【コラム】ピーター・ガブリエルが到達した、究極のアート作品『i/o』

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ザ・ローリング・ストーンズの『ハックニー・ダイアモンズ』を始めベテランたちの好作品がたくさん生まれた2023年を締めくくるのにふさわしいアルバムが12月1日にリリースされた。『So』以来、37年ぶりの全英1位を記録したピーター・ガブリエルの最新アルバム『i/o』(『アイ/オー』)だ。

オリジナル・アルバムとしては実に21年ぶりとなるもので、その音楽的な内容の深さ、入念に練り込まれたコンセプチュアルな仕掛け、リリースに至る流れなど、すべてが、この人ならではの優れたもので、2023年5月からすでにこのアルバムの楽曲を中心としたツアーも開始されているが、イギリスのアルバム・チャートの1位を始め、絶賛/大評価の声が海外では拡がっている。


ピーター・ガブリエルといえばMVの歴史的な傑作「スレッジハンマー」や「スティーム」、ケイト・ブッシュとのデュエット「ドント・ギヴ・アップ」といった曲が忘れられない人も多いだろし、ジェネシス時代の作品は今もプログレ・ファンに特別なものとされている。またアムネスティ支援を始め人権運動や地球環境問題に積極的に取り組むアーティストとしてもよく知られている。

そんな人だけに新作アルバムを作るというのは逆に大きなプレッシャーもあったり、家族の死、妻の介護問題が起きたりと、時間的にも集中するのが難しかった状況すべてを飲み込み、完成させたのがインプット、アウトプットを意味する『i/o』と名付けられたこのアルバムだ。



およそ130曲にも及ぶというほど候補曲が用意され、中には1990年代に最初のアイデアが生まれた曲や12年がかりで完成させたというものもあれば(「Playing For Time」)、ひとつの言葉を求めインスピレイションを膨らませるのに数年かかった曲もあるという。そうした楽曲を、自身のリアル・ワールド・スタジオでトニー・レヴィン(B)、デヴィッド・ローズ(G)、マヌ・カチェ(Dr)といった長年の信頼できる、世界でもトップレベルのテクニックとニュアンス表現に富んだ仲間たちと基礎となる音を組み上げ、さらにブライアン・イーノやXLレコーディングスのオーナー、リチャード・ラッセルらがプロダクションに参加して2021年9月から数ヶ月にわたりレコーディングに挑み完成させたのだった。


そしてここからがユニークなのだが、全12曲がすべてに2種類のミックスが作られ、1曲ずつ、月の満ち欠けと動機し、同じ曲を満月の日と新月の日に23年1月から1曲ずつ発表していったのだ。このことについて「まるでレゴブロックのパーツを毎月ひとつずつ手に入れるようなものだ」とピーターは語ってもいるが、実際、そんな楽しみ方を味わうファンが世界中にいた。

そして前者を「Bright Side Mix」、後者を「Dark-Side Mix」としているが、「Bright Side Mix」を手掛けたのはマドンナを始めエド・シーラン、ビョークなどとの仕事で知られるイギリスのプロデューサー&エンジニアのマーク“スパイク”ステント、「Dark-Side Mix」はアメリカ、テキサス生まれで2001年からリアル・ワールド・スタジオでも働いてたチャド・ブレイクの手になるもので、これが実際に聴き比べると驚くほど楽曲、演奏の表情が変わってくるから面白い。レコーディング・テクノロジーの進化/変化によって、こうした手法でも新しい楽しみ方や切り口が生まれているのは、とても刺激的だ。



このことについてピーターは「スパイクとチャドという世界最高のミキサーに加わってもらった。間違いなく彼らは楽曲にそれぞれ異なる持ち味を与えてくれた。スパイクはサウンドそのものを愛し、イメージを組み合わせることを好むゆえに画家に近いタイプ。チャドはまさしく彫刻家といったタイプで、音響と劇的効果によって旅路を演出する」と語っている。この言葉が実際に2種類のミックスに接することで、じつに立体的に迫ってくる。聴き手の音楽趣味によってもまったく違った感想もあり得るし、そういう意味では個々の聴き手の中で別種のドラマを生み出し、生きていくわけだ。

さらにもうひとつの楽しみが、各曲に呼応して世界各地の画家や彫刻家、映像作家といったアーティストたちが作品を提供していること。2002年の『Up』でも試みられた世界中のさまざまな芸術家たちとのコラボレイトの発展形でもあり、アルバム冒頭を飾った「Panopticom(パノプティコム)」でのカナダ系イギリス人で3D彫刻インスタレーションなどで知られるデヴィッド・スプリッグスの作品を始め、各曲にオリジナルのアート作品が提供され複雑な世界が拡がっていく。



どれも曲と呼応し合う独自の空間を生み出していて魅力的なのだが、筆者の趣味としては、イギリスの彫刻家ティム・ショウの作った「The Court」や、「Olive Tree」を描いたカメルーンの画家バルテレミー・トグオのもの、シカゴを拠点とするコンセプチュアル・アーティスト、ニック・ケイヴのどこかユーモラスな作品を使った「Live and Let Live」などが気に入ったし、ピーターも作品を数多く持っているというカナダ生まれの女性画家ミーガン・ルーニーの描いた「And Still」も興味深かった。

これらを音を聴きながら見ているとまた別な世界が生まれ、それはサブスクだけでは終われないもので、トータル・アート作品としての体験に感動させられる。

2023年5月から行われた<i/oツアー>では、「レッド・レイン」「ビッグ・タイム」「イン・ユア・アイズ」「ビコ」といった数々の名曲たちと混ざって本作楽曲が披露されているが、広大な宇宙との交信を目指すかのステージ・セットはアルバムの世界を的確に浮かび上がらせ究極的な完成度を見せている。

タイトル曲「i/o」に対しピーターは「僕らは自分たちのことを、自立し孤立した浮遊する小さな島で、やることすべてを制御し操縦していると思っている。だけど、水面下を見てみると、僕ら全員がいろんなやり方でつながっているとわかる。僕らは皆、より大きな全体に溶け込んでいるんだ」と述べているが、今も世界各地で続く対立や殺戮、そして環境問題等に向き合いつつ、アーティスティックな世界を極めたアルバム『i/o』、まさにいま聴くべき一枚だ。

文◎大鷹俊一
写真◎Nadav Kander

ピーター・ガブリエル『i/o』



2023年12月1日発売
Virgin Music Label & Artist Services 2枚組/SHM-CD仕様/ 歌詞対訳/解説付 UICB-1023/4 3,960円(税込)※Bright Side MixとDark Side Mixをそれそれ収録
1.Panopticom
2.The Court
3.Playing for Time
4.i/o
5.Four Kinds of Horses
6.Road to Joy
7.So Much
8.Olive Tree
9.Love Can Heal
10.This Is Home
11.And Still
12.Live and Let Live

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