【インタビュー】マディ・ディアズ「自分自身を信頼し、歩き続け、恐怖を乗り越えて前進すること」
マディ・ディアズ
1999年に設立以降、個性的かつ実力のあるミュージシャンを続々と輩出し続けているレーベル、ANTI- Records(アンタイ・レコード)だが、そのなかでもアコースティック/オルタナティヴ・フォーク系のシンガー・ソングライターは、いずれに高い評価を受けているアーティスト群だ。
特に3月に来日公演を敢行したばかりのインディー・バンドWEDNESDAYのメンバーとしても知られるMJ レンダーマン、ニュー・アルバム『Tigers Blood』が世界各地の音楽メディアで話題をさらいストリーミング再生回数が急上昇しているワクサハッチー、さらにハリー・スタイルズのワールド・ツアーでサポートを務めていたことでも知られるマディ・ディアズなどは、昨今のフォーキーな音楽ムーブメントも相まって、そのシンプルで丁寧な音作りに話題が集まり、注目すべき作品をリリースしている。
2月に発売となった最新アルバム『Weird Faith』が好調、そして新曲をリリースしたばかりのマディ・ディアズの貴重なインタビューを核に、彼らの楽曲の素晴らしさをお伝えしたい。
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──あなたの音楽キャリアについて。アコースティックギターをベースにした抒情的なサウンドが印象的ですが、その音楽スタイルに辿り着いたきっかけを与えたものは?
マディ・ディアズ:長い間、私は服を試着するみたいにいろんなサウンドを試してきた。ポップという服を着てみたり、ダンスという服を着てみたり、カントリーという服を着てみたり。やがて最終的に、前作『History of a Feeling』のスタイルに辿り着いた。あのアルバムは、できるだけ生でリアルなサウンドにしたかったし、アコースティックでどれだけエモーショナルになれるかを試したかったの。そっちの方が、経済的にも助かるしね(笑)。結果、幸運にも最終的には全てがうまくいったわ。私はいつも、ギターと二人でいる時が一番自分らしくなれるし、私の音楽はまずはそこから始まる。その形で全てをやり尽くした後、もし何かを加えたければ、好きなだけ追加したいものを追加すればいいしね。
──2023年はハリー・スタイルズのツアーに帯同しましたが、そのステージは、あなたにどんな刺激を与えましたか?
マディ・ディアズ:彼が観客を惹きつける様子をこの目で見ることができたのは本当に特別な経験だった。言葉で説明するのは難しいけど、観客の心を掴んでいるだけじゃなくて、ショーの間ずっと彼が本当にオーディエンスを抱きしめているような感じがするの。その包み込まれている感覚が、最初から最後まで続くのよね。しかも彼は、それを無理せずサラッとやってのける。だから、彼と一緒のステージに立つのは本当に楽しかった。私の曲は彼の曲よりもずっと悲しい曲が多いけど、彼の曲は楽しいから(笑)。それに、いくつかの公演で彼のオープニングを務められたことは、これまでのキャリアの中でも本当にチャレンジングな経験だった。今まで私が演奏したことのあるキャパは最大でも5000人とか7000人くらいだったんだけど、いきなり12万人…すごい数よね(笑)。あと、ハリーってリハーサルとかでおふざけをしながらも、なるべき時はとても真剣になるの。あらゆることに目を配り注意を払ってる。そして、一人一人との繋がりを大切にしているの。だから、彼と一緒に時間を過ごせたのはとにかくすごく楽しかった。
──アルバム『Weird Faith』のテーマ、コンセプトがあったら教えてください。タイトルに込めた思いを含めて。
マディ・ディアズ:私にとってこのタイトルは、一歩一歩前に進み続けることが正しい信じることを意味する。できる限り前に向かって歩き続けること。そして、良くも悪くもそうすることで全てが上手くいくと信じていることが『Weird Faith』のコンセプト。タイトル曲を書いていたときは、それが正しい判断なのか間違った判断なのかわからないけれど、自分にとってはそれがベストな判断なんだと信じる、という奇妙な信仰について話していたの。その信仰が自分をナビゲートし、全てをまとめる。何度も人間関係が上手くいかなかったり、間違いを沢山おかしてきたと感じた時に、前に進んで新しい人間関係に足を踏み入れ、それで上手くいくんだと信じるような、そんな信仰が「Weird Faith」なの。
──これまでのアルバムとの違いは?
マディ・ディアズ:前作は別れのレコードで、悲しみが中心で、自分自身を慰め、癒やそうとしている内容だった。でも今回のアルバムは、初めて誰かに出会い、もう自分は既にその人の中に存在しているんだ、ということを実感する瞬間が内容の中心になっているの。そういう瞬間ってあるのだけれど、口に出して言うのは勇気がいることだと思う。でも信念を持って、それを言葉に出すまでの間。つまり「愛してる」と、自分の方から先に言葉に出している。相手に思いを伝え、反応を待っているまでの時間というか空間を表現できたと思う。
マディ・ディアズ『Weird Faith』
──演奏者として、またヴォーカリストとしてこだわったことは?
マディ・ディアズ:プロダクションや楽器編成が歌の邪魔にならないように意識した。あくまでも歌が中心で、何を聴いているのかを決定付けるのは歌詞やヴォーカルだから。前作もそうだったけど、今回もシンプルにしたかったの。私にとって一番大切なのはやっぱりヴォーカルだから、ヴォーカル以外はできるだけ少なく使って表現したいことを表現できるよう心がけたわ。それってすごく難しいことでもある。私は完璧主義者だから、それが有利に働く時もあるけど、不利に働く時もあるのよ(笑)。シンプルにしたくても、これもできる、あれもできるって思ってやりたくなっちゃう。でも、それをやりすぎると、今の自分の姿を正しく捉えられなくなってしまう。だから、私のことをよく理解してくれている人たちと一緒に仕事ができるのは本当にラッキー。私の声をよく理解してくれている人と一緒にいると、それを十分に引き出せているタイミングを見計らってくれるから。
──シングルカットされている 「Same Risk」は、どんな瞬間を切り取った楽曲?
マディ・ディアズ:胸の中にある一番脆いものを表に出して捧げる瞬間。それって、私にとっては相手に対する贈り物なんだけど、それが贈り物として受け取られない可能性もあるわけよね。それがどう受け取られるかは、相手も私と同じ気持ちでいるか、同じ空間にいるかどうかによる。つまり、「Same Risk」というのは、「私はあなたを愛している。あなたは私を愛してる?」って言って返事を待つドキドキの緊張の瞬間みたいなものなの。
──この楽曲のミュージック・ヴィデオは湖で撮影?
マディ・ディアズ:あれは湖じゃなくて、ナッシュビルから一時間くらい郊外に行ったところにある採石場みたいな場所。古い採石場に穴を掘って水が張られていて、そこでスキューバダイビングの授業をやってるの。車が水中に沈んで、そこから脱出する練習や、救助隊の訓練なんかが行われている場所なのよ。すっごくクールで、とても不思議な施設だった。水はとても綺麗で青く澄んでいたし、またあそこに戻りたいなと感じる場所だったわ。だから不法侵入者も多くて、私がいる間もフェンスをよじ登って採石場に入って泳ごうとしている人が絶えなかったくらい(笑)。この曲では、思い切って飛び込むことを歌にしているから、その感情を表現しているような映像を作りたかったの。プールの中に飛び込み、その中を泳いで、カタルシスを感じることができたのは、とても興味深かった。
──また、アルバムではケイシー・マスグレイヴスとの共演曲「Don't Do Me Good」も収録されていますね。
マディ・ディアズ:ケイシーとは以前から知り合いで、親しい共通の友人が何人かいるんだけど、2020年のパンデミックを通して以前よりも近くなったの。私は以前から彼女の声のファンだったから、共演をお願いしてみることにした。ちょっと緊張はしたけど、絶対コラボしたかったから声をかける以外の選択肢はなかった。彼女はポップスターだし、コラボは無理って言われるかもって思ったのよ。さっき話した「Same Risk」の瞬間みたいに(笑)。こっちから愛してるとは言ったけど、向こうもそう思ってくれるかな?って。結果、快諾してくれたからホッとしたわ(笑)。その時、レコードは95%完成していたんだけど、この曲のサウンドは、私が歌っているだけではすごく寂しく聞こえたのよね。だから、誰か友達が一緒に歌ってくれたらもっと楽しくなるだろうなって思ったの。それで彼女にスタジオに来てくれるように頼んで、ソファに隣同士に座って一緒に歌った。彼女はすごく歌がうまくて、自分の声をしっかり理解していていたから、それを見ているのはすごく興味深かったわね。だからこそ、作業はすごくスムーズだったの。
──今回の制作で最もチャレンジだったことは?
マディ・ディアズ:新たなチャレンジはこれからやってくると思う。アルバムを制作しているときは、その時の自分の状態やフィーリングを曲にしたわけだけど、これから始まるツアーで時間をかけて楽曲を演奏していく過程で、いかに制作の時に閉じ込めたリアルや正直さを保ち続けることができるかが、新たなチャレンジ。それらの曲を歌っている間、どこまで制作当時の心境や正直さが、自分の中にとどまっていられるかを考えるのは、私にとって一種の楽しいゲームみたいなものなの(笑)。
──このアルバムを通してリスナーに伝えたいメッセージは?
マディ・ディアズ:できるだけ自分に誠実でいようってことかな。私たちは皆、自分のできるベストを尽くしているんだと思いたい。そして、怖くなった時にできる最善のことは、自分自身を信頼し、歩き続け、その恐怖を乗り越えて前進することだと思う。
──新曲「One Less Question」について。この楽曲はカナダのシンガー・ソングライターであるレノン・ステラとのデュエットですね。
マディ・ディアズ:本当に愛する存在がいることの充実、それ以外に真実はないことを綴った楽曲。これをレノンとコラボしたいと打診して、実現したことが夢のよう。楽曲の一部になってくれたことに感謝しているし、お互いが出会っていなかったら、完成しなかった楽曲だと思う。
──これまで来日したことは?日本にはどんなイメージをもっていますか?
マディ・ディアズ:日本にはまだ行ったことがないの。ずっと行きたいと思ってるんだけどね。日本は、すごくカラフルで、生き生きしているイメージ。”有機体“ってイメージかな。いつか絶対体験してみたい。行ったことがある人が日本のことを話している時って、大きなエネルギーを感じるのよね。だから、私自身もそれを吸収してみたいっていつも思ってるの。
──ナッシュビルが拠点だそうですね。ナッシュビルの良いところは?おすすめの場所などあれば教えてください。
マディ・ディアズ:私がナッシュビルをホームと呼ぶようになったのは、ここのコミュニティと友人たち、そして音楽コミュニティのおかげだと思う。皆がお互い応援しあって、皆で素晴らしい瞬間をシェアして共に経験してるから。私のお気に入りスポットはThe 5 Spot。月曜日にモータウン・マンデーっていうイベントをやってるんだけど、ダンスDJがいて昔の曲を回してくれるの。夜中の3時までやってる。あと、ロバーツ・ウェスタン・ワールドっていうライブ・バーも大好き。昔のホンキートンクみたいな感じで、ハウスバンドもいて、20代から80代の人たちまで、皆がフロアで一緒に踊ってるの。私はペンシルバニア出身で、父はニューヨーク、母はコネチカット出身だから、ナッシュビルに来て人が自分のためにドアを開けてくれたり、道で手を振ってくれた時には「何が起こってるの!?」って思った(笑)。私はそんな温かい雰囲気の中で育ってこなかったから。ナッシュビルは、人々もすごく優しくて温かいの。すごく特別な場所だと思う。
──最後に、日本のリスナーへメッセージを。
マディ・ディアズ:私の音楽を聴いてくれてありがとう。日本に私の音楽を聴いてくれている人たちがいるなんて信じられないし、すごく興奮するし、嬉しい。本当にありがとう。
マディの音楽から伝わってくるのは、自分の信じるもの(音楽)に対する誠実さ。それは、ワクサハッチーやMJレンダーマンの楽曲からも、強く響いている。同じアコースティックのシンプルなものでありながらも、多様な色彩、そしてミュージシャンそれぞれの人生が浮き彫りになっているのだ。心を豊かにさせるグラデーションを、ぜひ堪能いただきたい。
文◎松永尚久
インタビュー通訳◎Miho Haraguchi
写真◎Kazumichi Kokei(MJ LENDERMAN)、Molly Matalon(Waxahatchee)、Muriel Margaret (Madi Diaz)
マディ・ディアズ『Weird Faith』
2,750円(税込)
1.Same Risk
2.Everything Almost
3.Girlfriend
4.Hurting You
5.Get to Know Me
6.Kiss the Wall
7.God Person
8.Don't Do Me Good
9.For Months Now
10.KFM
11.Weird Faith
12.Obsessive Thoughts
アンタイ・レコード アーティスト/作品
2000年代より音楽活動を開始、21年にリリースしたアルバム『History Of A Feeling』が話題となる。その後、ハリー・スタイルズの北米ツアーにサポート・メンバー/アクトとして帯同し、ヨーロッパ&UKツアーにも参加。24年2月にアルバム『Weird Faith』をリリース。早くも、4月10日には新曲「One Less Question」をリリース。5月からは、ケイシー・マスグレイヴスのEU/UKツアーでのサポート・アクトが決定している。
https://madidiaz.ffm.to/weirdfaith
ワクサハッチー(Waxahatchee)
米アラバマ州バーミンガム出身のケイティ・クラッチフィールドによる音楽プロジェクト。2012年にデビュー作を発表し、20年リリースのアルバム『Saint Cloud』はビルボードのヒートシーカーズ・チャートで1位を獲得。24年3月にリリースの最新アルバム『Tigers Blood』は、収録曲がラジオ・チャート上位にランクインし、セールスを着実に伸ばしている。現在全米ツアー中。
アルバム『Tigers Blood』
https://waxahatchee.ffm.to/tigersblood
ワクサハッチー
MJ レンダーマン(MJ LENDERMAN)
米ノースカロライナ州アシュビル出身のインディー・ロック・バンド、WEDNESDAYのギタリストとして活躍するかたわらで、ソロでも作品を発表。2021年デビュー作をリリースし、23年11月に最新アルバム『And The Wind (Live and Loose!)』を発表。24年3月には渋谷クラブクアトロにて来日公演を敢行。
アルバム『And The Wind (Live and Loose!)』
https://mjlenderman.ffm.to/andthewind
MJ レンダーマン
全作品ANTI-より配信中
マディ・ディアズ『Weird Faith』
ワクサハッチー『Tigers Blood』
MJ レンダーマン『And The Wind (Live and Loose!)』