【レポート】ミュージカル『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』が描く、“普通の人々”の人生賛歌

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Broadway Musical『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』が、ただいま絶賛上演中だ(4月28日まで、赤坂ACTシアターにて)。アメリカで、2008年度トニー賞最優秀作品賞を含む4部門を制覇し、翌年にはグラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞した、まさに21世紀のブロードウェイミュージカルを代表する傑作を日本で楽しむことができる、こんなチャンスはめったにない。主演は、新ユニット「WST」として12か月連続リリースに挑戦中の、Def TechのMicro(平間壮一とのダブルキャスト)だ。コロナ禍で鬱屈した心を素晴らしい音楽とドラマで癒すべく、早速足を運んできた。

◆公演画像(20枚)

舞台はマンハッタン北西部、移民が多く住む町・ワシントンハイツ。Micro演じるウスナビはドミニカ系で、両親が遺した小さな雑貨マーケットを守りながら、いつかドミニカで暮らすことを夢見ている──。


Microは7年前の日本初演当時もウスナビ役を務めているので、キャラ作り、セリフ、歌、ダンスと、安定感は抜群。加えて、同じ町のヘアサロン、タクシー会社など、住人はドミニカ、プエルトリコ、アフリカ系など多様な設定で、それぞれに問題を抱えながらもとにかく陽気でパワフル。ウスナビと、いとこのソニー(阪本奨悟)とのコミカルなやりとり、ヒロインのニーナ(田村芽実)と、タクシー会社で働くベニー(東啓介/林翔太とのダブルキャスト)との恋模様、ウスナビが思いを寄せる美少女・ヴァネッサ(石田ニコル)のフェロモンたっぷりの脚線美など、目と耳を楽しませる要素がたっぷり盛り込まれ、ドラマは進む。


そして何と言っても『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』の魅力は音楽にある。セットの後ろに控えた生バンドが奏でる音楽は、ラテンアメリカ発の本格的なダンスミュージックで、そこにニューヨークのヒップホップ、ブロードウェイミュージカルの王道ポップスやバラードなどの要素を散りばめ、実に豊かで生き生きと迫ってくる。ウスナビのラップを中心に圧巻の歌とダンスで魅せる第一幕のオープニング曲「イン・ザ・ハイツ」や、中盤の重要なシーンで歌われる「96,000」など、ラテン、ジャズ、ヒップホップのグルーヴを取り込んだ音楽の、圧倒的な説得力。華奢な体のどこからあんな声が出てくるのか?と驚くほど、ニーナが豊かな歌声を聴かせる「Respira(Breathe)」。これはもう、音楽のコンサートと変わらない。


中でも特に感動を誘うのは、第一幕のクライマックスを飾る楽曲「The Club」と「Blackout」だ。タイトル通り、にぎわうダンスクラブを舞台に強烈なラテン・ダンス音楽とダンサーたちの群舞で魅せるシーンの迫力は、百聞は一見に如かず。続く「Blackout」での巧みな演出は、ネタバレになるのでここでは触れないが、息をのむほどに新鮮な驚きを運んでくれる。第一幕は85分、時間の流れがとても速い。

第二幕でまず目と耳を引くのは、ウスナビとアブエラ(田中利花)が歌う「Hundreds of Stories」だ。力強いラテンのリズムに乗ってウスナビの出自をたどりながら、移民が故郷を想う心の強さを歌う。陽気だがどこかに哀愁を背負った、ブルージーなニュアンスがいい。さらに、ヘアサロンの経営者・ダニエラ(エリアンナ)がリードを取る「Carnaval del Barrio」も、ラテン音楽の強烈なリズムとインパクトを伝えるという意味で、『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』を代表する1曲だ。ダニエラは肝っ玉姉さん的なタフでコミカルな存在感で、いつ出てきても観客を笑顔にしてしまう、実に魅力的なキャラクターだ。


物語は急転直下、ウスナビが希望の絶頂からどん底に突き落とされ、ニーナとベニーの恋は暗礁に乗り上げ、ヘアサロンもタクシー会社もそれぞれの厳しい現実に直面する──。このあたりのスリリングな展開、お互いを思いやりながらすれ違う感情、数奇な運命のひとひねりなど、ミュージカルとしての脚本と演出の冴えについては、「実際に体感してほしい」としか言えない。原案と作詞・作曲を手掛けたリン=マニュエル・ミランダ、脚本のキアラ・アレグリア・ウデス、日本版の演出と振付を担当したTETSUHARU、翻訳と訳詞の吉川徹、日本版歌詞のKREVA、音楽監督・岩崎廉ら、優れたスタッフたちが心を合わせて生み出した、創意工夫のたまものだ。


万感の思いを込めたゴスペルチューン「Alabanza」で物語は一つのクライマックスを迎え、物語はそれぞれの未来へ向けて走り出す。ヴァネッサはウスナビに伝えたいことがある。ウスナビは故郷に帰る決意をする。ニーナとベニー、そしてニーナの両親、ケヴィン(戸井勝海)とカミラ(未来優希)は、それぞれの愛する者に対して本当の思いを伝えようと決心する──。様々なドラマが一つに繋がり、この町がすべての住人にとっての「HOME」であることを知る、ラストシーンの感動はとても鮮やかなものだ。ウスナビがリードを取る、その名も「Finale」と題した楽曲の向こうに、晴れやかな未来が見える。それはコロナ禍に沈む世の中とシンクロするように、どんな時代や環境にあっても懸命に生きる、普通の人々の人生賛歌だ。

カーテンコールでは、セットの背後に隠れて舞台を支えたミュージシャンたちが紹介され、万雷の拍手を浴びる。Microが全出演者を代表して、観客に感謝を述べる。「こんな状況の中で来ていただいて本当にありがとうございます」という言葉に真の実感がこもっている。しかしこんな状況だからこそ、エンターテインメントは必要なものだということ、音楽や演劇は素晴らしいということ、そして誰もが安らげる「HOME」を探しているということを、『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』は教えてくれる。まだ間に合うなら、ぜひ足を運んでほしい。優しくて力強い、心に灯をともす何かが、そこにきっとあるはずだから。

取材・文◎宮本英夫

『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』東京公演

公演日程:2021年4月17日(土)~4月28日(水)
会場:TBS赤坂ACTシアター
主催:アミューズ、シーエイティプロデュース、ぴあ

チケット一般発売日:2021年3月13日(土)

チケット料金
・S席:12,000円
・A席:8,000円
※全席指定・税込

詳細:https://intheheights.jp/schedule.html

◆『IN THE HEIGHTS イン・ザ・ハイツ』公式サイト
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