【ライブレポート】多幸感に満ち溢れていた、新たなPredawnのステージ

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シンガー・ソングライター清水美和子のソロ・プロジェクト、Predawn自らプロデュースするワンマン・ライブ<Nectarian Night #01>が、キリスト品川教会でおこなわれた。これまでも下北沢の富士見丘教会やプラネタリウム、寺院や銭湯など、ユニークな場所での演奏をおこなってきた彼女だが、今回はその集大成ともいえよう。

◆Predawn画像

小雨が降る中、会場へと向かう。品川駅から徒歩10分ほどにあるその教会は、コンクリート打ちっ放しの近代的な建物。大きな十字架が掲げられたステージの脇にはパイプオルガンがそびえ立ち、吹き抜けの天上も3階ほどの高さがある。すでに20~30代の女性を中心に、男女問わず幅広い年齢層が集まっている。追加の席が出るほど盛況だ。

開演時刻の19時を過ぎ、暗転したステージの脇からひょっこりと登場する清水。髪を後ろにまとめ、黒いワンピース姿の彼女はいつもよりもドレスアップしていて大人っぽく見える。

アコギを抱え、「Skipping Ticks」のイントロを爪弾き始めると、サポート・メンバーが次々と現れた。最近お馴染みの神谷洵平(ドラム)とガリバー鈴木(コントラバス)に加え、小林奈那子(チェロ)、武嶋聡(フルート/クラリネット/ソプラノ・サックス)、そしてRayonsこと中井雅子(グランドピアノ)の6人が揃う。朋友RayonsはPredawnと対をなすように白いワンピースを着ている。

これまでも何度かバンド編成でのPredawnを観たことはあるが、途中で“弾き語りコーナー”的なモノを設けることなく、(アンコールの1曲を除いて)最後までメンバー全員がステージに居たのは、ひょっとしたらこれが初めてではないだろうか。バックライトを浴びながら、アコギをザクザクと力強くかき鳴らす「Universal Mind」では、サポート・メンバーに“脇を固められている”とうよりむしろ、清水がバンドを“率いて”演奏しているような、そんな頼もしさすら感じる。実は「シラフで緊張しまくり」だったと後日Facebookで明かしていたが、そんなふうには全く見えなかった。



今回が初のお披露目という、この編成でのアレンジも新鮮。「Keep Silence」では、チェロとフルートの流麗な掛け合いと、力強く踏みならされる大太鼓、軽やかに舞うピアノのオブリガードが楽曲を華やかに彩る。まるで60年代のバロック・ポップのようだ。

それにしても、いつも不思議に思うのは、今日のように大きなステージでバンドを率いるときも、小さなカフェで1人アコギを弾き語るときも、「豊潤な音楽」という意味では彼女の曲の印象が、まったく変わらないということだ。おそらく、「曲が出来たときにはアレンジもほとんど思い浮かび、すでに様々な楽器が頭の中になっている」という清水にとって、バンド・アレンジは「後付けの装飾」では決してないからだろう。「アコギと歌」という“種子”が、「様々な楽器」という“水”や“日光”によって芽を吹き、葉を茂らせ、花を咲かせて実をつける、そんなイメージなのではないか。

教会ならではの声の響きも格別で、天上から降り注ぐリヴァーブに包まれた「Don't Break My Heart」、「Tunnel Light」、「Autumn Moon」と続く3曲は、まるでジュディ・シルのように厳かで美しい。…と思って聴き入っていたら、例によって脱力&自虐MCが始まり、会場の笑いを誘う。

「(スタッフがステージに)タオルを沢山置いてくれたので、汗だくになるまで頑張ろうと思います」

「すごく緊張しますね…罪深いからかな」

先日、寺院でのライブに出演したときには、「煩悩と雑念だらけのPredawnです」と挨拶したという。そんな、いい意味で(?)緊張感をスッとやわらげる、彼女のMCも個人的には楽しみの1つだ。

その後、Rayonsの曲が3曲。彼女は2012年にソロ・アルバム『After the noise is gone』をリリースし、ゲスト・ボーカルにPredawnを迎えてからは、折に触れステージで共演し合う仲。「Waxing Moon」は、刺繍アーティストである有本ゆみこの個展『あまいおんな』のために書き下ろした曲の1つだ。自作の楽器を抱えて歌うPredawnの歌声とメロディは、どこかビョークを彷彿とさせる。「あたらしい人」と「It Was You」は新曲で、とりわけ「It Was You」は、プリファブ・スプラウトの“When Love Breaks Down”に匹敵する名曲。後半、ドラムが入って景色がパーッと変わった瞬間、震えるほどの感動を覚えた。

眠れぬ夜を刻む、秒針のようなハイハットに導かれた「Insomniac」(「不眠症」の意)を演奏し終わると、Predawnも「2日前にアレンジが仕上がったばかり」という「Hope & Peace」を披露。トレイシー・ソーンとヘンリー・マンシーニがコラボしたような、気だるいボサノヴァ調の前半と(クラリネット・ソロは「ムーン・リバー」の一説を思わせる)、荒削りだが力強い後半のコントラストが印象的だった。

MCを挟み、日本語の曲「霞草」。続く「A Song for Vectors」、「Drowsy」、そしてRayonsの代表曲「Halfway」では武嶋がソロを担当する。EGO-WRAPPIN' AND THE GOSSIP OF JAXXのメンバーでもある彼の音使いも、このバンドのカラーとなっている。

終盤は新曲「Black & White」を挟み、PredawnとRayonsだけで奏でる「Milky Way」、フルバンドでの「Suddenly」と、曲ごとに編成を変えて緩急をつけ畳み掛ける。照明も控えめながら実に凝っていて、夕焼けの赤や未明(Predawn)の青、吊り下げた電球による星空など、様々な光の演出で曲のイメージを引き立てる。「Suddenly」では、木漏れ日のようなシルエットをステージいっぱいに映し出していた。

軽快なビートとシンプルなメロディが、これまでの彼女にはなかったタイプの新曲「メレンゲ」に驚いていると、いよいよ残り2曲に。60年代サイケポップ風のグルーヴィーな「Apple Tree」のあと、カントリー&ウェスタン風ののどかな「Over the Rainbow」で本編は終了。最後はメンバーが順番にソロを回し、清水が客席に向かって手拍子を誘う一幕もあった。そんな姿を観たのも初めてだ。というのも、これまでのPredawnのライブには、どこか物悲しさや孤独、痛みのようなものを感じていたから。それが今日のステージは、どこまでも多幸感に満ちあふれている。きっとそれは、清水曰く「バランス感覚の優れたメンバーたち」によって、自分の曲が解き放たれていくのを彼女自身が心から楽しんでいたからだろう。

アンコールは2曲。まずはチェロと2人編成で「Lullaby from Street Lights」を奏でた後、メンバー全員で「Free Ride」を演奏し幕を閉じた。

今回のイベント・タイトル「Nectarian Night #01」は、月の地質年代尺度の一つである「ネクタリス代」から取ったもので、39.2億年前から38.5億年前までの時代を指すという。どこか遠い星の、遠い時代に迷い込んだような今日のステージに、まさにうってつけの名前である。ネクタールに「神々の酒」という意味があるのも、酒好きの清水にぴったりだ。

「新しいアルバムでは、色んな人とコラボをしたい」

先日のインタビューではそう話してくれた彼女。もしそれが実現したら、きっとこの日のステージのような至福に満ちたものになるかもしれない。いずれにしてもPredawnが、次のフェーズに進んだことは間違いないだろう。



text 黒田隆憲
photo Tetsuya Yamakawa
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