【ライブレポート】泣き虫、“ふたりきり”になれる居心地の良さ
気心知れた仲間との遊び場のような、健全なコミュニケーションが成り立つ安心感に包まれたライヴだった。シンガーソングライター・泣き虫の約9ヶ月振りとなる単独公演<曇天の霹靂。>。東京は前回のワンマンツアー<東京驚異。>と同じく東京・LIQUIDROOMで開催された。
◆ライブ写真
<東京驚異。>ではサポートメンバーの前にLEDパネルが置かれ、前衛的な映像やライティング演出で楽曲の世界を拡張していたが、今回はそれらをなくしたシンプルなステージを展開した。1曲目は「からくりドール。」。最初の一音から気合いの入った演奏で魅せ、曲終わりの“よろしく!”という威勢のいい掛け声からもその心意気が伝わってくる。
立つタイミングを失ったのか座席に腰かけていたままの観客たちも、「全然立ってもいいんすよ!」と笑う彼につられて、笑顔で立ち上がった。泣き虫はステージの上でも、自分のホームを訪ねてきたひとりをもてなすようなフランクな空気を身にまとっている。特にこの日は照れくさそうな雰囲気もなかった。きっと彼も、この日を待ちわびてきたのだろう。喜びが緊張を優に凌駕しているように見えた。
逆光を巧みに操った照明演出がスリリングな「トーキョーワンダー。」では気だるさと気迫がない交ぜになったサウンドスケープでも魅了し、「Shake it Now.」はバンドのグルーヴに身を任せながら全身で歌を繰り出す。序盤3曲でパンチの効いた楽曲を届けると、ポップネスとロック的なアプローチが融合した「心配性。」を境にソフトな楽曲のセクションへ。泣き虫は間奏でアコギを演奏しながらメンバーを見渡したり、楽器隊も音源からアレンジを要所要所で加えたりなど、ライヴならではの新しい色を楽曲へと吹き込んでいく。
同期とバンドサウンドを両立させながら、音でもって物語を作っていくステージ。オリジナルアレンジが随所で施された「Hello/Hello」のセルフカヴァーでは、泣き虫が曲中に「ありがとう」「最高ですね」と観客に語り掛ける。この日の彼は、何度も感謝を口にしていたのが印象的だった。それはしっかり伝えようとしていたものというより、意識せずとも零れてしまうものと言っていいかもしれない。観客もそれに拍手やクラップ、仕草で応え、その様子は気の合う友人同士の会話のように自然だった。
普段は壮大な世界観で包み込む「くしゃくしゃ。」などのバラードも、この日は泣き虫やバンドの現在のグルーヴが前に出ているように受け取れた。「大迷惑星。」で5人の音が滲んでひとつの色になっていくと、曲のなかへと静かに深く潜っていくような感覚が全身に行きわたる。映像の中などの誰かの物語を見ているのではなく、泣き虫と自分の間に生まれた空間とでも言おうか。自分の心の奥だけがじっくりとぬくもりとメランコリーで満たされていくような、パーソナルな感覚があったのだ。
続いてはアコースティックセクションへ。まずは「ネモネア。」をキーボードのWataru Satoとの2人編成で披露する。泣き虫は歌詞を思い出せなかった箇所をハミングで誤魔化し、それに耐え切れず自分から笑ってしまうというシーンも。だがそんな反応も、どんな時も自分のスタンスを崩さない、つまり嘘をつかない彼らしいし、そこですぐ切り返して曲に集中するといううろたえない様子も頼もしい。ピアノの音色に身を任せながら歌う様子も美しく、思い出を蘇らせるような優しく感傷的な歌声に会場が陶酔した。
「寝れない電話のうた。」と未発表曲「レモネード。」は単身弾き語り。会場の静寂をも曲にしていくように、静かに音を鳴らしていく。どちらの楽曲もひとりぼっちのふたりのふたりきりの空間を切り取っていて、なんだかふたりだけの秘密を共有しているような気持ちになった。ふたりきりになれる場所を作ってくれるから、彼の音楽は居心地がいいのかもしれない。澄んだギターストロークを聴きながらそんなことを思った。
バンドメンバーが再びステージに戻ってくると、泣き虫が「ここから一気に畳みかけて一気に終わっちゃうんで楽しんでいってください」と呼び掛けて後半戦へ。アンニュイかつエッジの効いた「アブノーマリティー。」、アコギをかき鳴らしてしなやかに全身で感情を吐き出していく「君以外害」、ハンドマイクでリズムに興じる「ケロケ論リー。」、チルなラップ曲「cider」と、楽曲ごと異なる表情を見せていく。
泣き虫の楽曲イメージに共通するのは漠然とした不安や物足りなさ、白黒はっきりしない不安定なムードなど、ツアータイトルのとおり“曇天”だ。だが彼はそんな重苦しい空間を引き受けて、ユーモアでもって軽やかに楽しもうとしている。この日の「9」はまさしくそのスタンスの象徴と言っていいだろう。
途中彼の歌のタイミングが崩れてしまい、彼は「ごめんなさい!! 完全にわたしがやりました! こんなたくましい声、普段出さない! お願いです、もう1回やっていいですか!?」と申告。観客も思わぬアクシデントにテンションが上がっている様子だ。一度仕切り直しをしたからか5人も気持ちが整った様子で、最初よりも爽快感のあるエネルギッシュな音像に。キーボードのWataru Satoも歌詞を口ずさみながら演奏したり、普段は控えめなギターの桑田健吾もクラップを促す。観客もより大きなクラップで歓迎するなど、会場一体に信頼関係が生まれた瞬間だった。
泣き虫は「いつか(観客が)声が出せるようになったらもっと楽しいんだろうな。それまで(音楽活動を)続けていくので、応援よろしくお願いします」と笑い、本編を最新曲「アオイロリムーブ。」で締めくくる。叫びを体現するような歌声と、そこに呼応するバンドの演奏は、土砂降りの雨のような切なさと力強さだった。
アンコールは単身弾き語りで登場。「いろいろあった1日でした(笑)。お詫びでアンコールを1曲増やします」と言い、急遽その場で「カエル。」の追加を決める。彼が「いつかこの曲でコール&レスポンスしたいなあ」と零しながらサビをおさらいしていると、一部の観客が“ハンドアンドレスポンス”をし始めた。これは去年のLIQUIDROOMワンマンで泣き虫が提案したもので、コールアンドレスポンスの声の代わりにクラップで歌のリズムを刻むというくだりだ。
「無理無理無理! だって(バンド編成ではなく)弾き語りですよ?」と言っていた泣き虫だったが、すぐさま「じゃあやっちゃう?」と切り返す。積極的な観客に少々たじろぎながらも、そんな状況を非常に楽しんでいるようだ。観客に問いかけるだけでなく、自分の率直な気持ちを伝えながらハンドアンドレスポンスを行っていく様子も、非常に微笑ましかった。
「最近もう1曲作ったのよ。最後にその曲をやっていいですか?」と言った彼は、「ちょっと悲しめな歌詞なんですけど、歌詞を読んでいたら“離れたくないんだろうなー……”と思いました。これからもよろしくお願いします。そんな意味を込めて歌います」と続ける。そうして届けられた未発表曲「おやすみヘブン」は永遠の別れの曲。名残惜しい気持ちがせつせつと綴られた歌詞と歌に、深い愛情が滲んでいた。歌い切った彼は「また会いましょう。いつか弾き語りのツアーとかしてみたいね。その時は遊びに来てください」と言い、何度も感謝を告げてステージを去った。
彼がいなくなった後のLIQUIDROOMは、友達が帰った後の家のように静かに感じた。それだけ彼が素直な気持ちで目の前にいる観客に向き合い、我々と充実した時間を共有したということだろう。泣き虫の心を今まで以上に近くに感じられる、とても居心地のいいライヴだった。
取材・文◎沖さやこ
写真◎Chiaki Machida
■セットリストプレイリスト
https://nakimushi.lnk.to/DontenNoHekireki
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