ケミカル・ブラザーズ、ライブ映像へのこだわりとその芸術性【後編】

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前編より続き

──撮影場所として何故フジロックを選んだですか?

エド:候補に上がっていたのはフジロックとグラストンベリー。一番僕らが強いコネクションを感じるフェスがこの二つだからね。それに長年持ちこたえてきた2大フェスだからね。フジロックの思い出は良いものばかりだ。僕らがバンドとして活動し始めた頃から日本とは相通じるものがあった。僕らの初のビッグショーもたしか日本だったと思う。そして地震があったから、日本の皆さんの気持ちに共感し、日本に行きたいと思った。日本の景色、日本の人々。フジロックの全てが説得要因だった。映像を見ると分かるけど、単にケミカル・ブラザーズを見に来たファンを撮影したんじゃないんだ。本当に音や照明、あと激情(笑)により、多くのファンが僕らの世界へと引き込まれているんだ。

アダム:最初はニームの円形競技場で撮影しようとも考えたんだけど、やっぱりちょっと違った。グラストンベリーで撮影するチャンスもあったんだけど、ロジスティック的にかなり大変だった。フジロックが候補に上がった時に、皆そこしかないと思ったんだ。まさにそれが一番であろうと。すべてが上手くはまった瞬間だった。まずフジロックは世界のどのフェスとも全く違う。とてもユニークで、メディアにより詳しく紹介されたこともないから謎が多い。格別なもの。次に、グラストンベリー同様、ケミカル・ブラザーズが強い繋がりを感じているフェスなんだ。過去何度もヘッドラインを務めたことがあるし、トムとエドのお気に入りのフェスだ。短期間で日本の撮影クルーを手配し、苗場まで行き撮影するのは容易なことではなかったけど、すばらしい作品ができたと思っている。大変な問題も沢山あったけど、撮影は結構順調に進んだ。とは言え、予算があまりになかったから、何とかその範囲内に収めようと頑張ったけど、気がついたらかなり予算オーバーで、編集時間も足りなくなった。あまり気にしていない、まー良くあることだよ。でも映画のタイトル通り『DON'T THINK』、何も考えずに、とにかくプロジェクトに没頭して、後で考えようって思ったんだ。本当、『DON'T THINK』は一時僕らのマントラになっていた。

──では、日本の山奥に向かわれたんですね。

アダム:13時間のフライトを終えて、更にフェスの会場まで10時間ミニバスでドライブ。到着した頃にはクタクタだった。でもバスを降りた時はすごく感動したよ。母国のフェスと違い、会場はすごくきれいで清潔だった。トムとエドが気に入ってるのも一瞬でわかった。とても整理整頓されている環境に、かなり興奮状態の観客が大勢集まっていた。その並置が面白いと思った。東京とは真逆でフジロックは皆がリラックスして自制心を忘れられる環境なんだ。

──映画の何パーセントが予め計画されたもので、何パーセントが幸運な偶然だったんですか?

アダム:映画の撮影についてマーカスとは結構前から議論していたから、数多くのアイデアが既にあった。メインのアイデアは、それぞれの曲にアイデンティティを与えるというものだった。例えば、「Hey Boy Hey Girl」ではクラッシュズームで撮影した映像をかなり使ったけど、これは普通のライヴ映像では使われない手法だったから、日本のカメラクルーに好きなようにクラッシュズームを使って撮影してくれと伝えた時、少し困惑させてしまったようだった。色々確認が取れた後に僕らに残された準備期間はたったの2週間だった。パーツパーツ、ストーリーボードを作ったし、会場の立体モデルも作った。OBバンに映像を送出する9台のカメラの位置を決め、またハンディカムが撮る映像もある程度決めた。4台がステージ上の映像を撮り、4台が観客の映像を撮ることに専念することになった。今回のライヴの規模や、数多くのファンがステージ前に集まっていることが分かるようなワイドショットを冒頭で使うのはなるべく避けた。「Saturate」のパートで始めてワイドショットが出てくるけど、そこまで溜めたからすごく効果があった。ライヴでオーディエンスの注目を得るのと、映画館のオーディエンスを90分間引きつけることは少し違う。映画の場合、タメも重要になってくる。ある意味マジックショーみたいなものだ。テクニックや新たなヴィジュアル・トリックも全て冒頭で明かすのではなく、小出しにした。オーディエンスが気付いた頃には、観客の後を追い、ステージ前から森の中を通り、売店まで移動しているようにしたかったんだ。

──観客の映像が結構使われていますが、何故観客に焦点をあてようと思ったんですか?

アダム:今回の作品の編集者の一人は、アンダーワールドがフジロックで撮影したライヴ映像の編集を手掛けたことがある。どういう映像がもっとあったら良かったと思ったか彼に聞いてみたらところ、彼は「観客のリアクションを捕らえた映像が少なかった」と即答した。作品の25%にしかバンドが登場しない中、映画を見ているオーディエンスの心をどうやって引き続けたら良いのか、ちょうど悩んでいたところだった。このユニークな体験をどう撮影し、再現したら良いのか。ドラマっぽく撮影するとなると、僕らの見解そしてそれに対するリアクション・ショット、という流れになるだろう。多くの場合、オーディエンスは誰かの発言に共感するのではなく、その発言に対する人のリアクションに共感する。となるとコンサートの場合はどうだ?僕らはかなりコンパクトで軽量なスチールカメラ、キャノン5Dで撮影に挑んだ。観客の映像撮影を担当する4人のカメラマンに「気取っていたり、目立ちたがり屋な人ではなく、自由に、心の底から楽しんでいるファンを見つけ、その人を撮り続けて欲しい」と伝えた。4人のカメラマンの中にはプロじゃない方もいた。焦点があっていたり、あっていなかったり、ストロボの使い方が最悪だったり、技術的な問題だらけのショットが数多くあったけど、プロのカメラマンより自然と溶け込むことができたから、結果的にすごく良い絵が撮れた。すばらしい人たちを見つけてくれた。未だに誰か分からないけど。彼らはこの映画に出演していることを未だ知らないと思うし!

──「これは行けるかも知れない」と思った瞬間は?

エド:観客のリアクションを見た時かな。僕らのライヴで重要なのはステージ上にいる僕らではないんだ。もちろん曲を作ったのは僕らだし、僕らも楽しんでいるけど、僕らの前にはライヴを楽しんでくれている大勢のファン達がいる。アダムが彼らのリアクションをすばらしい形で捕らえてくれたのを知って、これは行けると思った。作品がリリースされる前にアダムは観客のリアクションだけを収録したティーザー映像をネットにアップロードした。この作品、そして僕らのライヴの主旨、そして僕らの音楽やヴィジュアルが皆に与える影響をとてもシンプルに伝えることができたと思う。だから僕が引き込まれた瞬間は、観客のリアクションを見た時かな。ライヴの規模が分かるような引きの絵ではなく、結構タイトなクロースアップ・ショットが多かったのが気に入った。会場のサイズ、そして僕らのプロダクションの規模を考えると、とても親密な作品になっている。また完璧に作り込まれた「高品質」なドキュメンタリーではないところも作品を気に入っている一つの理由。実際に観客の一人として会場にいる感覚が伝わって来る。誰かの後ろに立っているから良く見えなかったり、天気が不安定だったり。実際にライヴに行った時の経験を緻密に再現している。音楽に夢中になっているかと思ったら、次の瞬間、友人を見失ってしまい探しまわっていたり、ライヴ終了後何を食べようか、自分のテントがまだ立っているのか気になったり。フェスに行くと、実際には100%バンドに夢中になれず、常にそう言うことが気になっている。「圧倒的な存在感のバンドが今ステージ上にいるけど、あっちのステージでは何が起こっているんだろう?」というファンの素直な気持ちをアダムは見事に捕らえている。バンドに夢中になって心奪われる映像ばかりを収録したんじゃないんだ。フェスティバルのありとあらゆる経験を収録した。「すごいバンドがすぐ側で演奏しているけど、それでも僕には僕の人生がある」って皆が言っているように。

アダム:シーンが上手くハマった瞬間はかなり嬉しかった。作業しているスタッフがみんな興奮し始め、愚痴も言わず自分たちから進んで長時間労働し始めると、良いものが出来上がってきているって思うよね。観客のリアクションを収録したシーンがはまったのは凄かった。僕らがフォーカスして追ったファンは皆とても自由で、表現力豊かだった。映画を見た人にサイケデリックな経験を提供したいとずっと思っていたけど、ファイナル・エディットで実現できたんじゃないかな。観客の波にもまれて、あそこに居たと思ったら全く別の場所に来てしまっていて、靴が片方なくなっている。皆が興奮し始めた時、そういうシーンが多く見られた。僕にとって映像を通じ人々の心を動かすことは、とても重要なこと。バンドが演奏する中、カメラが一人の女の子の後を追ってステージを去った時、僕はとても興奮した。「これから何が起こるんだろう?」本当はその後どうなるか、もっともっと紹介したかったんだけど、時間と予算の問題であきらめることになった。本当はそこでカットするんじゃなくて、そのまま撮影を続け、フェスの違う一面も収録したかったんだけど、時間切れになってしまったんだ。その女の子は実を言うと編集者の一人のガールフレンドだったんだ。彼女はケミカル・ブラザーズの熱狂的なファンで、フジロックにはもともと来ることになっていた。今まで演技をしたことはなかったらしい。彼女はとても美しく、また純粋に楽しみ、その場のエネルギーや雰囲気に没頭し流されているように見える。

──音は全く別物として作ったんですか?

トム:ライヴをそのまま収録したものだよ。ライヴのアルバムとか映画って、聴き直したり見直したりして、ちょっと違うと思った箇所を修正したり、少しずれているアナログ・シンセサイザーの音を直したりしているのかと思っていたけど、この作品に関してはフジロックのライヴをそのまま収録したものなんだ。アンビアンスや観客の音声などには手を加えた。7.1chで色々試してみて、臨場感溢れるサウンドを新たに作り出したけど、音楽のトラック自体には全く手を加えていないよ。

──結構な低音が全体的に鳴り響いてますよね?

トム:低音はすごく重要だよ!僕らのサウンドには必要不可欠だね。実際のライヴを録音しているから、僕らのサウンドが実にリアルに再現されている。僕はあのライヴ独特の「生」の音が大好きだ。現実に戻り、聴き直してみると、ちょっと音程が外れていたり、衝突しすぎている箇所は多々あるんだけど、それも味があってイイと僕は思う。音が生きているかのように。エレクトロニック・ミュージックで音に生命を与えるのって結構難しいんだ。でもライヴ収録された音は活気に満ちている。なんか、興奮した人たちが新しいサウンドを求め、間違えながらも色々試しているかのように聴こえる。ライヴを収録したアルバムは、多くの場合色んなライヴ・イベントの一番良い所を切って繋いでいる。でも僕らの作品は違う。20台のカメラクルーを率いるアダムとステージ上の僕らがフジロックで過ごしたあの一夜の音を収録したもの以外何モノでもない。振り返ってみると、結構恐ろしいことをしたなって思うよ。一発勝負だったからね。スクリーンの一部に映像を出力できないとか、100%映ってないとか、いろいろな問題が起こっても不思議ではなかったから、直前まですごくドキドキしたよ。でも何事もなく無事撮影できた。神が見方してくれていたのかもね。

──ケミカル・ブラザーズとの18年間のコラボレーションの成果を映画館の大画面でみた時の感想を聞かせて下さい。

アダム:当時のツアマネ(サイモン・スティーヴンズ)がアイスクリームを売っているようなバンで迎えに来てくれた日が遠い昔のことに思えた。リーズで20分のライヴを行うことになっていたんだけど、当時の機材はプロジェクター3台とストロボ1台とシンプルなモノ。サイモンがドライバーと喧嘩したのを覚えている。メンバーを乗せるちゃんとしたバスを手配したはずなのになぜこんなアイスクリーム・バンが来たんだってね。でも今思えばサイモンが最初から仕込んだことだったのかも。「僕が怒る振りをするから、取りあえず無視して。あとで浮いたお金を二人で折半しよう」なんて会話をドライバーとしていたかもね(笑)。でも、長年すばらしい成果を創出してきたコラボレーションを、やっと記録できたことをとても嬉しく思っている。今までの記録映像的なものを残してこなかった事を少し後悔している。今までは結構頑固にライヴの撮影に反対してきたからね。デビュー当時の20分ライヴの映像が最近見つかったんだ。スライド・プロジェクターやホイールなど、全く違う時代のように思えた。でもついに収録できてよかったよ。それも最高にイイ作品になったしね。

──アイスクリーム・トラックでプロジェクターを運んでいたデビュー当時の皆さんに今回の作品の話が来ていたら、皆さんはどう思われたと思いますか?

アダム:全く理解できなかったかも知れないね。若かったから、将来のことなんてあまり考えていなかったし。何もかもがエキサイティングで、前進あるのみって感じの時代だった。アイスクリーム・トラックでリーズに向かうって知ったときもとりあえず、"Don't Think" -深く考えず、とにかく出発しよう!って感じだったしね。

──作品を見て、今後のライヴの新たな方向性などは見えましたか?

トム:それよりも作品を見たら、もう一回やりたいと思った。観客の気持ちの高ぶりを見ていると、またステージに立ちたいと思うよ。映像にアダムが重ね合わせたヴィジュアルもすごく気に入っている。今後そういう手法を取り入れるのもありかなと思った。

エド:作品を完成させ長期のツアーも終えた今、心地よい達成感を味わっているんだ。少し骨を休める権利を得たような気がするね。それは別に悪いことではない。完成したライヴ映像作品には生命が宿り、今後映画館、そしてDVDとして多くのファンの家で生き続けてくれるだろう。本当、良くやったと自分たちに言ってやりたいよ。

──では、しばらくは休まれるんですか?

エド:僕らに休みなんてないよ(笑)。


ケミカル・ブラザーズ『DON'T THINK-LIVE AT FUJI ROCK FESTIVAL-』
2012年3月21日 日本先行発売
リミテッド・エディション DVDサイズ・豪華ハードカヴァー仕様/ 初回生産限定
TOCP-71323 4,200( tax in )DVD+CD+36Pフォトブック
スタンダード・エディション CDサイズ・ジュエルケース仕様
TOCP-71324 3,980( tax in ) DVD+CD+8Pブックレット
※日本盤のみ
・ケミカル・ブラザーズ最新ロゴ・ステッカー封入
・解説付
※輸入盤のみ
3/26発売予定 Blu-Ray+CD、10インチ・サイズの豪華写真集付限定盤

LIVE DVD
1.INTRO (TOMORROW NEVER KNOWS)
2.ANOTHER WORLD
3.DO IT AGAIN
4.GET YOURSELF HIGH
5.HORSE POWER
6.CHEMICAL BEATS
7.SWOON
8.STAR GUITAR
9.THREE LITTLE BIRDIES DOWN BEATS
10.HEY BOY HEY GIRL
11.DON'T THINK
12.OUT OF CONTROL
13.SETTING SUN
14.IT DOESN'T MATTER
15.SATURATE
16.BELIEVE
17.ESCAPE VELOCITY / THE GOLDEN PATH
18.SUPERFLASH
19.LEAVE HOME / GALVANIZE
20.BLOCK ROCKIN' BEATS

LIVE CD
1.ANOTHER WORLD
DO IT AGAIN
GET YOURSELF HIGH
2.HORSE POWER
CHEMICAL BEATS
3.SWOON
STAR GUITAR
4.THREE LITTLE BIRDIES DOWN BEATS
HEYBOY HEY GIRL
5.DON'T THINK
OUTOF CONTROL
SETTING SUN
6.SATURATE
7.BELIEVE
8.ESCAPE VELOCITY
THEGOLDEN PATH
9.SUPERFLASH
10.LEAVE HOME
GALVANIZE
11. BLOCK ROCKIN' BEATS

◆ケミカル・ブラザーズ・オフィシャルサイト
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