【インタビュー】K、10周年だからこそ振り切って“生”の部分にこだわった新作『Ear Food』
8月5日リリースのKの10周年記念ニューアルバム『Ear Food』は、全編生音にこだわり抜き、16チャンネルの機材で手間と時間をかけながら構築したという。タイトルのごとく、聴いているだけで耳が肥えてくるような芳醇なサウンドは、まるで演奏しているミュージシャンの体温までも伝わってくるようだ。セルフカバーの5曲も新たなアレンジで生まれ変わり、聴きごたえも抜群。デジタル全盛の今だからこそ、たくさんの人に届けたい、そんな作品についてKが熱く語る。
◆K~画像~
■今回レコーディングに使ったのはたった16チャンネルの機材
■目をつむるとすぐそばで演奏しているのを聴いているような
■これなら『Ear Food』と名付けた価値があるかもなと思いました
――アルバムタイトルの『Ear Food』は「耳の肥やし」という意味ですか?
K:はい。僕の好きなロイ・ハーグローヴっていうジャズミュージシャンがこのアルバムタイトルで作品を作っているんです。英語としては変なんですけど、なんとなく言っている意味はわかりますよね。この言葉の響きが僕はすごく好きだったし、そのアルバム自体も聴いていると栄養をもらえる感じがしていたので、僕もそういう作品が作りたいなという思いから最初にタイトルをつけて、それから作品の内容を考えていったんです。
――すべて生音というのも、タイトルから広げた結果だったんですね。すごく芳醇で豊かな耳障りの良い仕上がりで。前作『On My Journey』からもかなり振り切っていますよね。
K:そうなんです。レコーディングの仕方も10周年だからこそ今までと違うチャレンジができるということで。今作に関してはいくつか話さなければいけないことがあるんです。ソロアーティストって、曲ごとにいろんなミュージシャンと一緒に音楽が作れるというメリットがあります。それもいいと思うんですけど、昔のジェームス・テイラーとかジャクソン・ブラウンを聴くと、ミュージシャンがあまり変わらないんですよ。
――昔からやっているミュージシャンは、サポートミュージシャンも固定している人が多いですよね。
K:そうなんです。曲ごとにミュージシャンを変えたり、スタジオを変えたりっていうことは少ないんです。それがすごく一本筋が通っていて、流れがあって、ライヴを一本見ているような感じで心地が良い。そこで僕も全員同じミュージシャンでやってみたいなと思ったんです。僕自身がビルボードライヴでライヴをやる時に一緒に演奏している4人でレコーディングをやったらどうだろうと。僕がピアノを弾いて、オルガン、ギター、パーカッション……編成はベースレスなんです。実はライヴではこの編成でやっても、CDというパッケージにするものをベースレスにするのって、どうなんだろうと最初は思ったんですよ。ベースレスってミュージシャンにとってすごく不安なものなので。
――なかなかないですよね。
K:自分が聴いてきた音楽でもベースレスってないんです。でも、考え方を変えて、ベースがない分、低い音程の部分をお互いの楽器で補いあっていくという作業がすごい面白くて。ただ、このコードの時はこの楽器が下に行ってとか、計算されたものじゃないと成り立たなくなるので、ちょっと複雑にはなるんですけど、低音を埋め合って構築していく感じが面白いんですよ。その作業をまずやって。
――なるほど。
K:で、『Ear Food』と言っているぐらいなので、根本的にとにかく良い音で提供したいと思ったんです。ミュージシャンの立ち位置が音を聴いた時に伝わって、目の前で演奏しているような録り方をしたくて。それをエンジニアさんに話したら、ProToolsではなく、16チャンネルのPyramixっていうWindowsの機材で録るのはどうかと。
――16チャンネルって、そんな少ないトラック数でやろうと思ったんですね。
K:そう。編集が効かないから一発で録らなきゃいけないというレコーディングだったんですけど、この機材につなげただけで、ビックリするくらい音がすごく良くなったんです。目をつむって聴くと、すぐそばで演奏しているのを聴いているような。これなら音楽で栄養を与えたいという意味で『Ear Food』と名付けて、作品づくりをやろうと決めた価値があるかもなと。2つのスタジオを使ったんですけど、楽器屋さんでレンタルしたこの16チャンネルの機材を持ち歩いてレコーディングさせてもらったんです。そこが前作から一番変わったことなのかな。
――確かに今作は生感がまったく違う。
K:あと、もうひとつ今作の特長があって。基本、ミュージシャンはクリックを聴いて、そのテンポに合わせて演奏するんですけど、一昔前のザ・クルセイダーズやEarth Wind & Fireとかを聴いていると、頭と最後のテンポが全然違っていたりするんですよ。ズレも空白もいっぱい出来ているし、ミストーンもあるし、チューニングが合ってないところもある。それを良しとしていた時代って、僕はすごくいいと思うし、上手いミュージシャンがしたミストーンって、それも踏まえて演奏になっているんですよね。
――うんうん。下手な人だとただのミストーンなのに、上手な人は「味」にしてしまいますよね。
K:そう。それでエンジニアさんと相談した結果、ミュージシャンが一番良いグルーヴを出している時って、スタジオに入って譜面を見て、デモを聴いて、「じゃあ、ちょっと音を鳴らしてみよう」って始めたあと、2テイク、3テイク目くらいなんですよ。まだ完璧ではなく、ミストーンもあって、探り合っている時のグルーヴが最高で。そこからどんどん上手くなるけど、グルーヴはどんどん落ちていく。一番上手く演奏出来るタイミングになると、グルーヴは最悪になる。聴いてる人も楽しくないっていうか。完璧だし、ミスもないしガッツりハマってるんだけど打ち込みと一緒で、生でやっている意味がない。それでどのタイミングが一番いいのか、データをとって、このタイミングだっていうのをミュージシャン4人で話し合って、これ以上は録らないっていうレコーディングをしたんです。そうなるとやっぱりミストーンは出るし、オヤッ?ていう部分も出てくるんですよ。空白もできるし。でも、それが聴いてる側も演奏している側も、緊張感を持って聴けるという。
――ハッとするような部分がたくさんありますよね。
K:今までだったら、そういうのは恥ずかしいからそこだけ録り直したりしていたんです。でも、今作の場合は、16チャンネルしかないし、クリックがないので取り直しがきかない。10周年だからこそ、そこはもう振り切ろうと。ここが一番のこだわりです。
――11曲中、5曲はセルフカバーですよね。新曲の「Years」は置いておいて、その他の選曲はどういう観点で選んだんですか?
K:音源として出したあと、ライヴで育てられて変化した曲なんです。そういう変化した曲を残しておきたいという気持ちもあって。そこで最初に揚がったのが「Music in My Life」です。「Only Human」はデビュー10周年ということで、この楽曲のおかげで増えた出会いもあったので、楽曲に対しての恩返しも踏まえて。まだこの楽曲を知らない方にも、このアルバムを通して聴いてもらいたいという思いもありました。デビュー10周年でセルフカバーをやるならデビュー曲「over...」を選べぶべきじゃないかっていう方もいらっしゃると思うんですけど、このアルバムにまとめられた時のことを考えたんですよ。セルフカバーとはいえ、僕は新曲だと思って作っていたので、このアルバムに入った時に、すごく馴染みがいいものじゃないと、タイミング的には違うのかなと。『Ear Food』のための曲じゃないと。そういうことが基準になりました。
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