【インタビュー】サックスプレイヤー矢野沙織、AL『Bubble Bubble Bebop』発売。「ビバップは決して難しくない。」

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アルトサックス・プレイヤーである矢野沙織が、​4月22日(水)にアルバム『Bubble Bubble Bebop』をリリースした。彼女は、ジャズの名門「SAVOY」レーベルの日本人アーティスト第2弾として2003年9月に16歳でセンセーショナルなデビューを飾り、2007年春には花王“ASIENCE”の新たなアジアンビューティーとしてCMに登場もしている。同CMで使用されていたオリジナル曲「I&I」を収録した、20歳にして初のベストアルバム(!)は、第22回日本ゴールドディスク大賞「ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、そのルックスとバックグランドを含めジャズの枠を超えて広く注目を集めた。そんな彼女の最新作は、SOIL&"PIMP"SESSIONSのメンバーである元晴(ts)&タブゾンビ(tp)、パーカッショニストの第一人者である大儀見元らと共演しており、矢野のオリジナル曲「Bye Bye Babylon」も聴きどころとなっている。今回のインタビューでは、その充実の足跡をたどりながら、ジャズのコアな話と共に、40年代には若者を熱狂させたビバップという音楽の本当の魅力について、ライターの杉田宏樹氏が話を訊いた。

◆矢野沙織 画像


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■これまでのアルバムを並べると順調だったように見えるかもしれませんが、
■振り返れば、まだ子供だったところもありました。

──前作『ANSWER』(2012年10月発売)以降の活動について教えてください。

矢野沙織:ライヴ活動は以前と変わりなく、多い時は東京、名古屋、大阪のライヴハウスを中心に1ヵ月の半分くらい演奏していることもあります。ジャズ・フェスティバルもいくつか出演しました。

──デビュー作『YANO SAORI』(2003年)から12年。この間を振り返って、いかがですか?



矢野沙織:目標を決めて、それに向かって進んでいくのではなくて、結果が後からついてきたというのが実際のところですね。デビュー作は、有名なアメリカ人ミュージシャン達と共演して録音もニューヨークで行ったので、もちろん緊張感もありましたが、まるで映画のひとコマのように客観視する自分もいました。このような環境でアルバムを作ることなど、もう2度とないと思ったほど、贅沢なセッティングでした。2枚目の『02』(2004年)、3枚目の『SAKURA STAMP』(2005年)と、ニューヨーク録音が続きましたが、それが当たり前という感覚ではなかったですね。4枚目の『PARKER'S MOOD』(2005年)も現地のベテラン・ミュージシャンとジャズクラブに出演したライヴ盤ですが、この時も“これが最後”という気持ちでした。

──大御所ミュージシャンとのニューヨーク録音が順調に続いて、5枚目の『Groovin' High』(2006年)ではリトル・ビッグバンドに編成を拡大。しかも大御所のジェームス・ムーディー(ts/fl)の参加も話題を呼びました。

矢野沙織:アルバムを並べると順調だったように見えるかもしれませんが、今振り返ってみればまだ子供だったところもありました。ジェームス・ムーディーさんとは18歳の時に知り合って、師弟関係になります。ご自宅に1ヵ月くらい滞在して、レッスンをつけていただきました。そして先生とレコーディングすることになって、それだけで緊張しましたが、この時は私の夢を伝えて、ランディ・ブレッカー(tp)、ジミー・ヒース(ts)、スライド・ハンプトン(tb)との共演が実現しました。先生が彼らに呼びかけてくださったのです。まさか本当にそうなるとは思っていなかったので驚きました。先生はただ一言、「頑張りたまえ」とおっしゃってくださいました(笑)。

──ジェームス・ムーディーは、2010年に逝去します。その意味でも価値ある作品と言えますね。



矢野沙織:当時の私は若さゆえの弱さと、知らないことの強さがありました。若いからこそ許される部分もあったでしょう。すごく可愛がっていただいて、ムーディーさんを始め、メンバーの皆さんの大きな温かい愛情に包まれて生まれたアルバム。あのタイミングだからこそ作ることができたのだと思います。

──2008年の『GLOOMY SUNDAY』は、ビリー・ホリデイのトリビュート作でした。

矢野沙織:ビリーの自伝を読んで感銘を受けて、それ以来いつかトリビュート・アルバムを作りたいという気持ちがありました。その意味では他のアルバムとは成り立ちが違いますね。長年温めていたアイディアです。斎藤ネコ(vln)さんにアレンジをお願いして、自分でも満足のいく作品に仕上がったと思っています。

──2010年の『BEBOP AT THE SAVOY』ではオルガンがサウンドの特色になっています。

矢野沙織:元々ハモンドB-3(電気オルガンの一種であるハモンドオルガンの代表的な機種)が大好きでした。オルガンをバンドに入れているルー・ドナルドソン(as)のファンなんです。ルーさんのバンドで20年間もレギュラー・ドラマーを務めていらっしゃるのが田井中福司さんで、もうそれだけで日本人として尊敬していました。ライヴでご一緒した時に、思い切ってルーさんのバンドのメンバーと共演できませんか?とお願いしたところ、それが実現したのです。当時の私にとって、ルーさんのバンドでルーさんの曲を演奏することが、すごくかっこいいことでした。

──改めて12年間を振り返ってみた感想は?

矢野沙織:アルバム制作に関してはその時々にできることを精一杯やってきました。それが、これまでベスト盤を含めた11タイトルに積み重なってきたのだと思います。リスナーの方々から色々な感想をいただくことが楽しいし、共演者から改善点を指摘されることも、嬉しく受け止めています。

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