【ライブレポート】ヒグチアイがくれる、濃密な時間“自分にとってのしあわせとは何か”

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2016年のメジャーデビューから5年を迎えたアニバーサリーイヤーを締めくくる<ヒグチアイ 5TH ANIV 独演会“真感覚”>が、11月26日東京・よみうり大手町ホールで開催された。

◆ライブ画像

テレビドラマのタイアップ曲「縁」の書き下ろし、音楽劇への出演、そして3ヶ月連続配信リリースで「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」と“働く女性”をテーマにした曲を届けた1年。コロナ禍の影響でライブという場こそ減ってしまったものの、リリースの新しい試みや、“しあわせとは”という普遍の問いを音楽とはちがう形で発信する雑誌を手がけるなど、自身をより深く掘り下げ、そしてエッジの効いたアウトプットへと繋げてきた時間の濃さは、ライブに還元された。よりタフで、ウィットに富んだ優しさや厳しさがあり、そして何より強く抱きしめてくれる。そんな愛おしいほどに濃密な時を体感するライブになった。


1曲目「ココロジェリーフィッシュ」から、大きな会場がぎゅっと圧縮されて、ステージのヒグチアイと一対一で対峙する感覚に陥る。ステージ中央に鎮座するグランドピアノに向かう白い衣装のヒグチアイの姿だけが幻影的に浮かび上がる、微かな灯りのなかで滑り出したピアノと歌が、ダイレクトに心に訴えかけてくる感覚だ。そして、「距離」、「悲しい歌がある理由」と3ヶ月連続配信のシングルが演奏される。鍵盤への柔らかなタッチやブレスまでがそばで響くような静けさから、観客が息を飲んでその演奏に吸い寄せられているのがわかる。「悲しい歌がある理由」はとくに、あたたかな両手で心の痛みを手当てするようで、改めて歌、言葉の体温を感じた。続く「ぽたり」まで、振り返ってみれば30分近い長い時間だったが、ピンと張りつめた緊張感と陶然とした感覚とが混じりあい、拍手することすらも忘れてしまう時を過ごした。


「こんばんは、シンガーソングライター、ヒグチアイです。今日はお越しいただきありがとうございます」。ここで改めて挨拶をしたヒグチアイは、今日は椅子のある会場なので息がつまるような30分をやってもいいかなと思ったと語り、観客に笑顔を見せて「生きてますか?」と語りかける。止まった時間が動き出したように大きな拍手が起こって、中盤は「もうちょっと気楽な感じで」と言って、観客それぞれ持参した“音の出るもの”と合奏する、陽性の空気を共有するブロックへ。

シェイカーやしゃもじ、手拍子や鳥の鳴き声のようなものまで、思い思いの鳴り物が会場のあちらこちらから聞こえ、ドラマのエンディングテーマとして書き下ろされ多くの人に愛される曲となった「縁」を観客と一体となって演奏した。楽しそうに音を鳴らすフロアに笑顔を向けながら、軽快な伴奏と軽やかに上昇していくメロディを歌い紡ぐ空間には、この歌にある縁や絆の確かさを感じる。緊張もすっかり溶けて温まった観客ともう1曲、アップテンポの「かぞえうた」も笑顔の演奏が続いた。ちょっぴり歌詞が前後してしまったミスもご愛嬌。会場の空気はより明るく、和らいでいった。


中盤には「お悩み相談コーナー」が設けられ、ファンからのお悩み──ライトなものからシリアスなものまで──に、「解決はしないかもしれないけど、一緒に考えいけたら」と答えていった。その歌の佇まいと同じく、シニカルさを帯びながらもちゃんとあたたかくて、彼女自身の思いや提案を真摯に語りかける姿や、相談者の荷を少しだけ下ろす感覚が心地好い。ここに続いたのは、昨年リリースしたベストアルバム『樋口愛』に収録された「東京にて」、そしてまだ音源化はされていない、コロナ禍のリアルな情景が封じ込められた「mmm」の2曲。諸行無常のごとく変化していくものと、それでも変わらぬ確かな鼓動とが描かれたこの曲は、とても力強く響く。

今回はデビュー5周年の節目となったライブだが、東京へ来てシンガー・シングライターとして積み重ねてきた13年という時間の方が大事だと、ヒグチアイはMCで語った。活動の中においてはたくさんの人が関わっているのはもちろんだが、「シンガー・ソングライターとしてずっとひとりで歩いてきた、ひとりでやってきた自負がある」という。そして「命を続けていこうと思う限り、やっていることを続けていく。私はそうありたい」と続けた。そこから演奏された11月に配信リリースした「やめるなら今」が、この決意の言葉を後押しする。


タイトルこそ「やめるなら今」だが、この曲は自分が懸命に取り組んできたこと、心折れそうになりながらも続けてきた足跡を、肯定してくれるエネルギーで満ちている。後半に向けて、ぐっと力が入って高らかにボリュームを上げていくエモーショナルな歌とピアノが、胸を揺さぶる。“続けろ 続けろ やめんなよ 続けようよ”。このフレーズに豪速球で撃ち抜かれる。繊細な日常の、また様々な岐路に立つ人のサウンドトラックとして、これからも広がっていく曲になるだろう──このライブで改めて思った。

ポリリズム的な遊びのあるフレーズが、未来への前触れのように聞こえてくる「前線」、そしてラストに据えたのは「備忘録」。ひとりで生きているなかでも、こうしたライブなどであなたと出会って過ごした時間が3歩先の私を作っていると確信している、と言い、「元気でいてほしいし、幸せでいてほしい。また会いましょう」と観客に語りかけて、感情が豊かに絡み合った深いトーンの歌声を、会場に満たした。アンコールでは2022年3月に久々となるバンド編成によるライブを行なうことが発表され、新曲「劇場」が披露された。ピンスポットが当たるなか、ドラマティックに歌い上げられた。


世の中としても、またヒグチアイ自身も様々なトライをしながら駆け抜けた2021年。コロナ禍の経験を通して、人生や自分にとってのしあわせとは何か、やりたいことや仕事とは何かについて見つめ直し、問いかけ続けることが多かったと思う。シンガーソングライターとしての13年、あるいはそれ以上に人生を通して、誰の尺度にもよらない“自分のしあわせ”についていろんな角度から掘り進めてきたヒグチアイの音楽は、時に思いもよらない方向からリスナー自身が抱えた痛みや不安、あるいは喜びに気づかせてくれる。ふとしたはずみで、真の自分や過去の自分と出会ってしまうスリルもある。感情の根っこから揺さぶられるような激しさで、感動を生み出していく、生々しい歌に触れたライブで、しばしこの余韻で踏ん張っていけそうだと思える一夜となった。

取材・文◎吉羽さおり

セットリスト

M1. ココロジェリーフィッシュ
M2.距離
M3.悲しい歌がある理由
M4.ぽたり
M5.縁
M6.かぞえうた
M7.東京にて
M8.mmm(未発表曲)
M9.やめるなら今
M10.前線
M11.備忘録
EC.劇場(新曲)

<HIGUCHIAI band one-man live 2022>

2022年
3月11日(金)東京・EX THEATER ROPPONGI
open 18:30 / start 19:30

3月27日(日)大阪・umeda TRAD
open 17:30 / start 18:00

全席指定:前売 5,500円(税込)+1Drink
▼オフィシャル先行(先着):2021年11月26日(金)21:00~12月13日(月)23:59
https://eplus.jp/higuchiai2022/
※各公演4枚迄申し込み可
※チケット取扱:e+ スマートチケット
※各公演、地方自治体/会場ごとの感染拡大防止ガイドラインに従い開催させていただきます。状況により、開場/開演時間が変更になる場合がございます。予めご了承の上ご購入をお願いいたします。

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