若き天才、ジェイコブ・コリアーが「音楽史に残る巨人」になる日はもうすぐ
2020年11月25日、ジェイコブ・コリアーはツイッターでこう叫んだ。
"Three Grammy nominations including ALBUM OF THE YEAR????????!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!"(「アルバム・オブ・ザ・イヤーを含む3部門でノミネートだって!!??」)
これを読んだ僕はあわてて第63回グラミー賞のノミネートを検索した。なんとジェイコブ・コリアーは、「オール・アイ・ニード」が「ベスト・R&Bパフォーマンス」に、「ヒー・ウォント・ホールド・ユー」が「ベスト・アレンジメント、インストゥルメンタル・アンド・ヴォーカルズ」に、そしてアルバム『ジェシー Vol.3』が「アルバム・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされているではないか!
コリアーはこれまで4つのグラミーを受賞しているけど、それは「ベスト・アレンジメント、インストゥルメンタル・アンド・ヴォーカルズ」と「ベスト・アレンジメント、インストゥルメンタル・オア・アカペラ」部門が2つずつだった。今回特筆すべきなのは、すべてのジャンルの中で最も優れたアルバムを選出する、いわばグラミーの「顔」というべき「アルバム・オブ・ザ・イヤー」部門にノミネートされている、ということ。これは快挙であります!
1959年に始まったグラミー賞の長い歴史の中で、ジャズ関係の作品が「アルバム・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたことはごく少ない。フランク・シナトラ、ジュディ・ガーランド、トニー・ベネットといった大御所エンタテイナー以外では、1965年の『ゲッツ/ジルベルト』(スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト)、1991年の『バック・オン・ザ・ブロック』(クインシー・ジョーンズ)、2008年の『リヴァー:ザ・ジョニ・レターズ』(ハービー・ハンコック)があるだけだ。今回のノミネートには、テイラー・スウィフト『フォークロア』やポスト・マローン『ハリウッズ・ブリーディング』、コールドプレイ『エヴリデイ・ライフ』などの強力な作品が並んでいるけど、ハンコックのときもエイミー・ワインハウスやカニエ・ウェスト、フー・ファイターズをぶっちぎって『リヴァー:ザ・ジョニ・レターズ』が受賞したのだから、可能性は十分にある。2021年1月31日の発表を楽しみに待つことにしよう。
さて、まずは「ジェイコブ・コリアーってどんな人?」という方のために、彼のプロフィールを簡単に紹介しておこう。コリアーは1994年8月2日、ロンドン生まれ。2012年、18歳のときに、すべての歌と楽器を自分ひとりで演奏した動画をYouTubeに次々にアップしはじめ、このとんでもないやつは一体何者なのか?と話題になった。そのときにコリアーがカヴァーした楽曲は、スティーヴィー・ワンダーの「ドンチュー・ウォーリー・アバウト・ア・シング」「イズント・シー・ラヴリー」、カーペンターズの「クロース・トゥ・ユー」など。
2014年、コリアーはクインシー・ジョーンズのプロダクションと契約し、マサチューセッツ工科大学のチームと組んで、自分の部屋で行っていた多重録音・多重録画をステージ上でリアルタイムで再現するという、今まで誰もやったことのない試みを始める。そして2016年、ファースト・アルバム『イン・マイ・ルーム』がリリースされた。このアルバム中の「フリントストーンズ」が2017年グラミー賞の「ベスト・アレンジメント、インストゥルメンタル・アンド・ヴォーカルズ」、「ユー・アンド・アイ」が同「ベスト・アレンジメント、インストゥルメンタル・オア・アカペラ」を受賞し、レコーディング・アーティストとしてのコリアーは順調なスタートを切ったのだった。
今回グラミーにノミネートされた『ジェシー Vol.3』は、2018年12月にリリースされた『ジェシー Vol.1』に始まる「ジェシー4部作」の3作目。音楽評論家の柳樂光隆氏が行ったインタビュー(「ローリング・ストーン」ウェブサイトに掲載)の中で、コリアーはこのように語っている。
「『Djesse』はアルバム4枚分のプロジェクト。1つの大きなアルバムの中に4つの宇宙がある。それぞれの宇宙にはそれぞれのジャンル、サウンド、コラボレーターがいる。『Vol.1』はメトロポール・オーケストラのアコースティックなサウンドや、クワイアを用いた壮大な宇宙だった。『Vol.2』は同じアコースティックでもフォーク寄り。ソングライティングやロックの要素、ライトなファンク、アフリカ、ポルトガルなど世界の音楽をつなぎたかった。で、『Vol.3』はと言うと、ヒップホップ、R&B、エレクトロニック、デジタル・サウンド、ポップミュージックを全部一緒にしたようなもの。そのスペースに見合うサウンドにしたかったから、ビッグなコラボレーターが必要だった」
ここで本人が言っているように、『ジェシー Vol.3』のサウンドは、今までのコリアーの音楽に比べて意外なほどにシンプルでダンサブルだ。そのサウンドを充実したものにするために彼が呼んできた「ビッグなコラボレーター」は、Tーペイン、ダニエル・シーザー、キンブラ、タンク・アンド・ザ・バンガス、キアナ・レデ、トリー・ケリー、ラプソディ、マヘリア、タイ・ダラー・サインといった、ラップとR&Bを中心とした人気アーティストたち。今回「ベスト・R&Bパフォーマンス」にノミネートされた「オール・アイ・ニード」はマヘリア、タイ・ダラー・サインとの共演だが、スラッピング・ベースがかっこいいタイトなビートに乗せたポップなメロディと、ストレートな歌いっぷりが印象的なトラックだ。
今までのジェイコブ・コリアーの音楽の最大の特徴は、広い音域を最大限に活用した多重録音コーラス(その典型は『ジェシー Vol.2』に収録され、2020年にグラミーを受賞した「ムーン・リヴァー」のアカペラ・コーラスだろう)と、非常にユニークな響きだが、決して不快には聞こえない斬新なハーモニーだと言える。このハーモニー(コード)の作り方は「ネガティヴ・ハーモニー」という考え方に基づいたもので、ここで説明すると煩雑になってしまうので割愛するが、コリアー自身がYouTubeで説明している動画があるので、興味のある方は検索してみてください。
『ジェシー Vol.3』でも多重録音コーラスは随所にフィーチュアされているが、ハーモニーを構成している音の積み重なりは、今までよりもぐっとシンプルでわかりやすいものになっているようだ。このアルバムでのコリアーは、ハーモニーよりビートとメロディ、そしてヴォーカル・パフォーマンスに音楽的なフォーカスを当てている、と思える。
こういう言い方は誤解をまねくかもしれないが、「ヒットする曲とパフォーマンス」を創り出すことを、コリアーは、あふれるばかりの創意とクリエティヴィティを全開にしつつ、つまりまったく「コマーシャルな妥協」をせずにやりとげよう、と思ったのかもしれない。おそろしく早口のラップを披露する「カウント・ザ・ピープル」の、実に奇妙でおもしろいバックトラック(途中、一瞬だけバンジョーが鳴るあたりで僕は思わず笑ってしまった!)を聴くと、コリアーの好奇心と完全主義(この2つは往々にして相反するものだが)が、まったく矛盾なくポップな形で具現化されていることに驚いてしまう。
4部作の最終作品となる『ジェシー Vol.4』は、Vol.1からVol.3までの要素を統合し、さらにまったく新しい何かを加えた、「ジェイコブ・コリアーの全体像」を提示するものになりそうだ。グラミー賞「アルバム・オブ・ザ・イヤー」の発表も楽しみだけど、もっと楽しみなのは『ジェシー Vol.4』がどんな音楽になるのか、ということ。若き天才が「音楽史に残る巨人」になる日はもうすぐなのかもしれない。
文◎村井康司
ジェイコブ・コリアー『ジェシー Vol.3』
1.クラリティ
2.カウント・ザ・ピープル(feat.ジェシー・レイエス&T-ペイン)
3.イン・マイ・ボーンズ(feat.キンブラ&タンク・アンド・ザ・バンガス)
4.タイム・アローン・ウィズ・ユー(feat.ダニエル・シーザー)
5.オール・アイ・ニード(with マヘリア&タイ・ダラー・サイン)
6.イン・トゥ・ディープ(feat.キアナ・レデ)
7.バタフライズ
8.スリーピング・オン・マイ・ドリームス
9.ランニング・アウタ・ラヴ(feat.トリー・ケリー)
10.ライト・イット・アップ・オン・ミー
11.ヒー・ウォント・ホールド・ユー(feat.ラプソディ)
12.トゥ・スリープ
13.イン・トゥ・ディープ(アコースティック・ヴァージョン、feat.キアナ・レデ) ※日本盤限定ボーナス・トラック
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