【インタビュー】亀田誠治が描く音楽と社会の方程式、<日比谷音楽祭>8年の歩み

2019年にスタートした<日比谷音楽祭>は「誰もが自由に音楽を楽しめる場を都市の真ん中につくる」という思いのもと、入場無料という大胆な仕組みでスタートし、コロナ禍という困難を乗り越えながら、日本の音楽文化に新たな価値を提示してきた唯一無二の音楽フェスだ。
御存知の通り、その中心人物は亀田誠治である。「感動体験をひとりでも多くの人に届けたい」という極めてシンプルな思想を礎に自ら実行委員長の座につき、様々な困難をくぐり抜けながらも8年の歴史を積み重ねてきたその背景には、多幸感たっぷりな生き様を見せる亀田誠治というひとりの男の人生観が色濃く漂っている。
ベースという「単体では成立しにくい楽器」を選び、調和や共存を前提とした音楽的役割を担い、アレンジャーとして多様な音を束ねる経験は、「個を活かしながら全体を良くする」という彼の社会観と符合しており、音楽制作と人間社会の構造は、亀田誠治にとって同じ方程式で結ばれているという。
音楽との出会いに一切のハードルを設けないために入場無料にこだわり、偶然の出会いが新たな感性を開き、自分でも気づかなかった可能性を引き出す、その入口を社会に開くことが<日比谷音楽祭>で亀田誠治が実現しようとしていることだ。

──ベーシスト/プロデューサー、またアレンジャーやコンポーザーのみならず、様々なプロジェクトにも参画し多岐にわたって活動を続ける亀田さんですが、ミュージシャンの立ち位置を超え<日比谷音楽祭>にも多大なエネルギーを投じる、その原動力はどういうものなのでしょうか。
亀田誠治:それは、「感動体験をひとりでも多くの人にしてもらいたい・届けたい」というシンプルな思いですね。例えば子供の時の初めて観たライブでもいいですし、映画でも大自然でもいい。その感動体験というものが、人間の感受性を育て「感性」や「想像力」を磨いていく。この想像力って、クリエイティブということではなくて、人の心を思いやれる気持ちなんですよ。「感受性というのは、人の心を思いやれる気持ちを育てていく種になる」と僕は信じているので、その感動の種を広げていきたいからなんです。
──その考えはキャリアの途中で生まれたものですか?
亀田誠治:辿ってみると、自分の思いはずっとひとつで変わっていない。みんなに感動してもらいたいだけなんです。もっと平たく言っちゃうと、生きやすい社会…人々が自分自身を愛せる社会を作りたい。今で言うとWell-being(身体・精神・社会的に良い状態)という言葉に当てはまっていくんでしょうね。そういう気持ちで音楽を作ってきた。例えば学校選びひとつにしても、偏差値や就職率とかではなく、その学校のスクールカラーが自分にフィットするかどうかで選んできました。
──振り返ればそうだったなと気付いたのではなく、昔からそういう自覚があった?
亀田誠治:それはあったと思います。そもそも単体では音楽的になかなか成立しないベースを選んだのも、調和や共存・共創を求め音楽を支えてビートを出すということですから。
──そういった姿勢や思想が元から根付いていたんですね。

亀田誠治:作詞・作曲もしながら、割と早くしてアレンジャーになったこともあるかもしれませんね。アレンジというのは「いろんな楽器ひとつひとつの特色を活かしながら調和させて、楽曲全体を良くしていく」という作業ですけど、これって僕にとって「ひとりひとりの人間性を大事にしながらお互い響き合わせて、社会を良くしていく」ということと全く同じ方程式なんです。無意識なのか意識的なのか「何事ももっと良くなるためにはどうすればいいだろう」っていう思いの積み重ねが<日比谷音楽祭>へ繋がっているんだと思います。
──音楽家である亀田さんが、スーパーバイザーやアドバイザーではなく<日比谷音楽祭>実行委員長というミュージシャンとは全く異なる立ち位置で活動することになったのはなぜですか?
亀田誠治:まず「自ら動かないと動かないな」「この<日比谷音楽祭>を作っていけないな」っていう自覚が1番大きいです。でもそれって、アレンジャーの段階からアーティスト・プロデュースをするようになる時にも、同じようなことが起きているんですよ。プロデュースになるとバンドのメンバーのことも考えなければならないし、タイアップ先の要望も全部僕のところに来るんです。
──好むと好まざるとに関わらず。
亀田誠治:そうです。「音楽だけやっていれば、どれだけラクだろう」っていうのは今でもありますよ(笑)。だけど、それができるところに来た人間として、自ら進んでこの道を選んだっていう自覚のもとに動いているところがあります。
──使命感みたいなものですか?
亀田誠治:使命感…そうですね、近いかもしれません。でもそれは義務感じゃないんですよ。なんて言うんだろう…大変だっていう中にワクワクしている成分の方が多いから。「勘弁してくれ。もう参った…」ってこともしばしば起きますけど、それよりも期待感、希望感の方がまさっていて、気がつけば前に進んでいる感じなのかな。

──バンド活動から名を馳せてプロデューサーになっていく道筋とは逆で、作詞作曲と並行して最初からアレンジャーのキャリアを重ねたという経歴が影響しているのでしょうか。
亀田誠治:とにかく音楽が好きでヘビーリスナーだったっていうことが大前提にあって、そこに演奏、合奏する喜びを知るという順番なんですよね。幸運にも僕は昭和の高度成長期にごくごくありふれた普通の家庭に育ったので、そこそこのハングリー精神はあっても、攻撃的・破壊的なアングリー精神が社会に対する反発に向かったことがない。極めて楽観的/嗜好的/趣味的で、常に「面白いな!楽しいな!嬉しいな!」という方向に向かって歩んできたのが、今の僕という人間を作っていると思います。
──消費の時代でもあった高度成長期を経て、省エネ時代になると「無駄なエネルギーを使わない」=「無駄に頑張らない」という物差しで価値観が測られた。そこから生まれるカウンターカルチャーとしての音楽は、亀田さんのプロデュースワークに影響を与えましたか?
亀田誠治:全くないです。音楽という共通言語があるから。集約すると「ピースフル」っていうキーワードになるんですけど、僕の音楽の歴史の中で大半を占めているのが「全米TOP40」…要するに洋楽のヒット曲なんです。ヒット曲からとんがった音楽に夢中になっていくこともあれば、ヒット曲の中にも「これは違うな」って思って聴かないものもあったり。そういう音楽の聴き方を小学校半ばぐらいからずっと続けてきているので、自分の中にある音楽のアーカイブは半端ない数なんです。実は「この小節の○○○のフレーズが□□□だよね」みたいなことには全く興味なくて、「ポップである」とか「時代を動かしている空気感があるな」ということが尊くて、子供の頃から今まで聴いたことのないようなアーティストや音楽が出てきた瞬間には、ものすごくときめいていたっていうのがあります。だからいろんなアーティストと関わったり、<日比谷音楽祭>を始めて、それこそ味わったことのないような刺激をいただくことが、今もなお生きる喜びとして続いているんです。
──それは今でも求めている?
亀田誠治:いつもずっとものすごい量を探している。奥さんに「私とスマホどっちが好きなの」って言われます(笑)。
──スマホ…ですかね(笑)。
亀田誠治:いやいや「き、君だよ」って言うんですけど(笑)、でも僕はとにかく新しい音楽や、自分がまだ知らない音楽を探していくことが大好きだし、AIにリコメンドされるものの中にも「つまんないな」と思う時もあれば、面白い原石があったりすることもある。僕が<日比谷音楽祭>というフリーでボーダーレスな音楽祭を開催しようと思ったのと同じくらいに、音楽がネット上にボーダーレスな世界線で満たされていることにシンクロしているかもしれない。
──いつでも全ての音楽が聴けるサブスク時代だからこそ、かもしれないですね。CD時代だったらそうはいかないかも。

亀田誠治:そうですね。とはいえCDも買いすぎちゃって、ジャケ買いもしたしCDショップのポイントカードが溜まっていくのも楽しくて(笑)、常に音楽をインプットしていました。インプットって言っても義務感じゃないんですよ。出会いが楽しくて楽しくて。今でも車ではサブスクも聴きますけど、必ずラジオをつけていろんなステーションを聞いています。海外に行ってもレンタカーを借りると片っ端からラジオステーションを探して、もう楽しくて楽しくてしょうがないわけ。音楽の出会いというものは、こんなおっさんをもワクワクさせるんだから、もっとたくさんの人に音楽との出会いによるワクワクする刺激であったり、今までの自分には見えなかった自分の潜在能力っていうか世界線が見えるような、そんな出会いの場を作りたい。<日比谷音楽祭>が無料開催なのはそこが理由です。
──みんなにもこのワクワクを感じて欲しい、と。
亀田誠治:入口に一切のハードルを作らないことをやってみたい。僕だって<日比谷音楽祭>以外のライブやイベントなどは普通に有料でやっていますから、ここだけは「どこでもドア」じゃないですけれどドラえもんのポケットみたいに、夢と希望にあふれた場所であってもいいんじゃないのかって思うんです。
──アーティストのブッキングやイベントのコンセプトはどう考えますか?自分の思いとアーティストのスケジュールを突合させるだけでも大変な苦労があると想像しますが。
亀田誠治:本来はコンセプトやテーマが先にあるべきなんでしょうけれど、僕の場合はやっぱり音楽やアーティストパワーそのものが先に来て、そこから組み立てられていく感じです。で、そこからコンセプトが見えてきたりする。どちらが先っていう感じではないんです。音楽が好きで音楽に託しているだけです。何が正解かも本当にわからない。歳を重ねるごとにこのわからないが加速している感じです。
──興味深いです。
亀田誠治:これね、僕の音楽制作自体がそうなんです。お題を投げられて「亀田さん、ここに向かって作ってください」というプロデュースも楽しいですけど、コンセプトっていうのは社会情勢や環境、アーティストの思いによって変わってきたりするものです。そこに縛られていては本末転倒です。まずは音楽そのものを信じたい。音楽業界ひとつを見ても「MUSIC AWARDS JAPAN」が立ち上がったりすると、グローバルなタッチポイントを感じてワクワクします。「じゃあ<日比谷音楽祭>として、もっとやるべきことはどういうことだろう」とも考えますよね。
──そういうことが鏡となって、自分のやるべきことが映し出されたりする?
亀田誠治:その通りです。だから、他のフェスと比べてどうのこうのみたいな感覚は全くなくて、どういうものがどういう風に動いているかを感じ取りながら動いている。その中から自然にテーマが生まれてきたり、自然とクラウドファンディングの目標額やリターンが決まってくる。そのあたりは本当に手探りで、正直間違えることもあるし、うまくいくこともある。総合的に宇宙を動かしていくぐらいの感じです(笑)。


──あるべきところにあるべき形へ、ということですね。無理矢理コンセプトを振りかざしてもうまくいかない。
亀田誠治:その通りにはいかないんですよ。で、それを正当化したり修正するために膨大な時間を使っちゃったり、そのために新しい大義を用意しなきゃいけないとか、そんなことをしているんだったら、もっとピースフルな方向で動きたいって思っちゃうから。
──確かに本末転倒になったら元も子もない。だからこそ、亀田さんがワクワクするところに力を集中していくんですね。
亀田誠治:ワクワクのピースが埋まらない時はもどかしい気持ちになりますし、スケジュール的なことや、協賛金とクラウドファンディングという資金の中でどこまでできるのか、ということも考えていかなきゃいけないので、そこら辺の葛藤はありますけれども。
──資金のこととか、本当はやりたくない業務ですよね(笑)。
亀田誠治:(笑)、でも僕の若い頃って、めちゃくちゃ恵まれた時代だったんです。だからこそ、今僕は若い世代に、僕の持っているものを全部手渡していきたいって思っているんですよ。あの頃は予算も潤沢にあったし、今よりもグレーゾーンが多かったことでコンプライアンスに問われることなくいろんなことをとことんやることができたし、実験もできた。でも今の若い世代のミュージシャン/アーティストたちは、本当に大変です。バジェット(予算)も限られている。コンピューターの中でほとんどのクリエイティブもできるようになっているので、接点や隙間がなくなっちゃっていますよね。もっともっと新しい世代の人たちにもいろんな経験をしてほしい。世界は「わからない」で満ち溢れているっていう真実を伝えたい。だからこそ親子孫三世代に向けた<日比谷音楽祭>のお声がけをしているのです。
──ええ。

亀田誠治:「いいね!」の数とか再生回数が多いからいいアーティスト、いい曲というわけではないんですよ。もちろん数字は参考になります。でも最終的には、自分はどう感じるかということと照らし合わせて、アーティストさんにお声がけをする。1番最初に自分からDMでお声がけをしたりしてね。やっぱり僕が僕の熱意で届けないと、この<日比谷音楽祭>の本来持っている魅力や目的、そして本当に素晴らしいアーティストが関わってくれていることが伝わらないから。
──亀田さん自らが熱い思いでプレゼンをしてくれるという話はよく耳にします。
亀田誠治:新たに参加してくださるアーティストには、僕と制作委員長の2人で、<日比谷音楽祭>とは何たるか、僕らの取り組みを全て企画書にして、収入の仕組みも配信のことも現地のフードの出店のことも、障がいのある方や、社会的に弱い立場の人に向けてのユニバーサルイベントとしての取り組みを丁寧にお話させていただくということをやっています。
──そのようにして2026年では8年目を迎えるまでの歴史を重ねてきているわけですが、いろんなしんどいことがあった思われる中で、コロナによる影響はいかがでしたか?
亀田誠治:あの、基本的に僕、本当に大変だったことって忘れちゃうんですよ(笑)。僕の中で自浄システムが働いて忘れちゃう(笑)。コロナになった時は、まずエンターテインメントがどうなるんだろうっていうことがありましたよね。あとは全てが止まったじゃないですか。そんな中で、その規模の大きさに関わらず<日比谷音楽祭>というパブリックな公園で行われるフリーイベントで何か問題が起きたらいけないわけで、開催は難しいだろうなと覚悟していました。
──クラスターの問題とか、人が集まることが一切NGでしたから。
亀田誠治:一方で、アーティストさんが自分の家から配信を始めたりして、星野源さんが「うちで踊ろう」を発表して僕もベースを乗っけたりとかもしたんだけど、アーティストの皆さんの「それでも音楽を届けよう」「こういった気分が沈鬱な時こそ音楽で盛り上げよう」というDIY感覚の姿勢自体は本来1番大事にしたいところなので、<日比谷音楽祭>としては何ができるかを考えて、オンライン生配信に取り組んだんです。ただこれってめちゃくちゃ経費がかかるものなので、協賛企業や助成金やクラウドファンディングでまかなっているフリーイベントとして、お金のかかる生配信に資金を割くのはいかがなものかっていう意見も出るんですね。夢と現実の板挟み状態です。
──なるほど。
亀田誠治:ですけど、僕の中で「コロナ禍っていうのがそう簡単には収まらないな。もしくは、今後も同じような困難な状況になることもあり得るな」っていう直感があったので、であるならばこそ、最高品質のオンラインの最先端を<日比谷音楽祭>から提供していこうという気持ちに振り切りました。この時に培ったチームワークと技術力が、本当にものすごい伸びしろになった。僕だってライブは生がいいのはわかってますよ。自分もステージに立つ人間ですから。でも、<日比谷音楽祭>のオンライン生配信は最高クオリティです。いつものライブのPAスタッフが作り上げた最高の音を配信するので、優れたハードウエアと腕の両方が際立ったチームを組成することができたんですね。
──生が良いのは分かっているからこそ、それに負けない配信に挑戦していたんですね。
亀田誠治:あの当時、「オンラインなんて本物じゃない!偽物だ」みたいな論争がすごくあったじゃないですか。そういったボーダーや偏見も超えたかったんですよ。それに<日比谷音楽祭>が網羅しきれない全国の人達へ、なるだけ多くのエリアに飛ばしたいという思いもある。なので、オンライン生配信にも重きを置いているんですよ。
──今ではコロナ禍から脱却し、完全にライブ/イベント産業が復活できましたね。
亀田誠治:そう。もうみんなライブ/ツアー活動が全開モードにシフトしていて、ものすごく活気が戻ってきていますよね。本当に良かった。そしてこれからはもうずっとこういう状態ですから、アーティストブッキングに関しても<日比谷音楽祭>開催日にアーティスト自身のライブが重なっている状態が続くことも容易に予想されます。だからこそタイミングが合えば出てもらえるように、まず僕自身の音楽活動を止めないで、<日比谷音楽祭>もこの動きを止めず、しっかりとサスティナブルな運営をして、集客と成果を伴った結果を出して積み重ねていくことが大事だなっていう風に思っていますね。それこそタイミングが合えば、スピッツとか小田和正さんにも出てもらえたりするわけですから。
──最後は信頼関係ですからね。
亀田誠治:本当に愚直なまでに誠実に積み重ねていく。でも、新しいアーティストや素晴らしい音楽は常に誕生しているので、そこをしっかりキャッチして、<日比谷音楽祭>でしか届けられないものを届けていく。僕はね、あと何年かしたら、「あの時、<日比谷音楽祭>に出演した○○○です」っていうアーティストが、1回りも2回りも大きくなっていく絵がイメージできているんです。登竜門とかっていう意味ではなくて、もちろんベテラン・アーティストもトップ・アーティストも出るんだけど、上下にも横にも制限を設けないで、僕が打ち震えるいいと思える音楽を届けていきたいんですよ。


──<日比谷音楽祭>の唯一無二の魅力はそこですね。
亀田誠治:音楽って媚薬だと思います。一度音楽を諦めた人が数十年経ってまた音楽を始めたり、最近ではそれをサポートするオーディションや企画もたくさんあったりしますから、それだけ音楽には人の心をくすぐる力を持っていますよね。音楽ってなんだろう…結局は自己肯定感なのかな。
──プロ/アマ、プレイヤー/リスナー問わず、音楽には魔法がありますね。
亀田誠治:楽器を弾いて上手くなった時、昨日まで弾けなかったものが今日弾けたとか、バンドでうまく合わなかったものが今日ピタリとキマるようになったとか、そういう自己到達というか、今までできなかったものができるようになる達成感って、やっぱり人をすごく未来に優しくドライブさせますよね。それで天狗になる人もいなくはないけど、でもやっぱり長い年月を積み重ねてきたアーティストは「実るほど頭を垂れる」じゃないですけど、やっぱりおおらかだし人の話もよく聞くし、急に怒り出したりとかしないですよ。少なくとも僕の周りのアーティストはね。
──ええ。
亀田誠治:人が音楽を必要とするところとして、達成感であったり、アイデンティティであったり、自分が生きている証みたいなものを感じ取れる1番柔らかくて身近なものが音楽にある。声に出して歌ったり、日常の生活の中で体験できる幸せの種というか幸せの花が音楽なんだなって思いますね。
──ひとりひとりに個性があって、色んな花がありますからね。
亀田誠治:何かをコピーしてトレースしたような真似をしたつもりでも、そういかなくなってしまうのがその人の個性だったりもしてね。「亀田さんのベースはあれだけうねって暴れているのに、そのリズムとグルーブはすごいね」みたいなことを言われたりもするんだけど、当の僕はど真ん中にビターンと合わせているつもりなんです。けど「暴れていると思われてるんだ…」と思って(笑)。でも、それが僕の個性なんだろうなっていう。音楽の面白いところでね、これが多様性の調和ですよ。何かと一緒に合わさることによって、例えばドラムと一緒に、メロディーと一緒に、林檎さんのボーカルに合わさることによって、僕の暴れベースが生きてくるというか、いろんなケミストリーが起こるのが音楽でね。そういう音楽と同じことが僕は社会でも起きているんじゃないかなと思うわけです。いろんなハレーションが起きたり、いろんな調和が起きたり。だからこそ、社会のハレーションや調和に1番効くのは、この身近にある<日比谷音楽祭>から投げていくような、音楽との出会いみたいなものかなって思うんです。
──まさに音楽の力が社会に拡張されていくという実体験ですね。
亀田誠治:僕のベースはね、表拍はジャスト(ピッタリ)で裏拍が溜まる(少し遅くなる)んですよ。だからちょっとハネちゃっている。もちろん基本的には均等なタイム感覚っていうのは色んなセッションやたくさんの練習で身につけたはずなんだけど。でも均等で正確じゃなきゃいけないってことじゃなくてね。自分の中でこのパルス(波長)をしっかり持てているから、逆に僕はどんなドラマーやギタリストやボーカリストとでもいいグルーブを出せる自信があるんです。この自分の軸が<日比谷音楽祭>への思いに繋がるんですよね。「あなた自身がまだ気付いていない、あなた自身しか出せない力がいっぱいあるんだ」という自分軸を持つ素晴らしさを、ひとりでも多くの人に音楽で伝えていきたい。<日比谷音楽祭>だけでなく、そういう場をもっともっと作りたいと思う。僕が音楽を通して伝えたいのはそういうことなんですよ。

──人とのコミュニケーションにおいて音楽は最強なツールのひとつですし。
亀田誠治:僕は音楽を一緒に作る仲間にも恵まれた。その仲間と一緒に作っていく。それはミュージシャンもスタッフもそうで、助けてくれる仲間がいるということと、共通言語として、僕らの間に音楽が入りこんでいく。波動、振動のレベルで我々を繋いでくれるんですね。
──<日比谷音楽祭>からは、いろんな波動を感じることができそうです。2026年はどういう<日比谷音楽祭>になりそうですか?
亀田誠治:今年は1番チャレンジングなんですよ。象徴であり日本の音楽の聖地「日比谷野音」が改修工事に入ってしまう。僕もステージに立ってトップ・アーティストが繰り広げてきた、ジャンルと世代を超えた素晴らしいライブ「Hibiya Dream Session」が野音でできない。もちろん「休む」っていう考え方もありますけど、僕はそうは考えなかった。であれば今年は東京国際フォーラムのホール Aを借りて、屋内だからこそできることをやってみようと。国際フォーラムの屋内ステージであればクラシックや和楽器もやりやすいかもしれない。顔を見せないタイプのアーティストなども出演できるかもしれない。そういった新しい音楽や、野音からは届けられなかったものに挑戦するポジティブな期間として、そこを熟成させようっていうことです。ここでの感動体験は野音の開放感とはまた違ったものになるかもしれない。考えてみれば、今までの常識が違ったものになる瞬間って、人生の中で色々あるわけだし。「日比谷公園が10年の改修工事に入って、その間<日比谷音楽祭>はどうやっていこうか…創意工夫の連続だよ」ってKREVAさんと話をしていたら、彼が「亀田さん大丈夫だよ、サグラダ・ファミリアは140年工事してるから」って笑い飛ばしてくれた。
──なるほど(笑)。
亀田誠治:そういうことを考えるとね、日比谷公園と東京ミッドタウン日比谷のステージから東京国際フォーラムへ広がると、日比谷地区と丸の内地区が結ばれて新しい人の流れが生まれたりするわけです。美しい皇居もあって、本当の意味で東京のセントラルパーク…東京の真ん中で開かれている唯一無二の音楽フェスとして、インバウンドのお客さんにも知ってほしいんです。<日比谷音楽祭>で撮られた外国人の方の写真が世界中でシェアされてたりする。その準備期間に向けて、野音改修中の期間を着々と進める気持ちでいます。



──ワクワクしてきました。
亀田誠治:あわせて、環境問題であったりカーボン・オフセットとかエネルギーの問題とか、音楽ができることのもうひとつの先に、この地球に貢献しようとしている各企業の皆さんにきちんと提案して、音楽とアーティストパワーという武器をもとに、ゴミひとつない美しい東京の真ん中で、ここから始まる日本人らしいWell-beingを浸透させていく種まきもやりたいと思っています。
──伸びしろもたくさんありますね。
亀田誠治:伸びしろはまだまだ全然あるんです。「まだまだここいけるな」とか、未知のゾーンがいっぱいある感じ。それって、<日比谷音楽祭>を通して若いアーティストの計り知れないポテンシャルに常々触れているからだと思います。若いアーティストの何がすごいかって、腕とメンタルの両方がものすごいスピードで成長して、しかも苦しみながらとかじゃなくてね、作品の出来上がりの完成度の高さは、誤解を恐れずに言うと、フィギュアスケートのりくりゅうペア(三浦璃来&木原龍一ペア)のクオリティなんですよ。昭和の時代では考えられなかったですよね。ああいうレベルでトレーニングの仕方やメンタルカウンセリングなどが複合的に進化していくのを見ていると、未来の音楽シーンってめっちゃくちゃ華やかで楽しめる、すごいことになると思っているんです。そこにお手伝いしていくのが亀田誠治の居場所で、その代表看板のひとつが<日比谷音楽祭>なんだと思います。

取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
<日比谷音楽祭2026>
2026年5月30日(土)、31日(日)
・日比谷公園【芝庭広場 / 健康広場 / 草地広場 / にれのき広場 / 第一花壇 / 日比谷図書文化館大ホール・小ホール 他(予定)】
・東京ミッドタウン日比谷【日比谷ステップ広場・パークビューガーデン】
・東京国際フォーラム【ホールA】
◆クラウドファンディングプロジェクトページ
◆日比谷音楽祭オフィシャルサイト







