【ライブレポート】使命感に燃える美しい女性、アリシア・キーズ

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4年ぶりの新作アルバム発表を控え、先行シングルのリリースをはじめここ数ヶ月助走体制に入っているアリシア・キーズが、今年で10周年:すっかりロンドンの風物詩と化した感のある<Apple Music Festival>3日目に出演した。

◆アリシア・キーズ画像

無料のチケットは英国在住の方が応募でき、ラッキーな当選者が世界レベルのライヴを楽しむというイベント趣向の強いフェスだけに、ヒットや人気曲を凝縮したエンターテインメントなショウに徹するアクトは多い。しかし約1時間20分、演奏された15曲のうち約半数は前作以降発表~なじみの薄い新作収録予定曲というセットは大胆。約4ヶ月前にもロンドンの小さな会場でサプライズ・ギグを行ったとはいえ、盛り上がりが確約された安定した内容ではなく「今の自分のモード」を明確に伝えファンと共有しようという、彼女の意気込みが伝わってくるようだ。

その姿勢はステージングにも現れていた。花道も含む聴衆により近い舞台はアップライト・ピアノをギター/キーボード類が囲み、後方にDJとコーラス隊が立つ編成とコンパクト。背景のスクリーンもアクセント程度の存在感で、2012年の彼女の同フェス出演時と較べても歌と音楽中心=「素顔で勝負」の一夜であるのを感じる。DJがヒップホップ古典のミックスで観客をガンガン煽る中、バンド、そしてアリシアが登場。興奮に満ちた空気を破ってピアノの冴えたリフレインが響き、新曲「ザ・ゴスペル」のゆったりしたファンク・グルーヴが広がる。人間の平均的な寿命とその時間を無駄にせず生きようとの思いを綴った「28サウザンド・デイズ」のタメの効いたクールなダンス・ビートで踊らせ、返す「ユ・ドント・ノウ・マイ・ネーム」では一転、甘くヴィンテージなソウル・メロディ。この晩最初の大合唱を生んだ「トライ・スリーピング・ウィズ・ア・ブロークン・ハート」といった人気曲も交えつつ、彼女自身「もっともきっぱりと意図に満ちた内容」と形容する新作からヒップホップ・ソウル風なニューヨークへのオマージュ「シー・ドント・リアリー・ケア」、英国人男性シンガー:サンファをフィーチャーしたエネルギッシュな「ブラッド・オン・ミー」が続いた。


まさに「絶唱」がふさわしいエモーショナルな熱演に場内中が感極まってスマートフォンを点灯させた名曲「フォーリン」で折り返し地点を刻み、ブルージィなアレンジで「誰もが共通項を持っている」とのヒューマンな歌詞をじっくり響かせた「イン・コモン」、ロンドン客へのファン・サーヴィスと言えるソウル・II・ソウルの古典を引用したイントロに熱い歓声が返された「バック・トゥ・ライフ」、難民問題に捧げられた祈り「ハレルヤ」には思わず胸が詰まった。フィナーレは「ガール・オン・ファイア」と「ノー・ワン」の文句無しなアンセム二連打、そして彼女自身を凝縮した「エンパイア・ステイト・オブ・マインド(パート2)ブロークン・ダウン」でシメ。

ライヴの間じゅう、終始笑顔を浮かべステージを左右に歩き回り、曲の合間に様々な胸のたけを語る姿はとても印象的だった。たとえば、女王ならビヨンセ、姫君ならリアーナと、アメリカのR&B界には無敵なディーヴァがひしめいている。しかしこの晩のアリシアは玉座から歌いかけるのではなく、今の世界で疑問を抱き、悩みを自問しながら生きている我々と同じ立場にいる共感に満ちた語り部として存在していた。思わず「Go, girl!」と声援をかけずにいられない、使命感に燃える美しい女性がそこにいた。新作アルバムでどんなステートメントを打ち出してくれるか、ますます期待が募るライヴだった。


文:坂本麻里子
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