黒木渚、昔の声を失い死のうとした。そして絶望から生還し、弱さに感謝する強さを得た今

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「未だに誰にも話していないんだけど、死のうと思ってたんです」

それは唐突で、あまりにも衝撃的な告白だった。新作アルバム『死に損ないのパレード』を発表した黒木渚が、7月9日にYouTube生配信で突然、スタッフも関係者も知らなかった事実をファンに向けて語りだしたのだ。



2017年の春、喉の不調で活動休止をしていた黒木渚は、アコギを持って自宅マンションの屋上へ向かったという。

「でも、死に損なって、開き直って、立派な死に損ないになったから、もう歌にしようかなって思って。ちなみにこの曲を作ったときには私はもう乗り越えているわけだから、楽曲制作はすごく楽しかったよ」

今は明るく、ファンに向けてそう語る黒木渚。2012年のデビュー後、順風満帆に見えた彼女の音楽活動は、2016年に咽頭ジストニアという難病を発症したことで何度も座礁しかけた。いや、座礁した。

その間、小説という武器も手に入れながらも、人知れず七転八倒を繰り返し、喉の不調も精神の不調も乗り越えて、「私、そんなに特別じゃないからね」と自らの弱さも強さもすべて素直にさらけ出した新作アルバム『死に損ないのパレード』は、黒木渚の「絶望からの生還」を高らかに宣言している。

だが、「死に損なった」あの日、一体、何があったのか。その経験から「死に損ないのパレード」という曲が生まれるまでの長い旅路を、本人が赤裸々に語った。

   ◆   ◆   ◆

「あの頃は全体的に寒天の中にいたような感覚で。イメージとしてはタールみたいなものでタプタプに満ちた井戸みたいなところに、ゆーっくり沈んでいっていたんですよ」

黒木渚がそのような状態に陥った理由を語るには、まず彼女の喉の病気との格闘の日々を記す必要がある。黒木渚が一番最初に喉の不調を感じたのは2016年4月9日のことだ。4月から6月にかけての『ふざけんな世界、ふざけろよ』(2016年4月6日発売)のツアーはなんとか乗り越えたものの、当初はポリープだと思っていた喉の調子がどうにも戻らず、「咽頭ジストニア」という難病だと判明。8月には活動休止を発表するに至る。



しかし、当時は本人もスタッフもいつ活動を再開できるのかがまったく読めず、ただひたすら治療を続けながら、「せめて曲だけでもためておこう」と楽曲制作の日々を送っていた。もともとの明るい性格もあり、他人と会うときは前向きな姿勢を見せていたし、本人も無理に明るく振舞っていたわけではなかった。

「でも、私自身は思っているようには歌えないけど、“あれ? 声は出ているじゃん”って言われるのがすごいイヤで。“これは私の声と認めない”っていう気持ちはすごく強かったし、そうしている間に本当に声が出なくなってきたのが苦しくて。そんなときでも私を癒やすものが創作だったから、曲は作り続けていました」

しかし、思いっきり歌えない状況に疲れ、何もできなくなってしまったという。そして、「2017年の4月から6月の間のおだやかな気候の日」を迎える。いつだったかはっきりしないのは、当時の記憶が曖昧だからだ。

「すっごい晴れてて。“死ぬなら今日かな”っていう。なんか、こんな綺麗な日にからっと逝っちゃって、“あいつ最後まで笑ってて元気そうに見えたけどね”みたいに、好きにみんなが話してくればいいや、と。それで、アコギを持って、進入禁止の屋上まで登ってみたんです」

「死に損ないのパレード」の歌詞の最初には、こう書かれている。

 13階のベランダ 片足つっこんで
 生と死の境目でブーラブラ
 やっぱりダメだ 怖くて逝けないや
 決意が弱くてグーラグラ




実際には13階ではないが、黒木渚は自宅マンションの屋上に立った。1時間だったか2時間だったか。記憶ははっきりしない。街並みや遠くに立つ鉄塔を眺めていた。

ビルの縁に座ってみることにした。足をブラブラと虚空に投げ出し、体重を前にかけて前のめりになってみたり、後ろにのけぞったりしてみる。前に身を投げ出せば「死」、後ろに転べば「生」。そのボーダーラインに自らを晒した。……身がすくんだ。ヘタれた。

でも、立ち上がってみる。さて、ダイブをするように虚空に飛び込むべきか、それともピョンと飛び出して足から落ちていくべきか。……ふと、靴は脱ぐべきかと思った。

これから死のうというのに、靴を脱ぐべきかどうか? そんなことを考えていたら、なんだかバカバカしくなってしまった。真っ青な空。上を見上げてカラリと晴れ渡った空を眺めていると、「ドン」っと曲が降りてきた。

 カラリと晴れた青空は
 こんなに綺麗な青なのに
 悲しく積もるユウウツを
 どうしてブルーと呼ぶのかな



死のうという瞬間でさえ、こんなにメロディや歌詞が湧き上がってくる。ギターだって弾ける。なのに、それを自由に歌えない。でも、死ねもしない。四つん這いになって、慟哭した……と言いたいところだが、涙も出てこない。ただ、四つん這いになっていた。

「結局、死ぬことも諦めて、その後は粛々と自分の部屋に戻りました」

このとき、真っ青な空の下で湧き上がってきた言葉とメロディは、2017年9月20日に発売された『解放区への旅』に収録された「ブルー」という曲になった。この曲には当時飲んでいた向精神薬を思わせる一節があり、このあとも黒木渚は私小説『檸檬の棘』の執筆で苦闘の日々を送る。



そして、この屋上での経験が「死に損ないのパレード」という曲に結実するまでには、3~4年の長い年月が必要となった。

「今は自分に勇気がないことに感謝します。私は、自分が弱っちく生まれたことにひどく感謝しています。死にきれなかったんですよね。ブーラブラで決意が弱くてグーラグラなの。それをミスったことを今となってはすごく幸せなことだと思う。本当にね、後ろ髪を引っ張ってくれたファンのみんなにはめちゃくちゃ感謝しています。私の命の恩人だと思っている。だから、この『死に損ないのパレード』っていう曲は、みんなに響くと思っている。なぜなら私は小手先のチャリティーで歌ってないから」

この話は、本当に近しい人々にも語っていなかった。それをファンの前で語ったのには、並々ならぬファンへの信頼と、そして数々の苦難を経験して素直な表現ができるようになったからだろう。それを象徴するのが『死に損ないのパレード』に収録されている「心がイエスといったなら」という曲だ。

 心がイエスと言ったなら 我慢も駆け引きも捨てて
 狂ったように走ってゆけ
 たったそれだけの理由で
 心がイエスと言ったなら 一秒で世界は裏返る
 狂ったように笑ってゆけ

 ほんの一瞬の命さ 痛いほど



「ほんの一瞬の命さ」というフレーズに込められた意味は、黒木渚が屋上で経験した事実を知るとまた多層的に感じられるが、この曲はこれまでの黒木渚の楽曲にはないほど、ストレートな歌詞がつづられた「応援歌」でもある。

「『心がイエスと言ったなら』がストレートな表現になったのは、私自身が“平凡に対しての恐怖心”がなくなったからだと思っています。やっぱり、何者かになりたくて音楽家になったり表現者になったりしているわけで、“何とかして抜きん出なければ”っていう焦りもありました。だけど、ずっと悩み続けた今、結局、1周回って開き直ったというか。“私、そんなに特別じゃないかんね”っていう自己分析の結果がシンプルにそれだったし、平凡の何が悪いんだろうみたいな。平凡に生きていることへの称賛みたいなものを込めたのかな、と思っていますね」

これまでもさまざまなことが起きた黒木渚の人生には、これからもさまざまなことが起きるだろう。誰の人生もそうであるように。しかし、死に損なったからこその強みを得た彼女は、きっと多くの人を勇気づけていくだろう。そして、そんなことは本人が一番わかっているはずだ。「死に損ないのパレード」の歌詞にすでにこう書いてあるのだから。

 死に損ないの僕らには
 怖いものなんてなんにもない
 どうせこの世は化け物だらけ
 開き直って愉快だな


取材・文◎織田曜一郎

◆関連動画

ニューアルバム『死に損ないのパレード』

2021年7月7日(水)発売

黒木渚「死に損ないのパレード」配信URL
https://kurokinagisa.lnk.to/bt1og9NE

■CD(共通)
1.心がイエスと言ったなら
2.竹
3.モンロー
4.合わせ鏡
5.象に踏まれても
6.ダ・カーポ
7.あたしの心臓あげる(midnight ver.)
8.死に損ないのパレード

■CD+DVD(初回限定盤A)
LACD-0304 / ¥3,960(税抜¥3,600)
黒木渚 ONEMAN LIVE 2020「檸檬の棘」TOUR FINAL at EX THEATER ROPPONGI
1. ふざけんな世界、ふざけろよ
2. アーモンド
3. 美しい滅びかた
4. あたしの心臓あげる
5. ロックミュージシャンのためのエチュード第0楽章
6. カルデラ

▲初回限定盤A

■CD+DVD(初回限定盤B)
LACD-0305 / ¥3,960(税抜¥3,600)
黒木渚 Online Live 2020「ダ・カーポ」
1. 檸檬の棘
2. エジソン
3. ピカソ
4. クマリ
5. ダ・カーポ
6. カルデラ
7. ふざけんな世界、ふざけろよ
8. 骨

▲初回限定盤B

■CDのみ
LACD-0306 / ¥2,750(税抜¥2,500)


<黒木渚 ONEMAN LIVE 2021「死に損ないのパレード」>

2021年10月3日(日)東京キネマ倶楽部
開場17:00 開演17:30
チケット最終先着先行:8月7日(土)12:00〜
※チケットはファンクラブ限定発売。即日入会可(月額¥400)
https://sp.lastrum.co.jp/kurokinagisa/

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