【インタビュー】湯木慧「どう捉えても良いよ、全て正解だよ」
昨年自身のレーベルTANEtoNE RECORDSを設立した湯木慧が、初のフルアルバム『W』を完成させた。これまでは道筋となるストーリーを綿密に作り上げ、ありとあらゆるところに張り巡らせた伏線をひとつひとつ回収するような方法で作品を発表してきたが、ここ最近の作品、そしてこのアルバムには、もっとシンプルなところに立ち返ったような印象の湯木慧がいる。「どう捉えても良いよ、全て正解だよっていう思想」になったと笑いながら、『W』の世界観や自身の心境の変化などについて語ってくれた。
■自分以外の世界や人を全部理解することはできないけど
■そういう『W』の世界もあると思いながら生きていけたら
──早いもので、デビュー5周年なんですね。
湯木慧:振り返ってみると、悩み多めの5年だったような気はします(笑)。でもクリエイティブの面に関しては成長しかない5年でもあって。前にしか進んでない5年。去年(自身のレーベル)TANEtoNE RECORDSを立ち上げることもでき、5周年を迎えた後の動きもちゃんと見据えた締めくくりであり、スタートになったと思います。
──そのTANEtoNE RECORDSから、2月22日にアルバム『W』をリリースするわけですが、5年前の同じ日に、第1弾のミニアルバム『決めるのは今の僕、生きるのは明後日の僕ら』をリリースしたんですよね。
湯木慧:はい。あの頃の自分を振り返ると、何も知らなかったなあって思う(笑)。でも、無知だったけどあれが本来あるべき姿なんじゃないかなとも思っていて。
──というと?
湯木慧:ある意味“アーティスト”だったなと思うんですよ。作品だけを見て、私はこういうことを伝えたい!って言えていたから。最近は物事を冷静に見るようになったというか、そこが後回しになっていた部分もあったけど、<TANEtoNE>を作ったことで自分の気持ちがすごく変わりました。自分が何をしたいのか、自分はどこに行って誰と何をやるかっていう当初の感覚を思い出すためのきっかけを、自分で作れたから。
──そのTANEtoNEは、音楽やアパレルなど、幅広く湯木慧の作品を発表する場になっています。今作のタイトルにもなった『W』は、昨年12月に行われた個展『HAKOBUne-2021-』でも表現されていましたが、まずはその辺りから伺いたいのですが。
湯木慧:本物と偽物というか、実際の植物とそれを描いた絵を同時に展示するという内容でした。いつもは絵だけを展示しているから見てくれるみんなにとってはそれが最初に触れるものであり本物なんだけど、私からしたらその植物が本物で、みんなには、私が素敵だなとかいろいろ感じて描いた絵を届けている。私が作る曲もそうで、私が実際に経験したことや感じたことはずっと一緒にいる家族は直接受け止めているけど、ファンの方には、そういう私の気持ちを落とし込んだ楽曲として届けている。感情を直接見せることはできないけど、物を描いていたら見せることができるから、いつもは見せることのないその部分も両方展示することで『W』の世界を表現したんです。
──物事にはいろんな見方や見え方があって、さらに言うと自分には見えていない世界もそこには存在しているわけで。
湯木慧:人間って絶対に、相手の経験したことや考えていることの全てはわからないじゃないですか。だから常に人をわかった気持ちにはならないし、誰であっても絶対に私の知らない経験をしているわけで、そういうことが『W』の世界というか。私が知っている世界ではない世界。そのもうひとつの世界。自分が知らない外側の世界。自分以外の世界や人を全部理解することはできないけど、そういう『W』の世界もあるって思いながら生きて思い合っていたら、ちょっと変わるんじゃないのかなっていうのが伝えたいことなんです。直接的にそう言っているアルバムではないけど、曲を聴きながら、そういうことも感じてもらえたらいいなと思ってつけたタイトルです。
──「拍手喝采」のMVでも、“私”と“W”の掛け合いで構成されていましたね。
湯木慧:あの時点でここまで考えていたわけではないんですが、自分の中にあるもうひとつのものとか人物の象徴として当てはめられたらと思って、Wを登場させました。
──演劇などではダブルキャストなんて言い方もありますしね。
湯木慧:そう。ダブルという言葉もこのタイトルも、すごくいろんな解釈ができると思うんです。ちょっと説明が曖昧になってしまうんですが、これまでの作品は、これはこうでこう繋がっていて、今はコロナだからこういう曲を伝えたいって感じでやってきたんだけど、今回はアルバムだし、5年分を入れている上にそれぞれの曲も全然違うから、受け取ったみんながどう思うか、噛み砕いたり溶かしたり固めたりしながら、みんなそれぞれの「W」になっていって欲しいなと思っているんです。
──アルファベット1文字のタイトルってインパクトあるし、そもそも珍しいですよね。
湯木慧:確かに。今まではそれこそ「決めるのは今の僕、生きるのは明後日の僕ら」みたいに、説明的な表現だったりしましたからね。でも今は、そんなに理由がなくてもいいんじゃないのかなみたいな感じなんですよ。TANEtoNEの“NE”に“W”をつけたら“NEW”になるから、ぐらいの始まりだったし(笑)。
──湯木慧らしい発想!
湯木慧:そしたら、作っていく中でこういう意味もある、こういう捉え方もできるっていうのが出てきて、これは「W」しかないっていう経緯もあったので。
──以前はどちらかというと綿密に詰め込んでいく方向性だったけど、今の話を聞くと、すごく外向きで風通しの良い思考になったんだなと思いました。
湯木慧:そこは大きく変わりましたね。自分で自分を押さえつけるルールみたいなものは作らなくて良いなと思ったら、結果すごく自由になったんです(笑)。今回だって「W」っていうキーワードさえ共有できればどう捉えても良いよ、全て正解だよっていう思想(笑)。
──いろんな意味で解放されて、恐れが無くなったという風にも聞こえます。
湯木慧:間違いというのはないから、何やっても大丈夫だよって自分に言っているみたいな感じ。自分で自分の機嫌を取るじゃないけど、最近は結構それがテーマでもあるんです。結局自分がどう思うかで、人生とかその日1日とか、それこそ生き方とかが決まってくるわけで。でもそれを変えるのも自分なわけで、それができるようになったというか。自分で自分の調整ができるようになったんですよね。考え方とかも、今までは自分が頑固すぎて、「いやいや、ちゃんと理由がないと発表しちゃダメだ」みたいなことを思っていたんです。でも「いいんじゃない、そんなに考えなくても」って。作って発表することが一番だと思うから。
──それこそさっき話に出た、本来のアーティストとしての姿でもあって。
湯木慧:今回のアートワークなんかも当初の感覚に戻ったような感じで、やるところはやるけど任せるところは任せるって感じでやりました。もともと、1枚目の盤のデザインは完全にお任せしたんですよ。他の部分は絵を描いたり、雰囲気を伝えたりはしているんですけどね。でもそれ以降は、結構私が言うからっていうのもあったんでしょうけど(笑)、周りからしたら「全部自分でやりたいんじゃないか?」みたいな。もちろん良かれと思ってのことだとは思うけど、何となく自分が全部やらなきゃみたいになっている空気を読み取ってしまって、「ここはこうしたいですって言わなきゃ」とか「ここはこうするって自分で決めとかなきゃ」とかになっていって、ちょっと嫌になっちゃったりもしたんです。
──こうしたいじゃなくて、こうしなきゃっていう考え方になっている自分が。
湯木慧:でも、やりたいところだけデザインするので全然いいじゃんって。初心を思い出すデザインになっていきました。ちなみにこのジャケットは、地元の駅にいるホームレスのおじさんで、私にとってはすごく特別な方の手なんです。
──今回は収録されていませんが、「ハートレス」という曲を書くきっかけになった方ですね。
湯木慧:裏ジャケは、知り合いの方から紹介していただいたドラァグクイーンさんの手の写真。私が思う「W」の世界と偏見ってすごく近いものかもしれないなって思うんですが、どちらも「W」の世界を考えさせてくれた象徴の方で、手っていうのはすごくその人の人生がよく出るから、手の写真を撮らせてくださいってお願いしました。
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