【インタビュー】初音ミクの生みの親が語る、冨田勲と『イーハトーヴ交響曲』とバーチャルシンガーの未来

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冨田勲が初音ミクをソリストに迎えて制作した『イーハトーヴ交響曲』のアナログ盤が、3月31日(水)に発売された。

◆『イーハトーヴ交響曲』アナログ盤 商品画像、動画

2012年11月に初演が行われた『イーハトーヴ交響曲』は、宮沢賢治の作品世界と冨田のインスピレーションによって生み出された全7楽章にわたる管弦楽作品だ。演奏には大編成のオーケストラに加え、児童合唱グループを含む合唱隊と、ソリストの初音ミクも加わり、独自の世界観を描き出している。

本作での初音ミクの歌声には、トリガーを使ってリアルタイムに音声を出力し、指揮者にあわせて歌わせるというオリジナルシステムが採用されていた。また、上演時にスクリーンへ投影された初音ミクの映像にも、リアルタイムでの同期システムが用いられている。

今回は『イーハトーヴ交響曲』のアナログ盤発売に際し、同曲の立役者のひとりでもあるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社の代表取締役・伊藤博之氏に、冨田氏との思い出や楽曲制作当時のエピソード、バーチャルシンガーの未来への展望を伺った。

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■冨田勲との出会い

──初めて出会った冨田勲さんの作品は何でしたか?

伊藤:「作品を聴いて出会う」というよりも、「ああ、あれは冨田先生の作品だったのか」と改めて知って、凄いなと思ったのが最初の出会いです。知らず知らずに出会っていた、という感じでした。

──初めてお会いになる前、冨田さんにはどのようなイメージを抱いていましたか?

伊藤:雲の上の存在ですよ。もう神様的な感じで。僕が自分で買った最初のシンセサイザーはCASIOのCZ-5000だったんですけど、冨田先生がドナウ河畔でパフォーマンスしている(※1984年 <アルス・エレクトロニカ>)のをテレビで見て憶えていて、それで買ったんです。作曲家という点もそうなんですけど、シンセサイザー奏者やシンセサイザーマニピュレーターのような職種としても衝撃を受けていたので、当時は本当に雲の上の存在という感じに思っていました。(パフォーマンスで)実際に頭上に上がりましたしね。ヘリコプターに乗せられて(笑)

──実際にお会いした冨田さんはどのような方でしたか?

伊藤:偶然なのか待ち伏せされていたのかは定かじゃないんですが、共通の知人のスタジオにお邪魔したときに冨田先生がいらっしゃったんです。それが初めて会ったシチュエーションでした。

──出会いは突然だったんですね。

伊藤:思いがけずお会いしたので非常にびっくりしたんですが、(冨田氏は)非常に気さくで話好きという感じでした。最初に会った時も、「僕はシンセサイザーに歌を歌わせたい、喋らせたいということを試みていたんだけど、なかなか上手くいかなくてねえ」というようなことを初対面の僕に語り、初音ミクの歌声を聴いて衝撃を受けたことを伝えてくれました。

──冨田さんは初音ミクのコンサートもご覧になったそうですね。

伊藤:その次の日が<ミクの日感謝祭>(※2012年3月)だったのですが、「是非見たい」ということだったので、会場に来てもらいました。クラシック音楽という感じでもないし、音量も大きいので、どう思われるかなと気になっていたんですけど、「大丈夫かな?」と見てみると(冨田氏は)直立不動でいらっしゃいました。ステージを観察されていたのかな?


▲『イーハトーヴ交響曲』アナログ盤ジャケット

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■『イーハトーヴ交響曲』の制作にあたって

──『イーハトーヴ交響曲』は「初音ミクを使った楽曲を作ろう」ということでご提案を受けていたのですか?

伊藤:詳しい経緯はわからないのですが、楽曲の構想はずっと前からあったと思うんですよ。冨田先生と初めて会ったのが2012年の3月、初演が同年11月と半年しか期間が無いので、出会った後に構想して作曲して、ということはちょっと考えづらいので。冨田先生と会ったとき、『イーハトーヴ交響曲』のことかは定かではないんですけども「ミクちゃんが歌ったらいいねえ」みたいなことを仰っていたので、「ぜひやりましょうよ」という感じでお話はしました。なので多分“ミクがいるから作ろう”と思ったわけではないと思います。

──その当時、初音ミクとオーケストラとの共演はあったのでしょうか。

伊藤:無いです(笑)。すごいチャレンジングな取り組みで、僕自身やってみたいと思いました。

──『イーハトーヴ交響曲』の制作にあたり、不安なことはありましたか?

伊藤:「リアルタイムで(初音ミクを)登場させる必要があるんだろうな」という不安はありまして。冨田先生からお話をいただいたときに、何の準備もなければ「いやあ厳しいです」とお話をせざるを得ないところだったんですが、たまたま社内でCGの初音ミクをリアルタイムで動かす実験をし始めていたので、それを使うとできそうかなという頭はありました。不安と言えば技術面がいろいろ、解かなきゃいけない問題がたくさんあったというか、課題ではあったと思いますね。

──リアルタイムで初音ミクの音声などを同期させる技術は、現在のミクのオーケストラコンサートでも用いられているのでしょうか。

伊藤:いや、使ってないんですよね。歌声も映像も『イーハトーヴ』の仕組みは『イーハトーヴ』のみですね、クラシックでいうと。『ドクター・コッペリウス』(冨田氏の遺作となったバレエ作品。初音ミクがソリストとして登場する。2016年初演)でも使っています。『イーハトーヴ』と『ドクター・コッペリウス』は直々につながっていて、そこは同じ技術です。



▲刺繍アートジャケット

──素人目に『イーハトーヴ交響曲』における初音ミクの歌唱システムは大変難しいものを使われていると感じますが、制作チームが苦労していた部分はどちらですか?

伊藤:普通のロックやポップスのコンサートって、大体ガイドクリックを聞きながら演奏していて、特にシンセサイザーなど同期系のものを鳴らすときは、人間がそれに合わせることが多いんですね。クラシックコンサートでも、指揮者がガイドクリックを聞いて、その通りに指揮棒を振るっていうやり方もできなくはないけど、それって邪道なわけですよ。その場の指揮者の感覚にあわせて演奏し、同じようにミクも歌います、っていうようにしないと、クラシック音楽としては成立しないなと思ったんです。そこも技術をブラッシュアップすることが必要で、苦労した点ですね。

──初音ミクを使った作業は冨田先生にとって新鮮な作業だったでしょうね。

伊藤:(冨田氏はシンセサイザーに)歌を歌わせることに情熱を注がれていたので、「歌を歌わせることに特化したシンセサイザーが出る」ということで、そういう(新鮮な)感覚を持っていたと思いますし、『イーハトーヴ交響曲』の記者発表の時にミクのフィギュアを手に持って「ミクちゃんも一緒に記者発表に出てください」と、アーティストとしての初音ミクに気を遣っていただいたのが有難かったです。

──楽器としてではなく、アーティストとして……素敵ですね。

伊藤:オーケストラという装置に伝統としてのフォーマットがある中、編成にシンセの音色を入れようという発想は、たぶん当時としては無茶というか、斬新な試みだったと思うんですよ。だけど楽器の音は振動音ですね。最終的にはサイン波です。

──なるほど。

伊藤:波は自然の中の物理現象で、電子楽器が出す波も自然現象だから、電気で出そうが、弦を擦って出そうが、結局物理法則の中では大して変わらないという感覚だったのかなと。その中では人間が声帯で歌っているのと、マニピュレーターが初音ミクを歌わせているのと、そんなに大差はないという感覚だったのかな。その辺りのフレキシブルさは、話していて随所に感じることはありました。発想が柔軟だからここまで最前線で作曲家としてやって来られていたと思うので、見習わなきゃなと思いました。

──冨田さんは生前「アナログとデジタルって分けるけど、じゃあ雷ってどうなんだ」とよく話していたそうですね。

伊藤:そのようですね。

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