今回のフジロックにおいて、世界的な視点で見ても圧倒的に注目の存在は、やはりお騒がせ白人ラッパー、エミネムだ。日本ではまだ彼の世界的な人気と評価を実感できていないようだが、今の彼を取り巻く世界のマスコミの騒ぎようは、'80年代におけるマドンナやプリンス並みと言って何ら過言ではない。アルバム「マーシャル・マザーズLP」の全世界で1000万枚を超えるセールスは言うに及ばず、ゲイ差別、ドラッグ、暴力にまみれたリリック(歌詞)やブリトニー・スピアーズ、イン・シンク、フレッド・ダースト(リンプ・ビズキット)に対する強烈な貶し文句の数々。さらに、私生活での妻や母親との間に繰り広げられるお家騒動など、やることなすことが全てゴシップ・ネタとなってしまうトラブル・メイカーぶり。 そんなキャラクターゆえに、当初は「本当に来日できるのか?」という憶測さえ飛んでいたが、見事日本での就労ビザ取得に成功したようだ。いや、そればかりではない。エミネム自身もそのいちメンバーであり、この夏、アルバムを発表したばかりの地元デトロイトのヒップホップ・チーム、D12を引き連れての堂々の来日だ。しかし、なにせこれだけのトラブルメイカーである。ちゃんと機嫌よく日本でライヴをやってくれるのか。僕は本番が来るまで心配で仕方がなかった。 ライヴは、ステージ両側のスクリーンに映画「ブレアウィッチ・プロジェクト」のパロディ・ビデオが流れるところからスタート。「不気味なエミネム宅を侵入してみるとそこには……」という場面になったとたん、実際のステージにデニムのオーバーオールを着てチェインソーを持ち、仮面を被ったエミネムが登場。ここから、まずはエミネム単独名義の作品でライヴがスタートした。アメリカでの幾多のMCバトルで勝ち上がってきたエミネムらしく、なかなかにマシンガンで強烈なラップをいきなりお見舞いしてくれる。そして、3曲目からいきなりD12の6人がステージに登場。予想以上に巧みなマイク・リレーを披露し、こちらも本場のヒップホップの醍醐味を伝えてくれる。D12の他のメンバーのラップもそれなりの迫力に満ちてはいたが、やはりエミネムの甲高くて絶妙なリズムによるライム・フローの連続は、彼が単なるゴシップ提供者ではなく、高い実力を持ったラッパーであることを改めて証明した。 観客のノリを見ると、盛り上がっているのは、どちらかといえばフジに最も多い20代の男性ロックファンではなく、10代の、それも「エム・ギャル」とでも言うべき女のコたちが一番盛り上がっていた。それは特に大ヒット・チューンの「スタン」での合唱に顕著で、あまりに多い女のコのコール&レスポンスに、エミネムが終始「ボーイズ! ボーイズ!」と叫ぶシーンは何か微笑ましくさえあった。ただ、まだヒップホップに馴染みきっていない日本で英語のリリックを合唱するのはさすがに難しかったか、コール&レスポンス自体は寂しいものがあったが、それでもかなり前方にいた僕には、最前列で熱狂する少女達がちゃんと歌詞を覚えて来ていることに正直ビックリもした。 こうしたオーディエンスの反応に対し、ときに「ノリが悪いな」という顔をしつつも、エミネムはプツンとキレることもなく、予想以上に代表曲を気前よく披露。いや、そればかりではない。「これ、エクスタシーだぜ」といってドラッグを飲む芝居はあるし、DJが過ってイン・シンクの曲をかけるというギャグは披露するし、中盤には自分をパロディにしたおバカなアニメが流れ、はては巨大ペニスを客席に泳がせる余興まで……と、おそらくはアメリカのショウでもやっているであろうアトラクションまで全開に披露してくれたのである。正直、ここまで本場と同じショウをやってくれるとは思っていなかった。いやはや、これは相当にお得である。 ▲EMINEM ギャグあり、アニメあり、巨大FxxK風船ありの一大娯楽ショウ。不敵さのなかに時おり覗くフラジャイルな面が胸をつく | そして60分ほど続いたライヴは「ザ・ウェイ・アイ・アム」でいったん終了し、1回目のアンコールでD12の「パープル・ピルズ」、そして2回目のアンコールでエミネム最大の代表曲「リアル・スリム・シェイディ」を大合唱で披露して幕を閉じた。正直に言えば、彼の最初の大ヒット曲「マイ・ネーム・イズ…」をやってほしかったところだが、代表曲をほとんど網羅したベスト盤的な選曲にはとりあえず満足。今現在の音楽シーンのトップをほぼフル・サイズで見れた手応えは充分だった。 完璧にエンターテインされたこのライヴに対し、「こんなお気楽なショウを見に来たワケじゃないのにバカにしている」と憤慨する、まったく的外れな逆ギレ・ファンも一部いたようだが、それは大きな勘違いだ。なぜなら、アメリカの抱える狂気を子供のレベルにまで伝えるユーモアたっぷりのマッド・コメディアン、その可笑しさこそがエミネムの真骨頂なのだから。その意味でエミネムの果たしている役割というのは、もはや音楽という次元を超えてビートたけしや松本仁志などのソレにさえ近いのだ。日本では、エミネムをシリアスに受け止めようとし過ぎるきらいがあるが、このポップでブラックなユーモア・センスと芸人根性こそがエミネムだということ、これを改めて実感できた意味でも今回は貴重であった。 文●沢田太陽 |