【連載】中島卓偉の勝手に城マニア 第89回「諏訪高島城(長野県)卓偉が行ったことある回数 2回」
長野県の諏訪湖に浮かぶ名城、高島城である。浮城とも呼ばれたぐらい諏訪湖に浮かんで見える城と、考えただけでも吐き気がするほどロマンチックだぜ。遠藤ミチロウさんも天国で笑っておられるだろう。そんな高島城の敷地も現在はかなり埋め立てられてしまっており、え?全然湖に浮かんでないやんと思うかもしれない。早速イマジンしてみてほしいのだが当時は城の西側、天守閣の横までが諏訪湖だったとのこと。江戸時代の絵図にそう描かれている。と言っても湿地帯も含めて諏訪湖に浮いていたという方が正しいか。現在は諏訪湖の水位が下がり、高島城から諏訪湖が遠くなっている。
築城は1598年、日根野氏による。だがすぐに諏訪氏が城主を継ぎ明治までに至る。連郭式の平城で城内にアップダウンがない。景色も最高だが暮らしやすさも最高なわけだ。面白いのは諏訪湖をバックに本丸から大手までを連郭式に作るのはわかるのだが、城の西側に諏訪湖を置き、山と湖に対し平行にして作られた連郭式平城だということだ。搦手から攻められたらどうしようと思っていたのだろうか、もしくは反対側の岸から諏訪湖を横断して攻められたらどうしようと思っていたのだろうか、ジュディマリの2ndアルバムもびっくりなくらいのどうしようである。海を背にして、あるいは湖を背にして建てられた城はいくつもあるが、高島城のように水側に対して横に作られた城は珍しい。初めて来城した時からそこが不思議でならない。守りの鉄則として、いくつもの川を堀として機能させ諏訪湖に流れるように作られてはいる。基本は角間川から水を引きつつ、中門川、衣之渡川を堀の役目としている。わかりやすくそれが二の丸と三の丸、三の丸と大手曲輪の区切りとなっている。今でも住所で「大手」と呼ばれる場所が当時の大手門周辺だ。湖を右手に城へ真っ直ぐに進むことによって三の丸、二の丸、本丸へと繋がっていた。途中虎口になった道が今でも残っており、完全に門の跡だということが把握出来る。こういうのが歴史マニアにはたまんねえわけ。城用語が住所になってる場所に住めるって羨ましいんだよな。
現在は本丸周辺、天守も復元されているが、明治維新の頃に石垣を残し建物全部が取り壊されてしまった。明治までしっかりと城は残っており、古写真もいくつも綺麗に撮影されたものが残っていた。おかげで外観復元が可能になった。取り壊されなければ、とっくに今頃は国宝だと言い切れる。世界中に湖のほとりの城はあるが、まさに諏訪高島城こそ日本のそれだ。
城を感じるには、イマジンするには、やはり博物館になった天守閣へ登ることをお勧めする。中に当時の絵図や模型もあるのでよりわかりやすくご理解いただけるだろう。世の中には説明しないとわからない人間、説明してもわからない人間がいる。あなたが説明しなくてもわかる人間であることを祈る。そんな卓偉は、銀行、郵便局、市役所、免許更新、といったどんな場所でも1回説明されても全く頭に入らないことが多い。お前やないか。
天守の入り口には当時は小天守がくっ付いていた。これに注目したい。小天守は単車で言うとサイドカーみたいなものだ。城内でもらえるパンフレットに本丸の櫓の数、門の数などが番号で説明されているのだが、小天守というワード、これは熱い。外観復元というものの、どうしても大概天守だけになる。本当は手前に小天守が連なっていたことを熱くイマジンしたい。きっと入り口は小天守から大天守へアクセスしていた、と言ってもいわゆる浅倉さんの方ではない。そして本丸の西側、諏訪湖沿いには川渡門と水門も作られており、諏訪湖へのアクセス、これもいわゆる貴水さんの方ではなく、船着場的なものも当時はあったとされる。ただ疑問なのは正式な搦手門がないということ。平面図にも当時の絵図にも搦手門が描かれていないのだ。城の裏手にある南之丸から後ろに堀も描かれておらず。これは一体どういうことになっていたのか夢は膨らむばかりである。
門にしても櫓にしても相当な数が建てられていて、形としてはシンプルだし規模もさほど大きくないのだが、その建物が夕暮れ時にはシルエットになり、湖に浮いて見えたときてる。マジでとってもロマンチックな城なのである。来客にもさぞ評判が良かったことだろうとイマジン出来る。もしかすると、大手から常に右手側に諏訪湖が見えている状態を狙って建てられたのかもしれない。本丸まで行かないと諏訪湖を見られないというのではなく常に西側に諏訪湖が見られるという景色を優先したデザイン。よっぽど素晴らしいではないか。中学1年生の英語で習った、「THAT IS A RIVER? OR LAKE?」「OH!YES! LAKE!」まさに、だ。
城の東側、いわゆる陸側に城下町を配置。と言っても基本は大手周辺からを城下町としている。現在の高島の街は江戸時代からの名残をそのままに伝えているのが素晴らしい。天守の最上階からそれが見て取れる。天守の周りにたくさんのビルや観光ホテル、旅館などが建っているがこれが当時はなくて、天守閣だけが湖の先に見えていたとしたら、考えただけでもナイスセンスだ。「THAT IS A TEMPLE? OR CASTLE?」「YES!キャッスル!キャッスル〜!」まさに、だ。
私のファンクラブ旅行でも一度諏訪湖に訪れたことがある。諏訪湖周辺のホテルに泊まり、なんと諏訪湖では夏の夜は毎日花火が上がるというのでホテルの屋上からみんなで花火を見つつ、高島城天守閣まで命綱無しの綱渡り大会を全員参加で考えていたが、足の裏に魚の目が出来てる人が8000人もいたので、やむを得ず私がマイクなしで1曲歌うということに変更。観光地としても最高な諏訪湖。都内からもさほど遠くない距離も嬉しい。そのファンクラブイベントの夜に一人でホテルの部屋を抜け出してテクテク歩いてライトアップされた高島城を見に行ったことが懐かしい。
そう言えば何度目かの来城で高島城の天守閣の展望台にて、外国人旅行客が地元のかたなのか、英語が少しわかるおじさんにひたすら質問していた。私のブロークンなヒヤリングでもちょっと理解出来たのだが、外国人は「堀の水も諏訪湖から引いているのか?」と仕切りに強調して質問していた。
地元のおじさんは片言の英語で、「NO!レイク!YES!リヴァー!」と連呼していた。まあ確かにどこまでが湖の水で、どこまでが川の水かを説明するのは微妙だし難しい。
外国人は全く引けを取らず、本丸の冠木門周辺の堀を指差し、
「では、あそこの堀の水は湖なの?それとも川なの?」と聞いた。
おじさんは、「メイビーレイク!」
外国人「レイク?リヴァーじゃなくて?」
ここで私は聞き逃さなかった。おじさんは言った。
「レイクよレイク!お金貸してくれる方!」
え?そっち?
あぁ 諏訪高島城 また訪れたい
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