【ライブレポート】エド・シーランがいつだって幸せそうに歌を歌う理由

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生まれ育った国から遠く離れた異国の地で、約1万人の大観衆の前に立ち、たった一人で歌を歌うということ。それは一体、どのような体験なのだろうか? 一体、どんな感情が支配するものなのだろうか? どれだけ思いを巡らせてみても、まったく想像を絶する世界の話だ。だからこそ、驚きとともに、心の底からこう思った。

「彼は、なんて幸せそうに歌を歌うんだろう!」

4月13日金曜日、日本武道館。2日前に行われた大阪城ホール公演を経ての、日本ツアー二日目。エド・シーランは、ステージの上で正真正銘たった一人、本当に幸せそうに歌を歌っていた。

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今回の日本ツアーは、去年、自転車事故による骨折のため延期となっていたアジアツアーの振替公演の一環となる。同じアジア圏でも、台北、ソウル、香港、ジャカルタでの公演は残念ながら中止にせざるを得なかったようで、それを思うと、予定より少し遅くなったといえども、こうして日本でエド・シーランのライブを観ることができること自体、とても幸福なことなのだとしみじみ思う。この幸福感は、きっと会場にいた人たちの多くが感じていたんじゃないだろうか。「やっと会える!」──そんな興奮と喜びが、開演前から武道館全体を包み込んでいた。

19時、開演時間とほぼ同時にステージに現れたエド。デビュー期からずっと一人でステージに立ち続けてきた彼は、「世界で一番聴かれているシンガーソングライター」といっても過言ではない立場になった今でも(去年リリースされたアルバム『÷』は、2017年、最もストリーミング再生されたアルバムとなった)、一人でステージに立っている。赤黒のチェックシャツという、相変わらずの飾らない服装で。その姿を見るにつけて、思う。エド・シーランという男には、何故、こうも嘘がないのだろう? 世界中を熱狂させるポップスターとなった今でも、何故、彼はこれほどまでに「自分自身であること」を貫き通すことができるのだろう? 誰にも手が届かない存在であるはずなのに、彼が放つのは、まるで隣で寄り添うような素朴な温かさだ。それは一体、何故なんだろう? その答えが知りたくて、ステージに目を凝らした──その瞬間、一気に全ての「答え」を突きつけられた。1曲目「Castle on the Hill」だ。

まるで彼自身の全存在をギターに叩き込むような、圧倒的な強度のストローク。どんな大所帯のバンドにも引けを取らない“圧”が、そこにはある。何故、エド・シーランには嘘がないのか? 何故、彼は温かいのか? その、すさまじいまでに圧のある“音”が、全ての答えだ。彼は全身全霊で“音楽家”なのだ。自分が作る音楽に対する、圧倒的な自信。そして、音楽が自分と他者を繋いでくれるという、音楽という存在そのものに対する絶対的な信頼──エド・シーランには、それがある。彼は、無責任な大言壮語を投げつけたり、虚無的な幻想を売りつけるようなタイプのスターではない。音楽という理知的かつ具体的な芸術を丹念に作り上げる“職人”なのだ。だから、彼は他人を偽り、自分を偽るための仮面をかぶらない。確かなものの存在を知っている人間には、偽りながら生きる必要がないのだから。「Castle on the Hill」は、彼の地元であるイギリスのサフォーク州フラムリンガムへの想いを歌った歌で、ミュージックビデオもフラムリンガムで撮影されている。曲の途中、「こんにちは、東京!」と、日本語で投げかけてくれたエド。フラムリンガムから東京へ──彼が丹念に紡いできた歌たちは、この遠く離れたふたつの街の間に、確かな橋を架けた。



続く『÷』のオープニングトラックでもあった「Eraser」では、お得意のループペダルと2本のマイクを駆使し、ギターとボーカルをその場で重ねながら、厚みのある音像を生み出していく。低音から高音まで、その場で音を組み上げながら自分ひとりでグルーヴとハーモニーを構築し、さらにはハンドマイクでステージ前方に飛び出し、力強いラップまで繰り出す。音楽性においても、その存在感においても、あらゆる面でボーダレスな感性を持ち、たったひとりで無限の世界を創造してしまえるエドの、音楽家としてのスキルがいかんなく発揮されたエナジェティックなパフォーマンスに、一気に会場が熱狂の渦へと導かれていく。

そして3曲目は「The A Team」。彼の名を世界規模で一躍有名にした曲だ。1stアルバム『+』をリリースした頃には“住所不定のシンガーソングライター!”なんていうコピーもいたるところで見かけたが、実際にエドは、10代の頃から生まれ育った家を離れ、ひとり、ライブ活動に明け暮れてきた。きっと自分の人生を歌うだけでなく、音楽を通して出会う多くの人々の人生も見つめてきたであろう彼の歌には、どこまでも誠実に“人生”のなかにある喜びや悲しみを書き留め、抱きしめようとするような視点がある。「The A Team」はその最たる1曲で、この曲が演奏されている間、会場のいたるところでオーディエンスがかざしたスマホのライトが輝き、まるで星空のように武道館を彩った。それはとても優しい歌が生み出した、優しくて綺麗な景色だった。



その後も、「Don’t」と「New Man」をマッシュアップするなんていう離れ業を決めてみせたり、「Bloodstream」では曲前にオーディエンスに対して手の上げ下げを先導して一体感を出したかと思えば、終盤では、まるでボディを叩きつけるように強烈にギターを弾き狂い、その迫力でオーエンスを圧倒するなど、「驚けばいいの? 喜べばいいの?」と戸惑ってしまうぐらいに(もちろん、驚きながら喜べばいいのだが!)、すさまじいパフォーマンスを繰り広げていく。起承転結が、喜怒哀楽が、1曲のなかで、1ステージのなかで、幾度も幾度も繰り返し生み出されていくような、すさまじいカタルシスだ。

「Dive」や「Happier」では、歌そのもののプリミティブな力に引っ張られるように、会場中から合唱が巻き起こる。「I'm a Mess」では、この日、終始ステージを彩っていたステージ上のバックスクリーンに、ファニーな姿の動物やおもちゃのブロックが映し出された……かと思えば、曲の終盤にはスクリーン一面、どう猛なライオンの姿に変わり、エドが持つキュートさとワイルドさの両面性を演出して見せる。「Lego House」では、それまでカラフルな映像を映し出してきたスクリーンがモノクロームに代わり、深く静かに、エドの美しい歌声の存在を際立たせる。さらに、「I See Fire」の前にはニーナ・シモンの「Feeling Good」を朗々と歌い上げてみせるなど、本当に1曲1曲がサプライズの連続のようなステージングだ。ちなみに、エドは他にもニーナ・シモンの曲をカバーしていて、その演奏はYouTubeなどで観ることができる。さらに言うと、この数日後に行われた<コーチェラ・フェスティバル>でのビヨンセのステージにおいても、ニーナ・シモンの楽曲がサンプリングされていたようで、後世に影響を与える偉大なミュージシャンの存在感というものをまざまざと実感する。エドは、この先、どんなものを後世のミュージシャンたちに伝えていくのだろうか?

個人的にとても印象的だったのは、「I'm a Mess」の演奏中、それまで会場中の熱気を率先して生み出し続けてきた彼が、逆に、まるで会場中から響くハンドクラップの音に引っ張られるように歌っているようで、その姿がなんだかとても安心しきっているように見えたこと。そして、「Photograph」で会場中から大合唱が起こったとき、本当に嬉しそうに微笑んだ表情がバックスクリーンに映し出された瞬間。それらの光景を見たときに、心底思った。先にも書いたが、エド・シーランは他の何でもない“音楽”そのものの力で、人と繫がりながら旅を続けてきたのだ、と。きっと、イギリス国内を旅していた頃から、世界を旅するスターになった今でも、それは変わらないのだろう。「エド・シーランはSNS時代を象徴するシンガーソングライターであり、ストリーミング時代の寵児なのだ」という言説をよく見かける。それは全く間違ってはいないだろう。だが、彼が証明したのは、「SNSで上手くバズる方法」や「再生数を稼ぐ方法」などでは決してない。彼が証明したのは、どれだけ時代が変わり、音楽の流通の仕方が変わっても、本当に素晴らしい音楽は“人”から生まれるということ。そして、自分自身に確かなものさえあれば、人は様々な場所に、様々な人に出会うために旅に出ることができるということだ。



本編最後の「Sing」で、会場中の大合唱を残したままステージを降りたエド。エドがステージから去った少しの時間の間に、ステージ上にはシンセがセッティングされていて……続く曲はもちろん、「Shape Of You」。去年、世界中を揺らしたこの曲が、武道館にも鳴り響く。ステージにはもちろん、エドひとりだ。

ちなみに、アンコールでステージに戻ったときには、読売ジャイアンツのユニフォームを着ていた。エドは大阪公演の前日に阪神VS広島戦を観戦したようで、大阪公演では阪神タイガースのユニフォームを着用、そして東京2日目では何故か(笑)、サッカー日本代表のユニフォームを着用していた。2日間、野球のユニフォームときて、最後の最後にサッカーに着地するという大胆なプレイングが、なんともエドらしい(笑)。

「Shape Of You」のリリカルなビートに乗せて会場中が一体となった後、最後の最後は、「You Need Me, I Don't Need You」。歌、ギター、ループ、ラップ、さらにボイスパーカッションまで、その音楽的才能を叩きつけるような会心の演奏を披露して、エド・シーランはこの日、ステージから去っていった。「You Need Me, I Don't Need You」はその曲名が示すように、どこまでも「自分自身であること」を貫く、エドの強靭な精神を体現したかのような1曲だ。彼がいつだって幸せそうに歌を歌うのは、彼がエド・シーランであり続けているからだ。最後の「You Need Me, I Don't Need You」、私には「次に会うときまで、君は君自身でい続けろ」── そんなメッセージのように受け取れた。

取材・文=天野史彬

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【セットリスト】

<エド・シーラン ライヴ・イン・ジャパン2018>
2018年4月13日(金)@日本武道館

01. Castle on the Hill
02. Eraser
03. The A Team
04. Don’t / New Man
05. Dive
06. Bloodstream
07. Happier
08. I’m a Mess
09. Lego House
10. Galway Girl
11. Feeling Good / I See Fire
12. Photograph
13. Perfect
14. Nancy Mulligan
15. Thinking Out Loud
16. Sing
encore:
17. Shape of You
18. You Need Me, I Don’t Need You

最新アルバム『÷(ディバイド)』

2017/03/03 発売
WPCR-17707
¥1,980+税

M-1 Eraser / イレイサー
M-2 Castle On The Hill / キャッスル・オン・ザ・ヒル
M-3 Dive / ダイブ
M-4 Shape Of You / シェイプ・オブ・ユー
M-5 Perfect / パーフェクト
M-6 Galway Girl / ゴールウェイ・ガール
M-7 Happier / ハピヤー
M-8 New Man / ニュー・マン
M-9 Hearts Don't Break Around Here / ハーツ・ドント・ブレイク・アラウンド・ヒア
M-10 What Do I Know? / ホワット・ドゥー・アイ・ノウ
M-11 How Would You Feel(Paean) / ハウ・ウッド・ユー・フィール(ピーアン)
M-12 Supermarket Flowers / スーパーマーケット・フラワーズ
M-13 Barcelona / バルセロナ
M-14 Bibia Be Ye Ye / ビビア・ベ・ィエ・ィエ
M-15 Nancy Mulligan / ナンシー・マリガン
M-16 Save Myself / セーブ・マイセルフ

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