【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.14「古井戸の再会に見る元マネージャーとミュージシャンの関係」
「今回の古井戸のキューピットは、古井戸の初代マネージャー伊藤明夫ちゃん、明夫ちゃんがいなかったら実現しなかったかもしれません」
10月20日、東京キネマ倶楽部にて、アンコールを受けてステージに登場したCHABOこと、仲井戸麗市氏が口にした言葉だそうです。
この、初代マネージャーである伊藤明夫氏とは、吉田拓郎氏の初期を担当したマネージャーでもあります。氏は1971年に吉田氏からの要請を受けてエレックレコードに入社したのがきっかけで音楽業界に足を踏み入れ、以後、泉谷しげる氏の初代マネージャー、海援隊のデビュー・アルバムのティレクター、及川光博氏など、それ以外にも名前をあげたらキリがないほど数多くの現場を裏方として支えた人物です。
広島フォーク村の村長としても有名で、業界人の中には伊藤氏を神と崇めるフォーク村の末裔もいらっしゃいます。2009年に音楽業界から引退されましたが、この古井戸の「再会」のため、一時的にスタッフとして復帰されました。
—2015年古井戸のスタッフとして参加したことは、私の音楽人生、最後の仕事になると思うから—(伊藤氏談)
そして古井戸は、リハーサルではやらなかったある曲を東京公演本番の最後で演奏。それは「おやすみ」という楽曲でした。
遡ること本番前のリハーサル期間中、公演の最終演奏曲を決める話し合いをしていた時のこと。その際、伊藤氏は「『おやすみ』は?」と呟いたそうです。
実際にはこの発言を受け入れながらも、その発言者には秘密裏に、古井戸のメンバーは別の曲で終わる体でリハーサルを行い、本番最後の演奏を元マネージャーの助言に応える形で再会の日を締めくくりました。
—音楽に携わる最後の仕事でこんなエンディング、幸せを感じます—(伊藤氏談)
最後の1曲をめぐるこのストーリーは、ミュージシャンと元マネージャー、そして、その現場にいた少数のスタッフにしかわからないことですが、古井戸の素晴らしさを伝えたい、このコンサートでの出来事を皆さんに知ってもらいたいという伊藤氏の想いが綴られたSNS上の投稿文によって知ることができました。ミュージシャンによって水面下で図られた、おそらく最後で、最高のサプライズ。客席にいた伊藤氏は号泣したそうです。
その日のコンサートを見ていない者にとって、その「再会」の意味の大きさを理解することは難しいかもしれません。しかし、マネージャーとミュージシャンという観点からは、芸術の瞬間を生み出す表のミュージシャンと、その瞬間を生むために導き支える裏のスタッフとの関係性が活動をしていない間も含めた長い年月で育まれた結果、その互いへの信頼の深さによって36年振りに奇跡の再会を生み出し、さらに、そのきっかけを作ったスタッフへの労いと感謝がサプライズ演奏という形で届けられたという事実に心を動かされました。
CHABOさん65歳、加奈崎さん66歳、伊藤さん67歳。ミュージシャン、元マネージャー、そのどちらもが粋で恰好いいことこの上ないし、マネージャー冥利に尽きるとはまさにこのこと! 過去担当したミュージシャンたちと、自分もそんな関係を築けたら‥‥などという恐れ多い夢を一瞬でも見させていただけたこのエピソードは、元上司でありギョーカイの大先輩でもある伊藤氏ご本人のお許しを得てご紹介しました。
それにしても古井戸のお二人、素敵ですね。この「再会」に立ち会えたファンの方々は夢のような時を過ごされたことでしょう。一度は袂を分かってしまったバンドやユニットでも、いつの日か再会の日が訪れ、たとえそれが一度きりだとしても、新たなエピソードが再び刻まれる瞬間を共有し、立ち会いたいと願うファンや元スタッフが多く在るということをいずれのミュージシャンにも忘れて欲しくない、そんな思いを抱きました。
写真提供:伊藤明夫
◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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