【上映会レポート】桑田佳祐、自分の足で歌を届ける音楽人の幸福なドキュメンタリー

4月2日に全国5都市の映画館で開催された、＜桑田佳祐“Documentary of BIG MOUTH, NO GUTS!!”プレミア上映会＞を体験してきた。この映像は、4月6日リリースのライブ映像作品『LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』の“完全生産限定盤”のみに収録される、およそ70分のドキュメンタリーフィルムで、特典映像の枠を超える迫真の映像がたっぷり収録されていると聞いていたが、結論はまさにその言葉通り。全桑田佳祐、全サザンオールスターズファン必見のその中身を、早速紹介しよう。

桑田佳祐としてのツアーはおよそ4年振り、新型コロナの流行以降で初の有観客アリーナツアーとして開催された＜LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」＞は、9月18、19日の宮城セキスイハイムスーパーアリーナを皮切りに、12月30、31日（カウントダウン公演）の横浜アリーナまで、全国10ヶ所20公演を巡る大規模なもの。ドキュメンタリーはツアーのリハーサルから始まり、すべての会場の楽屋とステージでの様々な出来事を記録しながら、サポートミュージシャンやスタッフの生の証言、桑田佳祐自身のツアー中の思いなどを加えながら、ツアーファイナルへ向けて結束力を高めてゆく「チーム桑田佳祐」の栄光を、ドラマチックに捉えてゆく。ドキュメンタリーでありながら結果的に一本のドラマにもなっている、それがこの“Documentary of BIG MOUTH, NO GUTS!!”の大きな魅力だ。

そして、このツアー全体の根底に流れているものは、東日本大震災からコロナ禍に至る大きな災害に対する、音楽人・桑田佳祐の熱い思いだ。初日の会場となった宮城セキスイハイムスーパーアリーナは、2011年9月に開催された＜桑田佳祐「宮城ライブ～明日へのマーチ!!～」＞で、現地から震災復興への力強い歌声をいち早く放った思い出深い場所。コロナ禍に見舞われた今こそ、あの時と同じ場所で未来への希望を発信したいと彼が思ったであろうことは想像に難くない。震災犠牲者への鎮魂と、疫病退散の二つの意味を込めた壮麗な打ち上げ花火のシーンは、このドキュメンタリーの中でも特に印象に残る感動的なシーンになっている。

▲Photo:三上こうへい

もう一つ、ツアー全体に大きな影響を及ぼしているのが、刻々と変化するコロナ感染状況の推移だ。リハーサルを行っていた8月の段階では、収容人数は定員の半分で、開催することすら確信が持てない状況だったのが、ツアー1箇所目となる宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ公演が開催される直前にちょうど宮城県が緊急事態宣言からまん延防止措置に移行。12月4、5日の愛知・日本ガイシホール公演からは、規制緩和と共に収容人数が100%になるなど、徐々に明るい兆しが見えてくる流れの中で、スタッフやミュージシャンとの会話がより活発化し、セットリストや衣装、MCなどがどんどん変わってゆくさまが、フィルムにしっかりと収められている。決まりきった内容の繰り返しではなく、ライブでその日、その時の思いを伝えることが重要で、ある種、システマチックに組み上げられた大ステージでありながらも、日々の感情によって自由に変えられる部分もちゃんとある。それが桑田佳祐のライブだ。

▲Photo:西槇太一

そして、このドキュメンタリー映像で最も重要なポイントは、言うまでもなくライブパフォーマー・桑田佳祐の圧倒的なひらめきと努力だ。セットリストは、ツアー直前にリリースされた6曲入りEP『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』からの楽曲を中心に、「曲が日ごとにアップデートされてゆく」とミュージシャンが証言するように、リハーサル中に曲の長さが伸びてアドリブ部分が増えたり、掛け合いコーラスが付いたり、背後に移す映像のタイミングを変えたりするのは日常茶飯事。歌っている後ろにいるダンサーにも気を配り、ツアー途中で衣装や振付を変えたエピソードなども印象に残る。10月20、21日のマリンメッセ福岡 A館公演からセットリストに加わった「真夜中のダンディー」が、やがてライブの重要なポイントになってゆくさまも、見ていてとてもスリリング。テーマ的には重くて暗い「どん底のブルース」をあえて重要な場面に置き、その時の状況によって歌詞を変えながら、桑田曰く“「歌うワイドショー」のように”真摯なメッセージを伝えてゆくさまも実に圧巻。リハーサルも本番も含め、ステージでのパフォーマンス映像はあまり多くは出てこないが、その一瞬に込めた思いの強さと深さが胸を打つ、いいシーンばかりだ。

さらに、スタッフと共にケータリングの列に並ぶ姿や、常に穏やかな丁寧語で（しかし断固とした意志を込めて）演出の変更を伝える言葉、愛知・日本ガイシホールの舞台袖で中日ドラゴンズのマスコットであるドアラとたわむれるシーンや、大晦日に原由子と共に年越しそばをすする姿など、客席からは見ることのできない、桑田佳祐のパーソナリティをリアルに感じられる印象的なシーンがほかにいくつもある。しかしこれ以上書くとネタバレになって、見る楽しみを減らしてはもったいない。あとはぜひ、その目と耳で確かめてほしい。

▲Photo:西槇太一

ありがとうと言葉で言うよりも、歌で言ったほうが伝わると思う。──そんな言葉をさりげなく放つ、生粋の音楽人・桑田佳祐。ツアー＝旅をするという、ミュージシャンにとって当たり前のことが当たり前ではなくなった時代に、もう一度自分の足で歌を届けに行こうと決めた、これは一人のミュージシャンと、その仲間たちと、その歌を愛するファンたちの幸福なドキュメンタリーだ。

取材・文◎宮本英夫