長)のインタビュー
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