【コラム】水野良樹のプロジェクト“HIROBA”、多岐にわたるモノづくりが伝える編集者のような視点

ポスト


HIROBAの初のアルバム『HIROBA』が2月15日にリリースされた。HIROBAとは、いきものがかりのソングライター・水野良樹が、2019年にスタートさせたプロジェクト。HIROBA初の楽曲として2019年4月に発表した「YOU (with 小田和正)」「I」から最新曲「ふたたび (with 大塚 愛)」「ただ いま (with 橋本愛)」まで全13曲を網羅したアルバム『HIROBA』、そして3月18日に開催される初のライブイベント<HIROBA FES 2022×2023 –FINALE! UTAI×BA−>は、4年間の活動の集大成と言えるだろう。


HIROBAはこれまで、音楽家、小説家、俳優、芸人、アナウンサーなど様々な領域で活躍するクリエイター・表現者とともにモノづくりを行ってきた。アウトプットは音楽のみならず、YouTubeでの対談、小説制作、noteでのエッセイ連載など多岐にわたる。特に、5人の作家(小説家、作詩家)と5人の歌い手(シンガー、俳優)、5人の音楽家(作曲家、サウンドプロデューサー)のコラボから生まれた5つの楽曲と5つの小説を収録、2021年10月に書籍+CD形式でリリースされた『OTOGIBANASHI』は類を見ない試みとなった。







創作にあたって水野が声を掛けるのは、元々親交があり信頼していた人のみならず、関わりが深かったわけではないが作品に触れる中でリスペクトしていた人、未経験でも何か光るものを持っている人にまで及ぶ。各人にオファーした経緯は、HIROBA公式noteに掲載されているライナーノーツ的な文章や、各メディアでのインタビューで語られている。ここでは2つの例をピックアップしよう。

アルバムで唯一の男女二声によるデュエットソング「ふたたび」。この曲に作詞・作曲・歌唱で参加した大塚 愛は、オファーを受けた当時、「一度ものづくりを休みたいな」と思っていたという。会話の中で大塚からそういった想いを聞いていた水野は、J-POPの世界で戦ってきた同志として共感したものの、「でもやっぱり『作る人でしょう!?』っていう気持ちもあった」のだそう。「それがよみがえってほしいし、そこに貢献できるかもしれないという気持ちもありました」と、オファーの経緯について明かしている(※1)。また、「ただ いま」で歌唱・作詞を担当した橋本愛は、同曲で作詞に初挑戦した。水野と橋本は2022年4月にNHK『言葉にできない、そんな夜。』で共演していて、水野は番組でのトークを通じて、橋本の言葉に対する鋭い感性を感じ取ったという。「ただ いま」の歌詞の第一稿を受け取った時の感想は「やっぱ書けるじゃん!」(※2)。橋本へのオファーにも「あなたは作る人でしょう?」という、問いかけが含まれていたことがうかがえる。

▲大塚 愛

▲左から橋本愛、水野良樹



相手が持っているものを面白がり、敬意とともに「次はこんなことをしてみては?」と提案し、何か新しいものを引き出そうとする。HIROBAでの水野は、自らも曲を書きながら、同時に編集者のように立ち回っているようだ。個人の才能をクロスさせながら複数人でものづくりを行えば、創作物を媒介して相手が発した言語を「こういうことだろうか?」と解釈し、そこに自分の表現を重ね合わせるような瞬間も多く発生するだろう。そういったやりとりを通じて、一人では辿り着けなかったであろうポイントへの到達を試みる。つまり、ジャンルや世代を超えた様々な人々が出会い、繋がり、共創し、モノやコトを生み出す、楽しい“場”となれることを目指す── HIROBAという名前には、そのような意味が込められているという。同じ目標のために共に活動するアーティストの集団・アートコレクティブともまた違う。HIROBAは、人と人が交わることで、個人の枠組みを越えた何かが立ち上がる現象そのものを重視していることが、過去のインタビュー(※3)での水野の発言からもうかがえる。自身が作曲を担当した橋本との「ただ いま」制作を振り返っての発言だ。

  ◆  ◆  ◆

「もちろん、いいものにしたい気持ちはあるし、そのために頑張るんだけど、ある瞬間、自分たちではコントロールができないものに委ねる時がふと訪れるんですよ。だから、橋本さんと一生懸命やりとりを重ねている時も、どこかで『いいところに収まるだろうな』と、諦めのような信頼のようなものを感じていました」

  ◆  ◆  ◆

また、水野は、2021年11月刊行のエッセイ集『犬は歌わないけれど』で、「「限り」を越えられないだろうか。なぜ歌をつくっているのかと自分自身を問い詰めれば、たどりつくのはそんな言葉だ」と綴っている。同書における“限り”とは、人はやがて死んでしまうという命の“限り”であり、自分と他者は違う存在で、精神的にも肉体的にも隔てられているという“限り”。作り手一人ひとりが見ている景色はそれぞれ異なるが、それでも互いに見えているものを重ね合わせながら、誰かの命が絶えたとしてもこの世界に残り続ける物語を紡ぐ。それは、まさに“限り”を越えんとする営みだ。

そしてアルバム『HIROBA』を再生すれば、私たちリスナーは、物語の豊かな広がりを感じ取るとともに、自分自身の“限り”から解放されるような感覚を味わえることだろう。例えば、作詞:皆川博子、作曲:水野良樹、編曲:世武裕子、歌唱:吉澤嘉代子という座組による「哀歌」。荘厳と静謐が同居するこの音世界に触れた時、あなたはどんな物語を想像するだろうか。普段音楽制作を行っていない人も参加しているアルバムだからか、歌詞の言葉選び、楽曲構成、サウンドプロダクトなどにおいてJ-POP界の暗黙のルールからあっさり外れていく瞬間も多く、そういったアプローチも想像力を刺激してくれる。

▲アルバム『HIROBA』ジャケット

一人称をタイトルに据えた「I」は、アルバムで唯一、水野一人で作詞・作曲・歌唱を行った曲だ。この曲では、HIROBAの理念に深く関わる水野の想いが、彼自身の声で歌われている。世界がどんどん広がっていくようなイメージの浮かぶアルバムの中で、紙を押さえる文鎮のように、中盤に配置されたパーソナルな楽曲が効果的に機能している。そして「YOU」~「星屑のバトン」によって、アルバムと聴き手の生活を繋ぐラストも印象深い。ここにある音楽は、あなた自身のバックグラウンドから立ち上がる物語と重なることで、さらに特別な意味を伴うはずだ。楽曲自身もきっとそれを望んでいる。

参照
※1 https://realsound.jp/2023/02/post-1251826.html
※2 https://realsound.jp/2023/02/post-1257591.html
※3 https://brutus.jp/aihashimoto_yoshikimizuno_hiroba

文:蜂須賀ちなみ

  ◆  ◆  ◆

<HIROBA FES 2022×2023 –FINALE! UTAI×BA−>

日程:2023年03月18日(土)開場16:30 / 開演17:30
会場:LINE CUBE SHIBUYA(〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町1−1)

出演者(50音順)
伊藤沙莉 大塚 愛 亀田誠治 崎山蒼志 世武裕子 橋本愛 長谷川白紙 水野良樹(HIROBA) 横山だいすけ 吉澤嘉代子 Little Glee Monster

チケット料金
7,980円 (税込)
※全席指定・電子チケット
主催・企画 HIROBA、MOAI
制作 Intergroove Productions Inc.
後援 EPICレコードジャパン、FIREBUG
特別協賛 Amazon Music
運営協力 SOGO TOKYO

■券売スケジュール
<一般発売>
・販売開始:2023年03月04日(土)10:00予定
詳細はこちら:https://hiroba.tokyo/fes22-23/

フルアルバム『HIROBA』

●初回仕様限定盤[CD+BD]
ESCL-5728~9 ¥4,180(税込)
・三方背スリーブケース仕様 (初回仕様のみ)
■ご購入はこちらから:https://erj.lnk.to/Hdz67a 

●収録内容
[Disc1:CD]
01.ただ いま (with 橋本愛)
02.透明稼業 (feat. 最果タヒ, 崎山蒼志 & 長谷川白紙)
03.哀歌 (feat. 皆川博子, 吉澤嘉代子 & 世武裕子)
04.光る野原 (feat. 彩瀬まる, 伊藤沙莉 & 横山裕章)
05.ふたたび (with 大塚 愛)
06.幸せのままで、死んでくれ
07.僕は君を問わない (with 高橋 優)
08.ステラ2021 (feat. 重松清, 柄本佑 & トオミヨウ)
09.I
10.南極に咲く花へ (feat. 宮内悠介, 坂本真綾 & 江口亮)
11.凪 (with 高橋優)
12.YOU (with 小田和正)
13.星屑のバトン

[Disc2:Blu-ray]
01.ただ いま (with 橋本愛) Music Video
02.ふたたび (with 大塚 愛) Music Video
03.Making of HIROBA SONGS

この記事をポスト

この記事の関連情報