【レポート】<RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2019>、「日本庭園に引き出されるアンビエントの魅力」
日本のミュージックラバーにとって、<RED BULL MUSIC FESTIVAL>(以下、RBMF)は今や重要な恒例イベントである。音楽が備えている社会性や芸術性を、タイム感を持って表現しているのが本フェスの特徴だ。今年はfancyHIM(ジェンダー)や88rising(アジア)など、いつにも増して同時代的であったように思う。
最終日の<花紅柳緑>(@浜離宮恩賜庭園)は、特にクリティカルであった印象がある。88risingやその他多くのアジアン・アーティストたちが近年次々とアイデンティティを示す中、日本からの回答は現時点ではそれほど多くないように見えた。そんなタイミングで、日本庭園を舞台に繰り広げられたアンビエントの饗宴……かつてジョン・ケージが龍安寺の庭園からインスピレーションを受け、その名も「Ryoanji」という楽曲を発表したが、本作で彼は“チャンス・オペレーション”という手法を用いた。これは作曲過程に偶然性をもたらすものであったが、この無造作でランダムな手法にこそ、彼は日本庭園の神髄を感じたのである。
今回の<花紅柳緑>には、まさしくそんな庭園の心があった。
いま“アンビエント”と聞くとメロディや音像を先に想起することがあるだろうが、そもそもこのジャンルは音よりも先に“場”があったのだ。文字通り、“環境音楽”なのである。このイベントで言うアンビエントは、もっぱら本来の意味を持つ。まさに偶発性によって左右されるわけだ。YOSI HORIKAWAの場合を参照しよう。環境音や日常音などを録音・編集しトラックを作る彼のプレイは、場の影響を強く受ける。代表曲のひとつである「Letter」は、その名の通り手紙に文字を書きなぐる音が軸となっている。そこから多重録音で畳みかけるようにトラックが構成されてゆくのだが、その音のレイヤーの中には“場”が含まれている。たとえばオーディエンスの話し声であったり、風の音であったり。
恐らく会場で焚かれていたスモークにも、そのような意図があった。春風によって流される煙は、散り散りになりながらもどこか音と反復しあっているように見える。そんなこと言い出したらロックだろうが、ヒップホップだろうが“場”の影響は受けるわけだが、このイベントでは庭園にも意識が向いているわけだから、リスナー側が能動的にイメージを増幅させてしまうのだ。音と場と光、ステージ上で鳴らされる音楽だけでなく“ステージ周辺”、もっと言えばインタラクティブに影響し合う会場のすべてを“作品”と言うこともできるだろう。
ライティングの第一人者、伊地知完が率いるアーティスト集団HIKARI ASOBI CLUBが光の演出を担っていたことからも、やはりイベント側の場への執着は相当あったように思われる。庭園の至る所に凝ったライティングが施され、緩やかに音楽へ干渉していた。今年のRBMFのイベントの中では、派手さはなかったものの、この<花紅柳緑>が“世界観の作り込み”では期間中随一だったのではないかと思う。ほとんど会場全域にわたって、光と音が邂逅を果たしていた。エクスペリメンタルな電子音楽を主体としたNami Sato + Loradenizも、比較的メロディアスな旋律を奏でていたINOYAMALANDも、それぞれ“場”を楽しんでいた印象がある。
当初はこのイベントを指して“非日常”と形容されていたが、それは日常から地続きの非日常であった。
そしてこの日、個人的に最も期待していたのが、モスクワを拠点に活動するマルチプレイヤーKate NVだ。日本のニューウェーヴやエレクトロニカからも影響を受けている彼女は、アヴァンギャルドなアプローチにも積極的である。今回は「BINASU」を筆頭としたシンセポップ・モードでなく、完全に“花紅柳緑仕様”であった。つまりはアンビエントだが、それもかなり即興性の高いLive Set。ジョン・ケージ的偶発性の産物である。たとえば「вас You」。
この動画ほどミニマルでなく、自身から発せられるあらゆるサウンドを多重録音し、アウトプットしてゆく。彼女の手前に置かれたサンプラーに様々な音を入れておき、自分のヴォーカルすらも重ね録りし、徐々に音数を増やしていた。あらかじめ段取りを決めていた様子はなく(決められていたのかもしれないが)、ただ刹那的に音と戯れているように見えた。
やはりKate NVも、本来の意味で言う“アンビエント”であったのだ。打算や媚びのない、純粋な環境音楽。イベント全体を通して徹底的にそのコンセプトに忠実だったわけだが、それを実行するには並々ならぬ労力が必要だ。会場となった浜離宮恩賜庭園を借りるのだって一苦労だろう。けれども、いつか再びこのイベントを開催して欲しいと切に願う。季節を変えて実行してみるのも、また違った趣があるだろう。
日本らしさとは何か、朧気ながらその回答が見えてくる。今回の<花紅柳緑>は、我々の根幹に触れられる素晴らしい機会であった。
取材・文:Yuki Kawasaki
写真:Yusuke Kashiwazaki, Yasuharu Sasaki, Suguru Saito
<RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2019 “花紅柳緑”>
東京・浜離宮恩賜庭園(KAKO-RYURYOKU AT HAMA-RIKYU GARDENS)
出演:
INOYAMALAND
YOSI HORIKAWA
HAIOKA
Kate NV
Nami Sato
Loradeniz
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