【ライブレポート】12年間、苦しかったよね。だから、どうか、もう笑ってほしい。<Raphael 再演『天使の檜舞台 第一夜 白中夢』>
2012年10月31日と11月1日にZEPP TOKYOで行なわれたRaphaelの“再演”2daysライブ。1日目となった<天使の檜舞台 第一夜 ~白中夢~>の模様を完全収録した2枚組DVDが12月26日にリリースとなった。
◆Raphael<天使の檜舞台 第一夜 ~白中夢~> 画像
これに際し、Raphaelの歩みを間近で見てきたライターの武市尚子 氏から、<天使の檜舞台 第一夜 ~白中夢~>のライブレポートが届けられたので紹介したい。
◆ ◆ ◆
2000年10月31日──。
その日、私は取材現場で華月と会うはずだった。
しかし。待っても彼は現れなかった。
きっと、風邪でもひいたのだろう。と、少しの心配とともに帰路についた。
最寄り駅に降りた瞬間、突然携帯が鳴った。
電話の向こうから聞こえてきた信じがたい事実。
私は家に戻り、無我夢中で車を飛ばし華月の元へと向かった──。
これ以上にない深い悲しみを負い、言葉を失っていたご遺族と、華月の隣りでずっとRaphaelの歌をそっと口ずさみ続けるYUKIと、無言でその横に座るHIRO。そして。気丈に振る舞い、駆けつけてくれた人たちの涙を拭い、一人ひとり抱きしめていたYUKITO……。
悔しくてたまらなかった。
悲しみ以上に。悔しくて悔しくてたまらなかった。
華月という存在を、華月という才能を、華月という笑顔を失ったことが、悔しくてたまらなかった。
これから先、まだまだやりたいことがたくさんあると言っていた華月。YUKIとYUKITOとHIROとふざけながらも、一生懸命にインタビューに答えていた華月。もう、YUKI・華月・YUKITO・HIROの、Raphaeの音が生まれなくなるのかと思うと、悔しかった。
最年少で武道館公演(2000年3月)を成し遂げ、聴き手の幅をますます広げようとしていた、第二期Raphaelの第2章「秋風の狂詩曲」のリリースを明日に控えていた日。その日を目前に、華月は旅立ったのだ──。
翌日、その事実がニュースで伝えられると、世の中に大きな衝撃が走った。Raphaelの存在の大きさを、改めて知った瞬間でもあった。
この頃のRaphaelは、「秋風の狂詩曲」を引っさげ、12月2日の横浜を皮切りに、『Raphael Tour 2000-2001 新世紀を駆けぬけろ!』をスタートさせるところだった。リーダーの華月が不在の状態でツアーに出るのは不可能であろうと、誰もが中止を覚悟した。
が、しかし。YUKIとYUKITOとHIROは、生前から決まっていたスケジュールもそのままに、華月がこのツアーに託していた想いを胸に、ツアー敢行を決意したのだ。
『新世紀を駆け抜けろ!』というタイトルも、曲構成も、衣装も、全てにおいてのアイディアを残していた華月。“20世紀から21世紀をまたぐこのツアーで、ファンの人たちと純粋に楽しみたい”という華月が立てたコンセプトを、3人は形にしようと決めた。華月がやろうとしていたことを、華月が喜んで笑顔になってくれることを、3人で、Raphaelとして、やり抜くことを選んだ。
そして、華月の音と共に、ギターレスでツアーをまわり、2001年1月17日の渋谷公会堂を最後に、Raphaelはその活動を止めたのだ。
そんな活動休止から12年。
華月の13回忌にあたる2012年の10月31日、11月1日に、Zepp Tokyoでの再演を決めた。
そして、遂に、その日を迎えたのである──。
19時10分。ゴシックなパイプオルガンのSEに送られ、YUKI、YUKITO、HIROがステージに現れると、集まったファンたちの12年分の想いが声となって吐き出された。
12年という長い沈黙を破り、Raphael の再演は幕を上げた。始まりは「花咲く命ある限り」。
12年ぶりに放たれたその曲に、オーディエンスは力一杯握った拳を振り上げた。スピーディーなHIROのドラムに、低音をしっかりと担うYUKITOのベース。ヘヴィなギターサウンドの上に乗る豊かさを増したYUKIのボーカル。驚くほどに色褪せない楽曲の良さに当時を重ねた。1曲目から、Raphaelという才能を深く感じ取ることとなったその瞬間。そしてその音は、「Holy Mission」へと繋がれた。ドラマチックな幕開けから、ハイスピードなサウンドで一気にその世界へと導いていく。そこに、私は汚れ無き翼を広げるRaphaelを見た。
「HIROだよ! YUKITOだよ! 俺たちがRaphaelだっ!!!」
YUKIは叫んだ。YUKIが、こんなにも強く声を張って喋ることはめったにない。
“俺たちがRaphael──”
そう。12年という沈黙の間、そう叫びたかった気持ちを押さえてきたのだ。
「ありがと。人気あんじゃん。ただいま」
そんなYUKIの声に、オーディエンスは“おかえり”とあたたかな笑顔を向けた。そんな笑顔を受け、YUKIは続けた。
「オマエたちが背負ってきた苦しみも悲しみも、全部背負ってやるからな。だから、笑っててくれよ。でないと、膨らんじゃうぞ!」(YUKI)
YUKIは空気を思いっきり吸い込むと、ホッペを膨らませて見せた。
YUKIらしいMC。当時から、独特な言い回しや、ふいにする変なポーズがとても印象的だったYUKI。ここでYUKIは、上手でさすがのスキルを見せてつけてくれていた、華月の憧れのギタリストでもあったゲストギタリストのSEX MACHINEGUNS/ANCHANGと、下手に構えていた、華月のギターの話なら右に出る者がいないというほどRaphael ファンのAYABIE/夢人をオーディエンスに紹介した。
この日はANCHANGと夢人以外にも、ナイトメア/咲人と、Lida/ex サイコ ル シェイム・現DACCOが参加していたのだが、これは、華月のためにライブを盛り上げてあげたいというYUKIたっての希望により実現したもので、あくまでもライブの一部の楽曲での参加であり、ライブの本筋としては残されていた華月のギターの音を流すというスタイルで構成されていた。
突き抜けるボーカルが、絶対的な歌唱力を証明する「promise」。華月を後ろから抱えるように、左手でグッと自分の元へ引き寄せて歌うあの仕種が目に浮かんだ。
「みんな。久しぶり! わりぃけど、誰よりも楽しむつもりだからさ!」(HIRO)
「ニャァ~♪ 今日は最後までよろしくお願いします!」(YUKITO)
「おいおい、YUKITO! “喋りに困ったら「ニャァー」って言うから”って言ってたけど、いきなりそこからかよっ(笑)! いっつも困ると可愛い目してこっち見んのね。そんなとこ、変わってないね(笑)。いいよ。可愛いからなんでも助けちゃう! そう。30歳になったからね、ふざけたいの! 皆で最高にハッピーで、最高にロックなお祭りにしようね! 精一杯歌うよ!」(YUKI)
◆Raphael<天使の檜舞台 第一夜 ~白中夢~> 画像
これに際し、Raphaelの歩みを間近で見てきたライターの武市尚子 氏から、<天使の檜舞台 第一夜 ~白中夢~>のライブレポートが届けられたので紹介したい。
◆ ◆ ◆
2000年10月31日──。
その日、私は取材現場で華月と会うはずだった。
しかし。待っても彼は現れなかった。
きっと、風邪でもひいたのだろう。と、少しの心配とともに帰路についた。
最寄り駅に降りた瞬間、突然携帯が鳴った。
電話の向こうから聞こえてきた信じがたい事実。
私は家に戻り、無我夢中で車を飛ばし華月の元へと向かった──。
これ以上にない深い悲しみを負い、言葉を失っていたご遺族と、華月の隣りでずっとRaphaelの歌をそっと口ずさみ続けるYUKIと、無言でその横に座るHIRO。そして。気丈に振る舞い、駆けつけてくれた人たちの涙を拭い、一人ひとり抱きしめていたYUKITO……。
悔しくてたまらなかった。
悲しみ以上に。悔しくて悔しくてたまらなかった。
華月という存在を、華月という才能を、華月という笑顔を失ったことが、悔しくてたまらなかった。
これから先、まだまだやりたいことがたくさんあると言っていた華月。YUKIとYUKITOとHIROとふざけながらも、一生懸命にインタビューに答えていた華月。もう、YUKI・華月・YUKITO・HIROの、Raphaeの音が生まれなくなるのかと思うと、悔しかった。
最年少で武道館公演(2000年3月)を成し遂げ、聴き手の幅をますます広げようとしていた、第二期Raphaelの第2章「秋風の狂詩曲」のリリースを明日に控えていた日。その日を目前に、華月は旅立ったのだ──。
翌日、その事実がニュースで伝えられると、世の中に大きな衝撃が走った。Raphaelの存在の大きさを、改めて知った瞬間でもあった。
この頃のRaphaelは、「秋風の狂詩曲」を引っさげ、12月2日の横浜を皮切りに、『Raphael Tour 2000-2001 新世紀を駆けぬけろ!』をスタートさせるところだった。リーダーの華月が不在の状態でツアーに出るのは不可能であろうと、誰もが中止を覚悟した。
が、しかし。YUKIとYUKITOとHIROは、生前から決まっていたスケジュールもそのままに、華月がこのツアーに託していた想いを胸に、ツアー敢行を決意したのだ。
『新世紀を駆け抜けろ!』というタイトルも、曲構成も、衣装も、全てにおいてのアイディアを残していた華月。“20世紀から21世紀をまたぐこのツアーで、ファンの人たちと純粋に楽しみたい”という華月が立てたコンセプトを、3人は形にしようと決めた。華月がやろうとしていたことを、華月が喜んで笑顔になってくれることを、3人で、Raphaelとして、やり抜くことを選んだ。
そして、華月の音と共に、ギターレスでツアーをまわり、2001年1月17日の渋谷公会堂を最後に、Raphaelはその活動を止めたのだ。
そんな活動休止から12年。
華月の13回忌にあたる2012年の10月31日、11月1日に、Zepp Tokyoでの再演を決めた。
そして、遂に、その日を迎えたのである──。
19時10分。ゴシックなパイプオルガンのSEに送られ、YUKI、YUKITO、HIROがステージに現れると、集まったファンたちの12年分の想いが声となって吐き出された。
12年という長い沈黙を破り、Raphael の再演は幕を上げた。始まりは「花咲く命ある限り」。
12年ぶりに放たれたその曲に、オーディエンスは力一杯握った拳を振り上げた。スピーディーなHIROのドラムに、低音をしっかりと担うYUKITOのベース。ヘヴィなギターサウンドの上に乗る豊かさを増したYUKIのボーカル。驚くほどに色褪せない楽曲の良さに当時を重ねた。1曲目から、Raphaelという才能を深く感じ取ることとなったその瞬間。そしてその音は、「Holy Mission」へと繋がれた。ドラマチックな幕開けから、ハイスピードなサウンドで一気にその世界へと導いていく。そこに、私は汚れ無き翼を広げるRaphaelを見た。
「HIROだよ! YUKITOだよ! 俺たちがRaphaelだっ!!!」
YUKIは叫んだ。YUKIが、こんなにも強く声を張って喋ることはめったにない。
“俺たちがRaphael──”
そう。12年という沈黙の間、そう叫びたかった気持ちを押さえてきたのだ。
「ありがと。人気あんじゃん。ただいま」
そんなYUKIの声に、オーディエンスは“おかえり”とあたたかな笑顔を向けた。そんな笑顔を受け、YUKIは続けた。
「オマエたちが背負ってきた苦しみも悲しみも、全部背負ってやるからな。だから、笑っててくれよ。でないと、膨らんじゃうぞ!」(YUKI)
YUKIは空気を思いっきり吸い込むと、ホッペを膨らませて見せた。
YUKIらしいMC。当時から、独特な言い回しや、ふいにする変なポーズがとても印象的だったYUKI。ここでYUKIは、上手でさすがのスキルを見せてつけてくれていた、華月の憧れのギタリストでもあったゲストギタリストのSEX MACHINEGUNS/ANCHANGと、下手に構えていた、華月のギターの話なら右に出る者がいないというほどRaphael ファンのAYABIE/夢人をオーディエンスに紹介した。
この日はANCHANGと夢人以外にも、ナイトメア/咲人と、Lida/ex サイコ ル シェイム・現DACCOが参加していたのだが、これは、華月のためにライブを盛り上げてあげたいというYUKIたっての希望により実現したもので、あくまでもライブの一部の楽曲での参加であり、ライブの本筋としては残されていた華月のギターの音を流すというスタイルで構成されていた。
突き抜けるボーカルが、絶対的な歌唱力を証明する「promise」。華月を後ろから抱えるように、左手でグッと自分の元へ引き寄せて歌うあの仕種が目に浮かんだ。
「みんな。久しぶり! わりぃけど、誰よりも楽しむつもりだからさ!」(HIRO)
「ニャァ~♪ 今日は最後までよろしくお願いします!」(YUKITO)
「おいおい、YUKITO! “喋りに困ったら「ニャァー」って言うから”って言ってたけど、いきなりそこからかよっ(笑)! いっつも困ると可愛い目してこっち見んのね。そんなとこ、変わってないね(笑)。いいよ。可愛いからなんでも助けちゃう! そう。30歳になったからね、ふざけたいの! 皆で最高にハッピーで、最高にロックなお祭りにしようね! 精一杯歌うよ!」(YUKI)
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