【ライブレポート】tricot、音楽を楽しむ底力
コロナ禍の拡大を受けて、今年5月から月に1度のペースで配信ライブ<猿芝居>を行っているtricot。そんなtricotが最新シングル「おまえ」のリリースを2日後に控えた7月27日に、“お前のお前によるお前の為のおまえ”と銘打った配信ライブ<猿芝居Vol.3>を開催した。
◆ライブ画像(20枚)
配信ライブも3回目ということで、メンバー達も配信のかたちに慣れてきただろうと思っていたが、ライブ直前にヒロミ・ヒロヒロ(B)が虫垂炎で入院したという知らせが入ってきた。残念ながらライブは延期になるかと思いきや、tricotはサポートベースを立ててライブを行うことを決断。
ライブは中嶋イッキュウ(Vo&G)の「tricotです。今日は3回目の<猿芝居>、配信ライブを観てくれて、ありがとうございます!」という挨拶から始まった。中嶋は「今日は、ちょっと淋しい絵面になっていますね」と言いつつも、「愛しのヒロミ・ヒロヒロさんが虫垂炎で、お腹痛々になっちゃったみたいで、ちょうど今ごろ手術されているかもしれないということで、暗い気持ちでライブをしていきたいと思います。一昨日の夜くらいにマネージャーからヒロミさんのお腹が……ということを聞いて、ライブを延期するという選択肢もあったんですけど、せっかくなので誰か弾いてくれへんかなと思って、急いで探したところ、約2名の人がヒットしまして。弾いていただくことになりました!」と経緯を明かす。そして「ジラフポットから、せっきゃん。お願いします!」と、関浩佑を呼び込む。
ライブはパワフルに疾走する「E」で幕を開けた。曲が始まると同時にMCで見せた柔らかみは消え失せ、鋭いオーラを発しながら抑揚を効かせた歌声を聴かせる中嶋。フィジカルなステージングを見せつつソリッドなギターワークを行い、安定したコーラスを展開するキダ。手数の多い凝ったパターンを力強く叩ききるドラミングを織りなす吉田。そして、内面の熱さを露わにして、ウネリに溢れた重低音を紡いでいく関。前日に関が参加することが決まった(ということは、当日リハが初めての音合わせだったはず)とは思えないタイトなアンサンブルは見事で、1曲目からtricotの世界に強く惹き込まれた。
その後は「E」の勢いを保ったまま、「TOKYO VAMPIRE HOTEL」をプレイ。ヒリヒリした雰囲気のAメロ、エモーショナルなBメロ、変拍子なのにポップという不思議なテイストのサビ……とスピーディに表情を変えながら突き進んでいく構成は本当に魅力的だ。さらに、クリア&ラウドなサウンドや、練り込んだことがうかがえる良質なカメラ割も実にいい。配信ライブでいながら実際にライブを観ているような感覚を味わうことができた。
続いて、新曲の「おまえ」が披露された。パワフルにロールするドラムと内面のいら立ちを表現するボーカルをフィーチャーした歌中とキャッチーなサビパートを融合させた「おまえ」は、強いインパクトを放つ1曲。静と動のコントラストを用いたアレンジも決まって、楽曲の後半は圧倒的な盛り上がりを見せた。「おまえ」は完成度の高さが光るナンバーで、今後のtricotの看板曲のひとつになることを強く予感させた。
3曲聴かせたところで関はステージから去って、MCが入った。「せっきゃんは前に私が10代のときにやっていたバンドでベースを弾いてくれていて。そのときにキダ先輩もギターを弾いていて、この後シナリオアートのヤマピー(ヤマシタタカヒサ)がベースを弾いてくれるんですけど、シナリオアートのドラムの(ハットリ)クミコも一緒だったんです。今日は、もうみんな集まっちゃって。友達、少なっっ! っていう感じですけど(笑)。もう10何年前から、こういうときに助けてくれる人が変わってないというのは、すごく嬉しいことだなと思います。対バンとかはしていたけど、一緒に音を鳴らすのは10何年ぶりになったんですね。ホンマにせっきゃん、ありがとうございます! では、今度はシナリオアートのヤマピー、お願いします!」(中嶋)
この声に応えて、ヤマシタが姿を現した。4人が顔を見合わせて“ガーン!”と音を鳴らしたところで、ステージにシナリオアートのハットリクミコが登場。“バッ!”とマイクを掴んで、「滋賀県からやってきました! シナリオアートのドラム&ボーカルのクミコです! うちのベース、よろしくお願いします! かかってこいや!」とアジテーションするというサプライズも交えて「99.974℃」が演奏された。
肉感的な力強さと知的な味わいを併せ持ったサウンドとささくれ立ったボーカルの取り合わせは独自の心地よさを湛えているし、メロディアスでいながらどこか不安定な情緒が香るサビも“病みつき感”に満ちている。また、スロー&ダークな世界に移行する中間のセクションを余裕の表情でこなす辺りもさすがの一言。4人だけのシンプルな音像で強固な世界観を構築することも含めて、tricotの演奏力や表現力の高さをあらためて感じることができた。
その後は、スリリングなイントロ、センシティブな歌中、サンバビートを配したアッパーなサビを活かした「POOL」をプレイ。異なる要素を巧みに融合できるのはtricotの大きな強みだし、かなりマニアックでいながら、あまりそれを感じさせないことには驚かされる。そして、そんなtricotの特異な世界にスッと溶け込んでいるヤマシタと関の順応力も見逃せない。彼らの底力を目の当たりにして、圧倒されずにいらなかった。
続けて、再び「おまえ」を聴かせた後、キダが「すごい! すごいですね、2人とも」とコメント。「こっちも演奏しながらちょっとくらい気を遣うんかなと思ったけど、まったく気を遣わなかったです(笑)」と。中嶋も「バンドとして楽しめていますね、音楽を」と満足げに語り、2人にサポートをお願いしたことについて感謝の気持ちを現した。
そして、ヒロミへも「いつもありがとうございます」「ヒロミさんのあり難さを、なによりも感じています。いつもベースを弾いてくれているヒロミさん、心からありがとうございます。早く、あのかわいい笑顔を見たいですね。今日もヒロミさんを感じながらライブをしたいと思います」と心情を吐露。
続けて「ここからは3人でやっていきたいと……」と中嶋。キダも「急に、スカスカになるかもしれないですね。そのスカスカを、楽しんでいただければ」と言い、「ヒロミさんの音は、皆さんの脳ミソで鳴らしてもらいたいです。では、ここから先は3人で、もうちょっとだけやって終わります。今日は本当に観てくれて、ありがとうございます!」と。
彼女達は本当に3人だけで「庭」をプレイ。ベースがいないことをカバーするように熱くパフォーマンスする3人の姿に目を奪われる。切迫感に溢れた前半から軽やかなサンバパートに移行したところでキダが関とヤマシタをステージに呼び込んで、ツインベース形態で「おまえ」を披露。華やかな盛り上がりを見せた後、再び3ピースで演奏した「MATSURI」では中嶋がギターを降ろして、ハンドマイクで早口のリーディングをまくしたて、床に置いたギターをかきむしるという荒々しいパフォーマンスを展開。tricotのロック感がさく裂したシーンに、ライブを視聴していたすべてのリスナーが心を鷲づかみにされたに違いない。
「MATSURI」を聴かせた後は、もう一度関とヤマシタを交えて、ラストソングとして「おまえ」(なんと4回目)を披露。ステージが熱気に溢れた状態で画面はフェードアウトしていき、強い余韻を残して<tricot“猿芝居”Vol.3 ~お前のお前によるお前の為のおまえ~>は幕を降ろした。
ヒロミの突然のアクシデントに屈することなく配信ライブを行うことを決め、観応えのあるステージを見せたtricot。逆境を逆手に取って、関とヤマシタとのコラボレーションや3人だけのtricotといった普段は観ることができないスペシャルなライブに仕上げたのはさすがの一言に尽きる。
関、ヤマシタという優れたベーシストの助力があったとはいえ、ハンデのある状態で良質なライブを見せたことからはtricotというバンドが持つ“伝える力”の大きさを再確認できた。彼女達のミュージシャン・シップの高さや“転んでもタダでは起きない底力”はハンパじゃない。今回のライブを経て、ヒロミが復帰した暁にtricotがさらにパワーアップすることは明白なだけに、今後も彼女達に大いに注目していきたいと思う。
文◎村上孝之
写真提供◎8902 RECORDS
撮影◎中山優瞳
■「おまえ」配信情報
7月29日配信
https://tricot.lnk.to/omae
<猿芝居Vol.3 -お前のお前によるお前の為のおまえ->
https://tricot.zaiko.io/_item/327736
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