【ライブレポート】悲しみをたべて育つバンド・あたらよ。音楽で様々な記憶のなかの季節を飛び越えてゆく
あたらよが“何億人といる世界中の人たち一人ひとりの季節と紐づく思い出を、様々な季節の楽曲とともに思い出の箱に詰めていきたい”という思いのもと制作したコンセプトアルバム『季億の箱』。そのリリースパーティーとなる池袋harevutaiでのワンマンライブ<atarayo 2nd Album「季億の箱」Release Party>は、アルバムのコンセプトをなぞるというよりは、今のあたらよのライブの実力を堂々と示すものとなった。コロナ禍にバンドが本格始動し、ほどなくしてSNSをきっかけに大きな注目を集めたあたらよにとって、この3年弱は目まぐるしいものであっただろう。そのスピードに振り落とされず、果敢に挑戦してきたバンドの芯の強さを再確認するステージだった。
◆ライブ写真
1曲目は「13月」。アルバム『季億の箱』のラストを飾る、自分の進みたい道を選択していくという意志を綴ったロックバラードだ。この曲でこの日の幕を開けることは、アルバムとは異なる物語や、もしくは続編を描くという宣誓にも受け取れる。キャッチーかつセンチメンタルなメロディが映える「僕らはそれを愛と呼んだ」ではひとみ(Vo, G)とまーしー(G)のオクターブのユニゾンが楽曲に描かれた世界を引き立て、「差異」は緊迫感のあるサウンドスケープで魅了する。メンバー3人の発する音や歌は、それぞれが自分のポリシーを貫いていた。
ひとみは地声と繊細なファルセットを巧みに使いこなすだけでなく、消え入りそうな声までをもしっかりと聴き手の耳の奥にまで届ける。歌の強弱と高低のコントロールが非常になめらかで、その様子は風に乗って飛んでいく花びらのように自然だ。まーしーのプレイは音色を惜しみなく鳴らす実直さと荒々しさを兼ね備え、「極夜」で見せた豪快なギターソロはその真骨頂とも言える。寡黙なたけお(B)も緩急の効いたベースラインを太く躍動的に鳴らし、楽曲をよりドラマチックにドライブする。1曲を演奏していても3つの物語が3人それぞれから同時に飛び出してくるようで、その乱反射が楽曲をより鮮やかに彩っていた。
ひとみが「パーティーらしく騒げる曲があたらよにあるのかという感じなんですが(笑)、心の中はパーティーのようにわくわくするようなライブにしていければと思います」と告げると、ポップな楽曲を集めたセクションへ。ポップパンクのテイストを織り交ぜた「届く、未来へ」は風通しのいいサウンドでフロアを揺らし、「雪冴ゆる」ではまーしーの歌心のあるギターがポジティブに響く。「悲しいラブソング」では恋の痛みと可憐さ、「ただ好きと言えたら」では90年代ライクなメロディが煌びやかに広がり、観客もその心地よさに導かれるように心を解放していった。
観客とコミュニケーションを取りながら朗らかな空気感を作ると、ひとみが「皆さん、思い出す記憶の準備はできていますか? このブロックではぜひ、皆さんそれぞれの『季億の箱』を探りながら聴いていただけたらうれしいです」と呼び掛け、バラードやミドルナンバーを披露する。「今夜2人だけのダンスを」では大人びたムードで包み込み、歌詞に綴られた言葉一つひとつに潤いを宿すような歌声もじっくりと染み入る。「10月無口な君を忘れる」では悲しみを丁寧に歌と音に落とし込み、その空気感を保ったままなだれ込んだ「憂い桜」は、桜がはらはらと散る情景を投影した演奏と、歌が映し出す切ない心象が溶け合う様子が眩しい。梅雨、秋、春と、音楽でもって様々な記憶のなかの季節を飛び越えてゆく。そして「8.8」で季節は夏へ。遠い夏の日に思いを馳せるようにどこまでも伸びてゆくひとみの歌声を聴いていると、大切に思っていたのに疎遠になってしまった人々の姿が蜃気楼のように浮かび上がってきた。時間に追われるなかで少しずつ朧げになっていく記憶を、あたらよの歌と音がつなぎとめてくれるような気がした。
「お互い悔いのないように、最後の最後までよろしくお願いします」とひとみが言うと、「また夏を追う」で記憶に負った傷を優しく撫でるようなやわらかい音像で会場を満たす。「交差点」のアウトロで巻き起こったシンガロングから、サポートドラマーを含む楽器隊3人でソロ回しを披露すると、ひとみが「なかなかやったことないことをやってみたんだ。どうだった?」と観客に向かって満面の笑みを浮かべた。会場の一体感とテンションが最高潮に達したなか突入した「空蒼いまま」は、観客のコールに「何回聴いてもすごくいい!」と感激するひとみ、己を解放するように思う存分ロックにかき鳴らす楽器隊、ジャンプで応える観客たち、誰もがもれなくきらめいていた。
アンコールでは「夏霞」と「夏が来るたび」の2曲を披露し、秋が近づく9月下旬の夜を瑞々しい夏の残像で染めるように、爽やかにライブを締めくくる。最後にステージの背景に3人の手書きメッセージが映し出され、名残惜しそうにメンバーは前列の観客とハイタッチをし、笑顔で手を振りながらステージを後にした。
アルバムの世界を抜け出して、3人が自由に飛び回りながら観客と音楽を通じて楽しむ様子が終始印象的だった。ひとみがMCで、メンバーとスタジオでこの日のリハをしていたときに“これが仕事なんだ”と思ったらうれしくて仕方がなかったと明かし、そんなひとみをまーしーとたけおもあたたかく見守っていたが、この日はその純粋な気持ちがそのまま飾らずに表れていたと思う。ライブを重ねていくなかで、“悲しみをたべて育つバンド”は悲しみ以外もエネルギーにできるバンドに進化したのだろう。パーティーという言葉に相応しいワンマンライヴを経て11月に広島、福岡、東京で開催される<あたらよ3rd tour ”季億の箱”アルバムリリースツアー in「初めての土地編」>は、また趣向の違う物語を届けてくれるに違いない。それだけ3人は今、全身で音楽を満喫しているのだ。
取材・文◎沖さやこ
セットリスト
2.僕らはそれを愛と呼んだ
3.差異
4.極夜
5.届く、未来へ
6.雪冴ゆる
7.悲しいラブソング
8.ただ好きと言えたら
9.今夜2人だけのダンスを
10.10月無口な君を忘れる
11.憂い桜
12.8.8
13.また夏を追う
14.交差点
15.空蒼いまま
en1.夏霞
en2.夏が来るたび
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