【ライヴレポート】DIR EN GREY、STUDIO COAST最後の夜に特別な瞬間

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去る1月末をもって閉館となった東京・新木場のSTUDIO COAST。その約20年に及ぶ歴史に終止符を打つべく実施されたのは、この会場の代名詞であるクラブイベント<ageHa>の最終興行となる<ageHa THE GRAND FINAL>だった。そして、いわゆる大型クラブであると同時にライヴハウスでもあるこの場所で最後にライヴを行なったのは、今年ちょうど結成25周年を迎えているDIR EN GREYだった。

◆DIR EN GREY 画像

今回、DIR EN GREYの公演は<THE FINAL DAYS OF STUDIO COAST>と銘打ちながら、1月26日と27日の二夜にわたり開催された。各公演のタイトルには<Final Day 73><Final Day 74>という言葉が伴っているが、それが意味するのは今回の両公演が彼らにとってこの場所での73回目、74回目のライヴにあたるものだということ。厳密にいうとそのうちの2回は通常のライヴではなく爆音上映会<目黒鹿鳴館GIG>(2021年3月)だったのだが、いずれにせよこれほどの回数にわたりこの会場のステージに立ってきた演者は他にいない。STUDIO COAST側が今回の記念すべき機会に彼らに出演をオファーした理由も、純粋にそこにある。筆者としては、そうした会場側の計らい自体にも心を動かされたものだ。今回の閉館の一件を大きなニュースとして世にアピールすることだけを重んじたならば、他にもっと話題性に繋がる選択肢もあったに違いない。しかしそれ以上に、STUDIO COASTという場所との結び付きの強さが重んじられていたことは、バンド側、そして彼らを観るためにこの会場に幾度も足を運んできたファンにとっても喜ぶべきことだったといえるはずだ。



▲2022.01.26@STUDIO COAST

第一夜、フロアに足を踏み入れた際に驚かされたのは、場内に流れているのがDIR EN GREYの楽曲ばかりだったこと。通常、彼らのライヴでの開演待ちの時間にはメンバーのセレクトによるジャンルレスな楽曲群がBGMになっているのに対し、彼ら自身の楽曲、しかもリミックスヴァージョンなどばかりが流れているのだ。言ってみれば、クラブイベントのさなかにDIR EN GREYをテーマとするDJタイムが繰り広げられているかのような趣向でもある。これは、単純にこうした特別な機会に自分たちの音楽を1曲でも多く届けようという意図によるものだったのかもしれないが、そもそもクラブとしての性質が強いこの場所の終焉に際しての、バンド側からの餞(はなむけ)であるようにも筆者には感じられた。コロナ禍における感染拡大防止の観点から設けられたさまざまな制限がすべて解除されていたなら、このBGMに合わせて場内全体が歓声や合唱の伴うダンスフロアと化していたのではないだろうか。

この時期の東京は、いわゆる“まん防(新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置)”が改めて適用されてから5日ほどを経た頃にあたり、コロナ禍以前のような自由さからはほど遠い状況にあった。観客数にも制限が設けられ、フロアに椅子が並べられているわけではないものの“立ち位置指定”という昨今の状況下ならではの観覧形態で、開演を待つ間もマスクの常時着用、定位置からの移動や飲食の禁止などが繰り返し念を押すようにアナウンスされていた。そんな、少しばかり息苦しい空気のなか、場内が暗転したのは開演定刻の午後6時半を20分以上過ぎてからのことだった。本来ならばそこで地響きのような歓声が渦巻き始めるところだが、実際に聞こえてきたのは拍手だ。ただ、次の瞬間、思わず声が漏れてしまった観客は少なくなかったことだろう。なにしろかつて彼らのライヴにおいてオープニングSEとして定着していた「G.D.S.」が耳に飛び込んできたのだから。近年のDIR EN GREYがこのSEを使用することがあるとすれば、特別な理由が伴う時だけだ。この夜の彼らはある意味、このSEひとつで観衆を見事に束ねてしまった。


▲2022.01.26@STUDIO COAST

その「G.D.S.」のビートに導かれるようにしてステージ上に登場したメンバーたちが、次々と配置に就く。この特別な機会の1曲目に彼らはいったい何を演奏するつもりなのか? その場にいたすべての人たちの関心がそこに集中していたに違いない。そしてこのSEの終盤に生演奏が重なり、爆発的なクロージングを迎えた次の瞬間、Shinyaが鞭を打つようにドラムスティックを操る。その一瞬だけでこの夜のオープニング曲の正体を察知した観客も少なくなかったことだろう。最初の一撃は「THE IIID EMPIRE」である。

歓声はない。人の波がフロア前方に押し寄せていくこともない。しかし場内は間違いなく、即座に一体感に包まれていた。京の扇動に呼応しながらオーディエンスが声を合わせるべき箇所でそれが聴こえてこないという一抹の寂しさと違和感が否定できないのは確かだ。ただ、そんな感情をおぼえるということは、これまでの経過のなかで、いかに観衆の声が楽曲にとって不可欠なものになっていたかという証でもある。そしてこの曲の終盤では、Toshiyaが咆哮の末に自身のマイクスタンドを後方へと投げ捨てる。目の前で繰り広げられる、かつて見慣れていたはずの光景。そうした場面ひとつに出くわすだけで、少しばかりノスタルジックな感傷をおぼえてしまう。



▲2022.01.26@STUDIO COAST

しかもこの曲に続けて繰り出されたのは「朔-saku-」。背景に刺激の強いビデオクリップを伴いながら馴染み深いイントロが聴こえてきた瞬間、筆者は震えをおぼえていた。というのも、「G.D.S.」を導入に据えながら「THE IIID EMPIRE」で幕を開け、この「朔-saku-」へと続いていく序盤の展開が、2004年7月12日、彼らが初めてこの会場のステージに立った夜と完全に一致するものだったからだ。

2004年といえば、DIR EN GREYにとっては4thアルバム『VULGAR』発売の翌年にあたり、この年の3月にはメジャーデビュー時から数えて16作目にあたるシングル「THE FINAL」、そして7月14日にはそれに続く「朔-saku-」がリリースされている。その第17弾シングルの発売直前にあたる7月12日にこの場所で幕を開けたのが<TOUR04 KEEN UNDER THE SUN>だった。より正確に言えば、このツアーの冒頭に組まれたSTUDIO COASTでの二夜公演はFC会員限定ライヴとして実施され、それが彼らにとってこの場所での初ライヴとなった。当然ながら、この会場を埋め尽くす数のファンが、その際に初めてそこに導かれることになったわけである。誰よりも頻度高くこのステージに立ち、その終幕に立ち会うことになったDIR EN GREYならば、きっとその18年前の特別な瞬間を意識した演奏プログラムを組むのではないか──そんな当然の予測のもと、実は筆者は当時のセットリストを事前発掘していたのだった。すでにその時点でライヴにおける必殺曲になりつつあった「THE IIID EMPIRE」で幕を開け、そこから発売直前の「朔-saku-」へと雪崩れ込んでいく。そんな2004年当時と同じ流れが押し寄せてきたのだから、“もしかしたら”という想定をしていたとはいえ僕は興奮を抑えることができなかったし、この状況下では御法度ながら思わず声をあげそうになった。



▲2022.01.26@STUDIO COAST

2004年7月当時、DIR EN GREYにとってSTUDIO COASTは単純に“目新しい会場”でしかなかったことだろう。しかも2002年の大晦日に開館しているこの会場は、ロックバンドがライヴを行なう場所というよりも大型のクラブというイメージのほうが強かったはずだし、ここでのライヴ開催はあくまで新たな試行、実験のひとつに過ぎなかったのではないかと思われる。それが結果的には翌年以降もコンスタントにこの場に立ち続け、いつしかこのバンドにとってホームグラウンド的なものとして定着していくことになった。それはまさしく縁のなせる業ということになるだろうが、実際、従来のホール等とは一線を画する音響設備が整い、2,000人を超えるキャパシティでありながらステージと客席との間に過剰な距離感がなく、しかも大型ライヴハウスというよりも小ぶりなアリーナを思わせるスケール感を伴ったこの会場が、当時の彼らが求めていたものと合致していたことは間違いない。もっと具体的に言えば、よりヘヴィでラウドなライヴサウンドを求め、ライヴハウス然とした熱狂をホール会場に遜色のない規模感で欲していた彼らにとって、STUDIO COASTはまさにうってつけだったということだ。

2004年といえば、DIR EN GREYのもとには世界各国からのツアーのオファーが舞い込み始めていた頃でもある。彼らにとって欧米でのライヴ活動の起点となったドイツはベルリンでの単独公演が行われたのは、その翌年にあたる2005年5月のこと。同年3月には『VULGAR』に続くアルバム『Withering to death.』が世に放たれ、同月初頭から4月末にかけてはそのリリースに伴う全国ツアーが実施されているが、それを締め括ったのもSTUDIO COASTでの二夜公演だった。つまり同ツアーでの成果をこの場所で体感・確認したうえで彼らはベルリン公演に赴いたというわけだ。その時以来、STUDIO COASTというホームは、彼らにとって身の丈を測る定点のような意味合いを持つことになっていたのではないだろうか。



▲2022.01.27@STUDIO COAST

そして当然ながら、2022年現在の彼らは2004年当時と同じ次元にはいない。1月26日、第一夜の演奏内容についても、序盤こそタイムマシーンで18年前の夏に舞い戻るかのような趣の選曲がなされていたが、「人間を被る」(2018年)と「落ちた事のある空」(2020年)が続けざまに披露されたあたりでは、今やすでに2020年代に突入しているのだという現実をまざまざと見せつけられるような思いがした。5人5様のコスチュームに身を包んだメンバー個々の存在感の色濃さも、バンドとしての身の丈も、あの頃とはまるで違う。一見すると明らかにバラバラでありながら、その5人が一堂に会するとパズルのピースが隙間なく完璧に嵌まったかのようになり、DIR EN GREYらしいとしか言いようのない空気が自然に醸し出されてしまう。そんなマジックは年月を重ねるほどに見事なものになっているし、それは見た目の部分だけではなく音についても言えることだ。始動から四半世紀の紆余曲折を経ながら自分たちなりの成熟を重ねてきた5人が次々と繰り出してくる新旧の楽曲群は、過去のさまざまな時代へとタイムスリップするような感覚をもたらすというよりも、このバンドのいかに進化を遂げてきたか、そして何が変わらぬままであり続けているのかを伝えていたように思う。確かにこのバンドのライヴにしてはシングル曲の比率がやや高めであったようにも思うが、そうした選曲になったのは、彼らの変遷を象徴するそうした各時代の楽曲が、彼ら自身のなかでのSTUDIO COASTでの記憶に染みついていたからだろう。そんな濃密な第一夜のプログラムを締め括ったのが「激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇」だったことも、この楽曲の問答無用な強力さを改めて示唆していたように思う。






▲2022.01.27@STUDIO COAST

続く第二夜は、2012年発表の7thアルバム『UROBOROS』の冒頭に収められていた「SA BIR」をオープニングSEに据えながら、重厚にして劇的展開の長尺曲、「VINUSHKA」に連なっていくという同作の序盤そのままの流れをもって幕を開けた。そして、やはり第一夜と同様に、さまざまな時代の楽曲が混在する起伏に富んだプログラムが披露されたが、そこで感じさせられたのは年月の流れよりもむしろ今現在ならではの説得力だった。そしてその終着点に配置されていたのは、改めて18年前の記憶を呼び起こすかのような「朔-saku-」だったが、同楽曲が終わり、メンバーたちが姿を消し、エンドロールと告知映像が流れた末に場内が明るくなり、終演を告げるアナウンスが聴こえてきても、オーディエンスがその場を立ち去ることはなかった。そして、アンコールを求める歓声はこのご時世ゆえに皆無ながら、鳴り止まない手拍子が5人をステージに呼び戻すことになった。そこで披露されたのは「鼓動」。映像などによる演出要素が一切伴っていない事実が、この再アンコールが本当に予定外のものであることを物語っていた。そしてこの曲をもってDIR EN GREYにとって74回目となるSTUDIO COASTでのステージは完全に終了し、同時にこの会場のライヴハウスとしての歴史が完結に至った。

DIR EN GREYはこの特別な二夜に、当然ながら特別な想いを抱きながら臨んでいたはずだ。しかし同時に、特別なことは何もしなかったともいえるし、オーディエンスを束ねながら京が発する言葉も、むしろいつも通りのものだった。彼は今回の二夜公演を目前に控えた1月24日、自らのTwitterアカウントから「来れない人沢山いると思うけど、DIR EN GREYが終わるわけではないし、今年のDIRはもっと楽しい事があると思う」(原文ママ)というメッセージを発信している。この言葉には、今回の公演チケットを手に入れられなかったファン、こうした状況下ゆえに会場に足を運ぶことが叶わなかったファンへの配慮の気持ちが込められていただけではなく、不当な価格でのチケット転売を抑制する狙いもあったのだろう。同時に、今回の二夜公演を通じて筆者が感じたことに対する回答として、これ以上に明快な言葉はないようにも思う。長きにわたりバンドの歴史を見守ってきた場所がその歴史に幕を閉じようとも、バンドは続いていく。だからこそ過去の象徴的瞬間をちりばめたライヴをやろうと、そこから伝わるのは“終わった過去”ではなく“今”なのである。


▲2022.01.27@STUDIO COAST

そして京のメッセージにもあったように、この先には新たな楽しみが待ち受けている。予定外の「鼓動」が演奏される前、告知映像を通じて届けられたのは、3月にミュージッククリップ集『AVERAGE PSYCHO 3』がリリースされること、そして『PHALARIS』と題されたニューアルバムが初夏に発売予定で、6月からは全国ツアーが開催されるという朗報だった。後日発表されることになるそのツアー日程の中に、残念ながらSTUDIO COASTという会場名が記されることはない。ひとつの定点が失われてしまったことは寂しくもあるが、DIR EN GREYはこの先も新たな次元へと向かいながら進んでいく。その目撃者であり続けたいものである。

取材・文◎増田勇一
撮影◎尾形隆夫

■<THE FINAL DAYS OF STUDIO COAST> -Final Day 73- 2022.1.26@USEN STUDIO COAST SETLIST

SE G.D.S.
01. THE IIID EMPIRE
02. 朔-saku-
03. Merciless Cult
04. 人間を被る
05. 落ちた事のある空
06. 腐海
07. CONCEIVED SORROW
08. audience KILLER LOOP
09. 赫
10. 朧
11. T.D.F.F.
12. CLEVER SLEAZOID
13. 詩踏み
14. THE FINAL
encore1
15. THE DEEPER VILENESS
16. C
17. 冷血なりせば
18. Sustain the untruth
19. 激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇

■<THE FINAL DAYS OF STUDIO COAST> -Final Day 74- 2022.1.27@USEN STUDIO COAST SETLIST

SE SA BIR
01. VINUSHKA
02. OBSCURE
03. 砂上の唄
04. 人間を被る
05. 落ちた事のある空
06. 腐海
07. audience KILLER LOOP
08. 赫
09. 朧
10. THE FINAL
11. T.D.F.F.
12. CLEVER SLEAZOID
13. 詩踏み
encore1
SE G.D.S.
14. CHILD PREY
15. 羅刹国
16. Sustain the untruth
17. 激しさと、この胸の中で絡み付いた灼熱の闇
18. 朔-saku-
encore2
19. 鼓動

■11thアルバム『PHALARIS』

EARLY SUMMER 2022 RELEASE
※前作『The Insulated World』(2018年)から約3年半振り
※詳細は後日改めて発表

■全国ツアー開催決定

2022年6月より全国ツアー開催
※詳細は後日改めて発表

■Music Clip Collection Blu-ray & DVD 『AVERAGE PSYCHO 3』

2022年3月30日(水)リリース
【Blu-ray】FWXD-002 ¥4,400 (tax in)
【DVD】FWBD-002 ¥3,300 (tax in)
▼収録内容
1. 詩踏み
2. 人間を被る
3. Ranunculus
4. The World of Mercy
5. 落ちた事のある空
6. 朧
7. T.D.F.F.
Manufactured by FWD Inc.
Distributed by FWD Inc.
※前作『AVERAGE PSYCHO 2』より約6年半、「詩踏み」から最新作「朧」までのMusic Clipを収録
※本作に収録される作品は、無規制版かつフルヴァージョンとなります

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