「今回のポールの公演はすごいらしい」「これが最後のツアーになるかも」。還暦を迎えたポール・マッカートニーのワールド・ツアーには、事前からそんな噂が飛び交っていた。果たしてツアーは世界中で大盛況となり、全米ツアーは今年の興行成績でダントツのトップ、評判もすこぶる上々。この来日公演も当然、各方面から熱い注目を浴びていたのだが、チケット代は日本でのコンサートとしては異例ともいえる14000円で、これに不満を漏らすものも少なくはなかった(実際に料金を払えなかったのか、若い人は少なかった)。しかし、海外では軽く300ドル(3万円以上)はする超VIP級のライヴである。これくらいは安いほうだし、それ以上に当日の内容を考えれば十分に激安だったのだ。
中世ヨーロッパや中国、日本をモチーフにしたサーカスめいたアトラクションの後、ステージ上にトレードマークであるヘフナーのベースの巨大なシルエットが浮かび上がる。割れんばかりの喝采の中、いきなり登場したポールが演奏したのはビートルズの『ハロー・グッドバイ』。オアシスをはじめとして、多くのビートルズ・チルドレンがその黄金のコード・パターンを参考にした、現在の若者にとっても不可欠な名曲だ。「なかなか気の若い選曲するじゃないか」と思ったら、次はライヴの定番、ウイングス時代の名曲「ジェット」へ。踏ん張ったハイトーンのシャウトを必要とするナンバーだが、これをポールは30年前に発表されたレコード以上にガッツいっぱいに歌いあげる。この年になれば多少の声も変わるものだが、ポールの声は青年時代と変わらず力強いままだ。
そして、日本のライヴでは初披露の『ゲッティング・ベター』。’67年のアルバム『サージェント・ ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の中の1曲で、これもパワーポップ・ファンに人気の高い、後年になってリスペクトされた曲だ。カッティング・ギターといい、裏メロのコーラスといい、全く古びていない。ポールは自分のどういう要素がファンにエヴァーグリーンに映っているのか、よくわかっているようだ。そして今回は、ポールを支える息子世代のバックバンドが大活躍。彼らの若さゆえのキレの良さもさることながら、大物にありがちな大編成をあえて組まず、ギターの音がしっかりとフィーチャーされた、(ポール含めて)たった5人のメンバーにしたことで、スタジアム・クラスのライヴで失われがちなロックンロールの醍醐味をしっかり保持できている点は大きい。今回のツアーが大評判なのは、こうした面も大きいのだろう。
最新作『ドライヴィング・レイン』からの選曲のコーナーは少々盛り上がりとしては地味だったものの、続くアコースティックのコーナーでは「ブラック・バード」「恋を抱きしめよう」などのビートルズ・ナンバーでまたも大喝采。そしてひときわ盛り上がったのは、亡きジョンやジョージに捧げた「ヒア・トゥデイ」と「サムシング」を歌ったとき。これについて“人の死を商業利用した”だの“懐古趣味的”とボヤく人もいたが、他に誰が、今現在ビートルズに関することを責任をもって世に伝えられるだろう? ストイックにビートルズを封印するよりも、積極的に伝えていくべきだと僕は思うし、その素直で無邪気な楽天家ぶりこそがポールであり、それも確実にビートルズの一要素だったわけだから。
そしてショウは「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」、「メイビー・アイム・アメイズド」、亡き前妻リンダに捧げた「マイ・ラヴ」といったポールの珠玉のバラードを挟みつつ進む。メロディの美しさもさることながら、ポールのソウルフルな歌いっぷりは実に見事だ。もちろん「007/死ぬのは奴らだ」「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュード」という大定番では全員が大合唱。ドームは熱狂と興奮の坩堝に包まれた。こうしたオーラス曲がアンコール前に披露されたのは意外な印象だったが、そこもまた良し。そしてアンコールは「ロング・アンド・ワインディング・ロード」のあと、「レディ・マドンナ」「アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼア」のロックンロール・ナンバー2連発。アンコールにこうした曲を持ってくるところにも、今回のポールの若さが窺える。そして2度目のアンコールで「イエスタディ」を、そして本当のラストは「サージェント・ペパーズ~」のリプライズから『アビーロード』収録の「ジ・エンド」という、コアなファンなら大納得の心憎い終わり方で幕を閉じた。
ポールという存在は、ビートルズの中でも最も“万人向け”なイメージが強いが、今回はそうした面も見せつつ、ポール自身の固有の輝きをコアなファンの琴線に触れさせていた点が実に興味深かった。加えて、あくまで最小限のバンド・スタイルにこだわったところに、ポールがビートルズの中で一番のライヴ好きであり、ロックンロール・パフォーマーであることの証明をみたようで嬉しかった。噂されている通り、これが最後なのかもしれないし、この信じ難い好調さも、もしかしたらスワン・ソングなのかもしれない。しかし、ネガティヴに先のことを考えるのはポールには一番似合わない。素直に今の彼の絶好調ぶりを心から祝っておきたいと思う。
文●沢田太陽