ビリーが胸を張る『タイム・クランチ』の存在意義

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ビリーが胸を張る『タイム・クランチ』の存在意義

MR.BIGの解散騒動が大々的に報じられる最中、その渦中の人物でべーシストのビリー・シーン率いるナイアシンのニューアルバム『タイム・クランチ』がリリースされた。
2年振りにリリースされる今作『タイム・クランチ』は彼らにとって数えて4作目のアルバムだ。

ともすればMR.BIGの繋ぎ、或いはサイド・プロジェクト的なイメージの強いナイアシンだが、ビリーは常に全力投球でこのプロジェクトに携わって来た。
それは4作ものアルバムをコンスタントにリリースしていること、さらにそれに伴う来日公演もすでに3回度にわたっていることからも明らかだろう。

そして、今回の『タイム・クランチ』はプロジェクトの地道な活動による賜物と言えるのだ。

未知の部分にも光が当る、ナイアシンの醍醐味

最新ALBUM

『Time Crunch』

VIDEOARTSMUSIC VACM-1185
2,854(tax in) 発売中

1 Elbow Grease
2 Time Crunsh
3Stone Face
4 Red
5Invisible King
6Daddy Long Leg
7Hog Funk
8Glow
9Damaged Goods
10Outside Inside Out
11 Blue Wind
12Happy as a Clam


アルバムを聴けば直感するはずだが、今作はいつになくプログレッシヴ・ロックのテイストを強く反映させたサウンドに仕上がっている。

ビリーは語る。


▲ビリー・シーン(B)
今回のアルバムはファンが最も喜んでくれる内容になっていると思うよ。と言うのも、これまでライヴで培って来たスタイルを反映させているからね。僕らは今回、会場に訪れたオーディエンスの反応が良かったタイプの楽曲作りに拘ったのさ。それが'70年代の香り漂うプログレッシヴ・ロックなんだ。僕やキーボードのジョン・ノヴェロ、ドラマーのデニス・チェンバース、みんなプログレのファンだからね。その意味ではファンはもちろん、自分達自身もエンジョイ出来るアルバムだと思うよ

もともとナイアシンは商業的成功はド外視、メンバー個々のやりたいことを自由奔放に実現させる空間としてスタートした。そうした点では『タイム・クランチ』はナイアシンのあるべき姿を浮き彫りにしたアルバムと言え、ビリー・シーン自身、ようやく現在のスタイルに辿り着いたと語っている。例えば、スリリングなインプロヴィゼイションを駆使した「エルボー・グリース」はライヴ的な高まりを上手く取り入れたファンキーなナンバーでアルバムのオープニングを飾るに相応しい。

アメリカでは目が回るほど忙しく、さあ、やるぞ!という時“エルボー・グリース”という表現をするんだ。つまり、ヒジにグリースを塗って回転を良くさせる、まあ、潤滑油みたいなものだね。それで仕事の能率を上げようということなんだ。この曲はそれだけハードでプレイするのが大変なんだ。ただ、その甲斐あって凄くスリリングな曲になったよ

そう、ビリーの言葉通り、今回の『タイム・クランチ』は今まで以上にメンバーのステージ・パフォーマンスが目に浮かんでくるような臨場感に溢れたアルバムである。

ナイアシンはビリー・シーンがプレイのフリースタイルの可能性を追及するべくミュージシャンに呼びかけたのをきっかけにバンドの歴史がスタートする。そのビリーの意向に共鳴したのがジョン・ノヴェロとデニス・チェンバースの2人だ。そして、彼らは'96年デビュー作『ビリー・シーン・プロジェクト』をリリースする。もちろん、当時からナイアシン名義を名乗っていたが、やはりあらゆる面でユニットのイニシアチブを握り、顔となっていたビリーの名をフィーチャーするのは当然と言えば当然だろう。

それよりまずはそのフュージョン、ジャズに根ざしたサウンドにMR.BIGファン達は驚いた。タラス、ディヴィッド・リー・ロス・バンド、MR.BIGとバンドを渡り歩くと共にハイテク・べーシストとして着実にステイタスを確立して来たビリー・シーンはいわば百戦錬磨のツワ者。そんなキャリアの中でも大胆なジャズ/フュージョンへの歩み寄りはまさに画期的な出来事だった。

根っからミュージシャン気質の強いビリーはナイアシン結成当初「
これはひとつのチャレンジだ」と語っていた。MR.BIGと同じスタイルのロック・ミュージックをやるつもりは毛頭無く、180度違った音楽を追求したいというのがビリーの願いだった。と同時に彼がミュージック・ファンとして聴き親しんだ'70年代ロック、レイド・バック・ミュージックにも拘りたいとも。


▲ジョン・ノヴェロ(Key)
そんなビリーと共にナイアシンを支えるジョン・ノヴェロはキーボード・プレイヤーであると同時にコンポーザー、アレンジャー、プロデューサーとして活躍するマルチ・アーティストだ。彼がこれまでコラボレイトしたミュージシャンはチック・コリア、リッチー・コール、ヒューバート・ロウズ、ラムゼイ・ルイス、ラリー・コリエル、エドガー・ウィンターらジャズ/フュージョンからロック・フィールドに至るまで実に多彩だ。むろん、ソロ・アルバムのリリースや百戦錬磨の経験を生かした著書「ザ・コンテンポラリー・キーボーディスト」とそのものズバリの本も出版しているのはマニアの良く知るところである。特に、その著書はマルチ・キーボーディストを目指そうとしている若きフォロワー達に好評で、ある種バイブル的な評価を得ている。

そして、ビリーとの関わりも、そんなジョン・ノヴェロのアクティヴな活動が導いた結果だった。彼はMR.BIGが96年にリリースしたアルバム『HEY MAN』にゲスト参加、それがナイアシン誕生の布石となった。良い意味でのレトロ・フィーリングに溢れたハモンドB3を巧みに操るそのプレイはナイアシンの生命線と呼ぶに相応しい。もちろん、コンポーザーとしてもビリーの良きパートナーとしてバンドに欠くことの出来ない存在である。


▲デニス・チェンバース(Dr)
一方、ドラマーのデニス・チェンバースはナイアシンの最年少者(と言ってもすでに42歳のベテランだけど)だ。'59年5月9日メリーランド州ボルティモア生まれのデニスは4歳でドラムのレッスンをスタート、真偽は定かではないが7歳で何とジェームス・ブラウンからツアー・メンバーのオファーを受けたという。ハイスクール卒業と同時にジョージ・クリントンに見出され、パーラメント/ファンカデリックに加入、プロ・デビューを果す。ここで8年間在籍、技を磨いた後、故郷ボルティモアに戻り、ゲイリー・トーマスらとセッションを行った他、ジョン・ノヴェロと縁のあるリッチー・コールともコラボレイトしている。そして、これが契機となりジャズ・フィールドでの活動が多くなっていった。

'86年にはジョン・スコフィールド・バンドでプレイ、これが高い評価を受けてフュージョン界の若手ドラマーの最高峰を究めることに。実際、彼の下にはマイルス・ディヴィススティング、ジョー・ザビヌルら錚々たる大物からレコーディング参加の要請があったというが、デニスは'88年までジョン・スコフィールド・バンドのメンバーとして活動する。また、フリーのセッションマンとして独立後はボブ・バーグ=マイク・スターン・バンド、スタンリー・クラーク=ジョージ・デューク・プロジェクト、ブレッカー・ブラーズ、ジョン・マクラフリンなどのセッションに参加、今日に至っている。さらに'91年にはリーダー・アルバム『ゲッティング・イーブン』もリリースしている。

過去のキャリアも違えば、音楽的バック・ボーンも異なるトリオは、まるで自分達の未知なる可能性を引き出すことを目的とするように結びつき、ミュージック・シーンでもユニークと言えるプロジェクト、ナイアシンが誕生する。

最も誕生当初は手探り状態でビリーがジャズ/フュージョン・フィールドのジョン・ノヴェロ、デニス・チェンバース・コンビのスタイルに歩調を合わせるようなニュアンスが強かった。それは処女作『ビリー・シーン・プロジェクト』で顕著に表れていると言えるだろう。

しかし、'98年リリースの2nd『ハイ・バイアス』辺りからサウンドに微妙な変化が見られるようになった。これはライヴ活動、さらにはレコーディング活動と場数をこなし、スポンテニアスな姿勢を持ったナイアシンの真骨頂とも言うべき部分なのだが、よりロック的なエッセンスが強まって行く。そうしたことを痛感させるのがMR.BIGの人気ドラマー、パット・トーピーのゲスト参加であり、バンドが意図的でないだろうが、ロックを拡大解釈したようなスタイルを模索し始めたと見るのが妥当だろう。ただ、その一方でジャズ/フュージョンの大御所チック・コリア(key)をレコーディングに引っ張り出す試みもあり、この『ハイ・バイアス』はバンドにとって過渡期を暗示させるような作品となっている。

ナイアシンのロック志向が炸裂したのが3rdアルバム『ディープ』だ。ディープ・パープルのカヴァーを含むこのアルバムにはそのDNDを受け継ぐ当事者であるグレン・ヒューズが参加、初のヴォーカル曲を披露した他、TOTOのフロントマン兼ギタリスト、スティーヴ・ルカサーもプレイに携わり、マニアの話題をさらった。ビリーが言うにはキーボードのジョン・ノヴェロはフュージョン系のプレイヤーでありながらディープ・パープルのジョン・ロードにも影響を受けたとか。そうした未知の部分にも光が当るのがナイアシンの醍醐味であり、プロジェクトからバンドへとメンバー間の成熟度を物語るようでもある。

そして、そのプロセスを経て完成したのが今作『タイム・クランチ』だ。何時に無くプログレ志向の強い作品であることは前述の通りだが、それを象徴するように今作では興味深いカヴァーを取り上げている。まず、1曲がキング・クリムゾンの「レッド」。これはクリム
ゾンのラスト・アルバム『レッド』からの選曲だ。しかも、オリジナルをかなり意識したコピーに近いプレイにナイアシンのただならぬ思い入れを感じさせる。

自分にとってクリムゾンはオールタイムでベストなんだ。えっ、ジョン・ウェットンのベースをかなり意識しているって? その通り、昔は彼のプレイも良くコピーしたよ。彼はベースのコード進行ひとつ取ってもオリジナルなものをもっている。あと歪んだトーンの活用の仕方も実に斬新だったよね。“レッド”にはそうした試みが全て凝縮されているように思う

まさにゾッコンというようなビリーのコメントだが、それはもう1曲のカヴァー・トラック「ブルー・ウィンド(蒼き風)」も同様だ。この曲はブリティッシュ・ロック界が生んだギターの神様、ジェフ・ベックの代表的アルバム『ワイアード』に収録されているナンバーだ。

自分はべーシストだが、ジェフ・ベックのプレイが大好きでベースで彼のソロをコピーしていたぐらいさ。この曲も即効的な部分を持ち、今回のアルバムの趣旨に合っていると思う。それにこの曲はライヴでも取り上げ、オーディエンスにも馴染み深いしね。まさにファンも僕らもエンジョイするには打って付けのナンバーだと思う

MR.BIGにピリオドを打ち、今後の動向が気になるビリー。しかも、近々ベース・プログレとも言えるようなインスト・アルバムの制作にも着手するという。まさに八面六臂の活躍だが、そうした状況下でナイアシンはビリーにとってどんなポジションと成り得るのだろう。まして、今作にはそれまで恒例だったゲスト陣は一切参加せず、メンバー3人だけで完成に漕ぎ着けている。

それは今作で唯一、意図的にしたものだよ。ナイアシンそれまでプロジェクト的なニュアンスが強かったが、もうそろそろパーマネントなバンドであることをリスナーに認識して貰う時期だと思ったんだ。だから、他人の手を借りず、ゲストも無しで3人のプレイのみに拘ったのさ

やはり、ナイアシンに掛けるビリーの意気込みは半端じゃない。その意味では過去の作品の中でも最もバランスの取れた内容とビリーが胸を張る『タイム・クランチ』の存在意義は後々重要になって来るはずだ。

北井康仁/YASUHITO KITAI

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