【インタビュー】SLIDE MONSTERS 中川英二郎、無限の音の可能性を紡ぎ出す4つのトロンボーン
■クラシックの曲もジャズの人がやってみたというレベルじゃなくて
■深いところまで音楽を持っていけるのが自分たちのやるべきこと
──そして今回、およそ3年半振りにリリースされるのがセカンドアルバムの『Travelers』。これは実は、2年前にすでに録音を終えていたそうですね。
中川:そうなんです。2020年にツアーをするために、パンデミック直前の1月2日にニューヨークに出発して録っていたもので、2か月ぐらいずれていたらいまだに録れてないというぐらい、ラッキーでした。
──1stアルバムと比べると、オリジナル曲もぐっと増えましたし、さらに世界が広がったように感じました。
中川:1枚目の録音の時は、リハーサルを経て録音する予定だったのが、STORM(嵐)でブラントがオランダから来れなくて、初顔合わせがいきなりレコーディングの初日みたいな感じになってしまったんですよ。結果、録ることができたんですけど、その時はまだメンバー全員の音を意識できなかったというか、トロンボーンの音だけをイメージして譜面を書いていた感じだったんですね。でも今回作ったアルバムは一人一人の顔が見える状態で、その人の音楽性とか、どういうことをやったら彼が生きるのか?とか、自分も含めて4人に対して当て書きをしていることと、前回とは違ったもの、あるいは前回すごく良かったものを踏襲して、という思考錯誤をしながら作っていったので、今回みたいなアルバムになったんですね。けっこうリズミックなものが多いと思います。
──1曲目、タイトルチューンの「Travelers」は英二郎さんの作曲です。どんなイメージで書いた曲ですか。
中川:僕の場合はいつもそうなんですけど、曲ができあがってからタイトルをつけるんです。モチーフみたいなものが出てきて、曲を書いてから、あらためて自分で聴いて、そこで出てくる映像が中東というかアジアというか、音階としては五音音階みたいなもので、それがちょうど中東のようなエリアに旅をしているような感じがしたので『Travelers』というタイトルをつけたんです。
──曲タイトルとしても、グループの姿勢としても、ぴったりなんじゃないですか。Travelers=旅人というのは。
中川:自分もそうやって音楽で旅をするということがすごく好きで、映画音楽や、音から映像を想像させてくれるような音楽が好きで、そういう曲をアルバムにも入れたいと思っていたので、これはその一つですね。音楽の中で景色がどんどん変わっていくように、グルーヴが変わっていった方がいろいろなところに行けるし、想像力をかきたてるので、そういう作り方をしています。
──そして、カバー曲も必聴です。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲「ラズモフスキー第3番」が本当に素晴らしかったんですけど、これは誰の発案ですか。
中川:僕です。2020年がベートーヴェンの生誕250周年イヤーで、それもあって入れたんですけど、リリースとコンサートが延期になってしまって、イヤーではなくなってしまいましたが(笑)。もともとクラシックのカバーをやるのであれば、知ってる曲をアレンジするのではなくて、新しい挑戦をしてみたいと思っていたので、この曲を選びました。キャッチーなメロディですけど、4人が4人ともテクニックが必要な曲で、もともと弦楽四重奏なので息継ぎとか音域とかいろんな部分でトリッキーになるんですけど、この4人だったら絶対良いし、ホールでやったらすごく気持ち良いんじゃないかと想像して、まずレコーディングでやってみました。ライブでできるかどうかはちょっとわからないんですけど。
▲マーシャル・ジルクス
▲ブラント・アテマ
──ぜひやってほしいです。弦楽四重奏が、基本のメロディや構成を変えないままでトロンボーン四重奏に変貌することに驚いて、感動しました。
中川:どうしてもテクニカルな部分でけっこう無理があるので、挑戦という感じになるんですよね。でもこういう曲を僕たちがやることで、若い子たちが真似してやってみたりとか、底辺の向上にもつながるし、自分たちの挑戦の一つとしてクラシックの曲もやりたいので、良かったと思います。クラシックプレイヤーがジャズをやってみた、という中途半端な感じじゃなくて、完全にジャズプレイヤーと互角にわたりあって、クラシックの曲も、ジャズの人がやってみたというレベルじゃなくて、深いところまで音楽を持っていけるのが、自分たちがやりたいことだし、やるべきことだと思っているので。いつもそれを意識しながら、選曲も含めて考えるようにしています。
──あともう1曲、ジャズのカバーはジャコ・パストリアス「リバティ・シティ」。これも素晴らしかったです。
中川:これも僕がやりたいと言いました。だいたいいつもCDを作る時はコンサートを想定して、「こういう曲があったら楽しいな」とか「これをやったら深いところに行けるな」とか、考えて構成していくんですけど、アルバムの中にこういう曲があればステージでも楽しめるし、実際ライブの時には吹きまくってやればいいかなと思います。もともとビッグバンド用のアレンジを4人のアレンジにしてるので、音域がすごい大変なんですけど、この曲はライブで楽しめると思いますね。
──間違いないです。ジャコ、前からお好きですか。
中川:僕はドラムとベースが大好きなので、ジャコも大好きです。よく一人で「チキン」を吹いていますよ。ジャコはリズミックでグルーヴィーなプレイヤーだし、なんといっても曲がすごく良くて、特に「リバティ・シティ」はハーモニーが非常に複雑なんですけど、とてもスムースに聴こえる。こういう曲が自分では書けないところですね。だからこの曲に関しては、カバーして自分の体に取り入れるという気持ちが大きいかもしれない。
──『Travelers』は、トロンボーンの魅力、クラシックとジャズの魅力、様々な入口になれるアルバムだと思います。そして最後にあらためて、日本ツアーへの抱負を聞かせてください。9月3日の広島県三原市から、17日の埼玉・所沢市まで、全国9か所を駆け抜けるツアーです。
中川:一か所、とんでもない場所が入ってますけどね。東京が。
──そうなんです。9月6日の東京公演は「CLUB GIG SET」と題して、ライブハウスで開催されます。場所は渋谷WWW X。
中川:これは、そこにいるスタッフが「やりませんか?」と言ったので(笑)。「オールスタンディングで行きます」と言うので、大丈夫?と思ったんですけど、せっかくだったらその場に似合う音楽にしたいし、完全にクラブジャズのようにはできないですけど、去年やった<Hitori Monsters>という配信ライブを少し再現できたらいいなとは思っています。ほかのホール公演とは違うものも入れて、楽しめるといいですね。照明も入って、マイクも入って、音楽の聴こえ方が変わって来るかもしれないです。
▲中川英二郎<Hitori Monsters>
──あと、9月8日の神奈川公演では、ワークショップもあります。これは通常のコンサートではなくてプレイヤーのためのイベントということですか。
中川:そうです。前回のツアーでもやったんですけど、(観客の)だいたい半分以上はプレイヤーだったので、その人たちに向けて我々の手の内を見せようという感じです。彼ら(ジョー、マーシャル、ブラント)が一緒に来て講座を開くことはなかなかないし、しかもジャズメンとクラシック奏者がいるという変わった現場なので、せっかくだったら演奏家の人たちと時間を共有して、質問をもらったり、一緒に吹いたり、そういう時間にしようかなと思っています。
──素晴らしい機会ですね。
中川:トロンボーンという楽器は、ピアノやヴァイオリンのように、そこに特化した先生がいる楽器ではなくて、プレイヤーが教えるものなんですね。それほど人口は多くないので。今回は2時間とか3時間とか、短い時間ですけど、その中で少しでもいいから何かを持って帰ってもらえたらいいなということです。
──それも含めて、全10公演。楽しいツアーになりそうです。
中川:ツアー中ずっと一緒にいると、楽屋でも馬鹿話をして、ステージでもいろんな話をして、本当に楽しいんですね。メンバー3人もすごい楽しみにしてくれていて、日本はご飯もおいしいし、お客さんもすごく熱いし、日本に来れることがうれしいと言っています。ブラントは前回が初来日だったのかな、2回目だったのかな。前回のツアーが終わったあと、燃え尽き症候群になったってみんな言っていたんですけど、それくらい集中していたし、楽しかったという思い出があるので、今回のツアーは2回延期になって、「今年はできるかな?」って半年ぐらい前からそわそわしていて、3か月、2か月前になって「今年は行けそうだね」ということになって、今は火がついて盛り上がってる感じです。
──ファンを代表して、本当に楽しみにしています。
中川:こちらも本当に楽しみにしています。僕としては、トロンボーンのファンの人たちはもちろんですけど、音楽が好きな人たち、トロンボーンってちゃんと聴いたことないという人たちでも、一回でいいから聴いてほしくて、そしたらブラスがこんなに楽しいものなんだということがわかると思うので。一般の人たちも、クラシックファン、ジャズファンも足を運んでくれたらいいなと思っています。ぜひよろしくお願いします。
取材・文:宮本英夫
リリース情報
8/17 デジタル配信開始
https://orcd.co/slidemonsters_travelers
9/3 CD発売(Amazon先行販売中)
https://linktr.ee/slidemonsters_travelers
1 Travelers / Eijiro Nakagawa
2 Secret Gate / Eijiro Nakagawa
3 String Quartet No.9 “Razumovsky” / L.V. Beethoven
4 Cora’s Tune / Marshall Gilkes
5 Monster’s Tango / Kotaro Nakagawa
6 Bare / Marshall Gilkes
7 Escher’s Vision / Toshio Miki
8 Masamune / Eijiro Nakagawa
9 Liberty City / Jaco Pastorius
¥3,300(税込)
発売元:EN RECORDS
ライブ・イベント情報
【広島公演】
2022年9月3日(土)
開演 14:00(開場13:00)
会場 : 三原市芸術文化センターポポロ
【名古屋公演】【追加公演】
2022年9月4日(日)
開演 14:00(開場 13:00)
会場 : 三井住友海上しらかわホール
【東京公演】【追加公演】
<CLUB GIG SET>
2022年9月6日(火)
開演 19:00(開場 18:00)
会場 : Shibuya WWW X
【神奈川公演】
2022年9月9日(金)
開演 19:00(開場18:00)
会場 : ミューザ川崎シンフォニーホール
【岩手公演】
2022年9月10日(土)
開演 15:00(開場14:00)
会場 : キャラホール 大ホール
【福岡公演】
2022年9月11日(日)【追加公演】
開演 14:00(開場 13:00)
会場 : 電気ビルみらいホール
【大阪公演】
2022年9月13日(火)【追加公演】
開演 19:00(開場 18:00)
会場 : サンケイホールブリーゼ
【高知公演】
2022年9月16日(金)
開演19:00(開場18:00)
会場 : 高知県立県民文化ホール オレンジホール
【埼玉公演】
2022年9月17日(土)
開演 17:00(開場16:00)
会場 : 所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール
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