【ライブレポート】泣き虫、現在進行形で開発されるその存在
音楽を愛する人ならば、ライヴやアルバム、プレイリストなどで「曲順が違うだけで受ける印象が変わる」と感じたことはあるのではないだろうか。泣き虫のデジタルシングル「トーキョーワンダー。」のリリース記念東阪ツアー<東京驚異。>のファイナルであり、4ヶ月ぶりの東京ワンマンである恵比寿LIQUIDROOM公演。4ヶ月前に渋谷WWWで開催された初ワンマンと15曲中10曲が同じなのにもかかわらず、新しい物語を観ているような新鮮な驚きがあった。過去と未来の潮目とも言える、夜明けにも似た高揚感。泣き虫というアーティストのポテンシャルを一挙に浴びる90分間だった。
◆ライブ画像
ステージの上に配置された4枚のLEDディスプレイパネルには、開演前から「トーキョーワンダー。」のミュージックビデオの世界を踏襲した映像がリピートで流れている。サポートメンバーを隠すように配置されたそれの中央に、泣き虫のマイクが佇んでいた。前回のワンマンで彼の立ち位置は客席から向かって右側で、フロアからは彼の左横顔が見える構図でマイクがセットされていた。だが今回は観客と向き合う配置。より泣き虫という存在にフォーカスしたライヴであることを予感させた。
暗転したステージにSEなしで登場した彼は黒い衣装に身を包み、位置についてアコギを抱えると軽く会釈をする。1曲目は「大迷惑星。」。初ワンマンを締めくくった、リスナーからの支持の熱い楽曲でのスタートだ。脆さや柔らかさを感じさせる歌声に、観客もじっくりと聴き入る。4枚のパネルにミュージックビデオが映し出され、そのパネルの中央に彼がいるという構図は、ステージ上にミュージックビデオの世界が広がっているだけでなく、その主人公を彼自身として映し出しているようでもあった。
間髪入れずに「くしゃくしゃ。」につなぐと、歌声がくゆるように会場中を満たす。楽曲に描かれた空間を瞬時に立ち上らせるそのしゃがれ声は、溜息混じりのように感傷的でもあり、不器用で純粋な笑顔を聴覚化したようでもあるなど、聴き手それぞれで響き方は変わるだろう。喜怒哀楽すべてを併せ持った声が、観客一人ひとりの抱える感情をまっすぐ認めていくようだ。
曲終わりに「ありがとう」とラフに呼びかけ、エレキに持ち換えたあとに「元気ですか?」とフロアに笑顔を見せる泣き虫。東阪ツアーをたくさんの人と迎えられた喜びを、気心知れた友達に話しかけるような言い回しとのんびりとしたテンポで伝えていく。
「じゃ、『リベンジャーズ』の曲(※テレビアニメ『東京リベンジャーズ』のエンディング主題歌)やりまーす」という語り口から一転、「トーキョーワンダー。」は小気味よくシニカルなキャッチーさと緊迫感を帯びたスリルのデッドヒートとも言うべくサウンドスケープを展開。勢いそのままにロックナンバー「からくりドール。」へなだれ込み、バンドメンバーとの堅い結束とグルーヴで会場を巻き込んでいく。その鮮やかな切り返しに惚れ惚れとしていると、演奏を終えた彼は「ふう~しんどい!(笑)」と息を切らしながら水分補給。このナチュラルな緩急も彼のライヴの魅力のひとつだ。
「気分転換に弾き語りをやってもいいですか?」と言うと「207号室。」を披露する。苦味が浮かび上がるスモーキーな歌声と、粗さと透明感を併せ持つアコギの音色が、楽曲の主人公の心情をクリアに描写。4枚のモニターにはそれぞれ206号室から209号室のドアが映し出され、じょじょに207号室以外のドアの前の電気が消え、207号室のドアが開くとその先にはまたドアが。開いても開いても部屋のなかに入ることができず、そのままドアが消えてしまうという寂寥感のある演出も、彼の弾き語りのムードをより高めていた。
続いてはラップ調の楽曲のセクションに。ハンドマイクで今ツアーで初披露された新曲の「cider」から、「アルコール。」、「ケロケ論リー。」とノンストップでつなぎ、チル系の心地いいビート感でフロアを魅了していく。語感の良さも彼の作る楽曲の特徴のひとつだが、ゆえに早口の箇所も多いため曲中で歌に詰まる場面も。すかさず「嚙んじゃったわ!」と切り返すという、誤魔化さない潔さも気持ちがいい。フロアもそんなスタンスの彼に触発されてか、手を掲げて左右に振ったり、クラップとともに身体を揺らしたりと、思い思いに楽しんだ。
再びエレキを構えると、夏のうだるような暑さと煌めきに満ちた清涼感を音と言葉に昇華したミドルテンポのギターロック「心配性。」、バンドのダイナミックな演奏とハンドマイクで繰り出す鋭いヴォーカルが刺激的な「Shake it Now.」、再びアコギを持って憂鬱な心情を軽快に踊らせる「君以外害。」という個性の違う3曲をグラデーションのように畳み掛ける。彼の楽曲の振れ幅の広さ、かつどの楽曲にも泣き虫の色が漂うことを証明する一幕だった。
東京公演の前に開催された大阪公演で、アコギにカポを着け忘れるというミスをしたことを告白し、この日無事成功したことに「よかった~!」と安堵する泣き虫。本名も年齢も出身地も明らかにしていない謎めいたアーティストなのにこの人間味に溢れた、だけどどこか捉えどころがない雰囲気は非常に絶妙だ。にもかかわらず観ている側がふと心を開いてしまうのは、音楽も言葉も含めて、彼の発信することに嘘がないからではないかと推測する。
彼はその後も独り言に近いことをつぶやきながら、コロナ禍について「早く終わってほしいね」など、率直な気持ちを口にしていく。気心知れた相手との、他愛のない会話の安心感にも近い空気が会場中に染みわたっていた。本編ラストに披露したのは、泣き虫がクリエイターコラボレーションプロジェクト・MAISONdesに楽曲提供し、yamaが歌唱を務めた「Hello / Hello」のセルフカヴァー。フロアからは自然とクラップが湧き、サビでは高く手が上がる。アンニュイなムードの漂う声で“Hello Hello”と歌う姿は、自らの生き様でもって新しい世界へと呼びかけるように勇敢で、この日の象徴的ワンシーンだった。
アンコールでは単身ステージに登場し、床に座りアコギを構える。「弾き語りをしようと思うんですけど、大阪では「君の泡になる。」を歌って。同じ曲を歌ってもいいかな……と思ったんですけどちょっと変えようかな」と話し、新曲「21g」を初披露した。この曲は彼の地元の海で、朝までギターを弾いていたときに出来たという。シンプルなコードと言葉で綴られた同曲を聴いていると、彼の観ていた海の景色とそのときに抱いた感情が、ギターと歌に乗せてこちらの意識まで届いてきたような感覚に陥った。消え入りそうなフェイクは寄せては返す波のようで、彼のパーソナルな部分に少しふれられたような気がした。
再びサポートバンドが現れてリアレンジされて披露された「カエル。」ではコールアンドレスポンスができない状況を考慮し、普段なら観客が歌って応える部分をクラップで補うという泣き虫考案の“ハンドアンドレスポンス”を行う。「いいですねえ~。文句ないですねえ!」や「音量マックスにしてもらっていい?」など笑顔で観客とコミュニケーションを取りながらひとつの空間を作り上げるという微笑ましい時間だった。
ラストは「寝れない電話のうた。」のリアレンジバージョン。前回のワンマンではアンコールの1曲目に弾き語りで披露しており、音源も穏やかなアレンジが施されている楽曲だ。だが今回披露されたバージョンはシューゲイザーの要素のある感傷的でスケールの大きなバンドサウンド。歪んだギターのなかで響く優雅で繊細なピアノの音色がアクセントになり、本編ラストとは違う角度で泣き虫が強い意志とともに新しい日々へと踏み出していくことを示唆しているようだった。
最新曲のみならず未発表の新曲を2曲演奏し、セルフカヴァーやリアレンジを披露するなど、彼の世界が現在進行形で開発されていることが感じられた一夜。この先さらなる喜ばしい驚異が待ち受けているのかもしれない──そんな予感を掻き立てられるライヴだった。
取材・文◎沖さやこ
写真◎後藤壮太郎
セットリスト
2.くしゃくしゃ。
3.トーキョーワンダー。
4.207号室。
5.cider
6.アルコール。
7.ケロケ論リー。
8.心配性。
9.Shake it Now.
10.君以外害。
11.Hello / Hello
en1.21g
en2.カエル。
en3.寝れない電話のうた。
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