【コラム】Anonymouz、新たな門出を迎えたwacci橋口洋平提供曲「レッスン」に“不在の在”との対話

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2020年に素顔と名前を伏せた状態でシンガーとしてデビューしたAnonymouz (アノニムーズ)は、今年7月、初めて素顔を出した状態でのライブを渋谷WWWで開催した。そのライブ直後に公開された新しいアーティスト写真、そして、配信リリースされた新曲「レッスン」のミュージックビデオでも、Anonymouzはその素顔を見せている。「anonymous」、つまり「匿名」という言葉が由来であろうアーティスト名や、デビューEPに冠された『NO NAME』というタイトルのことを考えれば、Anonymouzにとって、「匿名であること」「誰でもないこと」は、その活動における大きなこだわりだったのだろう。しかしながら、ここでAnonymouzは「顔を出す」という大きな決断をした。この決断について、本人は以下のコメントを出している。

  ◆  ◆  ◆

大好きな歌を歌う時ぐらい縛られたくなかった。
周りの人につけられた沢山のラベルが私を変えていく気がして怖かった。
だから全てを一度まっさらにして旅に出た。
匿名性に守られ、軽くなった身体は今までで一番自分らしかった。
名前を失って初めて自由になれた。
旅のなか、出逢えた皆んなに沢山の愛と光をもらって、
怖いものが少しずつ減っていった。

結局人にもらったラベルを自分の首にかけていくかは自分次第。
色々な自分がいて良くて、「名前がない」ことが私の個性だと思えるようになった。
音楽は人を励まし、慰め、癒し、力を与えるもの。
そんな音楽をさらに裸になって届けたい。
もっと皆んなに近づいて目を見て、私から1人1人へ直に愛を贈りたい。
もう守られなくても大丈夫。

  ◆  ◆  ◆

言葉の隅々にまで強い意志がみなぎるような、この素晴らしいコメントを読んだ時、Anonymouzの新たな門出を飾る新曲「レッスン」の作詞作曲がwacciの橋口洋平であることに、運命めいたものを感じた。何故なら、wacciの昨年の大ヒット曲「恋だろ」で歌われていたのはまさに、世間から張り付けられるあらゆるレッテルを引き剝がしながら、「自分は何者か?」という本質的な問いに猪突猛進する主人公の姿だったからである。

  ◆  ◆  ◆

性別も年齢も 家柄も国籍も 外見も年収も 過去も何もかも全部
関係ないのが恋だろ 乗り越えられんのが恋だろ
誰に断るでもなく 勝手に 今日もただ君が好き
今日もただ君が好き(wacci「恋だろ」)

  ◆  ◆  ◆

この「恋だろ」について、私は以前、次のように書いた。「『私は何者か?』『あなたは何者か?』── そんな問いを交わし、お互いに説明と言い訳を繰り返しながら、人と人が様子を伺い、嫉妬し、安堵し、疎外し合う。貼りつけられたひとつのレッテルで、人が人を簡単に傷つける。そうやって回る世の中の姿が、この曲の前提にはある。しかし、曲の主人公は、自らが何者であるのか、世間に向けて並べたてる文字も数字も必要としていない。想う相手が何者であるかを語る言葉も同様だ。ひとえに『恋』に帰属するこの主人公が必要とするのは、自らの本当の想いに輪郭を与えてくれる言葉だけである。『あなたは何者か?』と問われたとき、この主人公はこう答えるかもしれない。『私は恋をしている人間だ』と。天国も地獄も受け入れた表情で」

Anonymouzもきっと、この曲に描かれた主人公の姿に感じるものがあったのだろう。音楽活動を開始した当初からYouTubeにカバー動画をアップしてきたAnonymouzは、この「恋だろ」の英語訳詞によるカバーを、今年YouTubeに上げている。Anonymouzの歌声と英訳詞は、この曲に「ラブソング」という以上の、「生きることの歌」としての大らかさと包容力を与えている。

そして、件の「レッスン」。じんわりと、切なさとあたたかさが伝わってくるような1曲である。トランペットも音色も印象的なポップサウンドだが、大仰な派手さには振り切らず、あくまでもAnonymouzの歌を中心に、人ひとり分の体温を伝えるような親密さがある。新たな門出の歌に、この繊細な1曲を選んだところに、Anonymouzらしさがあるのだろう。


歌われるのは、「不在の在」との対話、とでも言おうか。主人公は、もう隣にいないかつての恋人のことを思いながら、もう触れることはできないけれど、自分の中にたしかに残り続けるぬくもりを感じている。消えることのない悲しみを感じながら、それでも、自分が与えられたものを、自分は何に守られてきたか?ということを、その記憶を頼りに、じっくりと感じている。「期待を持たせないように 僕がちゃんとわかるように/さよならを伝えてくれた 君の優しさは見事だった」という歌い出しが見事だ。別れを曖昧なものにはせず、「さよなら」をしっかりと告げることの強さと優しさ。何も「なかったこと」にしなかったかつての恋人の強さが、曲の主人公に、痛みを抱いてでも生きていく理由を与えている。

ちなみに、この「レッスン」、作詞作曲は橋口だが、Anonymouzから橋口に、歌いたい関係性やキャラクター像の提案があったそうだ。何故、Anonymouzの歌声はこんなにも儚くて優しいのか?── そのヒントが、この「レッスン」には刻まれているのかもしれない。

文:天野史彬

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Digital Single 「レッスン」


7月18日(火)リリース
作詞・作曲:wacci 橋口洋平
STREAMING/DL:https://anonymouz.lnk.to/lesson

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