井上 侑、片寄明人&石井マサユキを迎えてのロング座談会 PART.1
6月8日、井上 侑が2年4ヶ月ぶりにサード・アルバム『LOVEBIRD』をリリースした。今までのアルバムよりも曲が多い9曲入りでフル・アルバムと言えるヴォリュームだし、CMソングになった「ぞんびだいすき?(Full Version)」と「バネのびょん太」もしっかり収録されている。その2曲以外を、初期フジファブリックの全作品を手掛けた片寄明人(Great3、Chocolat & Akito)と、CHEMISTRYやハナレグミ、元ちとせなどに参加する石井マサユキ(TICA、gabby&lopez)がプロデュースしているのも話題だ。いったいどういう縁で出会ったのか、井上 侑に対して片寄と石井はどんな印象を得てどんな視点でプロデュースに臨んだのか、それに対して井上 侑はどう反応したのか。一人の天然っ娘と二人の鬼才の話は、いきなり深い。
◆「タピオカミルクティー」PV
──今回のプロデュースは、侑さんの現場監督から声を掛けられたことが始まりらしいですね。
片寄:そうですね。もともと彼とは知り合いだったんですけど、しばらくお会いしてなくて2010年11月ぐらいに突然電話がかかってきて。「聴いてもらいたい音がある」ってことで、シンコーミュージックの地下室で聴かせてもらったのが最初でしたね。聴かせてもらったのは…自分で出してたやつだよね?
井上「はい。「たねとはね」(注:ライヴ会場限定販売手作りCD『ゆうのたね』『ゆうのはね』)ですかね。
片寄:あと以前にリリースしたもの(アルバム)も聴かせてもらったかな。ほんと様々な…サウンドにしても色んな傾向のものをたくさんやってて。第一印象は正直“この子はいったい何をやりたいんだろう?”という感じだったかな。様々なタイプのサウンドがとっちらかっていて。ただメロディと声の部分にすごく才能がある人だなっていうのは感じたので。そこにフォーカスを絞ったやり方をするんであれば、自分がプロデューサーとして関わる意義はあるかなぁと思って、「興味はあります」って話はしたけど。「ぼくがプロデュースしたら今までの路線とは変わると思いますが、いいですか?」ということは言いましたね。
──聴かせてもらったときにですね。
片寄:そう。歌詞の世界も。まあ「バネのびょん太」みたいなブッ飛んだっていうか(笑)、“謎な芸風”があって。
井上:あれは私の中でも異色の曲ですけど(笑)。
片寄:あれはぼくの世界とはまったく違う、あずかり知らない世界だったから。でもそれはそれで…自分の感性に近いものだけやってても面白くないですからね、なかなかそういう異化反応というか(笑)、異物感みたいなものは逆に面白いかなとはちょっと思っていたけれども。サウンドに関しては“彼女のピアノと歌”っていう、核となっている部分にフォーカスを絞ったものを作りたいっていうのは、思いましたね。それで彼女のライヴを観に行って、っていうのが最初かなぁ、出会いとしては。
──石井マサユキさんと一緒にプロデュースする形になったというのは?
片寄:彼女のライヴを観て、「プロデュースしてくれないか?」っていう話になって。それで彼女がどんなものをやりたいのか?って話とか、彼女のバックグラウンドの話に…ぼくプロデュースするときって、どういう音楽を聴いてきたのか、何が好きなのかってこととか、それを踏まえた上でどんなことをやりたいのかってことを、わりと最初に話し合うんですけど。話をしてみると彼女が聴いてきたものに関しては邦楽中心で、ほとんど洋楽に関しては聴いたことがない、と。で、「何が好きなの?」って訊いたら「宇多田ヒカルが好きだ」って話が出てきて。いわゆる、なんていうか、“ジャパニーズR&B”?って言われるものがけっこう好きで。
井上:そうですねぇ…。
片寄:そういう要素を取り入れたいって言ってたんだけど。彼女が実際ピアノ弾き語りしているものは、“J-R&B”とはまた全然違うものだったからね(笑)。
井上:(笑)
片寄:でも、表面的には出てこないんだけど、奥底でつながっている感じっていうのは、わからないことはなくて。ぼくは彼女のピアノと歌を聴いたときにパッと思い浮かべたのが、ローラ・ニーロで。でもそういう70's女性シンガーソングライターものを聴いているかと思ったら、まったく彼女はもちろん知らなくて。ローラ・ニーロもピアノで弾き語りをするタイプだけど、メロディの譜割りだったり、音の乗せ方とか、リズムの部分とかでブラック・ミュージックの要素が感じられるでしょ? 彼女、たぶん宇多田ヒカルとかそういう“J-R&B”に影響を受けながらピアノで弾き語りっていうスタイルをやっていく中で、無意識にローラ・ニーロとかともつながるような方向に行っていたと思うんですよ。ぼくはそこがちょっと面白いと思ったんで、そういう音を構築するにあたって、ふさわしいパートナー、しかも楽器がマルチに演奏できる人が欲しいと考えたときに…一緒にライヴをやったりとか、他のプロデュースでチーム組むこともある石井くんに声を掛けたっていうのが、最初のアイデアだったんですね。
井上:自分から、どんなアルバムを作りたいとか、どんなジャンルのものがっていうのは…ジャンルを明確に知らないですし、出せなかったんですね。ただ、ちゃんと歌を聴いてもらいたい、ピアノと歌を届けたいっていう思いはすごくあったので、「シンプルにすればするほど、届くものができると思うよ」っていうふうに言ってくださったんで。“あ、そうか!”って。それまでは色んな曲を作って、その場その場で、何が合うのかわからないんですけども、ちょっと色々付けてみたりとか足してみたりすることが多かったんですけども。そうじゃないんだなっていう。
片寄:もしほんとに彼女が宇多田ヒカルみたいにR&Bやりたいって言ったら、彼女の楽曲をそういうふうにアレンジできるアレンジャーとかは一杯いると思うんですよ、ある意味強引な形でっていうかな。でも、それをすることが彼女の音楽にとって正しいことなのかどうなのかっていうのが、ちょっと気になって。実際これで同じようなオケを作ってやったところで、宇多田ヒカルのように歌って踊れるわけでもないし(笑)。そういう同じフィールドで勝負してもしょうがないでしょ? 彼女の武器は、やっぱりピアノを弾いて、歌って…。その“ピアノと歌”っていう部分に限ると、矢野顕子さんとか原田郁子ちゃん(クラムボン)みたいな、シンガーソングライターとも通ずる部分もあったし。彼女はそういうシンプルなソロスタイルでたくさんの場所でライヴをやっていたから、今後もそういう形でやっていくんだろうし。ライヴではCDの音装飾を取り払っても成立するように、彼女のほんとの音楽の骨格となる部分を見極めて、それをどう魅力的に聴かせるのかと考えるのが、たぶんぼくの仕事だと。
──石井さんは片寄さんから共同プロデュースの話が来たとき、どうでした?
石井:片寄くんとは何回か一緒に仕事していて、だからいつもと同じっていうか(笑)。
──侑さんを聴いた第一印象は?
石井:片寄くんがキャプション付きで音源を聴かせてくれて。片寄くんなりの考えがあるっていうか、「矢野顕子さんみたいな曲を作る女の子がいて、プロデュースしたら興味深いかもしれないから石井くんも聴いてみて」という説明付きで音源が回ってきたんで。実際、“これ、矢野顕子さんのコピーでしょ?”みたいな曲が2~3曲あったから、そういうイメージだったし、最初は。
井上:実はつい最近まで、矢野顕子さんの音楽をまともに聴いたことすらなかったんですよね、私(笑)。
石井:でも、シンガーソングライターの楽曲や仕事はすべからく全部好きだから、“やろうやろう!”って(笑)。
──ちなみにミックスを浦本雅史さんに依頼した経緯を教えてください。
片寄:彼がまだアシスタント・エンジニアをしてたころに知り合ったんだけど、周囲のベテラン・エンジニア達から「いい若手が出てきた」って評判の青年でね。くるりの岸田くんとかも早くから彼の才能に気づいていた一人じゃないかな。まずはフジファブリックのやったジョン・レノン「LOVE」のカヴァーをプロデュースしたときに声をかけたんだけど、“あ、これはいいセンスをしているな”と思って…それ以来、いろんな現場でチームを組むようになって。彼も今ではサカナクションで一発当てて(笑)認められて、すごくいいポジションにいるよね。今回井上 侑ちゃんのミックスは、もともと予算の関係で浦本の自宅で、他の仕事の合間を縫ってやるしかない状況だったんだけど、震災があって他の仕事が全部飛んじゃったこともあって、逆に集中してミックスできたみたい。
──音作りの面は石井さんがメインですか?
片寄:そうですね。ドラマーは大ちゃん(榊原大祐)が参加してくれたんですけど、それ以外の楽器に関してはすべて石井くんだったし。予算もインディーズで限られているってことだったから。ただ、お金がないからといって、安っぽいプロダクションには絶対したくなかったんだよね。限られた予算の中でどれだけ自分にとって納得のゆく…高級なものっていうのは言葉が合っているかわからないけども…高級なものを作りたいと思ったときに、組むべきはやはり石井くんかなと。ある意味宅録なんですけども、彼は家でレコーディングやってたりするんで、彼の家のスタジオを使わせてもらって。
──なるほど。
片寄:この楽曲はどういう方向に行くのか?っていうのは、ぼくと石井くんで綿密にミーティングをして方向を決めた上で、その方向に沿って石井くんにアレンジしてもらいました。それを投げてもらって、ぼくが“ちょっと違う”と思ったらまた少し変えてもらったり、そういうやり取りかな。あとレコーディングの最初は彼女のピアノだけをレコーディングするっていうスタイルにもしましたね。 それはさっき言った骨格の部分っていうのを、彼女のオリジナルの、ぼくらの手の入ってない部分っていうのかな、それをしっかり残したかったから。まずそのピアノの部分を先に録って、その上にドラムとベースを録って。そこから歌入れをして。それにさらに様々な楽器を、石井くんが家でダビングするっていう流れかな、順番としては。
──侑さんは最初、弾き語りで歌を入れたいとも希望していたそうですが。
井上:そうですね。そういうのもありましたね。セカンド(2009年発表の『Hello!!』)では編成がバンドっぽくなって、ピアノがあまり聞こえなかったから。今回は「タピオカミルクティー」とかの弾き語り系の何曲かは、ピアノと歌を同時に録れたらライヴ感が出るかなというのもあったんですけど。でも今回みたいなやり方もいいなと思いました。時間がなかったというのもありましたし。録れるスタジオも、そういう弾き語りのできる環境じゃなかったんで。
片寄:そうだね。歌とピアノを同時に録れる所じゃなくて、とりあえずピアノをいい音で録ろうってことで選んだスタジオだったから、
──やっぱりピアノ重視で?
片寄:そう、ピアノ重視でやらせてもらって、歌は後でゆっくりっていうスタイル。彼女が(同時に録りたいと)そう言った理由としては、ライヴを観ててもわかるように、感情の流れで、テンポを自由に、そのときの気分で遅くしたり速くしたりしてきたかったんだと思うんだけど。それはレコーディングの場合、ドラマーとかギタリストが“せえの!”で一緒に目を見ながらとかでやっていけば合わせられるけど、基本的にフリー・テンポで作ったものに後でダビングしていくのって至難の業になっちゃうから(笑)、それは今回ちょっと避けたかったし。いずれこのアルバムが成功したら次で挑戦しようよってことではあるけれども。今回に関しては、ピアノはある程度決まったBPMの中で弾いてもらって、それに対して肉付けしていこうっていうアイデアに変えたんだよね。
──生音重視というのは、最初から頭にあったのですか?
石井:そうっスね。アレンジやる前の弾き語りのデモをパッ!と聴いて。ピアノの感じは、だいたいレコーディングしたのと同じで、それなりに完成してたんですよ。それ聴いて、自然に、打ち込みは思いつきもしないっていうか(笑)。“井上さん、ピアニストなんでしょ? シンガーソングライターなんでしょ? ピアノ弾いて歌うんでしょ?”って。ライヴもそれでやっていくし。そこに打ち込みとか必要ないじゃないですか。それは自然なことっスよ。
──ヴォーカルは何回か録って選んだそうで。
片寄:そうですね。ヴォーカル録りはぼくが担当しました。いくつかのテイクを組み合わせてOKのテイクを作るのが普通ですね。自分はヴォーカリストでもあるので、歌録りには自信があるんです。聴きながら、足りない部分とか、“ここはもっとこうできるな”っていうのを、すべてのパズルの穴じゃないけど聴きながら全部が埋まったなと思ったら、オッケーを出してやめてもらうんだけど。だいたい早ければ3~4回、長い時は7~8回歌ってもらって。それをぼくが預かって何時間か一人で色んな組み合わせを考えさせてもらって、一つの流れを作って彼女にそれを聴いてもらってっていうやり方だったけど。仕上がりにはビックリしたみたいだね(笑)。
井上:そうですね。今までは自分で選ぶことが多かったですし、どうしてもどんどん客観的でなくなっていくというか、何がいいのかっていうのが難しくなってきちゃって。結局1回目のテイクが良かったとかというのもあったんですけど。全部を委ねて選んでいただくっていうことは、まったくなかったんですよ。そういうやり方があるってことも知らなかったので。
片寄:仕上がったOKテイクを聴いて、どう思いました?
井上:ぞわぞわ、っとしました(笑)。ゾクゾク、っとしました。なんか、自分でも歌ってて、“今歌ったココが良かったんじゃないかな、ココも欲しかったな”って思うところが、すかさず入っていたので。
片寄:彼女が歌っているのを聴いていて、“ああ、今いい瞬間だったな”っていうところは、やっぱり逃さずに自分で常にチェックしてるので。そういう鳥肌の立つ瞬間っていうのを集めて一つのテイクにするっていうのが、やっぱり歌入れの醍醐味だと思うし。それはやっぱりプロデュースしていて楽しい時間の一つですよね。
井上:なんか全然、違和感がないんですよね。
片寄:つないでるっていう?
井上:うん。ただ気持ちいい。心地いいっていうか。
片寄:やっぱりヴォーカリストって客観的にはなれない、なりづらいのかな。特にレコーディングしてるときは難しいですよ。ぼく自身も自分のレコーディングだと、ジャッジはあえて自分では放棄することが多いです。Great3だったらあとの2人のメンバーだし、Chocolat & Akitoだったらショコラに聴いてもらう。そうしないとやっぱり、自分の中に色々と余計な意識があったりとかするから、そのジャッジが後から聴いて正しくないことも多いんですよね。
──特にレコーディング中は、まっすぐになりすぎて他が見えなくなりそうですからね。
片寄:そうなんです。ほんとに視野が狭くなってるから、そこはやっぱり一歩引く勇気を持って周りの意見を聞くっていうのが正しい…ぼく自身は、それでいいものが作れてきてるので。だからレコーディングのときは、望まれるのであればけっこうそうやるタイプ。今回はやらせてもらった形ですね。
極少数のミュージシャンの演奏とはいえ実に緻密な作業でレコーディングが進められ、井上も初体験だったことが多くて驚きと感心を繰り返していくうちに仕上げられたようである。実際、ヴォーカルからもピアノからも今までのCDから一皮も二皮も剥けた井上の息遣いが聞こえてくる。でもまだ話は序盤。片寄と石井がプロデュースした7曲の徹底解剖へと進む。
文:行川和彦 Kazuhiko Namekawa
<井上 侑 弾き語りライブ2011~BIRDCALL~>
6月11日(土)@川崎ラチッタデッラ噴水広場
※14時半/16時/17時半
6月12日(日)@神奈川MrMax湘南藤沢
※14時半(14時から変更になりました)/16時
6月17日(金)@神奈川川崎アゼリア地下街
※18時
6月18日(土)@神奈川たまプラーザTERRACE
※13時/15時/17時
6月19日(日)@埼玉イオン与野
※13時/15時
6月25日(土)@東京亀戸サンストリート
※14時/16時
6月26日(日)@神奈川アピタ長津田
※11時/14時/16時
7月1日(金)@東京立川AREAREAスタジオ
※20時
7月9日(土)@静岡イオン浜松市野
※12時/14時/16時
7月10日(日)@愛知アスナル金山
7月16日(土)@神奈川平塚OSC湘南シティ
7月18日(祝)@栃木イオン小山
7月31日(日)@山梨ラザウォーク甲斐双葉
<特別ワンマン!>
8月7日(日)
YU INOUE'S ONE NIGHT SPECIAL
at SHIBUYA gee-ge
LOVEPOTION
ADV ¥2,500 / DOOR ¥3,000 + 1DRINK ¥500
OPEN 18:30 / START 19:00
<井上 侑ライブ>
6月21日(火)@渋谷gee-ge.
6月24日(金)@錦糸町rebirth
7月2日(土)@東京大学 柏図書館
7月16日(土)@藤沢クラブTOPS
◆井上侑オフィシャルサイト
◆「タピオカミルクティー」PV
──今回のプロデュースは、侑さんの現場監督から声を掛けられたことが始まりらしいですね。
片寄:そうですね。もともと彼とは知り合いだったんですけど、しばらくお会いしてなくて2010年11月ぐらいに突然電話がかかってきて。「聴いてもらいたい音がある」ってことで、シンコーミュージックの地下室で聴かせてもらったのが最初でしたね。聴かせてもらったのは…自分で出してたやつだよね?
井上「はい。「たねとはね」(注:ライヴ会場限定販売手作りCD『ゆうのたね』『ゆうのはね』)ですかね。
片寄:あと以前にリリースしたもの(アルバム)も聴かせてもらったかな。ほんと様々な…サウンドにしても色んな傾向のものをたくさんやってて。第一印象は正直“この子はいったい何をやりたいんだろう?”という感じだったかな。様々なタイプのサウンドがとっちらかっていて。ただメロディと声の部分にすごく才能がある人だなっていうのは感じたので。そこにフォーカスを絞ったやり方をするんであれば、自分がプロデューサーとして関わる意義はあるかなぁと思って、「興味はあります」って話はしたけど。「ぼくがプロデュースしたら今までの路線とは変わると思いますが、いいですか?」ということは言いましたね。
──聴かせてもらったときにですね。
片寄:そう。歌詞の世界も。まあ「バネのびょん太」みたいなブッ飛んだっていうか(笑)、“謎な芸風”があって。
井上:あれは私の中でも異色の曲ですけど(笑)。
片寄:あれはぼくの世界とはまったく違う、あずかり知らない世界だったから。でもそれはそれで…自分の感性に近いものだけやってても面白くないですからね、なかなかそういう異化反応というか(笑)、異物感みたいなものは逆に面白いかなとはちょっと思っていたけれども。サウンドに関しては“彼女のピアノと歌”っていう、核となっている部分にフォーカスを絞ったものを作りたいっていうのは、思いましたね。それで彼女のライヴを観に行って、っていうのが最初かなぁ、出会いとしては。
──石井マサユキさんと一緒にプロデュースする形になったというのは?
片寄:彼女のライヴを観て、「プロデュースしてくれないか?」っていう話になって。それで彼女がどんなものをやりたいのか?って話とか、彼女のバックグラウンドの話に…ぼくプロデュースするときって、どういう音楽を聴いてきたのか、何が好きなのかってこととか、それを踏まえた上でどんなことをやりたいのかってことを、わりと最初に話し合うんですけど。話をしてみると彼女が聴いてきたものに関しては邦楽中心で、ほとんど洋楽に関しては聴いたことがない、と。で、「何が好きなの?」って訊いたら「宇多田ヒカルが好きだ」って話が出てきて。いわゆる、なんていうか、“ジャパニーズR&B”?って言われるものがけっこう好きで。
井上:そうですねぇ…。
片寄:そういう要素を取り入れたいって言ってたんだけど。彼女が実際ピアノ弾き語りしているものは、“J-R&B”とはまた全然違うものだったからね(笑)。
井上:(笑)
片寄:でも、表面的には出てこないんだけど、奥底でつながっている感じっていうのは、わからないことはなくて。ぼくは彼女のピアノと歌を聴いたときにパッと思い浮かべたのが、ローラ・ニーロで。でもそういう70's女性シンガーソングライターものを聴いているかと思ったら、まったく彼女はもちろん知らなくて。ローラ・ニーロもピアノで弾き語りをするタイプだけど、メロディの譜割りだったり、音の乗せ方とか、リズムの部分とかでブラック・ミュージックの要素が感じられるでしょ? 彼女、たぶん宇多田ヒカルとかそういう“J-R&B”に影響を受けながらピアノで弾き語りっていうスタイルをやっていく中で、無意識にローラ・ニーロとかともつながるような方向に行っていたと思うんですよ。ぼくはそこがちょっと面白いと思ったんで、そういう音を構築するにあたって、ふさわしいパートナー、しかも楽器がマルチに演奏できる人が欲しいと考えたときに…一緒にライヴをやったりとか、他のプロデュースでチーム組むこともある石井くんに声を掛けたっていうのが、最初のアイデアだったんですね。
井上:自分から、どんなアルバムを作りたいとか、どんなジャンルのものがっていうのは…ジャンルを明確に知らないですし、出せなかったんですね。ただ、ちゃんと歌を聴いてもらいたい、ピアノと歌を届けたいっていう思いはすごくあったので、「シンプルにすればするほど、届くものができると思うよ」っていうふうに言ってくださったんで。“あ、そうか!”って。それまでは色んな曲を作って、その場その場で、何が合うのかわからないんですけども、ちょっと色々付けてみたりとか足してみたりすることが多かったんですけども。そうじゃないんだなっていう。
片寄:もしほんとに彼女が宇多田ヒカルみたいにR&Bやりたいって言ったら、彼女の楽曲をそういうふうにアレンジできるアレンジャーとかは一杯いると思うんですよ、ある意味強引な形でっていうかな。でも、それをすることが彼女の音楽にとって正しいことなのかどうなのかっていうのが、ちょっと気になって。実際これで同じようなオケを作ってやったところで、宇多田ヒカルのように歌って踊れるわけでもないし(笑)。そういう同じフィールドで勝負してもしょうがないでしょ? 彼女の武器は、やっぱりピアノを弾いて、歌って…。その“ピアノと歌”っていう部分に限ると、矢野顕子さんとか原田郁子ちゃん(クラムボン)みたいな、シンガーソングライターとも通ずる部分もあったし。彼女はそういうシンプルなソロスタイルでたくさんの場所でライヴをやっていたから、今後もそういう形でやっていくんだろうし。ライヴではCDの音装飾を取り払っても成立するように、彼女のほんとの音楽の骨格となる部分を見極めて、それをどう魅力的に聴かせるのかと考えるのが、たぶんぼくの仕事だと。
──石井さんは片寄さんから共同プロデュースの話が来たとき、どうでした?
石井:片寄くんとは何回か一緒に仕事していて、だからいつもと同じっていうか(笑)。
──侑さんを聴いた第一印象は?
石井:片寄くんがキャプション付きで音源を聴かせてくれて。片寄くんなりの考えがあるっていうか、「矢野顕子さんみたいな曲を作る女の子がいて、プロデュースしたら興味深いかもしれないから石井くんも聴いてみて」という説明付きで音源が回ってきたんで。実際、“これ、矢野顕子さんのコピーでしょ?”みたいな曲が2~3曲あったから、そういうイメージだったし、最初は。
井上:実はつい最近まで、矢野顕子さんの音楽をまともに聴いたことすらなかったんですよね、私(笑)。
石井:でも、シンガーソングライターの楽曲や仕事はすべからく全部好きだから、“やろうやろう!”って(笑)。
──ちなみにミックスを浦本雅史さんに依頼した経緯を教えてください。
片寄:彼がまだアシスタント・エンジニアをしてたころに知り合ったんだけど、周囲のベテラン・エンジニア達から「いい若手が出てきた」って評判の青年でね。くるりの岸田くんとかも早くから彼の才能に気づいていた一人じゃないかな。まずはフジファブリックのやったジョン・レノン「LOVE」のカヴァーをプロデュースしたときに声をかけたんだけど、“あ、これはいいセンスをしているな”と思って…それ以来、いろんな現場でチームを組むようになって。彼も今ではサカナクションで一発当てて(笑)認められて、すごくいいポジションにいるよね。今回井上 侑ちゃんのミックスは、もともと予算の関係で浦本の自宅で、他の仕事の合間を縫ってやるしかない状況だったんだけど、震災があって他の仕事が全部飛んじゃったこともあって、逆に集中してミックスできたみたい。
──音作りの面は石井さんがメインですか?
片寄:そうですね。ドラマーは大ちゃん(榊原大祐)が参加してくれたんですけど、それ以外の楽器に関してはすべて石井くんだったし。予算もインディーズで限られているってことだったから。ただ、お金がないからといって、安っぽいプロダクションには絶対したくなかったんだよね。限られた予算の中でどれだけ自分にとって納得のゆく…高級なものっていうのは言葉が合っているかわからないけども…高級なものを作りたいと思ったときに、組むべきはやはり石井くんかなと。ある意味宅録なんですけども、彼は家でレコーディングやってたりするんで、彼の家のスタジオを使わせてもらって。
──なるほど。
片寄:この楽曲はどういう方向に行くのか?っていうのは、ぼくと石井くんで綿密にミーティングをして方向を決めた上で、その方向に沿って石井くんにアレンジしてもらいました。それを投げてもらって、ぼくが“ちょっと違う”と思ったらまた少し変えてもらったり、そういうやり取りかな。あとレコーディングの最初は彼女のピアノだけをレコーディングするっていうスタイルにもしましたね。 それはさっき言った骨格の部分っていうのを、彼女のオリジナルの、ぼくらの手の入ってない部分っていうのかな、それをしっかり残したかったから。まずそのピアノの部分を先に録って、その上にドラムとベースを録って。そこから歌入れをして。それにさらに様々な楽器を、石井くんが家でダビングするっていう流れかな、順番としては。
──侑さんは最初、弾き語りで歌を入れたいとも希望していたそうですが。
井上:そうですね。そういうのもありましたね。セカンド(2009年発表の『Hello!!』)では編成がバンドっぽくなって、ピアノがあまり聞こえなかったから。今回は「タピオカミルクティー」とかの弾き語り系の何曲かは、ピアノと歌を同時に録れたらライヴ感が出るかなというのもあったんですけど。でも今回みたいなやり方もいいなと思いました。時間がなかったというのもありましたし。録れるスタジオも、そういう弾き語りのできる環境じゃなかったんで。
片寄:そうだね。歌とピアノを同時に録れる所じゃなくて、とりあえずピアノをいい音で録ろうってことで選んだスタジオだったから、
──やっぱりピアノ重視で?
片寄:そう、ピアノ重視でやらせてもらって、歌は後でゆっくりっていうスタイル。彼女が(同時に録りたいと)そう言った理由としては、ライヴを観ててもわかるように、感情の流れで、テンポを自由に、そのときの気分で遅くしたり速くしたりしてきたかったんだと思うんだけど。それはレコーディングの場合、ドラマーとかギタリストが“せえの!”で一緒に目を見ながらとかでやっていけば合わせられるけど、基本的にフリー・テンポで作ったものに後でダビングしていくのって至難の業になっちゃうから(笑)、それは今回ちょっと避けたかったし。いずれこのアルバムが成功したら次で挑戦しようよってことではあるけれども。今回に関しては、ピアノはある程度決まったBPMの中で弾いてもらって、それに対して肉付けしていこうっていうアイデアに変えたんだよね。
──生音重視というのは、最初から頭にあったのですか?
石井:そうっスね。アレンジやる前の弾き語りのデモをパッ!と聴いて。ピアノの感じは、だいたいレコーディングしたのと同じで、それなりに完成してたんですよ。それ聴いて、自然に、打ち込みは思いつきもしないっていうか(笑)。“井上さん、ピアニストなんでしょ? シンガーソングライターなんでしょ? ピアノ弾いて歌うんでしょ?”って。ライヴもそれでやっていくし。そこに打ち込みとか必要ないじゃないですか。それは自然なことっスよ。
──ヴォーカルは何回か録って選んだそうで。
片寄:そうですね。ヴォーカル録りはぼくが担当しました。いくつかのテイクを組み合わせてOKのテイクを作るのが普通ですね。自分はヴォーカリストでもあるので、歌録りには自信があるんです。聴きながら、足りない部分とか、“ここはもっとこうできるな”っていうのを、すべてのパズルの穴じゃないけど聴きながら全部が埋まったなと思ったら、オッケーを出してやめてもらうんだけど。だいたい早ければ3~4回、長い時は7~8回歌ってもらって。それをぼくが預かって何時間か一人で色んな組み合わせを考えさせてもらって、一つの流れを作って彼女にそれを聴いてもらってっていうやり方だったけど。仕上がりにはビックリしたみたいだね(笑)。
井上:そうですね。今までは自分で選ぶことが多かったですし、どうしてもどんどん客観的でなくなっていくというか、何がいいのかっていうのが難しくなってきちゃって。結局1回目のテイクが良かったとかというのもあったんですけど。全部を委ねて選んでいただくっていうことは、まったくなかったんですよ。そういうやり方があるってことも知らなかったので。
片寄:仕上がったOKテイクを聴いて、どう思いました?
井上:ぞわぞわ、っとしました(笑)。ゾクゾク、っとしました。なんか、自分でも歌ってて、“今歌ったココが良かったんじゃないかな、ココも欲しかったな”って思うところが、すかさず入っていたので。
片寄:彼女が歌っているのを聴いていて、“ああ、今いい瞬間だったな”っていうところは、やっぱり逃さずに自分で常にチェックしてるので。そういう鳥肌の立つ瞬間っていうのを集めて一つのテイクにするっていうのが、やっぱり歌入れの醍醐味だと思うし。それはやっぱりプロデュースしていて楽しい時間の一つですよね。
井上:なんか全然、違和感がないんですよね。
片寄:つないでるっていう?
井上:うん。ただ気持ちいい。心地いいっていうか。
片寄:やっぱりヴォーカリストって客観的にはなれない、なりづらいのかな。特にレコーディングしてるときは難しいですよ。ぼく自身も自分のレコーディングだと、ジャッジはあえて自分では放棄することが多いです。Great3だったらあとの2人のメンバーだし、Chocolat & Akitoだったらショコラに聴いてもらう。そうしないとやっぱり、自分の中に色々と余計な意識があったりとかするから、そのジャッジが後から聴いて正しくないことも多いんですよね。
──特にレコーディング中は、まっすぐになりすぎて他が見えなくなりそうですからね。
片寄:そうなんです。ほんとに視野が狭くなってるから、そこはやっぱり一歩引く勇気を持って周りの意見を聞くっていうのが正しい…ぼく自身は、それでいいものが作れてきてるので。だからレコーディングのときは、望まれるのであればけっこうそうやるタイプ。今回はやらせてもらった形ですね。
極少数のミュージシャンの演奏とはいえ実に緻密な作業でレコーディングが進められ、井上も初体験だったことが多くて驚きと感心を繰り返していくうちに仕上げられたようである。実際、ヴォーカルからもピアノからも今までのCDから一皮も二皮も剥けた井上の息遣いが聞こえてくる。でもまだ話は序盤。片寄と石井がプロデュースした7曲の徹底解剖へと進む。
文:行川和彦 Kazuhiko Namekawa
<井上 侑 弾き語りライブ2011~BIRDCALL~>
6月11日(土)@川崎ラチッタデッラ噴水広場
※14時半/16時/17時半
6月12日(日)@神奈川MrMax湘南藤沢
※14時半(14時から変更になりました)/16時
6月17日(金)@神奈川川崎アゼリア地下街
※18時
6月18日(土)@神奈川たまプラーザTERRACE
※13時/15時/17時
6月19日(日)@埼玉イオン与野
※13時/15時
6月25日(土)@東京亀戸サンストリート
※14時/16時
6月26日(日)@神奈川アピタ長津田
※11時/14時/16時
7月1日(金)@東京立川AREAREAスタジオ
※20時
7月9日(土)@静岡イオン浜松市野
※12時/14時/16時
7月10日(日)@愛知アスナル金山
7月16日(土)@神奈川平塚OSC湘南シティ
7月18日(祝)@栃木イオン小山
7月31日(日)@山梨ラザウォーク甲斐双葉
<特別ワンマン!>
8月7日(日)
YU INOUE'S ONE NIGHT SPECIAL
at SHIBUYA gee-ge
LOVEPOTION
ADV ¥2,500 / DOOR ¥3,000 + 1DRINK ¥500
OPEN 18:30 / START 19:00
<井上 侑ライブ>
6月21日(火)@渋谷gee-ge.
6月24日(金)@錦糸町rebirth
7月2日(土)@東京大学 柏図書館
7月16日(土)@藤沢クラブTOPS
◆井上侑オフィシャルサイト