――アメリカに渡って音楽を始めたキッカケは?
松居慶子(以下、松居):結婚した相手がアメリカで音楽プロデューサーをしている人なので、それで渡米しました。その結婚の記念に自主制作のアルバムを作ることにしたんです。それが全米リリースの1枚目です。これは日本でも発売されました。これが’87年のことです。
――こじんまりとしたスタートですね。
松居:そのアルバムを作った後でアメリカに行った時に、クルマのラジオからそのアルバムの曲が流れてきて、「誰のだろう、知ってる曲だな」と思ったら自分の曲だったんです。そういう風にFMでもかかり始め、TOWER RECORDでも推薦盤としてズラリと並べられるようになって。コンサートもやったらいいんじゃないかということで、ブッキングエージェントもついてマネージメントも決まって次第にチームができてきました。初めは週末だけだったのですが、そのうちに平日でもツアーが組めるようになってきて、徐々に膨らんでいったという感じですね。
――一旗上げようと思ってアメリカに行ったわけじゃないんですね。
松居:結婚か音楽かと言われて結婚をとったつもりだったんですが、こういう形になってしまいました(笑)。
――アメリカで音楽活動をするのは、ご自分にとって良い面が多いですか?
松居:アメリカは、日本と比べてFM局が各地に多くあるので、音楽に出会ってもらうルートが確立していますね。まずラジオで聴いてアルバムを買ってコンサートに来てくれるという健全なルートがあるので、そういう面ではよかったです。
――環境面ではどうですか?
松居:今住んでいるのはハンディントン・ビーチといってロスアンゼルスのちょっと南で、『ビッグウェンズデイ』が撮影されたところのハーバーに家があります。そういう意味での環境はいいのですが、アメリカ全体ということで見ると、麻薬や幼児誘拐など恐ろしいことが多い国なので、日本の方がずっと住みやすいっていう部分はあります。
――アメリカの社会的なひずみや戦争の問題などが自分の音楽活動に与える影響というのはありますか?
松居:コンサートで各地に行くと色々な人種の人が見に来てくれます。ニューヨークのハーレムの近くのパラディアムというところで、缶詰か毛布を持ってくれば入れるというチャリティーコンサートをしたんです。社会的な問題を抱えて心が乾いてしまった人達ばかりが集まった夜だったんですが、その時に、その人たちが音楽に何かを求めてるという気持ちが伝わってきて、それに応えなければという気持ちになりましたね。
――そして9.11という大事件が起こりました。
松居:音楽をやっていて何になるんだろうって、あの直後は皆が落ち込みました。音楽では何も解決できないし、自分の小ささを実感して落ち込みました。でもその後、いろいろな国へツアーを重ねるうちに、宗教や人種などを乗り越えて心を一つにできるのは音楽なんだと、一緒にツアーに行ったメンバー達と改めて確認できるようになりました。本当にいろいろな国に行きましたが、それぞれに正当な理由があったり長い歴史の中での恨みがあったり、理屈では解決しないところまで来ちゃってますよね。だから、コンサートで演奏が終わって拍手の中から何かが届いたことを感じられると、音楽というのは、神様や宇宙が「心を一つにしろよ」と人間に与えたギフトなんだと実感できますね。そういう時間を地球上で積み重ねていけば、少しは世界が良い方向に行くかなと思ってやっています。
――松居さんの音楽はヒーリング・ミュージックという言われ方をしますが。
松居:ミュージシャンって祈祷師みたいな役割があると思いますが、自分自身としては人を癒そうなんて思って作ってるわけではないです。でも、自分の音楽が人の役に立つのなら、とても嬉しいことだと思います。アメリカではヒーリング・ミュージックとは言わないんです。日本で最近“癒し”っていう言葉が出てきたから、そういうジャンルに入ってるのかもしれないですけど。アメリカだと普通にコンテンポラリー・ジャズというジャンルです。
――実際に松居さんの音楽を聴いていると、ヒーリングという言葉がピッタリだと思います。
松居:昔から聴いている人には「ヒールされているだけじゃなくて、もっとパワフルなんだ」と言われます(笑)。日本の“癒し”のイメージは、静かでリラックスできてよく眠れるというもの。「慶子の音楽は日本でいうヒーリングではなく、もっとアップリフティングで元気が出るものだよ」ってよく言われるんです。でも、難しい手術や赤ちゃんを産む時に何の音楽をかけるかという時にKeiko Matsuiというリクエストが多いという話や、画家が絵を描く時イメージを膨らますために私のCDをかけるという話を聴くと、私達が大事に作ったものが多くの人に聴いてもらえてるということで非常に嬉しいです。
――松居さんの音楽には世界の人が共通して持っている何かがあるように感じます。
松居:ある人から「Keikoの音楽を聴いていると、国籍、宗教、人種などのバックグラウンドは違っても、魂のルーツに帰してくれるような気がする」って言われたんです。私自身、曲を作っている時やコンサートで演奏している時っていうのは、宇宙などの空間をつながってコミュニケーションしているように感じることがあります。その人の言う魂のルーツっていうのは私の感じている空間のことで、私の音楽を聴きながら私達はそこで出会っているんじゃないかと思えるんです。そういう時に“音楽ってスゴイなぁ”って鳥肌が立つくらい感じたことがありました。私は、音楽は“祈り”のような存在だと思っているのですが、そういう気持ちを込めたものが伝わったのかな。
――人を癒せるのは、自分の音楽のどこらへんだと思いますか?
松居:アルバムっていうのは自分の鏡のような存在なんです。アルバムごとに、自分がその時に思ってたことや自分の状態や感情が映っているから、私が人間として経験してきた喜びや悲しみが、人の心に触れて共鳴するのかなと思います。「すごくつらい時は、Keikoの音楽を大音量でかけて思い切り泣くんだ。そうするとスッキリするからKeikoもやってごらん」ってアメリカの友人に言われたんです。他人には話せないようなつらい思いや喜びが私の中にあって、それが誰かと引き合って音がシンクロしていくのかなって思いますね。
――音楽をやっていて一番幸せだと感じるのは。
松居:コンサートって儀式のようだと思っているんです。最近だとCDやDVDに残せて売り上げやチャートが目的みたいになっていますが、ミュージシャンの原点はライヴだと思っています。その一瞬の空気を皆で分かち合って、演奏し終わったあと一瞬沈黙があって、そして「ワーッ」と温かい拍手が帰ってきた時、それが最高に幸せな瞬間ですね。皆で一つになったっていうね。世界中の国で演奏した時に、国境を越えて皆つながってるんだよねっていうのが伝わった瞬間が、嬉しいしありがたいなって思います。
――最後にメッセージを
松居:危ない出来事が地球上のいろいろな場所で起きている中で、音楽と一緒に旅ができる自分を幸せに思っています。『WILD FLOWER』というアルバムは自分自身でも励ましになるような存在です。アルバムやコンサートを通じて皆さんと出会い、困難を乗り越えられる元気を受け取ってもらえたら嬉しいです。
取材・文●森本智