デンマークの新鋭H.E.R.O.が到達した新境地
3月16日に発売を迎えたH.E.R.O.(ヒーロー)の第3作『オルタネイト・リアリティーズ』が好調な滑り出しをみせている。デンマークで2014年に結成され、これまでに発表してきた『ヒューマニック』(2019年)、『バッド・ブラッド』(2020年)でも新人としては異例といえる好反応を獲得してきた彼ら。第2作もオリコンの調べによる洋楽デイリー・チャートで1位を獲得するという快挙を成し遂げているほどだが、今作ではその実績を上回りそうな勢いだ。
2018年に北欧ラウド系のショウケース・イベントで初来日、また『ヒューマニック』の発売を3ヵ月後に控えた2019年1月にはスラッシュ(正確にはスラッシュ・フィーチュアリング・マイルズ・ケネディ&ザ・コンスピレイターズ)の来日公演のサポート・アクトに抜擢されるなど、ここ日本においてはまずハード・ロック・ファンの前にいち早く紹介されてきた彼らだが、その音楽性は特定のカテゴリーには収まりきらないポピュラリティを持ち合わせたもの。そのデビュー作に収録の「スーパーパワーズ」が2019年4月、国内のラジオ・オンエア・チャート洋楽部門において4週連続で首位を独占している事実にもそれは裏付けられている。
そして今作『オルタネイト・リアリティーズ』を一聴して気付かされるのは、前二作を超えるハードでヘヴィな感触だ。ただ、それはヘヴィ・ロックや今様のメタルへの単純な接近を意味するものではない。バンドのフロントマンであるクリストファー・スティアネは「自分たちとしては前作の時点ですでにハードな方向に何歩か進んでいたつもりだ」としながらも、「パンデミックの真っ只中にのんびり構えてキュートなポップ・ソングを書くことには無理があった」と、コロナ禍での鬱積した想いがそうした変化の一因になったことを認めている。
また、従来以上に彼自身が経てきたパーソナルな体験が歌詞に反映されているのも要因のひとつに数えられそうだ。彼は「自分の中の悪魔に対峙するべき時期だった」という意味深長な発言をしていたりもするが、その言葉が何を意味するのかについては、実際の歌詞や各音楽専門誌に掲載されているインタビュー記事などから探ってみて欲しい。
とにかく重要なのは今作に伴うハード&ヘヴィな感触が、コスチュームや髪型を着替えるような変化によるものではなく、彼ら自身の内面から生じたものだということだろう。そして同様に強調しておきたいのは、いかに深刻な空気感や硬質なエッジを伴っていようと、彼らの楽曲がいずれも高品質なポップ・ソングとして成立しているという稀有な事実についてだ。それはまさしく、彼らが元来持ち合わせているすぐれたメロディ・センスとバランス感覚、そしてクラフトマンシップと呼びたくなるような職人的なこだわりが損なわれていないからこその結果とみるべきだろう。
彼らの音楽が日本でまずハード・ロック系リスナーからの注目と支持を集めたのも、そうした層にグッド・メロディを愛好する人たちが多いからこそだと筆者は考えている。ただ、H.E.R.O.の音楽は「ハード・ロックの枠内にあるメロディックなもの」を嗜好する人たちの支持だけに甘んじるべきものでは決してない。彼らは過去のインタビューでも「何よりも重要なのはグッド・ソング。誤解を恐れずに言えば、ロック・バンドとして認識されること以上に良い曲をやるバンドだと認められることが大事だと思っている」と語っている。
そんな意志を持った彼らの楽曲はジャンルの壁を越えて共鳴を集め得るはずのものだし、実際、この先そうなっていく強い可能性を秘めている。具体的に言うならば、ハード&ヘヴィなロックのリスナー層ばかりではなく、ポップ・フィールド全般に彼らのメロディが届くことを僕は願っている。また、そのモダンなセンスにはBRING ME THE HORIZONなどに心酔する人たちにも響くものがあるはずだし、なにしろ彼らの楽曲の放つ輝きが今日を代表するポップ・スターたちの楽曲のそれと並べても遜色のないものであることは、すでに3年前にこの国のラジオにより実証されているのだ。
楽曲の魅力に加え、クリストファーの歌声の美しさも今作ではいっそう際立っている。ハードなエッジやダークな空気感を伴った楽曲でもメロディ自体が濁らないのは、その歌声のクリアな響きと細部まで神経の行き届いた歌唱の見事さゆえだ。その響きには、敢えて言うなら、彼自身が幼少期に親しんできたマイケル・ジャクソンにも通ずるような繊細さ、年齢や性別さえも超越したかのようなマジカルさがある。
バンド自体の体制の面でも、これまでサポート・ミュージシャンという立場で彼らを支えてきたミューのベーシスト、ヨハン・ウォーラートが今作より正式メンバーとして名を連ねており、すぐにでもパンデミック後の世界に飛び出して行けるような体勢が整えられている。クリスは次のように語っている。
「呼んでくれたなら、すぐにでもそっちに行くよ。日本のファンからの応援なしにパンデミックを乗り越えることはできなかっただろう。今すぐにでも君たちに会いたいし、『オルタネイト・リアリティーズ』は君たちに捧げるよ!」
2020年1月末から2月初頭にかけては初めて日本での単独公演を実現させている彼ら。世界はその直後にパンデミックに陥っている。実際、それ以降ずっと海外アーティストの来日公演から遠ざかっているという音楽ファンは少なくないはずだが、再会の機会到来を待ち焦がれているのはこちらばかりではなく彼らの側にとっても同じことだ。国や地域を問わず例外なく変化が訪れたこの状況は、どこかこのアルバムのタイトルが示唆するような仮想現実、パラレル・ワールドを思わせるものでもある。だが、この作品で彼らが到達した地点は間違いなくリアルなものだし、この楽曲たちが昨今の状況の賜物なのだとすれば、パンデミックがもたらしたのはネガティヴなものばかりではないのではないかとさえ思えてくる。そんな素晴らしい曲の数々を、ライヴ会場で共有できる日の到来を待ちたいものである。
文◎増田勇一
『オルタネイト・リアリティーズ』
CD+DVD日本盤ボーナストラック収録2曲収録 解説・歌詞対訳付き
1.グラヴィティ
2.リード・ザ・ブラインド
3.ネヴァー・ビー・ザ・セイム
4.オキシゲン
5.メイド・トゥー・ビー・ブロークン
6.パーソナル
7.シニカル
8.モンスター
9.ブリング・ミー・バック・トゥ・ライフ
10.ヘヴィー・ハート
11.ホープレス ※日本盤ボーナストラック
12.イズ・イット・ミー・ユーアー・ルッキング・フォー ※日本盤ボーナストラック
1.アイ・ホープ・ディス・チェンジズ・エヴリシング
2.アヴァランチ
3.ディス・ミーンズ・ウォー
4.ハイアー
5.ディザイア
6.デンジャラス
7.フォール・アパート・トゥギャザー
8.ワイルド | Wild
9.メイド・トゥー・ビー・ブロークン
10.バッド・ブラッド
11.フィアー | Fear
12.モーションレス
13.ブレイク・ユー・ダウン
14.リッスン | Listen
15.フォール・アンド・フェイド
16.スーパーパワーズ
◆『オルタネイト・リアリティーズ』配信・購入リンク
◆H.E.R.O.レーベルサイト