【インタビュー】16弦ギターの名手フェリックス・マーティン、「オープンな精神を持った人すべてに16弦ギターを」

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ベネズエラ出身の16弦ギターの名手フェリックス・マーティンが2024年5月、初の日本上陸を果たした。

テッセラクト公演のオープニング・アクトとしてステージに上がった彼は、テクニカルかつ流麗なプレイで満員の観客を魅了。プログレッシヴ・メタルから南米のルーツに根差したトラディショナルな調べ、最新アルバム『ザ・ギャザリング』で聴かれるJ-POP~日本のゲーム/アニメ音楽まで縦横無尽な音楽性で、日本の音楽リスナーのハートに爪痕を残した。

フェリックスとバックを務めたジョアン・トレス(B)、トラヴィス・ショア(Dr)にインタビュー、日本公演の感触とそのギター哲学を訊いてみた。



──日本でのライヴの感想を教えて下さい。

フェリックス:最高だった!初めての日本でどんな反応があるか想像もつかなかったけど、すごく盛り上がってくれた。東京2公演の両方に来てくれた人もいたりして、素晴らしい経験だったよ。

ジョアン・トレス:開演時間が早かったけど、大勢のお客さんが集まって、俺たちの演奏を楽しんで、ショーの一部になってくれた。

トラヴィス・ショア:俺は日本在住で、パーカッションやドラムスを生徒に教えているけど、みんな音楽に対する情熱があるね。今回のステージでもそれを感じたよ。

──トリオ編成でギターがメロディを奏でているときもバンドの音に厚みがある秘訣は何でしょうか?

フェリックス:ギターでメロディを弾くときは同時にハーモニーを弾くことが多いし、ジョアンもベースでリフを弾いたりする。ギターとベースでリズム・パートを支えるんだ。だからバックでパワー・コードをかき鳴らす必要はないんだよ。16弦ギターは元々レギュラー・チューニングのネックを2本並べたものだし、パワー・コードを弾きたければ容易に弾くことができる。ピックは持っていないけど指の角質化した部分で弾いているよ。




──『ザ・ギャザリング』ではJ-POPを意識したアプローチを取っていましたが、どんな面で影響を受けたのですか?

フェリックス:ここ数年『進撃の巨人』『ONE PIECE』『SPY×FAMILY』などのアニメにハマったこともあるけど、メロディやハーモニーを中心にした音楽が好きで、J-POPやアニメ/ゲーム音楽にハマったんだ。特に一連のジブリの映画音楽からインスピレーションを得たよ。新作の「ルート・クラフター」はジブリ的なムードを出そうと試みたんだ。




──既存のJ-POPソングをどのように16弦ギター用にアレンジするのですか?

フェリックス:16弦ギターだからといって、特別なコツがあるわけじゃないよ。複雑で奇妙な楽器ではなくて、原理もシェイプも6弦ギターとさほど変わらないんだ。とにかく耳コピーしながら、ハーモニーを見つけ出したり...大事なのはテクニックよりも、曲のメロディやハーモニー、そしてフィーリングを生かすことだ。何よりも、楽しんでやることだよ。自分が楽しむことで、よりナチュラルな仕上がりになるんだ。



──『ザ・ギャザリング』の曲は半分は16弦ギター、半分は10弦ベースで書いたそうですが、独特の作曲スタイルなどはありますか?

フェリックス:うーん、特に系統立ったスタイルはないんだ。頭を空っぽにしてギターを弾いたり、誰かとジャムをしたりして、そんな中から浮かんだアイディアを発展させていく。「ギャザーピース」の最初のフレーズが良い例だよ。メロディ、ハーモニー、リズムを感じるんだ。ベースはギターよりも楽器としてシンプルだし、チューニングも複雑ではない。それが作曲のヒントになったりするんだ。最近ではベースで曲を書くことはあまりないけど「ムーンハイク」はベースで書いた曲だよ。


──スティーヴ・ヴァイ、パット・メセニー、スタンリー・ジョーダンから影響を受けたとのことですが、彼らのタッピングはあなたのスタイルにどのように反映されていますか?

フェリックス:少年時代から彼らのアルバムを聴いてきたけど、当時はまだ6弦ギターを弾いていたし、タッピングはやっていなかった。彼らを聴いてプロのミュージシャンになりたいと思って、ソロのフレージングからインスピレーションを得たんだ。タッピングの面で影響を受けたのは、むしろベネズエラのトラディショナルな音楽だよ。南米のさまざまなクラシック・ギタリストの演奏も参考にした。彼らは弦へのアタックが強くて、それぞれの音がくっきりしている。それをどうやったら再現できるだろう?と試行錯誤して、タッピングに辿り着いたんだ。

──16弦ギターのチューニングについて教えて下さい。

フェリックス:16弦ギターはひとつのボディに8弦ギターのネックを2本並べて付けたものなんだ。弦のチューニングもレギュラー・チューニングのものを2本並べている。ただ、それは俺がそうしているだけで、手にした人がそれぞれ異なったチューニングで弾いてくれたら嬉しい。独創的な奏法を生み出してくれたら最高だね。



──2本のネックをそれぞれ異なったチューニングにする試みは行ったことがありますか?

フェリックス:いや、それは俺にとって意味を成さないんだ。好きではないんだよ。曲ごとにAマイナー、次の曲はDマイナー...とチューニングを変えていたら、曲間にえらく手間取ってしまうし、あるいはステージの袖に12本ぐらいギターを用意しなければならない。全部レギュラー・チューニングにしてしまえば、あれこれ考えず、音楽に集中することができるだろ?

──16弦ギターの練習で弾いているスケールやフレーズなどはありますか?

フェリックス:特別なことはしていないよ。ライヴ前にクロマチック・スケールを弾いて指のウォーム・アップをしたり、スラッピングの手慣らしをしたり...応用編で、片方の手でCメジャー7th、もう片方の手でDマイナー7thのスケールをタッピングしたりもする。その程度だ。



──FMギターズ(フェリックス・マーティンが立ち上げたギター・ブランド)のシグネチャー・ピックアップの特徴は?

フェリックス:とにかくハイ・ゲインで、ロックに向いたパワーのあるピックアップだよ。俺の好みなんだ。他社のピックアップに交換したり、カスタマイズも容易にできるから、いろんな実験をして欲しいね。あえて近いタイプを挙げるとしたらセイモア・ダンカンのピックアップだけど、少しずつ改良を経て独自のサウンドを確立させつつある。これが4thヴァージョンなんだ。

──エフェクトはどんなものを使っていますか?

フェリックス:一応ペダル・ボードは足下に置いているけど、ほとんど使わずに、ダイレクトでクリーンなサウンドを重視しているよ。アンプで歪ませることもなく、ギターと指のナチュラルなサウンドを重視しているんだ。

──どんなギタリストやベーシストにFMギターズが向いていると考えますか?

フェリックス:音楽や演奏に対してオープンな精神を持った人すべてだ。“普通の”6弦ギターで弾けることはすべてできるのに加えて、それ以上の幅広いプレイが可能だよ。タッピングしやすくて、コードやメロディをくっきり表現できるし、良い音楽を愛する人ならきっと気に入ってくれると信じている。ボディの木材もアルダー、バスウッド、マホガニーから選ぶことができて、プレイヤーのニーズに応えるようにしている。初期型モデルはすごく重かったけど、調査と開発を経て、すごく軽量になったよ。ボディも薄い形状で、フェンダー・ストラトキャスターよりちょっと重いぐらいで、腰に負担にならないんだ。



──FM 16弦ギターは意外と(?)価格が低く抑えられていますね。

フェリックス:うん、今は会社の規模が小さくて従業員が少ないのと、ほとんど利益が出ていないからね(苦笑)。まずは価格を抑えることで、FMギターズをより広く普及させたい。これまで他のギター・ブランドに製造を委託していたけど、重量が重いし高価過ぎた。将来に向けての先行投資という意味合いもないとは言わないけど、自分が開発したギターを世界中の人たちに弾いてもらいたいんだ。

──あなたが弾いている左利き用の16弦FMギターズは世界に何本ぐらい流通しているのでしょうか?

フェリックス:うーん、わからないけど、かなり少ないことは確かだ。左利きの人はただでも少ないし、そのほとんどは右利き用のギターを弾くからね。左利き用の16弦FMギターズを弾いているギタリストは世界で20人ぐらいだと思う。俺はFMギターズは12/14/16弦とプロトタイプを含めて15本ぐらい持っているよ。…俺は日常生活では右利きなんだ。文字を書いたりするときね。でもギターだけはずっと左利きだったんだ。もしかして生まれたときは左利きで右利きに矯正されたから字が汚いのかもしれないけどね(笑)。最初は家にあった6弦ギターを始めたけど、どれも右利き用で、どうもしっくり来なくて、右利き用に弦を張ったままひっくり返して弾いたりしていた。しばらくして左利き用のベースを手にして、自分が求めているのはこれだ!と気付いたんだ。

──16弦ギターは数が少ないし、ツアーの移動中に紛失したら大変ですね。

フェリックス:そうなんだよ。ロサンゼルス周辺でのショーだったら自宅からスペアを持ってくればいいんだけど、シンガポール、ベトナム、タイ、台湾、日本とかでは現地調達が難しいからね。今では世界のどこでも2日で届けてくれるらしいけど、配送コストはとんでもないものになる。だから絶対に手放さないようにしている。なんとか10年以内に、世界のどこでもFMギターズが手に入るようにしたいね。

──FMギターズは日本ではどのように入手できるでしょうか?代理店などはありますか?

フェリックス:今のところ正規代理店と提携などはしていないけど、ウェブサイトから購入するなどして手に入れている日本のギタリストもいるよ。Senkaという女性ギタリストは18弦ギターで面白いことをやっていて、SNSでバズったりしている。ミステリアスで幽玄なスタイルというか...とてもユニークなんだ。それ以外にもFMギターズの公式サイトから使用ギタリストのサイトやSNSとリンクしているから、チェックしてみてほしい。あらゆる可能性があることが判るよ。

──FMギターズでは6/7/8/9弦の“エスフェラ”シリーズも発売していますが、今回日本に持ってきましたか?ライヴで弾くことはありますか?

フェリックス:持ってきていない。最後にステージで6弦ギターを弾いたのはもう15年ぐらい前、14歳の頃だった。その頃はベネズエラに住んでいて、まだ多弦ギターに目覚めていなかったんだ。あまりに前のことで、どんなできだったかすら覚えていないよ。だからずっと6弦ギターはステージで弾いていないけど、ボディの軽量化などのノウハウで、16弦ギターは確実に“エスフェラ”のヒントになっているね。

──ジョアンはどのようにして10弦ベースを弾くようになったのですか?

ジョアン:最初はヴィクター・ウッテンやマイケル・マンリングの教則ビデオを見て、4弦ベースを練習していたんだ。でも、よりプログレッシヴなミュージシャンと共演するようになって物足りなくなって、5弦ベースを弾くようになった。それが昂じて10弦ベースに至ったんだよ。今ではフェリックスとやるときでなくとも10弦ベースを弾いているよ。パーカッションをフィーチュアしたバンドでは多彩なベース・プレイを活用できるし、ベーシックなトリオ編成でも役立てることができる。ギタリストがソロを弾いているときにボトム・エンドを支えて、ハーモニーを弾いたりね。試行錯誤の連続だった。自分で道を切り開くしかなかったよ。



フェリックス:ドラマーのトラヴィスはバークリー音楽大学で知り合ったんだ。俺が2度目に人前でプレイしたとき、彼が一緒だった。もう15年ぐらい前のことだよ。それからずっと連絡を取ってきたし、今回アジア・ツアーを行うにあたって、声をかけることにしたんだ。



──前作『カラカス』(2019)では南米のトラディショナルな音楽、『ザ・ギャザリング』ではJ-POPやゲーム/アニメ音楽に接近してきましたが、今後はどんな方向性に挑戦していくでしょうか?

フェリックス:それは自分が知りたくてワクワクしているよ(笑)。まったく想像もつかない。ただ、『ザ・ギャザリング』のようにメロディやハーモニーを重視する作風になることは確実だよ。一時期は複雑でプログレッシヴなジャズ・ロックを志向していたけど、今ではより曲そのものの完成度を重視した、シンプルな曲作りをしているんだ。自分の表現はこれからも進化を続ける。さまざまなことに挑戦していくつもりだ。…日本のミュージシャンともコラボレートしていきたいね。


──最近お気に入りのアニメは?

フェリックス:『ONE PIECE』を後追いで見始めて、追いつこうとしているんだ。ようやく第1,000回まで来たから、もうすぐ最新エピソードまで見れるよ(笑)。



取材・文◎山﨑智之
撮影◎ともまつりか

◆Felix Martin 日本オフィシャルサイト
◆FM Guitarsオフィシャルサイト
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