【インタビュー】ヒグチアイ、「普通というものの面白さを歌にしたい」
2021年、移籍第1弾となるシングル「縁」をリリースし、また同年9月から“働く女性”をテーマに3ヶ月連続で「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」を配信リリースしてきたヒグチアイ。
その歌は、何気ない自分の人生にもスポットを当て、心を語り、寄り添ってくれる“私”の音楽として多くのリスナーを生み、また2022年1月からスタートしたテレビアニメ『進撃の巨人 The Final Season Part2』では「悪魔の子」がエンディングテーマに抜擢され、作品世界の根底に激しく流れる感情をすくい取った歌、存在感のあるヴォーカルで国内のみならず海外でもアニメファンを通じてチャートインした。
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そんな多くの反響の余韻があるなか、移籍第1弾アルバム『最悪最愛』がリリースとなった。タイトルからは、ハードで激しい印象を受けるかもしれない。しかしここで鳴っているのは、今ある日々や生活、人生が愛おしく思えてくる、温かさだろう。感情の絡まりやペーソスももちろん描かれ、痛みの琴線にも触れるが、同時にその痛みをはねのけるしなやかさもある。
「悲しい歌がある理由」でも描かれた、成長の傷跡やタフさが、様々な曲で、サウンドで描かれている。ピアノに向かい、その存在理由を徹底して掘り下げ、人生を問うような作品から、よりその日の風をまとっていまを慈しむような作品にもなっていると感じる。いま、シンガーソングライター・ヒグチアイはどのような思いで音楽を奏でているのか。作品に込めた思いを聞いた。
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■自分の中にあるものをそのまま出すということをやめました
──アニメ『進撃の巨人 The Final Sason Part2』のエンディングテーマ「悪魔の子」が、国内外で大きな反響を呼んでいますね。
ヒグチアイ:ありがたいことですね。ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマの「縁」のときも、いろんな反響はありましたけど。全然音楽には興味がないような人からも連絡がきたりすると、みんなアニメを観ているんだなって。自分が思っている以上にみんなが興味あることなんだっていうことを知りますね。そういう、自分の軸みたいなものがズレていることも改めて判明しました(笑)。
──アニメのエンディングテーマということで、「悪魔の子」はどのように作っていきましたか。
ヒグチアイ:元々原作も好きでしたけど、分析するような気持ちでは読んでいなかったので、とにかく改めて原作を読んで、どういう話でどういうことを言いたいのか、そこからもっと細かく読み込んで、ひとつひとつのこれはどこにかかっているのか、どこに繋がっているのかみたいなことを考えながら、ひとつの言葉や何回も出てくる言葉を書き出したりしましたね。
──これまでのヒグチさんの曲にはなかったような壮大なサウンドもそうだし、テーマもとても大きなものだと思うんですが、でもやっぱりヒグチさんが描くとこうなるんだなという。人間のディープな繋がりや関係性だったり、聖者を飲み込んで自分の信じるものを描くという、濃いものが抽出された曲でした。
ヒグチアイ:そう言っていただけてよかったです。それを伝えたいのになぜ伝わらないんだという瞬間もたくさんあったので。これは私の書き方ももちろんあるかもしれないけれど、世の中の人が作品にどこまで求めているものがあるかだと思う。そもそもアニメや漫画を現実とは切り離して観ているのが面白いと思っている人も絶対いるだろうし。私はもっと自分を登場人物に重ねたり、どこに視点を置いたらいいのかを考えながら観ていくのがすごく好きなんですよね。そう思うと、自分も偏って曲を書いたんだろうなという気持ちになる。そういうことを勉強した時間が、この1ヶ月くらいだったなと思います。
──だいぶ短期間で濃い時間を味わったんですね。今回そうしたタイアップのシングルがあったり、3ヶ月配信連続リリースがあったりと、これまでのアルバムとはちがった流れのなかで作っていったアルバムですね。そういう制作についてはどういうふうに感じていましたか。
ヒグチアイ:年中曲を書いていたなという感じですね。これまであまりそういう年はなかったですし、2021年は本当に曲をたくさん書いたのに、(アルバムで)11曲しか出てなかったなという(笑)。他にもいっぱい曲はできたんだけど、出すに至らなかった曲もあれば、バランス的に入らなかった曲もあったりして。曲はたくさん書いていましたね。
──時期的にもコロナ禍での制作ということもあって、家にいる時間、自分に向き合う時間が長くあったり、また“働く女性”をテーマにした配信三部作でいろんな人生との向き合い方があったり。そして「悪魔の子」というディープな曲もできて、アルバム『最悪最愛』はすごくヘヴィな感じになるのかなって思っていたんです。でも、全然ちがったんですよね。
ヒグチアイ:そうですよね。
──どこかで荷を下ろしたことを感じるアルバムで、これまでの作品のなかでも軽やかさを感じる、そういう印象でした。
ヒグチアイ:はい、その感じは合っていると思います。あまり、自分をえぐるようなことをやめたので。「やめるなら今」とか結構そういうタイプの曲なんですけど、自分の中にあるものをそのまま出すということをやめましたね。
──何かそういうタイミングがあったんですか。
ヒグチアイ:前のアルバムからは、2年半くらい時間が経っているんですけど、2年半もあるとやっぱり人は変わるんだなというか。今までは年に1枚出していたから、1年だとそんなに分からないけど、2年半となるといろいろ考えることがあって。2021年にはとくに舞台をやったりとか、タイアップや楽曲提供をしたりとかもあったので。そういうなかでちょっと、人に任せてもいいなという気持ちが出てきたのかもしれないですね。いい意味で諦める部分、自分ではどうしようもないところを人に明け渡したみたいなところはありますね。
──ここは手放しても大丈夫だなというところが、段々と掴めてきた。
ヒグチアイ:全てのことを自分がどうにかしなきゃいけないというのは、無理なことなんですよね。それは政治のこともそうだし、東京オリンピックとかを見ていても、私の曲はこういったところで流れなくていいやとか。そうじゃなくて、もっと一対一で伝わるようなことをしていきたいと思ったんです。私は、“当たり前の人生を生きている人たちは、みんな面白い人生を送っているんだ”っていうことを伝えたい、ということがわかったので。そういう曲を作っていきたい、もっと狭い話の曲を作っていきたいなって思いました。
──以前の視点、視野はもっと大きなものだった感覚ですか?
ヒグチアイ:もともと狭い話がとても好きだったんです。それって自分のなかにあるものだと思っていたし、自分のことを書いていれば勝手に狭い話になると思ったんですけど。それって結局一個人の話で、“私”という点が大きいか小さいかだけだったんですよね。相手がいて、相手と話をするということで、距離感を感じられるというか。点だったものを、点と点で線にして狭さを見せていく方が、本当はもっと狭いことを描けたんじゃないかっていう。自分の話をするだけでは、いちばん広い話になっちゃうかもしれないって気付いたんです。
──自分の話だけだと、他者からしたら捉えどころがない話かもしれないなと。
ヒグチアイ:私の話は私にしかわからないから、他の人からすると知らない世界の話になっちゃうかもしれない。みんなが共感できるなかで、狭い話を見せていけたらいいなとは思いました。
──だからこそこのアルバムではいろんな相手がいて、そこでの関係性、距離感、その深さというのを探っている曲が多いんですね。
ヒグチアイ:今回はとくにそうですね(笑)。恋愛とかの曲もそうですけど。
──例えばひとつの恋愛が終わったことが重要じゃなくて、その経験で自分に何があったのか、何を思えたか、その余韻みたいなものから、相手への気持ちであったりどういう恋愛だったかが描かれているのがとてもいいですね。
ヒグチアイ:余韻、そうですね。感情を書くというよりも情景を描いて、その情景の中にさみしさを書いていくということを、本当はずっとやりたかったはずなのに、どこかでそれをやめてしまったのはなんでだったんだろう、とすごく思います。だから、また戻ってきているのかもしれないですけどね、一段階上のとこに行ってはいるんですけど。
──何かこれまでとちがった面白さを曲作りに見出していたところはありましたか。
ヒグチアイ:ありました。楽曲提供で人に曲を書いたりとか、タイアップとかって本当に面白くて。自分じゃない人生を書いていいという点で。そういうふうに書いていることで、自分の人生を書けるようになってきた。自分の曲でも、人の話を書けるようになってきた感じがしているんです。私、長く音楽を続けていきたいなと思ったんですよ。でも今の曲だけでは生き続けてはいけないから、もうちょっと歌を作らなきゃいけないし、もうちょっと売れる曲がなきゃいけないし、ライブもやっていきたい。長く音楽を続けるためには、自分を切って、その素材そのままどうぞって出し続けていると、いずれ何もなくなっちゃうので。
──すり減る一方になりそうですね。
ヒグチアイ:結局、今でも自身を切り刻んではいるんですけど、それだけじゃなくて、それを使った料理を作るようになってきた感じがしますね。
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