【楽器コラム】モジュラーシンセってなに? 〜SUGIZO×HATAKEN作品をより深く楽しむ方法〜
モジュラーシンセという言葉を聞いたことはあるだろうか? “シンセ”というくらいだから、電子音を鳴らすシンセサイザーの一種だということは、容易に想像がつくだろう。ただ、おそらく多くの人が思い浮かべる鍵盤タイプのシンセサイザーと大きく異なり、何かの測定器か、あるいは時限爆弾かのようにも見える、たくさんのケーブルが接続された“機械”こそが、いま多くのミュージシャンが注目しているモジュラーシンセなのだ。
◆モジュラーシンセ 画像
外観からは、これがとても楽器/シンセサイザーには見えないかもしれない。それもそのはず、実はモジュラーシンセこそがシンセサイザーのプリミティブなシステムであり、これが進化し、鍵盤と組み合わされたことで、現在までに続くキーボードタイプのシンセサイザーが誕生したのだ。そんな原始的シンセサイザーが、なぜ今、注目を集めているのだろうか? ポイントは3つ。“モジュラーシンセならではの音作りの面白さ” “モジュラーシンセの進化” “カルチャーの再発見”だ。
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モジュラーシンセの最大の特長は、シンセサイザーの音作りに必要な各機能が個別のモジュール式になっており、各モジュールをパッチングケーブルで接続することで信号を通していくという仕組み。つまり、組み合わせが自由自在だということだ。少し具体的に説明しよう。
シンセサイザーで音を鳴らすための最小構成システムは、大元の発振音を出力する“オシレーター”と、音色をコントロールする“フィルター”、そして音量を調整する“アンプリファイアー”の3つ。言い換えれば、この3モジュールさえ用意すれば、ひとまず音を鳴らせる。これに他のモジュールを追加してもいいし、オシレーターを5台使ってもいい。
話をギタリストのエフェクトボードに置き換えると、イメージしやすいだろう。ギタリストは、自分が好きな歪みやフィルター、ディレイを集めてシステムを組む。その際、歪みを何台用意してもよく、エフェクターの組み合わせや接続順は、その人の自由だ。
モジュラーシンセも同様に、好きなモジュールを好きなだけ用意し、それらを組み合わせることで自由自在に音を作っていける。さらにオシレーターモジュールがなくとも、例えばエレキギターやマイクの音などを音源として入力し、その音を加工して鳴らすこともできる。大元となる音源すら100%自由なのだ。まるで自身の発想力の映し鏡のように、独自にシステムをカスタムでき、自分だけの音作りが行える。これこそが、モジュラーシンセ最大の魅力だ。
だがしかし。かつてのモジュールは1台のサイズが大きく、たくさんのモジュールを組み合わせれば必然的に全体が大型化してしまう。事実、まだ楽器といった認識ではなく、研究装置的な発想で作られていた1950年代以前のモジュラーシンセは巨大な機械そのものであったし、1960年頃に生まれた現代的なモジュラーシンセにしても、その外観はまさに“壁”を思わせるものであった。
▲キース・エマーソン
▲冨田勲
その様は、世界的シンセサイザー奏者の第一人者、冨田勲氏のスタジオ写真や、YMOの初期ライブステージの写真で見ることができる (ちなみに、冨田氏がモーグ製モジュラーシンセを輸入した際、羽田税関で楽器と認められず、理解されるまでに1ヵ月以上もかかったというのは有名なエピソード。また、YMOのステージにコンピュータプログラマーとして参加していた松武秀樹氏は、モジュラーシンセのことを“箪笥”と呼んでいた)。
そんな扱いづらいサイズ感に加え、当時のモジュールは、何をいくつ手に入れ、どのようにモジュール同士をつないでいけばいいのか、それを理解するためにはかなりの専門知識が必要であった。そこで1970年代に入ると、メーカー側が厳選したモジュールを事前に内部接続することで小型化し、厳選されたパラメーター(ツマミやノブ)だけをパネル面に出して音作りを簡易化させ、さらにピッチコントローラーとして鍵盤を組み合わせ、演奏しやすくした“パッケージ商品”が誕生する。その初代モデルがミニモーグ(1970年)であり、これが現代に続くキーボードタイプのシンセサイザーのひな型となっていったというわけだ。
こうした“シンセサイザー”という新しい楽器の登場により、音作りの敷居は下がったものの、しかしながらそれでは、メーカー側が提示した音作りの枠外には出られない。「もっとこんな音を作りたい」──そういうクリエイターたちの欲求が1990年代末から次第と高まりを見せ、“back to the basic (基本に立ち戻る)”指向が進んでいった結果、昨今のモジュラーシンセ・リバイバルへとつながっていったのだ。
“巨大さ” “複雑&難解”という要因に加え、1980年代に急激に進んでいった“シンセサイザーのデジタル化”により、一時期は完全に姿を消したモジュラーシンセ。それが再び注目を集めるようになった大きなきっかけは、モジュラーシンセの“ユーロラック化”だ。
ユーロラック化とは、簡潔に言えば、サイズや電圧、プラグ、ケーブルなどに関するモジュールの世界規格。先ほど、“モジュラーシンセはモジュールを自由に組み合わせられる”と紹介したが、1960~1980年代には統一規格がなく、同一メーカー製のモジュールしか組み合わせることができなかったのだ。それが1990年代末、ドイツのドイプファー社が小型モジュールを発売し、自社製品規格を公開したことで他メーカーも同仕様のモジュールを作り始め、現在のユーロラックという統一規格が生まれた。これによって、メーカーの枠を超えたモジュールの組み合わせが可能となったのだ。
しかも、ユーロラック化によって、各モジュールのサイズが大幅に小型化されたうえ、ガレージメーカーが参入しやすくなったため、大手楽器メーカー製から正体不明のDIYガレージメーカー、あるいは完全自作モジュールまで多種多様なブランドが出現。この数年で実にユニークなモジュールが急増し、モジュラーシンセの可能性と面白味が一気に拡張していったのだった。
▲SUGIZO
ユーロラック化によって、モジュラーシンセが再び脚光を浴びたことで、長年忘れかけられていたあるカルチャーもまた、若い世代を中心に再発見されようとしている。
1960年前後に誕生したモジュラーシンセとして、日本ではボブ・モーグ博士によるモーグ社製モデルが非常に有名だが、実はもうひとつ、ドン・ブックラ氏によるブックラ社というブランドもあった。1963年にブックラが開発したブックラ100シリーズは、現代的モジュールシンセとしてはモーグに先立ち完成させたと言われており、モーグと肩を並べる歴史的2大モジュラーシンセだ。
先述したがモーグは、それまで音響研究や特殊な効果音マシンとしてしか使われていなかったモジュラーシンセの構成をシンプルにし、鍵盤を組み合わせたミニモーグを作り出したことで、“複雑怪奇な機械”という代物であったシンセサイザーを、演奏するための“楽器”へと進化させた。
対してブックラはどうだったのかと言うと、そもそもが鍵盤での演奏を前提としていないシンセサイザーであった。もちろん、ブックラでも電子音のピッチを変えるという機能は重要であり、そのためにタッチプレート型コントローラーなどは用意されていた。だが、そのピッチの変化は、あくまでも電子音そのものの可能性を追求したもの。ブックラは、音色の変化を最重要視しており、西洋音楽の12音階で作られたメロディを弾くという発想ではなかったのだ。
しかもブックラはカリフォルニアにあり、同時代にアメリカ西海岸で生まれたヒッピーやサイケデリックといったカウンターカルチャーと結びついていく。商業性のない幻想的でも空想的でもある尖った発想のシンセサウンドは、ある種のカリスマ性を持ち、多くの人に影響を与えた (一方のモーグは東海岸で創業され、シンセサイザーを楽器という商品として世に広めていった両者の違いは非常に興味深い)。
そういった歴史的な背景もあってか、昨今のユーロラックモジュールには、西海岸系の思想を受け継いだものや、あるいはどちらの思想にも影響されていない独自タイプがたくさん生まれている(当然、東海岸系のモジュールもたくさん登場している)。そうした新世代モジュラーシンセによって、シンセサイザーによる音作りの発想自体も大きく飛躍しており、ニュータイプの音色が日々たくさん生み出され続けている。
最新技術を駆使したソフトシンセやデジタルハードシンセとは明らかに一線を画す、原始的かつ最先端なシンセサイズサウンド。そんなモジュラーシンセの“沼”に一歩足を踏み入れると、もう簡単には抜け出すことができない、奥深い魅力に満ちた世界が待っているのだ。
文◎布施雄一郎
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■SUGIZO×HATAKEN『The Voyage to The Higher Self』
※2022年1月26日(水)FC先行リリース
【CD (SHM-CD)】SPTC-1010 ¥3,300(税込)
1. Muladhara [ムーラダーラ]
2. Svadhisthana [スヴァディスターナ]
3. Manipura [マニプーラ]
4. Anahata [アナーハタ]
5. Visuddha [ヴィシュッダ]
6. Ajna [アージュニャー]
7. Sahasrara [サハスラーラ]
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