【インタビュー】小原孝、あらゆるジャンルの曲に美しい抒情をまとわせるピアニスト
■僕がJ-POPを弾く時は曲のメッセージを大事にして
■詞を必ず横に置いてかみ砕いてアレンジしています
──さらに、J-POPもいくつかあります。さだまさし「Birthday」、福山雅治「ひまわり」、米津玄師「パプリカ」といったJ-POPの曲を取り上げる時に、意識していることは?
小原:僕がJ-POPを弾く時に、自分から選んで弾く時は、その曲の持っているメッセージ性を大事にします。メロディもそうなんですが、詞=ポエジーが重要なんです。歌詞を読んでから、その気持ちになってアレンジするので、詞を必ず横に置いて、かみ砕いてアレンジするということをしているので、そういう意味で共感するアーティストは、メッセージ性を持った作品を作る人ですね。さだまさしさんや、今回入れてないですけど、ユーミン、中島みゆきさんや、その世代のアーティストには影響を受けていますし、番組でもとてもリクエストが多いです。
──それにしても。詞を横に置いて、アレンジを考えるピアニストは、相当珍しいんじゃないですか。
小原:それが僕のスタイルだと思うんですね。たとえば「ピアノの先生向けにアレンジの講座をやってください」という依頼が来ると、ほかの先生方の講座は、だいたいアレンジのテクニックを教えるんですけど、僕の場合はその曲の背景を調べて、詞を読んで、歌わなくてもいいから「朗読をしましょう」と。その詞の気持ちになって弾きましょうということで、全然レッスンにならないんですが(笑)。
──とんでもない。素晴らしいレッスンだと思います。
小原:僕はそのスタイルでずっとやってきましたので。たとえば曲を弾く時も、「ド、レ、ミ」と弾くのと、「そ、う、ね」と言って弾くのでは、全然違うじゃないですか。ドレミは同じドレミなんだけど、それを「す、き、さ」という気持ちで弾くとか。それは、実はJ-POPではなくて、日本歌曲の畑中良輔先生、更予先生、伊藤京子先生や、そういう先生方に教わったことなんですね。今は日本歌曲コンクールの審査員もしているんですけども、そういうふうに言葉を大事にすることを、J-POPの中でもできたらいいなと思って、詞を大事にしているアーティストには特に共感します。
──はい。なるほど。
小原:ちなみに福山雅治さんの作品は大好きで、これまでもいっぱい入れてるんですけど、同じ30周年ということで勝手に親近感を持って入れさせていただきました。
──そして最後に、これはボーナストラックで、まさに「弾き語り」で歌っている曲が入ってます。「さよなら 音楽の森」という曲は、歌がとても素敵で、ひょっとして小原さんはシンガーソングライター志望だったんじゃないか?と思うくらいで。
小原:それはあるね(笑)。最初に買ったレコードは南沙織さんですけど、当時からギルバートオサリバンも大好きで、その影響で今も時々ピアノを弾きながら歌うライブをやるんです。本当は僕が、みなさんにお金を払って聴いていただかなきゃいけないライブなんですけど(笑)。
──あはは。とんでもないですよ。
小原:チャリティ活動をしている時のライブでは、よく歌ったりしているんですね。そしてこの「さよなら 音楽の森」という曲は、今はもうない楽器店の、「音楽の森ホール」というのが国立駅のそばにあったんですね。僕は中学から大学院まで国立(くにたち)音楽大学にお世話になったので、そこで100回以上コンサートやセミナーをやってきたんですけども、それがなくなってしまう最後のコンサートの時に作った曲なんです。それ以来歌ってなかったんですけど、今回その時のことを想い出しながらレコーディングしてみました。
──フェミニン、ジェントル、素敵な声です。
小原:ありがとうございます。番組でも時々歌うんですけど、「もっと歌って」という声もありますけど、「歌うな!」というクレームも来る(笑)。でも最初の頃は落ち込んでいたんですけど、今は全然平気です(笑)。
──これからもぜひ歌ってください。今度のアルバムは本当に、ジャンルも年代も様々で、ピアノも歌もあって、小原さんがやってきたことの集大成と言いますか。
小原:そうですね。そういう意味では、思った通りのアルバム作りができたと思います。こういった、クラシックもポピュラーも、日本の曲も入っているアルバムは、そんなにないじゃないですか。だから僕のことを知らないでこの選曲を見たら、なんじゃこれ?と思われるかもしれないですけど、僕の活動を知っている人にとっては「小原らしい一番いい選曲だな」と思ってくださるんじゃないかなと思います。
──そして小原さん、CDデビュー30周年と同時に、今年で還暦を迎えられまして。
小原:はい。なりました。
──ここから新しく始まるものもあると思いますが、今後の活動のビジョンは?
小原:30周年で60歳になるということで、一つの記念の年にしようと思って、今年に向けてずっと準備してきたんですね。まさかこんなこと(新型コロナ騒動)になろうとは思ってもみなかったんですけども、準備してきたことの中で唯一形になったのがこのアルバムだけなんです。そのほかはニューヨーク公演も記念リサイタルもすべて中止になってしまいましたので、最初は「集大成として頑張ろう」という気持ちだったんですけども、今は「どん底から這い上がってスタートするぞ!」という気持ちになりました(笑)。もう一つ言うと、すごく時間ができちゃったんですね。2月の終わりから、現時点で7月の終わりまでまったく演奏会がないですから、こんなことは今までなかったので、逆に言うと、今まで人間らしい生活がまったくできなかったということでもあって(笑)。死ぬほど練習して、間に合わなければ深夜も練習するのが普通だったので、いざ時間が余った時に「自分の時間を使うってこういうことなんだ」ということがやっとわかった。だからここからは、以前のようにがむしゃらなペースで仕事はできないですけども、僕らの世代が伝えていかなきゃいけないことはまだたくさんあると思うので、それをどうやってきちんと演奏で伝えていくか、その下準備をしようと今思っています。
──みなさんも、余裕のできた時間を使って、ぜひこの『弾き語りフォーユー~Takashi Obara 30th Anniversary~』を聴いていただいて、いろいろ想像をふくらませて。
小原:そうですね。僕らみたいなレコードの世代は、A面が終わってひっくり返してB面に針を落とす時にすごくわくわくしたし、曲順にも意味があった時代で、ジャケットも一つの大きなアートでしたよね。それがCDの時代になってちっちゃくなって、好きな曲だけ選んで聴けるようになって、便利になったけど、さらに配信の時代になると、盤もないしジャケットもないという、そういう状況になってきたんだけども、やっぱりレコード時代の、僕らがいっぱい影響を受けてきた昭和世代の手作り感、アナログ感の良さを、それを知らない平成そして令和の世代にちゃんと伝えないといけない。このアルバムはそういうきっかけにもなるんじゃないかなと思います。配信みたいに新しいことと、昔から大事にしてきたことの、両方が大事だということを伝えたいなと今は思っています。どこまでできるかわからないですけど、そういう意味でも、良いアルバムができたと思いますね。
取材・文●宮本英夫
リリース情報
2020.5.27 Release ¥2,727+tax / KICC-1522
【収録予定曲】
1.風のメロディー(オープニング・テーマ)/作曲:小原孝
2.新・ジル君はピアニスト (モーツァルトのソナタ~エリーゼのために~月光)
3.青春の輝き/作曲:R.カーペンター, J.ベティス, A.ハモンド
4.春の予感/作曲:尾崎亜美
5.いのちの歌/作曲:村松崇継
6.Birthday/作曲:さだまさし
7.ひまわり/作曲:福山雅治
8.四季の歌/作曲:荒木とよひさ
9.ロンドンデリーの歌~千の風になって/作曲:新井 満
10.ベートーヴェン・メドレー(運命~歓喜の歌)
11.ノクターン 作品9-1/作曲:ショパン
12.ノクターン 作品9-2/作曲:ショパン(「愛情物語」アレンジ)
13.涙/作曲:タレガ
14.鳥の歌/カタロニア民謡
15.憾(うらみ)/作曲:瀧 廉太郎
16.長崎の鐘/作曲:古関裕而
17.胸の振り子/作曲:服部良一
18.木洩れ日のエチュード/作曲:轟千尋
19.夢見る妖精/作曲:樹原涼子
20.犬が自分のしっぽをみて歌う歌/作曲:木下牧子
21.空飛ぶモグラ/作曲:春畑セロリ
22.パプリカ/作曲:米津玄師
23.FOR YOU・・・(エンディング・テーマ)/作曲:小原 孝※ボーラストラック
24.さよなら音楽の森/作詞・作曲・歌:小原孝
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