樋口楓、未来を拓いていく勇気の燈を胸に灯してくれたライブ<Kaede Higuchi Live 2021“AIM”>
タイムラプスのように今まで歌ってきた曲のMVたちが次々流れていくと、どこかの部屋で目を覚ます誰かの視点が映し出された。『アンサーソング』のMVに登場した樋口楓の部屋に見えるが、どこか違和感が残る。どうやらこれはバーチャルライバーとしての道を選ばなかった未来の姿、22歳の樋口楓の視点で、昨年行われた生配信に登場した時より以前の時間軸のもののようだ。気だるそうに目を覚ました彼女は、ため息を吐いて再び夢を見ようと机に突っ伏したところで、ライブ本編の幕が上がる。
突如として流された映像の真意を掴み取ろうと思考回路をフル回転させる我々の前に、颯爽と樋口楓が姿を見せる。きらめきを纏ってステージに登場すると、最初から全開のロックナンバー『FRONTIER』でKaede Higuchi Live 2021 "AIM"の火蓋を切る。一瞬呆気にとられたオーディエンスを一気に最高潮へ導くダイナミックなパフォーマンスで会場の空気を自らのものにしてみせ、時折手を振って観客とコミュニケーションをとるなどリラックスした様子も見せてくれた。
期待を乗り越える最高のスタートに、会場からは割れんばかりの拍手が浴びせられる。それを噛みしめるように味わうと「よろしくおねがいしまーす!」と元気な挨拶から『MapleStep』へ。今度は手拍子を煽ってオーディエンスと動きを合わせ、久しぶりのステージもなんのそのと伸びやかに歌声を響かせる。ワンマンライブ自体は2年ぶりだが、各種ライブイベントへの出演やメジャーリリースなど、シンガーとして確かなステップを刻むなかでの成長を感じさせた。
「緊張じゃなくて怖さを感じてたけど、いろんな人と話して解けていった。」と今の心情を打ち明ける飾らない語り口はいつもの彼女だ。全編生バンドによる演奏やオープニングに仕掛けられた謎など全体の演出へのこだわりも語り、「なにか感じてもらえるものがあったらいいな。」とライブの出来へ自信をのぞかせる。
次は盛り上がる曲をと跳ねるようなイントロから『TOBI-DERO!』へ突入。極上のスカパンクにのせて夢へ向かって走り出す希望を歌い、美しく軌道を描きながらポニーテールも楽しそうに揺れる。
つづく『Red Star』はレパートリーの中でも随一のファンキービート。ステージ上空にミラーボールもあらわれ、乱反射する赤い光線が降り注ぐと、会場を瞬く間にダンスフロアへ変換する。飛び跳ねながら歌う彼女に誘われるまま、オーディエンスがボルテージを高めていくなか「まだまだいけるか!」と更なる高揚を煽って『Sugar Shack』へ。本来ならば巨大なコール&レスポンスが巻き起こるラウドロックだが、今回はお預け。しかしステージの背景には叫びだしたい我々の気持ちが具現化したかのように歌詞が表示され、粋な演出に感謝と喜びを感じざるをえない。
ここからは樋口楓の真骨頂たるストレートなロックナンバーの連打。『Be Myself』ではステージに火柱が上がると同時に、背景には火の粉が舞って一体感を強めると、荒々しく感情をぶつけるように歌う様に呼応してオーディエンスも拳を振り上げる。つづく『ステレオアイデンティティ』では揺らぐ自己の存在証明が明滅する照明によっても表現され、ハイスピードロックと共に疾走する独特の世界観が展開された。
「KANA-DEROのあの瞬間をもう一度!」という叫びから繰り出されたのは、2年前のワンマンライブで生まれた名曲『響鳴』だ。歪んだギターの音色とユニゾンし、未知なる世界に革命の旗を突き立てる覚悟を込めた絶唱に、フロアも全力で応えてみせ、今日一番の拍手が会場に響き渡った。
2年前のワンマンライブからの変化として最も大きなものの一つがメジャーデビューを経たことによってプロのクリエイター陣によって制作された彼女自身の楽曲が増えたことだ。それによってファンメイドの曲をライブで披露することがなくなってしまうのではないかと心配されることもあったそうだが、「ファンメイドの曲を歌うことは樋口楓の根っこだから、絶対にやりたかった。」と、どれだけ活動が変化しても変わらない、ファンと共に歩んでいく想いを改めて表明した。
つづいてステージに映し出されたのは、去年の夏を沸かせたにじさんじによるゲーム大会企画、にじさんじ甲子園決勝の映像だった。樋口楓監督率いるVR関西圏立高校と椎名唯華監督のにじさんじ高校の激戦はいまや伝説となっているが、球場にこだまする歓声にミニバットを叩く音が混ざって、いよいよここがどこだかわからなくなってくる。今度は樋口楓監督による選手たちへのメッセージが流れ始め、あの夏の思い出が熱気と共に蘇ったところではじまるのはあの曲しかない。『Victory West!』、しかも随所ににじさんじ甲子園での名言が散りばめられたスペシャルバージョンだ。儚くも煌めく青春を駆け抜けたあの夏の思い出を元気いっぱいに歌い上げ、永久に刻まれた灼熱の季節をステージ上で表現してみせた。
今度は樋口楓をモチーフにした不思議なキャラクター、カエデがステージにあらわれる。「みんながかわいいって言ってくれて嬉しいけど、どこがいいん?」とご主人に似て謙虚なカエデだが、食事に関しては譲れない独自の哲学を持っているようで、好きなものをいっぱい食べたいと楽しそうに語る。一通り言いたいことは言いきると、ご主人と一緒に『たこ焼きロック』を披露。こてこてのオールドスクールな音色にのせて好きな食べ物を羅列する痛快なサビに、欲望をストレートに放つ「食いたい!」のシャウトと、肩の力が抜けてしまうようなおもしろい楽曲だが、この表現の幅広さも樋口楓が愛される所以であろう。
緩みきった雰囲気は彼女の言葉で一気に引き締まることになる。再び暗転した会場に映し出されたのは22歳の樋口楓からのメッセージだ。ここまでも圧倒的なステージングを見せ、今まさに夢へのステップを進む17歳の自分に対し妬むような気持ちを抱えることを明かす彼女。Ifの自分への簡単には整理できない思いを絞り出すように言葉にしていき、自分が選べなかった道を突き進む自分に対してのネガティブさを捨て去ることができず、だがその気持ちを認めることが未来へ歩き出すための最初の一歩という答えへ辿り着く。断片的に語られる情報からは、22歳の彼女が今どんな夢を抱え、どんな壁に直面しているかはわからない。だが目をそらさずに自らのアンサーを導き出した彼女なら、どんな困難な道であっても夢へ向かって歩んでいける。そう確信させるだけの決意の光が、彼女の目には見えた。
22歳の自分との邂逅を果たし、今までになくシリアスな空気のなか始まったのはアルバムのリードトラック『アンサーソング』。ステージを歩き回ることもなく身振りも最小限にして、ひとつひとつ魂を込めるように放たれる彼女の歌声がかつてない迫力を伴って聴く者の心へ迫る。もう一人の自分が辿り着いた答えに今の自分の思いを重ねて紡がれたアンサーは、どんな苦境にあっても消えることのない確かな光となって、これからも彼女の行く未来を照らしていくだろう。
5年後の自分からのメッセージにはやはり思うところがあるようで、今の樋口楓もまた別の夢を追う難しさを感じていることを語る。「私も心の中はぐちゃぐちゃ」と抱える不安や悩みを包み隠さず伝えようと丁寧に言葉を選ぶ彼女に対し、我々もその真意を余すことなく受け止めようと真剣に耳を傾ける。互いに歩み寄ろうとするこの関係性をなにものも阻むことはできず、どうしようもなく繋がる心が次元の壁や立場の境を取り払って一つになっていく。
心模様をあらわすような夕焼け空がステージに映し出されると、穏やかな旋律と共に『mìmì』がはじまる。感情を激しく揺さぶるロックナンバーは彼女の真髄だが、優しく寄り添うようなバラードも持ち味の一つ。ファンと共に作詞にも挑戦した思い出深い『For you』と繋ぎ、柔らかな歌声でフロアを暖かく包み込むと歌姫としての確かな実力を証明して見せた。
ステージを彩る超強力バンドメンバー、Dr:中村”マーボー”真行、Ba: 二家本亮介、Key: 森谷優里、Gt: 佐々木”コジロー”貴之 、Mani : 磯田泰寛を紹介すると共に、しっとり落ち着いた空気をポップサウンドで塗り替えて『現代社会、ヒロインは!』へ。七色に輝くステージにぴったりの弾ける歌声で現代ヒロインの最新形を知らしめると、フィナーレへ向けてヒートアップしていく。
本日最後の曲として繰り出されたのは『アブノーマルガール』。フィナーレを飾るキュートなポップナンバーに合わせ、それぞれの心のうちで大シンガロングを巻き起こし、本編は賑やかに幕を閉じる。
アンコールを求めて拍手とツインスティックメガホンの音が重なる異様な様子が不思議な一体感帯び始めたところで、突如としてイントロが鳴り響く。再びサプライズ的に登場すると、軽快なギターが印象的な『Q』をドロップ。まだまだ終わらせないと会場のテンションを再び最高潮へ引き上げると、告知として今回のライブの映像商品化決定とアニメタイアップの発表も行われた。新たなステージへの期待でいっぱいになったところでいよいよ大団円へ。
本当の最後として届けられたのはメジャーデビューに際してつくられた決意の曲『MARBLE』。ここまでのステージで成長した姿を見せつつも、魅力全開のパフォーマンスは今始まったかのようにフレッシュで、アーティスト樋口楓の無限の可能性をこれでもかと示してみせる。ライブを最後まで見守ったすべての人々へいっぱいの感謝を伝え、万雷の拍手に包まれる中ライブを締めくくった。
エンディングに流れた映像はふたたび樋口楓の部屋の様子。机に並べられた複数のモニターに、ライバーに支給されるスマホと今度は現在の樋口楓の部屋のようだ。鳴り響いたアラームに急かされるように飛び出していく彼女だったが、机の上には「2020.05.01の樋口楓より。」と書かれた未来の自分への手紙が残されていた。本編中でも22歳の自分へメッセージが届いたことがうかがえたが、仕上げた手紙と今の自分が掴みとったものを精一杯に表現した今日の日のステージによって、より強い思いが未来の自分へ伝わることだろう。
最後にステージに映し出された彼女からの手紙に記されていた「”あなた”にとって、誰より愛おしく思えるであろう自身の人生が、あなた自身に認められるものになりますように。」という祈りの言葉。その想いに優しく背を押されるように、あなたも、わたしも、そして彼女も、自らが選んだ道を今後より力強く肯定できるはずだ。溢れ出る想いを真っ直ぐに伝えようと歌う17歳のバーチャルシンガーの姿は、その道標を示しつつ、共に未来を拓いていく勇気の燈を各々の胸のうちに灯してくれたのだから。
Photo:花菜(株式会社オギクボマン)・今元秀明(Studio3969)
ライター:オグマフミヤ
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